Case28 鳥葬された参入者

 その日、ヴィクトリア・ハイドは親戚の葬儀とかで休みだった。それなら、とラドクリフ隊長はウォルターに対し、ジェイソン・ドリンクウォーターと組むことを提案した。彼の相棒のルカはなんだか定かではない理由でしばらく休んでおり、隊長に聞いても「ああ……あのクソ野郎……」とつぶやくだけで、どうやらなにか合法的だが汚い手段を使い、あの少年は休みを獲得したらしかった。

 曇り空の下、ジェイスとウォルターは動物園駅のほうへ歩いていった。「普段はどうしてるんだ?」という話になり、ウォルターはトリアのやり方を説明する。彼女は猟兵時代の二つ名〈脱兎〉の通り、現場へ来るとすぐにどこかへ走り去ってしまう。気づいたときには感知を済ませ、中心点を自分で早々に処理するから、ほとんど処理係のやることはないんだ、とウォルターは率直に言った。そのあとで、少し右へ動いたほうがいい、とジェイスへ告げ、彼がそうしてから、蛆虫の集る腐肉が路面へ、湿った音とともに叩き付けられる。

「ルカはいつもどうしてるの?」

「やつはろくに動かない場合が多いな」ジェイスは淡々と言う。「具体的かつ簡潔に指示を出すのが重要だ。そうすれば多少はやる」

「なるほど。本日もそういう感じで頼むよ。難しい仕事じゃないから、早めに終わらせよう」

 この日の仕事は三つで、最初は住宅地のど真ん中に、ものすごく大量の汚いカーテンが山と詰まれるという怪異。次は少し離れた河川敷に、難しい顔をした同一人物の爺さんが十七人常にいるという怪異。最後は図書館で、特定の書籍の棚に五キロ歩かないとたどり着かないという怪異だ。

 最初のを片付けて歩いていると、遠くのビル街に空から他の領域の地盤が落下し、給水塔が破裂するのが見えた。多量の水が噴出し、辺りに降り注いでいる。

 もう少し先に進むと、直立したトカゲの怪物に対峙した猟兵が、陸上競技で使うようなスターターピストルを空に構えていた。

位置についてオン・ユア・マーク……用意ゲット・セット……」

 次の瞬間、銃声とともに彼女の姿は消え、トカゲがばらばらになって吹き飛んでいた。ジェイスが、あれは時間の間隙を移動する〈石火〉の某という人物だ、と教えてくれた。そして、この前夜勤のパーシーが、同じようなやり方でゾンビを退治するのを見たと話した。パーシーは光速を超える速さで動けるとジェイスが言ったので、本当に? とウォルターは聞き返す。

「彼が用いるのは〈概念〉だからだ」ジェイスは説明する。「『速く動く』という概念を用いて移動するから、瞬間的に光速も凌駕する。攻撃についても、破壊、損傷を与えるという概念を武器として振るう。怪異の除去も『それを片付けるという職務』を概念的に行使するから、中心点を探す必要もない。ただ、ジャンが処理係として働く以上、大抵律儀に感知しているようだが」

「よく分からないけど彼は有能そうだ」

「夜勤はエリートぞろいだからな」

「うん。僕はそっちにはいきたくないね。危ないから。やっぱり健康を害したりするほど働きたいとは思わないよ」

「全くだ」

 そこで再び肉片が振ってきて、ウォルターは体を捻りそれをかわした。


 図書館での怪異を片付けたとき、まだ昼の二時前だった。とっとと帰って休もうとしたとき、数十人の騎兵が大通りに押し寄せた。即座にウォルターは一人を、乗っていた馬ごと肉片に変えた。

 猟兵たちと違い、基本的に巡邏官は依頼にない怪異の駆除を好まない。しかし、こうして渦中に巻き込まれた際は、対処せざるを得ない。もちろん横着なタイプなら、無理やりに突破し帰宅しようとするだろう。

 ターバンを巻いた学士が、曲剣のアダマントを抜き、目を光らせた。電柱の上に跳躍し、そこで何やら唱えつつ何かを貫いて――他の騎兵を相手するので急がしく、ウォルターもきちんと見ていなかったが――騎兵隊を消滅させた。

 〈ロック〉と名乗った若い学士は、人間型の怪異の持つ武器を収集する一派に属していた。どうやったのか、騎兵が持っていたカービン銃はそのまま路上に残っている。ロックはそれを集めると、状態の良いいくつかを紙袋へ入れ、挨拶もそこそこに立ち去る。そのあとで保安局の部隊と修復部門の人間がやって来て、事態が収まっているのを確かめると帰還した。最後に警官がやる気なさげに訪れ、現場をちらりと見てすぐにどこかへ行った。

