希望が鎖す、夜の別称:05
妖精が星降の王に詳細な説明をしている間、あんまりあのねあのねステラちゃんあのねきゃあんやぁんとしていたせいで、ソキは行く先々で好みの女に声をかけるなと特大の雷を落とされてしまった。そんなつもりではないのである。ソキはいじいじとくちびるを尖らせて反論したが、ステラと手を繋いだままであったが故に、まずそこを改めてから反論しようとしろ、と次の雷を落とされた。
ぷーくーくーっと頬を膨らませ、ソキはいまひとつ反省の見えない態度で首をちょこりと傾げてみせた。
「心配しなくてもぉ、ソキはロゼアちゃんひとすじですしぃ、リボンちゃんのことだってすきすきすきー! の、だいすーきー! なんですよ?」
『アタシがいつそんな話をしたっていうのよ……! ソキ! なにをしに『学園』から出歩いてるか、ほんとに覚えてるんでしょうね!』
心外ですううう、という顔をして、ソキはこくりと頷いた。助けを求めに来たのである。でもなぜか『武器庫』にいて、そこから移動したら朝になっているし、砂漠に行ったら陛下に捕まって用事を言いつけられてしまうし、星降に来たら投網で捕まってしまうし、もうさんざんな目に合っているのである。
王宮魔術師はすでに動いていると聞くし、ソキが白魔術師たちと一緒に砂漠に戻る必要はないのではないだろうか。だってもうロゼアちゃんが足りないし、というようなことを、ソキはけんめいに妖精に訴えたのだが。妖精の返答は冷たかった。
『ロゼアはしばらくほっときなさい。いいから、用事を済ませてしまいましょうね。陛下への説明はアタシが済ませておいたから、用意して頂く書状を持って、花舞に行くわよ』
「えええぇえ……。えええー、ですうううー! ロゼアちゃああぁあん……!」
『残念ねぇ? シディが昏倒させたから、シディが回復して解呪するまで呼んだってなにしたって来ないわよ。ざまぁみろロゼアのヤロウ』
あの様子だと三日は起きてこないと聞いて、ソキは戦慄した。つまり三日もロゼアなしを強いられるのである。とんでもない大事である。いやああぁああんソキお家かえるかえるですうううせめてロゼアちゃんにぴとっとす、あっもしかしてなんですけどこれは寝顔にちゅうのかつてないだいちゃんすなのでは、と言った所で腕組みをした妖精にはいはい花舞に行くわよと促される。書類が出来上がったらしい。
星降の筆頭魔術師が苦笑しながら差し出してくるそれを、ソキは恨みがましく睨んで、やうーっ、と威嚇した。
「ソキ、レディさんに会いに行くもん。陛下だって、医療部隊か、レディさんの、どっちかと一緒って言ってたです。ソキ、ひとみしりなんでぇ、知ってるひとじゃないといやいやんです。だから、これはステラちゃんにあげます! はい!」
「えっと……? あ、ありがとう……?」
はっしと書状を掴んだソキにそのまま差し出されて、事情をおぼろげに理解しつつも見守っていたステラは、戸惑いながらも受け取った。ふむ、と面白がる顔で星降の筆頭が口元に手を押し当てる。二人は当然、同じ城内を職場とする同僚であるから、顔見知りであるのだが。ステラ、と魔術師の筆頭に名を呼ばれ、騎士の少女は礼儀正しく、ぴしっと背を正して返事をした。
ただし。手を繋いだソキを、腕にぺとんと引っつかせたままで。
「ステラ。君が『学園』の魔術師と交流があったとは初めて聞くけれど?」
「えっと……そうですね。ありません。ソキちゃんとは、さっき廊下で……あの、決してやましい思いがあった訳ではなく! 迷子かと思ったら美少女だったし魔術師だっただけなので……! こんな美少女ほっといたらそっちの方が危ないですし……!」
そうですよね、と微笑んで、星降筆頭の青年はソキを見た。人見知り、の意味を三秒考えたあと、ふっと笑みを深めて柔らかく頷く。
「はい。それでは花舞に向かうように。ステラ、『扉』の位置は分かりますね? 案内してあげなさい。彼女が逃亡したり、迷子になったりしないように」
「……ですって、ソキちゃん」
「むじひですううううう! ソキはほんとにひとみしり! ひとみしりなんですううう! 頑張ってなおしたですけど、でもでも知らないひとやんやんですうううまた網で捕まったらどうしてくれるです……? あんまり……あんまりなことです……ソキのお肌が赤くなっちゃったんですよ……? なのに、なでなでもぎゅうもないです……。こんなひどいあつかいをうけたのは、うまれてはじめてのことですぅ……」
