第3話 借金王、村に案内される

彼女の村には俺が行き倒れていた場所から三時間ほどで着いた。村を取り巻く畑は夏蒔き小麦の収穫が終わり、冬蒔きの大麦やライ麦が芽を出している。休耕地には牛や豚が放され、ときおりノンビリとした鳴き声を響かせていた。


畑で雑草を取っていた農夫たちがジャンヌに声をかけてきた。


「おかえり、ジャンヌ!」

「なんだい、お使いのついでにお婿さんも捕まえてきたのかい?」

「うちの息子がくやしがるよ! あんたに惚れてるから!」

「ちっ、違いますよ! この人はダリルさん! うちの父さんと一緒に村を守ってくれるんです!」

「そうかい、そりゃあ頼もしいねぇ!」

「よろしく、兄ちゃん!」


顔を赤くして言い返すジャンヌを見て、農夫達は楽しげに笑い声をあげる。その笑い声に見送られて集落に入ると、焼け落ちたままの家が何軒も放置されていた。


百年近く続くイングランドとの戦争で、数え切れないほどのフランスの街や村が滅ぼされてきた。特に鮮血王女ブラッディメアリがイングランド軍の指揮を執るようになってから、その苛烈さはいよいよ増している。残っているだけこの村はマシかもしれなかった。


ジャンヌの家は村を見渡せる小高い丘の上にあった。比較的大きな石造りの二階建て。警備隊長の家らしくちょっとした砦のおもむきがある。家の庭では子供たちが遊んでおり、ジャンヌを見つけるといっせいに駆け寄ってきた。女の子が十歳、男の子が八歳と五歳といったところだろう。


「おねぇちゃん、お帰りなさい!」

「おまえ、誰だ! ねーちゃんから離れろ!」

「おみやげー! おみやげはー?」

「みんな、お行儀良くして! 父さん! お客様を連れて来たわ!」


ジャンヌが声をかけると五十代前半の頑丈そうな男が家から出てきた。身長は俺よりやや低いが身体は分厚く動きに隙がない。彼女から俺を見つけた経緯を聞き終えると、ジロリと睨みつけてきた。


「ダリルと言ったか。なぜ、イングランド軍に追われている?」

「あー……フランスに来て早々、イングランド軍の隊長をぶった斬っちまった」

「なに?」

「ある村の住民を皆殺しにしろって命令されてな。やらなきゃ斬首とか言いやがる。仕方がねーから叩き斬って逃げたわけさ」

「……フランス人は殺していないのか?」

「俺は……もともと〈冒険者〉なんだ。ちょっと事情があってイングランド軍に雇われたんだが、最初の仕事でこの通りさ」

「そうか、おまえは〈冒険者〉か……」


ジャンヌの親父の目が少しなごんだように見えた。


「ジャンヌ。この男に部屋を用意してやれ」

「ありがとう、父さん! ダリルさん、こっちです!」


家に入ると頑丈そうなテーブルと長椅子が部屋の中央に置かれていた。壁には剣と槍、そして羽根と麦の穂を組み合わせた聖印ホーリーシンボルが掛けられている。それは平和と農業を司る女神カルディナのもので、たいていの農家で見かけるものだ。


部屋の隅には飾り棚があり、小さな彫像と女性の細密画が置かれていた。ジャンヌに良く似た美しい女性だったが、少し耳の先端がとがっているような気がする。


「その絵は亡くなった母の若い頃のものです。ダリルさんのお部屋、二階に用意しますね!」


俺はジャンヌに続いて階段を登りながら、聞いてみた。


「なぁ、親父さんは……元〈冒険者〉か?」


〈冒険者〉とは戦士・盗賊・僧侶・魔術師の四つの職業に分類される特殊能力者だ。体内を巡る闘気を使った〈武技〉や、様々な研究や信仰の力を駆使した〈魔法〉を使うことができる。その力を使って騎士団や教会に仕える者もいれば、莫大な財宝を夢見て文字通り〈冒険〉の旅をする者もいる。


「そうなんです! だから子供の頃から、たくさん昔話を聞かせてもらいました。剣と魔法、恐ろしい迷宮、ドラゴンにさらわれたお姫様……。ダリルさんもそんな大冒険をしてきたんですか?」

「あー、俺の場合は……。莫大な財宝の代わりに莫大な借金ができたりとか……」


最後の方は声が小さくなったので、部屋を片付け始めたジャンヌには聞こえなかったようだった。


その後、裏庭の井戸で身体を洗い、貸してもらった服に着替える。ようやく人心地が着いた俺は財布に残っていた銀貨一枚を持って、ジャンヌと村の酒場で一杯やることにした。

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