 支部へ戻り、ラドクリフ隊長へ報告を行う。夜勤のアリス・ロビンソンが休日にもかかわらずなぜかいた。理由を聞くと、この日、住んでいるアパートで業者を入れて殺虫剤を撒いたそうだ。予定ではすぐ終わるということだったが、何かとんでもないものが這い出てきたらしく、明日の朝まで帰れないことになってしまったという。

 退屈さを嘆くアリスと、鬱陶しそうな隊長を残して二人は帰ることにした。


 翌日、トリアが復帰して来ると、今度はウォルターが休みだった。

 昨日帰るときに、何らかの怪異に巻き込まれてしばらく消滅を余儀なくされたのだと隊長が言った。

 トリアは、ジェイスと組まされるものと思ったが隊長は、外にいる新人と組んでくれ、と言った。外に出ると、電線に数十羽の黒い鳥たちが止まっていて、そのすべてがこちらを見下ろしている。だが、新人というのはいないようだ。隊長が外に出てきて、この鳥たちが新人のミュリエル・メイプルソープだと紹介した。一羽がスケッチブックを咥え、もう一羽がペンでそれに書く。

『こんにちは。始めまして』

 トリアは会釈する。

『相棒が決まるまでこうして不定期で入ると思うので、短い間ですが今日はお願いします』

「さっそくだがお前らには湾口のほうへ行ってもらう。もう聞いているかも知れないが、砂浜に大量の薬缶が湧いて出て、大変な騒ぎだ。恐ろしい早さで増殖を続けているから、放っておけば大陸が飲み込まれる恐れがある。中心点の発見が難航しているので、それまで増殖を食い止めろ」

 鳥たちとともにトリアは湾口へ向かった。

『大変なことになりましたね。昔、ウェスタンゼルスで類似の怪異があったはずです。そのときは〈瞬殺のサイラス〉という上級猟兵が一瞬で片付けたはずですが』

「この街にはそんな有能なやつ、いないから。いても忙しいし」

 トリアは独り言のように答えた。

『トリアさんは、喋らない方と隊長さんに聞いていましたが』

「人とは、喋らないよ。あんたは鳥だし」

『一応元は人間なのですが……でも喋っていただけるのはありがたいです』

「それより、あんたはどうやって仕事するの」

 ミュリエルは、自分は〈鳥葬のランドール〉のイドラによって変異した人間で、彼の持つ、対象の物体や概念的なものを鳥に変えて飛び立たせる力を、一部流用できるのだと説明した。

 また猟兵が他人を巻き込んだのか……とトリアは呆れ、しかし同僚のオーガストやアリスが巻き起こしたことに比べればまだましか、と思った。

 海岸線に到着すると、金色に輝く真鍮の薬缶で溢れ返っている。それらをアダマントや雑種刃で破壊していく際の、緑色の光があちこちで炸裂している。極めて無為な光景だった。曙光連の学士の中にはただ観察している者もいるし、そこらでさぼって海を見ている猟兵や巡邏官もいくらかいた。

 最初、トリアも剣で薬缶を砕いていたが、すぐに飽き、駄目もとで目を光らせたが、確かに中心点がひどく探しづらい。どうやらイドラ界の一部そのものがこちらに転移していて、それが覆いとなっているようだ。おまけに中心点が複数あるような気配もする。

 ミュリエルが薬缶を黒い鳥に変えて空に羽ばたかせている間、かつての同僚〈接戦のルクレチア〉がいたので彼女の愚痴を聞いた。

 ルクレチアがその気になれば、どんな相手とも互角の戦いを繰り広げることができる――と本人は言う。だから、これらの薬缶を一人で食い止めることもできるだろうが、精神的にきつい、というのでさぼりながら作業をしているようだった。

 恐らく狩猟長が全部まとめて吹っ飛ばすのかな、と話していると、プリンス大隊長が来て、これからどうにかしてくれる人が来てどうにかするので、帰っていいわよ、と告げた。その場の全員がすぐに海辺を離れた。後日ニュースで、どうにかしてくれる人があっさりと薬缶すべてを消し去ったと報道されたのを見て、トリアも他の浄化者たちも、なるほど、と思った。何か一見どうしようもないことがあっても、必ずどうにかしてくれる人がいて、その人が自分の知らないところでどうにかするのだ。それは何がどうあっても、決して日常が壊れることがないという保証で、すべての退屈さを引きずって、それの中で生きていくしかないのだという当たり前の事実を、皆が改めて認識した。


 それから、ウォルターは復帰し、トリアに何もない白い空間に閉じ込められていた話をした。引き上げサルベージにかなり手間かかったんだよね、と彼は言う。ルカも嫌そうな顔で業務に戻り、ミュリエルはなぜか鳥の姿のままでい続けた。

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