いやああぁああ、と悲痛な声をあげてやんやん体をよじって訴えるソキに、ステラからは心底可愛く思いつつ相手を心配もするという、ロゼアと似た眼差しが送られる。これは頼りにならないしソキを駄目にする相手だどうしてそんなのばっかり引っ掛けてくるのか、と思いながら、妖精はソキの頭の上に着地し、足先をぱたぱた動かす控えめな動きで叱責する。
『だ、め、よ。花舞の魔術師なんだから、全く会ったことない相手なんかじゃないでしょう? キアラとかジュノーとか、シンシアでも呼び出せばいいじゃない。多分引くほど喜び勇んで走ってくるわよ』
ロリエスが不在の現在、花舞の女王がその三人を『学園』に向かわせたとは考えにくいものがあった。星降にさえ花舞の魔術師がいるのなら、なおのこと。恐らくは楽音にも白雪にも散らばっているだろう。身に持つ魔術量こそ白魔法使いとは比較できないだけで、単身と比べて組んで動くことのできる花舞の白魔術師部隊は、ことこのような有事において比類なき武器となり、力となる。多少、勢いで動き勢いで決定してやらかす点にさえ目をつぶれば。
ぷううっと頬を膨らませるソキに、花舞の陛下に投網投げられたって告げ口していいからと妖精が言うと、ようやく首が縦に振られる。ゆっくりとした、重々しい、なんらかの決意に満ちた動きだった。
「ソキ、いいつける……。陛下のも、魔術師さんに網で捕まったのも、みぃんないいつけるです……!」
「……砂漠の、なんかもらい事故してない? 大丈夫?」
なにされたのー、とのんきな声で問うたのは星降の王だった。普段は落ち着きがないのに今日に限ってまったりとした雰囲気を漂わせる王に、不可解そうな目を向けながら、ソキはくちびるを尖らせて訴えた。
「あのね。ロゼアちゃんのとこに帰ったら駄目だって仰ったです。それで、レディさんか、白魔術師さんと一緒に戻ってきなさい、なんですよ。あんまりなことです。むじひです。おんじょうをかんじないです。これだから陛下はおんなごころがわからないとか言われるです。しゅくじょのあつかいをこころえてないです!」
「うーん、そっかー。落ち着いたら、俺からも言っておいてあげるね。だから今は、花舞に行ってくれる? ……お願いしたいな、頼めるかな?」
星降の王は穏やかな笑顔で囁いた。なにを、とは言われなかったのだが。ソキはやる気を取り戻した顔でこっくり頷き、ステラの手をきゅむっと握りしめる。
「それじゃあ、ソキは花舞に行ってあげることにするです。あのね、終わったら、『学園』にも行っていい?」
「んー、そうだなー。花舞で、白魔術師たちに聞いてごらん」
「はーいですー!」
見事に先延ばしのたらい回しにされていることを気が付きもせず、ソキはにこにこと手をあげて返事をした。ステラと手を繋いで、それでは失礼しますととてちて執務室を出ていくのを、星降の王と筆頭魔術師の視線だけが見送った。視線だけで、立ち上がりさえしない。その姿に。厳戒態勢である、と妖精は判断した。星降は見かけだけ、常の穏やかさを纏っているに違いない。
城には王の魔力が張り巡らされている。それはレディが残していったような防衛の力ではなく、純粋な祝福の祈りだった。悪いものが入ってきませんように、いつもの日々でありますように、という、子を持つ親が誰にともなく託す、淡い祈りのような。それでも、それは魔術師が成す術であり。王の広げた守護である。そうしている限り、星降にこれ以上の異変は起きないだろう。
星降の王がソキを城に留めず移動させたのは、予知魔術師だからだ。その穏やかで強靭な守護をも突き崩す可能性を、ソキが持っているからだ。それは切り札となり、また不安要素にもなる。王たちが『学園』にソキを戻したがらないのはその理由である。なにがあるか分からない以上、現場となったそこへソキを置くのは危険すぎた。
ソキは欠片も聞いていなかったが、妖精は星降の王から、恐らく『扉』が使えるのは予知魔術師だけだという推測も渡されていた。事件が起きてからしばらくは普通に動いていたが、ある時から駄目になってしまったのだという。調整できる者を皆、砂漠と『学園』に閉じ込めて。
