暁闇に星ふたつ:74


 ロゼアってたまに『お屋敷』基準が抜けてないんだなって思う、と苦笑しながら告げるナリアンに、ロゼアは多少の心当たりがある様子で視線をさ迷わせ、沈黙した。待っていると、いやだって、と言い訳がましい視線が向けられる。

「ナリアン、忙しいし……。二日も三日もソキに会えないと元気なくなるだろ……?」

「うん、うん。分かってた。俺を思いやってくれたんだなって、俺はちゃんと分かってたよロゼア。……ソキちゃんに会えないと、二日くらいで元気なくなってくるんだねロゼア……」

 ソキが、ロゼアが傍にいないと早ければ二分でもうだめです元気がなくなってきちゃったです、と言い出すことがあるのを考えれば、長いと思ってあげられないこともない。ロゼアはソキちゃんのこと好きだもんね、と呟くと、息をするように頷かれた。ナリアンの知る、いつものロゼアの反応だった。

 くすくす笑いながら室内に招かれる。ちょうど、寝台でくちびるを尖らせたソキが、目をくしくし擦って妖精に宥められている所だった。ああぁああっ、と非難でいっぱいの、ほわほわふわふわした声が、寝ぼけながら奏でられる。

「ロゼアちゃぁあん……! そき、おいてく、なて、いけな、です……! いけぇな、こと、でぅ……うぅ……ふにゃ」

「ソキ、ソキ。ごめんな、起しちゃったな。おいで」

『……なんだってナリアンまでいるのかしら。ニーア、こっちへいらっしゃい。ほら寝るわよ』

 ソキを抱き上げたロゼアを睨みつつ、妖精がナリアンの手からニーアを呼び寄せる。ふらふら起き上がったニーアはねぼけまなこではい先輩と頷き、ふらふらした動きで寝台の上、妖精の隣に落下した。ソキのハンカチが何枚も敷き詰められた寝床で、妖精はもぞもぞと寝返りを打ち、ニーアと手を繋いで眠り込んでしまう。ニーアも気持ちよさそうに寝てしまった。

 えっ、と狼狽するナリアンに、眠気のない顔をしたシディがふるふると首を振った。

『すみません……。リボンさん、あれで寝ぼけてるんです……。花妖精は、複数集まって眠る習性がありますから……呼んでしまったんでしょう』

「……シディさんは、眠らないんですか?」

『僕は、いましばらくは。……先程、目を覚ましたばかりですから』

 なにかを警戒するように、シディの目がナリアンを見て、ロゼアを見て、ソキを見た。室内をぐるりと見回し、妖精の目がきゅぅと細くなる。警戒していることが、はっきりと見て取れた。とん、とん、とソキの背を撫でて寝かしつけながら、ロゼアが不思議そうにナリアンとシディを呼ぶ。

「どうしたんだ? 二人とも」

『……いえ。ロゼア、気分は?』

「普通。すこし眠いかな。……ん、ごめんな、ソキ」

 ロゼアの肩に頬をくっつけ、ソキはふにゃうにゃ文句を言っている。和んだ眼差しで見守っていると、程なくソキは眠ってしまった。すぴ、ぴすっ、ぴす、と幸せそうな寝息が響いている。ふ、とシディが苦笑した。警戒を抱いておくのが難しい愛らしさ、というものもある。よく眠っていますね、と笑うシディに、ロゼアは口元を緩めて頷いた。

「そうだな。ソキかわいい」

『はい。ロゼアも寝ましょうね』

「うん……。ナリアン、寝ていくか? 狭いけど」

 たぶんなんとかなるよ、と提案するロゼアに、ナリアンはあくびをしながら頷いた。起きた時には疲れが取れたと思っていたのに、一時的なものであったらしい。お邪魔します、と言って寝台に横になる。眠りはすぐに訪れた。穏やかに。次にナリアンが目を覚ましたのは、満たされた眠りの先の、朝のこと。

 俺だけ呼ばないなんてひどいよね、と笑いながら寝台に飛び込んできたメーシャに、遠慮なくつぶされる。笑い声の中での目覚めだった。




 未だ未熟な『学園』のたまごが、王に会う機会は限られている。ソキのように面談で呼び出されるのはあくまで特例であり、通常なら新入生を歓迎する夜会にて、挨拶の折りに遠目で顔を見るのが精一杯だ。年末年始の帰省中、運が良ければ挨拶を交わすことが叶うが、親しく時を過ごすのは王宮魔術師になってから。

 そうであるから、メーシャとナリアンにしてみれば、久しぶりに顔を合わせる砂漠の王である。今日は城の調査だから王に挨拶を、と引き出された場でどうにか言葉を交わし、二人は緊張と不思議さの入り交じった感情で砂漠の王そのひとを見つめてしまった。整った顔立ちの男である。

 黒色の短い髪は砂漠の夜。黄金の瞳は満ちた夜明け。導きの我らが王。砂漠出身者がこぞって自慢する男の、顔立ちにしかし、見覚えがある。そう思ってしまうほど、ロゼアによく似ていた。年齢の順で考えれば、ロゼアが王に似ていることになるのだが。親子、とするより兄弟的な似方である。

 ソキが、ロゼアちゃんにとてもよく似ているですから陛下も格好いいです素敵です、と頬を赤らめてもじもじするくらいなのだから、知ってはいたのだが。いざ顔を見ると、本当によくよく似ていた。二人の、困惑混じりの沈黙と凝視の意味を正確に理解している顔つきで、砂漠の王は心底不本意なため息をついた。

「ロリエス、ストル。教え子に、王の顔を凝視するなって教育しておけ」

「……でも、この二人がこれだと、よっぽどですよ。陛下?」

 緊張していたとも思いますし、あまり怒らないであげてくださいね、と。王にも教員たちにも声をかけながら、執務室に現れたのはラティだった。砂漠の国の占星術師。いつもの長くて固そうな、棒のような杖を片手に、腰には長剣を帯びている。魔術師のローブを着て、杖を持っていてなお、護衛騎士の雰囲気を漂わせる出で立ちだった。

 ラティ、とほっとした声で呼びかけるメーシャに笑顔で手をひらつかせる。おはよう、と声をかけて立ち止まらずに。ラティは渋い顔をする王に、慣れきった仕草で片膝をつく。騎士の一礼。

「おはようございます、陛下。佩剣の許可をありがとうございます。ご安心くださいね。なにがあってもこのラティ、必ず陛下を守ってご覧に入れます」

「……期待してる」

 諸々の感情を飲み込んだ顔で告げる王に、ラティは張り切った笑顔で頷いた。久しぶりの貴人の護衛が陛下だなんて嬉しい嬉しい幸せ、とふわふわした気配のまま、立ち上がったラティはメーシャたちの元へ歩み寄る。

「おはよう、メーシャ。ナリアンも。……ロリエス、ストル、そんな顔しないの! 仕方ないじゃない。ロゼアくんったら陛下の……陛下の? なんでしたっけ?」

「砂漠出身の魔術師のたまごと出身国の王だよ! それ以下でもそれ以上でもないから覚えとけ。一々聞くんじゃない」

「うーん……。陛下がこう仰ってるから、偶然なんかすごいよく似てるってことで納得してあげてね?」

 どうして自国の魔術師にも、隠し子やら落胤やらそういう方向性で疑われなければいけないのか、という顔つきで砂漠の王が額に手を押し当てる。王と魔術師のじゃれあいにも慣れていないメーシャは無言で何度か頷き、そっとストルに身を寄せて黙り込んでしまった。

 緊張してるね、と笑って、ラティは元養い子の顔を覗きこむように腰を屈めた。

「仕方ないか。うちの陛下、慣れないとちょっと怖いもんね」

「ラティ。聞こえる場所で聞こえるように言うな」

「はーい。それでは、陛下。すぐに戻りますので、彼らを送ってきても?」

 無言で、砂漠の王が手を振った。犬猫を追い払う雑な動きだった。陛下ったらもう、と笑いながら、有無を言わさぬ力で、ラティはメーシャの腕を引いた。そのまま執務室前の廊下へ連れ出して、ラティは訪れた魔術師全員が出たことを確認すると、ほっとした笑顔で後ろ手に扉を閉める。

「ごめんね。いつもならもうちょっと優しく付き合ってくださるんだけど、今はご機嫌ななめなの」

「なにか、あったんですか?」

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