Case29 厄介な剣
溯ること三百年前、最初にイドラ界が現実領域へ侵入したとき、災厄とともに二振りの刃が王宮の中庭に突き刺さった。その白刃の片割れを手にするなり、ルーグナッグ公の子息レイモンドは、「化け物どもをぶち殺してやるぜ。それで足りなかったらそこらの馬鹿どももぶち殺してやるぜ。ひょっとすると誰彼構わずぶち殺してやるぜ」と奮い立ち、山ほどもある大犬たちを体ひとつで駆逐し、その隙をついてエヴァ王女は災厄の中心点を感知し、破った。
これによりイドラ界との巨大な穴は塞がれたが、彼女が何を破壊したのかは誰も知らない。一説には王宮の地下深くにあったそれに触れたために、王女は狂ったのだと言われている。ともあれ王国は救われたが、イドラの流入は完全に止めることはできず、複数の領域がイドラ界を通じて接続され、街には小規模な怪異が常在することとなった。
王女はその後レイモンドへ嫁ぎ、後裔たちは今日に至るまで、デレキアの浄化法人長官を務めている。
そして今日、エヴァ・ライムが近所の路地を、夜中にエナジードリンクを買うために歩いていると――エヴァはカフェインがたっぷり入った飲料を常飲しており、飲まないと頭痛がひどく気分が落ち込むというところまで来ていた――その剣が落ちていたのだ。
剣は埃にまみれて、柄にはボロ布が巻かれみすぼらしい雰囲気だったが、刃は鋭く光り、どんな怪異だろうとたちどころに消し去るという雰囲気があった。
エヴァは石畳の隙間に突き刺さっているそれを引き抜いた。それは話に聞くレイモンドの剣に酷似していて、おそらく本物だろうと確信した。デレキアの浄化法人本部に秘蔵されているはずのそれが、なぜニューノールの路地にあるのか。おそらく剣じたいが、イドラを切り刻むことを望んでいるからだと思われた。
エヴァはそれを最初質に入れようと思っていたが、なくなって困っている人もいるだろうし、とりあえず隊長へ報告しようと考えた。
翌朝、出勤すると彼はしかめ面で顔で食パンを齧っていた。
「おはようございます。ラドクリフ隊長、これを見て欲しいのですが」
「なんだ、その小汚いアダマントは。新しい剣が欲しかったなら申請しろ、中古で変なのを買うんじゃない」
「いえ、ゆうべ道で拾ったんですが」
「妙なものを拾うんじゃない」
「これは前に聞いたレイモンドの剣じゃないでしょうか」
「レイモンド? どのレイモンドだ。ファーガソン隊長か? 〈抜け目なしのレイモンド〉か? それとも〈スパイダー〉ことレイモンド・フォスターか? あいつは先月、電車に飛び込んでぐちゃぐちゃになったろう。俺はホームのホットドッグ屋で昼飯を買ったとこだったが、奴さんが叫びながらダイブしたと思ったら、隣のやつが言うんだよ、『兄ちゃん、そのホットドッグにずいぶんケチャップをかけたもんだな!』って。だから俺はこう言ってやったんだ、『あんたこそ――』」
「『――そのキドニーパイの肉、ずいぶん多いじゃねえか』。そうではなくて、レイモンド・ルーグナッグ公爵の剣ですよ」
「なんだと? それはデレキアにあるはずだろ」
「誰かが盗んで落としたか、何らかの怪異のせいではありませんか」
「どちらにしても厄介ごとの種だ。そんなものは今すぐ捨てろ」
隊長がそう言うので、そこらの道路に放り投げておいたら、次に外に出たときにはもうなかった。
エヴァが、報道された情報から、この日起こったおぞましい出来事を把握したのは、翌日になってからだった。中産階級のおっさんが、手にレイモンドの剣を持って、周辺の人を切りまくったのだ。彼らからは血が出ず、代わりに砂があふれ出し、いつまで経っても止まることはなかった。路上は砂だらけになり、おっさんは人を切り続けるから、辺りはそのうち砂漠のようになった。
そのうちおっさんは駅ビルに侵入し、引き続き人々を切りまくったのだが、やがて警備隊に射殺された。こんな厄介な剣は浄化法人へ引き渡し、また本部で厳重に保管してもらおう、ということになったが、輸送の際に再び何か起こったら大変なので、警備隊はそれを道に捨てた。
恐らくまた、どこかの誰かが拾い、エヴァのような例外でもないかぎり、何かをやらかすのだろう。
出勤してきたラドクリフ隊長は駅のホームで、おっさんが射殺された現場に居合わせたと言った。今日もホットドックを食べていたら、頭上から血の雨が降り注いだ。そんな惨事を知ってか知らずか、隣の男が彼に言った。
「兄ちゃん、今日もずいぶんケチャップかけたもんだな!」
隊長はげんなりした顔で応えて、
「ケチャップじゃなくてぶっ殺されたやつの血だよ」
すると男は言った、
「それ、いくらでトッピングしてもらえんだ?」
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