Case30 竜による崩壊、灰色の観客、無数の領域の空白化と融合

 些細な行き違い、大国の思惑、突発的な反逆行為、蓄積していた民衆の鬱憤などにより、ラプタニアで内戦が発生した。かの国は連合帝国という形式は取っているものの、各地の自治が強く、ほぼ国家間戦争であった。

 やがてラプタニア国内のみならず、周辺の国々をも巻き込んで世界大戦へと発展したのちも、リンダリア王国はかたくなに参戦を拒んだ。もちろん、かつて結ばれた〈金環条約〉の効力のせいであるし、諸国がリンダリアに対し〈呪われた地〉とのイメージを持ち、強くこれを忌避しているがためでもあった。王国内でも、自国の異常さを多少は理解しているので、むやみに参戦することは避け、難民の受け入れを実施したが、やって来る者は皆無に等しかった。

 そののち、ラプタニアの浄化法人が戦火によって一時撤退を余儀なくされると、処理するものがいない帝都バルニバルブのイドラが蓄積し、かつてないほどに巨大な怪異が姿を現した。

 それは竜であった。リンダリア全土に三百年前、突如出現した大犬に比べれば恐るるには足りない相手だったが、それは王国の人間から見ればの話だ。

 各国は戦争どころではなく休戦を選択。怪異が戦争を止めたので喜ぶべき事態ではあったが、今度は竜によってそれまでの戦闘を上回る犠牲が出た。帝都からリンダリア内、そして周辺国へ飛翔し竜が破壊を撒き散らしたのだ。

 王国の人間は、あんなでかいだけのトカゲにやられるなんてこれだから帝国人は……と、ため息交じりに揶揄した。やがて浄化法人の巡邏官が帝都に戻り、竜を討伐し戦争は終わった。


 そののち、竜はばらばらに解体され、王国へと持ち込まれた。すでに三百年前、竜による攻撃を受けたウェスタンゼルスにはある程度の情報があり、それを用いて浄化法人と曙光連が合同で、複製を作り上げることに成功した。

 火を吐く能力を奪い、性格を穏やかにし、サイズも大型犬くらいに改良したものがペットとして出回った。人々は最悪な怪異が渦巻く中の癒しに喜んだが、これは禁忌だったとその時点では気づいていなかった。

 竜達の一部は脱走あるいは不法な投棄によって野生化し、都市から離れ、荒野にて交雑を続け、一年後にはすでに恐るべき姿になっていた。

 そいつらは灰色の鱗をしていて、緑色の目を持っていた。

 数年後に人々が気づいたときには、竜達は帝国で暴れていたものや、かつて大陸中を襲った大犬よりも巨大で手に負えない存在になっていた。

 まさしく天を突くサイズの竜が荒野から押し寄せ、都市は滅んだ。


   〈五六二系統、六七〇一二八〇五領域の終焉において〉

 

 エヴァは灰色の砂漠に立っていた。空も同じ色で、太陽はどちらにあるのか判然としない。ただ薄暗く、眼前には砂ばかりがあった。

 そのさ中に、昔見た映画のラストシーンのように、デレク大王の巨像が上半身だけを出して埋もれている。ビルの残骸もあちらこちらに見える。その向こうに、黒い海があった。

「君は本当に例外的なんだな」

 エヴァの隣に一人の少女がいた。この場所と同じく髪は灰色で、目は海のように黒い。

「領域ごと滅ぶと思ったんだけど」

「あなたは?」エヴァは聞いた。

「〈劇場〉の観客。ここが竜によって不用意に滅ぼされるのをさっきから見てた、終わるときは非常にあっさりしているのがここらの領域の特徴だよ」

「この第十五領域の?」

「それはきみたちが領域渡りからの数少ない情報でつけた仮のナンバーだろう? ここは五六二系統、第六七〇一二八〇五領域。それも全体から見ると一部なんだけどね。ここを襲ったのは極めて概念的な終末だった。きみの同僚のパーシーとかは理解できるかもしれない。彼も砂になってしまったけれど」

