第2話 借金王、少女に出会う
「ひっ……………!! 」
顔を引きつらせた少女が身体をこすっていた布で、胸と腰の一部は隠されている。だが、それ以外の美しい胸元や形のいい尻のラインはまる見えだった。
「わっ、悪い! 覗くつもりはなかっ……」
と、言い訳する俺の足が飢えと乾きでもつれた。そのまま池に向かって……つまり彼女に向かって……俺はダイブする形になる。
「いやぁああああああ!」
悲鳴を上げる彼女の手前に顔面から着水した。そこへ彼女が上から俺の頭を押さえつけてくる。
「み、見ないでぇぇえええ!」
「ゴブッ、ガボガボ……ブホッ、ゲホッ……みっ、見ないから! て、手を離してくれ!」
必死に顔を上げると彼女は布で身体を隠しながら、顔を真っ赤にして後ずさりした。俺は敵意が無いことを示そうと両手を上げる。
「別に……あんたを襲おうとしたわけじゃない。腹が減って足がもつれただけなんだ」
「とっ、とにかく……あっちを向いててください!」
「……へいへい」
俺はクルリと反対側を向く。やがて彼女が池から上がり、服を着る音が聞こえた。
「……もう、こっちを見てもいいですよ」
少女らしい甘さを含みながら、それでいて人を安心させる美しい声だった。だが俺はそれどころではなく、腹が減ってもう立っていられなかった。その場にへたりこんだ俺を見ると、彼女は置いていた籠から皮袋を取り出し、飲むように言ってくれた。
吸い口を含むと、ぬるい山羊の乳がのどを滑り落ちる。それはしびれるような快感をともなって全身にしみわたった。一気に飲み干した俺に、彼女は頬をゆるませた。
「本当におなかが空いてたんですね……。よかったら、これもどうぞ?」
さらに彼女は白いチーズをはさんだライ麦パンを食べさせてくれた。噛みしめるたび、酸っぱさと旨味が口の中に広がる。あわてて腹を壊さないよう、俺はゆっくりと時間をかけて食べた。
ようやく息を吹き返し、改めて俺は助けてくれた少女を間近に眺める。着ているのは古びた白い木綿のブラウスと青く染められたエプロンドレス。典型的なフランスの農家娘の服装だ。おそらく十六、七才くらいだろう。
つややかな金髪はゆったりと編まれ、肩のあたりで一つにまとめられている。いつの間にか雲間からのぞいた日光が反射して、その髪はまぶしいくらいに輝いていた。白い肌は少し日焼けして赤みをおびている。小さな顔の中に控えめな鼻と薔薇の花びらのような可憐な唇がおさまっていた。
もっとも印象的なのは丸く大きな茶色の瞳。子供のように純粋で、森の奥にひっそりとたたずむ泉のように深い。俺が彼女から目を離せないでいると、彼女は恥ずかしそうに顔をそらした。
「あー……さっきは悪かった。助けてくれてありがとな。俺はダリル。えーっと……」
「もう、いいですよ。私はジャンヌです。隣村にお使いに行った帰りで……。あなたはどちらから?」
「……イングランドだ」
「えっ……!?」
びくっと少女は身体を固くする。俺はあわてて続けた。
「でも、今はイングランド軍に追われてる。これからはフランスに味方するつもりだから、安心してくれ」
「そ、そうなんですね! よかった……」
ジャンヌと名乗った少女は、ホッとしたように微笑んだ。
「このあたりもイングランド軍に襲われたのか?」
「はい、半年ほど前に……。村の人達がたくさん殺されました……」
「そうか……。とにかく俺はあんた達の味方になる。村に連れて行ってくれるか?」
「は、はい! 私の父は村の警備隊長をしてるんです。ご紹介しますね!」
そう言って彼女は、ふと気がついたように俺の顔をじっと見つめてきた。
「ん? どうかしたか?」
「あ……いえ。どこかでダリルさんに会ったことがあるような気がして……」
「俺はずっとイングランドにいたからなあ……。他人の空似だろ?」
「ええ……気のせいですよね。忘れてください。それじゃ、村に行きましょうか」
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