寮長は未だ回復しきらず、世界を渡る術がないと紙片を一枚、寄こすので精一杯であるらしい。風の魔法使いであるナリアンであればもしかしたら、という可能性も同時に告げられていたが、未だ『学園』で守られる生徒であり、担当教員も傍にいない状態では試すことさえ危険が勝る。ましてや、ナリアンは師や親しい者たちが倒れ伏す砂漠から、助けを求めて走った後だ。
ソキを探し惑った混乱は王たちのもとに伝わっていて、そうであるから手段としては保留にもされない状態である。なすすべもなく。過ぎる時による微弱な回復と変化を、魔術師たちはじりじりと待っていた。ソキは現れた劇薬だ。扱いをごく慎重にしたい気持ちは、妖精にも理解できることだった。本人が行く先々で好みの女を見つけては、きゃあきゃあはしゃいでさえいなければ、そんな話もしてやったのだが。
妖精を連れて花舞へ向かう『扉』まで移動するソキは、なにがそんなに気に入ったのか、ステラと手を繋いだまま機嫌よく歩いている。ほんとのほんとになにが起こってるのか分かってるのかしら、を通り越して、なにが起きたのか覚えているのか、ということから心配になった妖精は、ソキの目の前にひらりと滑空し、意識を引きつけてから問いかける。
『ソキ? ……アンタ、あの砂漠の虜囚に連れ去られかけたことは分かってるんでしょうね?』
「ぷ! リボンちゃんたら、思い違いをしているです? ソキ、ちゃあんとわかってるもん。こわいこわいがロゼアちゃんを狙って、みんなをえいっ! ってして、ロゼアちゃんにくっついたんだもん。だから、ソキは、みんなにそれを助けてもらうです」
意外と分かっている、という顔を隠さず逆に訝しげな顔をする妖精に、ソキはわかってるもんと繰り返した。
「わかってないのは陛下たちだもん」
『はぁ?』
「いーい? リボンちゃん。あのね、ソキとアスルはありったけ! けんめーにがんばってのろったです。それはもう、とっておきの、いちばんのがんばり、というやつだったです」
てちてちてち、とつたなく歩きながら、ソキは心ゆくまで自慢げな顔をした。
「だからね、いまはなにもできないの。ちょっとはなにか出来たかもですけど、もうだめなの。ぱったりでくにゃくにゃで、ちっとも動けないです。ソキにはお見通しです。だからね、しばらくはなにもないの。だからね、助けてには時間のよゆーというのがあるですし、だからね……ソキはほんとにロゼアちゃんのとこ帰っていいんですよぉ……なんというむじひなことです……それなのにけんめいに働くソキ……これはかつてない褒めがもらえる筈です……」
『……ソキ? あのね、あの……あのね……?』
目眩がした。『扉』はもう目前である。妖精が言葉を探している間にソキは『扉』をぺちぺち触り、特別問題ないです、とばかり頷いている。心底気乗りのしない様子でステラから書状を受け取り、流れるようになぜか次のお休みに一緒にお買い物に行く約束を取り付けているソキの頭の上に、妖精はよろけながら不時着した。呻きながら問う。
『ソキ……。アンタそれ、誰かに言ったんでしょうねアタシはいま聞いたけど』
「……んん?」
『だ、れ、か、に! 今の! 訴えをして! 理解を求めたか聞いてんのよアタシはーっ!』
なんでか突然リボンちゃんが怒ったですよくないですっ、とびっくりした顔をして、ソキは大慌てで、止める間もなく『扉』を開いて飛び込んだ。ソキには、ここから離れようとも妖精も一緒にくっついていくので逃げられない、という根本的な所の理解が足りない。魔力がふたりを包み込んで転移させるまでの、ほんの僅かな時の隙間で。妖精は許さず、羽根を震わせて絶叫した。
『誰にも言わないでぐだぐた怒ったり拗ねたりしてるんじゃないわよこの大間抜けーっ! ほんっとに大事な最重要事項だろうがなに考えてんだーっ!』
「やぁあああぁありぼんちゃんがおこったですうううううソキいったもん! いったもん! い……い……う? あれ? ん……ん、んん……うゆ? い、いった……も……いったぁ……?」
『言ってないのよアタシに聞くなーっ!』
やぁあああいったもおおぉおっとぴいぴいした泣き声を最後に、ソキと妖精は心配しきりのステラに見送られ、花舞へと旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます