暁闇に星ふたつ:48
会議に出る前にロゼアの部屋まで行って中を覗きがてら、ナリアンに宿題を渡してきたのだという。ソキはロゼアの腕で身動きが取れない様子でふくれていたが、そう機嫌が悪そうにも見えなかった。
ロリエスがざっと確認した所、アスルにかけられた呪いは、中々のものである。ソキがそうと決めて投げた相手にしか、呪いを発動させないのだ。ただ投げるだけなら、無害である。もちろん、普通に触れているだけでも痛みはない。
ナリアンは不思議そうにアスルをもふもふと弄りながら、ソキちゃんは頑張っちゃったんだね、と残念そうに息を吐いていた。しなくていい方向への努力だった。
「ていうかこの、五分の三が代理の筆頭会議なんの意味があんの……? 俺もう砂漠に帰りたい」
「情報共有が主な理由ですよ。そう言わない」
文句があるならあなたはまずジェイドを引っ張ってくる努力をなさいと星降筆頭の男に溜息をつかれて、フィオーレはそうなんだけど、と口ごもった。
半年に一度、月の初日に開催されるこの会議は、各国王宮魔術師の情報共有を主目的として行われる。近年平和であるが故に、交わされるのは同僚たちの体調や私生活のあれこれ、各々の王の動向など。
した方がいいが、しなくてもまあ、いい、と大体の者には思われている。
代理出席が多いのがその証拠だった。
「変わったことはありませんでしたか?」
それでも。欠席する国はなく。筆頭として選ばれた者の、意思がくじけることはない。微笑んで言葉を求めた男に、ぱらぱらと情報がもたらされていく。花舞からは女王陛下の最近の様子や、魔術師たちの状態について。
楽音からはリトリアの騒動に対する改めての謝罪と、最近の少女の様子や魔力の安定の度合いについて。砂漠からは筆頭が城を離れている理由と、落ち着かない国内の魔力の状態について。
白雪からは女王の、産まれた娘の愛らしさと、『扉』の状態安定について。
一通り口を挟まず聞き終えてから、星降筆頭たる男もまた口を開いた。最高戦力たるレディの眠りと、覚醒の見込みについて。ストルとツフィアの監視の報告、またその続行に対するいくつもの意見。
先月のパーティー後に取り纏められたいくつかの報告書と、それに対する魔術師らの意見書。王に対する報告書と、その反応。言葉は誰の口からも声を荒げることなく、穏やかにさえ感じられる淡々とした響きで紡がれていく。
五人の前に置かれた机にはいくつもの紙が置かれ、魔力を帯びた筆記具が走り続けている。文字は発言者を選ばず、全てが書き連ねられている。言葉は全て記される。感情だけが排されたまま。
「その、一月前の妖精からの報告が気になるな……。城下にはなにもなかったんだろ?」
「調べましたが、特には。感受性の強い、繊細なこですから、なにかを感じ取ったのかも知れませんが……」
「ソキ、説明へたくそだもんね。でも、そっから授業で何回か会ってるけど、別に様子も普通だったし……そうすると、やっぱり砂漠? 砂漠なんかした? というか、砂漠はなにしてんの?」
なにしてるの、と言われなければいけないほど、画策をしている訳ではない。心当たりないよ、と前置きした上で、フィオーレは眉を寄せて首を傾げた。
「筆頭にはなにか心当たりがあるみたいで、陛下の守りを固めろって指示は受けてる。国内の魔力がさほど安定していないのは、リトリアのアレの影響かなって所。でもそれだって、もう消えかけてることは確かだし……分からない、としか伝えられないけど、悪巧みはしてないよ」
「砂漠の魔力残滓が安定を欠くのは常、とはいえ……長期に及びすぎている気もするな」
「でも、ソキが世界をばーん! ってして、ぴょいってしちゃったのがちゃんと凪ぐ前に、リトリアのやだやだー! だったでしょ? しょうがないと思う」
ソキも、ウィッシュに説明がへたくそとは言われたくないだろうに、と思っている微笑で、チェチェリアが頷いた。
「過度に不安がる理由としては、原因がある。が、調べなおしたほうがいい気がするな。他国に調査を依頼するのは?」
「分かった。陛下に話をしておくから、得意なのを何人か集めて申請して欲しい。……え、なに? ロリエス」
「ちょうどいい課外授業だと思ってな。ナリアンも入れよう」
調査人員に、である。いや『学園』の生徒を使うのはどうなのかという意見を、ロリエスは整然と説得していく。まず、ナリアンが魔法使いであること。ここ最近の安定と成長が目覚しく、経験を積ませたいと思っていること。
浮遊する魔力を視認し、探り、触れることは、なにより魔術師の成長の助けとなること。なにより人員が必要な調査であり、根気はいるが手順としては簡単で難易度も低いこと。
それを得意とするロリエスが、もちろん、教員として同行すること。
「……聞いておくけど、ロリエスはナリアンをどうしたいの?」
「あれは私の後継だ」
すでに予定ですらない、断言で宣言である。チェチェリアは微笑んで、無慈悲に筆記されていく紙を見つめた。会議終了後、紙は魔術によって複製され、各国の王に提出される。
王宮魔術師にも閲覧可能な資料として、保存もされる。外堀を埋めてるな、と関心するチェチェリアの隣で、ウィッシュが息を吐いた。
「まあ、いいんじゃないの。でも、ひとりだけだと不公平な感じするから、もうひとりくらい連れてきなよ」
「そうすると……ロゼアか、メーシャだな」
ロリエスの目がチェチェリアへ向けられる。チェチェリアは穏やかな笑みで、一度だけ頷いた。女たちの無言の会話。真顔で手を取り握手をしあって、ロリエスはきっぱりと言い放つ。
「メーシャだな」
「ああ、メーシャだ」
「分かりました。ストルには話をつけておきますね。早いほうがいいでしょうから、明日……遅くとも明後日の午前には調査の候補日をあげられるように、選抜も済ませておきます」
ロゼアをソキの傍から離すべからず。王宮魔術師にもじわりと浸透してきた事実である。星降筆頭も分かっているので、話は早かった。各国最低一人は出すように、との言葉に、各々頷いていく。
「今回はこんなかな? ソキの面談の結果も各国閲覧で回すから、皆確認しておいてね。なんかすごい呪いっていうから、俺ちょっと楽しみなんだー」
「ウィッシュ。構成の確認ができたらそれも一緒に記載しておいてくれ。興味がある。……精密だった」
ほう、とロリエスが息を吐く。そこには紛れもない賞賛があった。そんなに、と目を瞬かせるウィッシュに、ロリエスは真剣な顔をして頷く。
「祝福と呪い。それは効果を受け取る者の意思によって言葉を入れ替えているだけ、と言えど……苦痛を与えるあれは、紛れもなく呪いであるだろう。それでいて、あれはソキの意思によって選別がされて発動するものだ。無差別ではなく。発動の仕方は祝福の性質。そうでありながら、効果は絶対的に呪い。呪詛そのもの。類を見ないぞ」
「ソキ、手先が器用だもんね」
そういう問題でまとめた報告書にならないことを切に祈っている目でロリエスはウィッシュを眺め、力なく一度、頷いた。頑張るね、と言って荷物をまとめながら、でもさぁ、と『花婿』は首を傾げる。
「エノーラは、待って逆に考えればこれはご褒美なんじゃないのって言っ」
「ウィッシュ。話をややこしくするのはやめないか。あれは例外だ」
「はーい」
最後まで言わせず。叱りつける口調で、チェチェリアが遮った。ウィッシュはのんびりとした声で頷き、それでもう終わりにしていいの、と閉会を求める視線で場を見回した。星降の筆頭は苦笑しながら、ひとつひとつ確認していく。
ざわめきに似た言葉がいくつか。筆記具が紙の上を走り、やがてぱたっ、と横に倒れる。ひとりが部屋を出て行き、ひとりが椅子に座ったまま伸びをする。ひとりがいくつかの言葉を独自に書きとめ、ひとりは目を閉じて深く息を吐き。
ひとりは、紙束を手にとって。とん、と打ってひとまとめにした。
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