「いったい何が?」

「〈竜が暴れてすべてを滅ぼした〉というのがここの終末だ。ただそれだけ。そのうち残ってる海は干上がってデレク王も砂に帰って、ここはただの灰色の領域になるんだ」

「ここにいた強い人たちは竜に対抗できなかったんでしょうか?」

「彼らの強さはイドラに由来しているからね。それごと概念的に呑まれると終わりなんだな」

「あなたは何をしているんですか?」

「〈観客〉は見るのが仕事だよ。ずっとここいらの領域を見てきた。ここにいるわたしはごく一部。本来のわたしは数兆の領域に跨るほど大きいから、こういう観覧用技術で体の端末を作り出して来訪しているんだよ」

「これから何をするんですか?」

「きみ? それともわたしが?」

「両方」

「好きなようにしたらいいんじゃないかな。わたしはそうするな」灰色の少女は無感情に言った。「もうちょっと向こうのほうにまた滅びそうな領域があるからわたしはそちらに行くと思う。きみはそうだな、ここにいてもしかたがないし、別な場所へ行ってもいいんじゃないかな。そこらを散歩しててもいいけど。数億年くらい」

「私は領域渡りではないんですが」

「いや、エヴァ・ライム、きみは確かにそうだけど、例外的にいけると思うよ。やろうとするだけで、できるってことになるはずだから。他のあらゆることもたぶんできるはずだし。例えば、この領域を復活させてもいいし、好きなように変えてしまってもいいんじゃないの。そのあとで浄化法人の人とか国の偉い人は怒るかもしれないけど。まあ怒られたら怒られたで、すみません、滅んだままにしておくのは良くないと思い、復活させました、って言えば彼らもそこまで厳しい処分はしないんじゃないかな」

「そうですか?」

「うん、たぶん。まあ、もう少し待ってからのほうがいいかもしれないな」

「なぜ?」

「今ちょっと辺りを見回してみたら、これはもう、予想外に大きい災厄が発生していて」

「ええ」

「ここだけじゃなく、このへん六京くらいの領域が、ここみたいに滅びつつあるかな」

「原因は?」

「竜によるものが多い気がするけど、そうでないのも多い。原因が分からないものも多い。来週辺りにははっきりするはずなんだけど。なんだろう。脆弱性を突かれたか、何か根源的なところで不具合があったのかな。メーカー側があとで謝罪会見とかするかも。六京だからけっこうな騒ぎになりそうだけど、それも再来週くらいには終わってると思うよ」

「じゃあ復活させるとしたら、一回全部滅んでからのほうがいいですか?」

「うん、二度手間にならないように。というか、これは変だな」

「何がですか」

「どうも、ここいらの領域が全部癒着して、ひとつになりつつあるようなんだ」

「それって、良くあることなんですか?」

「いや、ないね。これは見ものだな」

 そう言いつつ彼女は相変わらず無感情だった。

「具体的にはどうなるんですか?」

「どうもならないけど。まあ六京の領域が全部くっついて、大半がここみたいに滅んでるから、ものすごく広い、砂しかない一個の領域が誕生することになるね」

「そうですか」

「たぶんきみ以外はみんな砂になっちゃったから、このものすごく広い領域には、今はきみしかいないってことだね」

「あなたがいるのでは」

「わたしは〈観客〉、何人いても、登場人物には数えないんだよ。だからまあ、エヴァ、この劇場はきみの独演だ。何をしてもかまわない。きみはなんだってできる。普通は無理だけど、例外的に。わたしは引き続き、ただ観ているよ。今は幕間、だから例外的にこうして話しかけてるけど、あとはもう、ただ静観あるのみだ。わたしはこれからも、きみが何もしなくたって、もし仮に砂に帰ることを選択しても、ずっと観続ける。観客だから。四枚の壁もその向こうも、すべてが砂になってもだ」


 観客の少女は去った。エヴァは辺りを見回した。デレク王の像も海もすでになかった。空白のような灰色の領域せかいがただそこにあった。

 目を上げると、灰色の空から灰色の太陽が、すべてを照らしている。

 エヴァは今が黎明なのだと知って、朝日に向かって、歩き始めた。

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黎明のイドラ 澁谷晴 @00999

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