暁闇に星ふたつ:47


 レディが眠りについてから、一ヶ月。二ヶ月の眠りが通常であるから、当然、起きる気配は感じられなかった。無理を重ねて心痛もたっぷりで起きていたので、予想だと普段より眠りは長くなるらしい。

 三ヶ月か、それ以上か。半年もすれば起きて来るといいのが大多数の考えで、リトリアは思わず溜息をついた。そんなに大変な状態で頑張らせてしまっていたのかと申し訳ない気持ち半分、落ち込みがもう半分である。

 リトリアの守護役と殺害役の交代には、五王全員の承認と、なにより現職二人の同意が必要不可欠だ。

「だからね、あの……ツフィア。もうすこしだけ待っていてくれる?」

「もちろん。焦って強引なことをしてはいけないわよ、リトリア」

 昼前の、どこか間延びした空気が室内には漂っている。ツフィアの部屋には変わらず魔術的な仕掛けが施されているし、出入り口には見張りが立っていたが、ツフィアが過度にそれを気にするそぶりは見られなかった。

 机を挟んで座り、甘いミルクティーで喉をうるおしながら、リトリアはそろっと視線をさ迷わせる。

「……ストルさん、今日は授業に行かれたの? すれ違っちゃった」

「リトリア? 焦って、強引なことをしないのよ」

「んっと、えと、あの……。はぁい……」

 結局誤魔化しきれなかったので、リトリアは唇を尖らせながらも頷いた。王たちの署名を必要とする申請書類をつくりあげるのも、ここ一月、ほぼ毎日早くして早くしてと急かし続けていたのだが。

 それは強引な手に含まれるのだろうか。心当たりはとてもある。だって、と指先を突き合わせて拗ねるリトリアに、ツフィアは思い切り苦笑した。

「あなたの立場を悪くすることはないわ。それに……砂漠の陛下から承認を得るのは、難しいでしょうし」

「でも……はやくしないと、ツフィアはいつまでもお家に帰れないし……難しいのは、私も分かってるけど。でも、やると決めたの。ツフィアがいい。ツフィアと、ストルさんがいいの」

 もちろん、魔法使いたちが嫌いなわけではないのだが。予知魔術師として、傍にいて欲しいと思ったのは。運命だと思ったのは、ストルとツフィアだけだった。そして、もうそれを諦めないと決めたのだ。

 時間はかかると思うけど、でも絶対だから、頑張るからね、待っててね、と告げて。リトリアは、そうだ、と手を打ち合わせて笑った。

「砂漠の陛下はね、ツフィアが、言葉魔術師についての説明をすれば考えてくださるって仰ったの」

「……そう」

 ためらうような間があった。ツフィアの視線はリトリアへ向けられ、さ迷い、伏せられて動かなくなる。

 リトリアはそれを、難しいことだとは思わなかったのだが。ツフィアが言葉を重ねることもせず考え込んでいるので、そぅっと眉を寄せ首を傾げてしまう。

「……あの、なにか大変なことなの? 気乗りしない……? あ、あの、緊張しちゃうんだったら、お話の時、私も傍にいて応援していられるように、お話しておくね。大丈夫よ。シアちゃ、う、あの、砂漠の陛下もね、本当はね、優しいこともあるのよ。ただちょっと、言葉魔術師っていう適性が、どうしてもその……好きじゃないだけで……。あの……ツフィアが、いじめられないように、私が守ってあげるから!」

 手を伸ばして。きゅっと両手を包むようにして握って。リトリアは目を見開くツフィアに、大丈夫よ、と言った。

「守るからね、ツフィア。大丈夫!」

「……そう?」

 くすぐったそうに。肩を震わせて、ツフィアは笑った。ようやく、なにかに安心したような表情だった。そんなに陛下たちにいじめられたのかしら、とリトリアは眉を寄せる。

 わりと私情でひとさまをいじめる王に心当たりはある。楽音の王だとか。砂漠の王だとか。こどもっぽくていじめっこみたいなのが、いる。

 帰ったらツフィアになにをしたのか聞きださなくっちゃと意気込むリトリアに、ツフィアはでも、と囁いた。

「もうすこしだけ、時間をくれる? もうすこしだけ……考えたいの」

「うん、もちろん! レディさんが起きるまでは、進めるのも難しいから……話すこと、ゆっくり考えてね」

「ありがとう。……ところで、今日はフィオーレと一緒なの?」

 あの男と付き合うのはやめなさいと言っているでしょう、と息を吐くツフィアに、だって外出するのに一緒じゃないといけないんだものと告げ。来る時に傍にいなかったでしょうと訝しむツフィアに、リトリアはううん、と苦笑した。

「やっぱり、どうしても顔が痛いから、呪い解くの得意なひとに頼みに行くのですって。迎えに行くまでツフィアのトコでじっとしていてねって」

「……呪い?」

「うん。ソキちゃんがね」

 よく分からないんだけど、アスルちゃんに呪いをかけてなんでか攻撃してくるの、と言ったリトリアに、ツフィアは数秒沈黙して。よく分からない、という風に額に指を押し当て、深く息を吐き出した。

 言っておいてリトリアにも分からないので、それ以上説明のしようがなく。妙な沈黙を漂わせ、やがて顔をあげたツフィアは、真剣な目をして言った。

「リトリア」

「はい。なあに?」

「あの男とつきあうのはやめなさい」

 どうも、ツフィアの中で、フィオーレがソキになにかをしただとか、そういうことで結論が下されたらしい。在学時代に色々あったせいで、基本的に、ツフィアが下す白魔法使いの、こと人格的な評価は最低のひとことである。

 男女関係なく節操なく手出しした結果の修羅場に、ツフィアは純粋な事故として巻き込まれた経緯がある。庇いようがなかった。




 それでは十一月の筆頭会議をはじめます、と告げたフィオーレの目がしんでいる。月の初日に、中々見たいと思う表情ではない。

 なにがあったんだと息を吐く星降筆頭に、それぞれ代理の腕章をつけた者のうち、ウィッシュがはいはいと手をあげて発言した。

「ソキがなんか無差別? ではないみたいなんだけど、呪いで攻撃騒ぎ起してて、フィオーレがその被害者のひとりなんだよね。俺、この会議が終わったら、学園で面談なんだ」

 ついに寮生にも被害が及び始めたので、対策を講じることになったのだという。フィオーレの被害から数日が経過している。

 すぐに対応がなされなかったのは、なにかの理由でソキが癇癪を起こしているだけで、すぐに落ち着くと思われていたからであり。攻撃されたのはフィオーレであるから、またなにかしたに違いない、と大体の魔術師が、積極的に問題視していなかった為だった。

 第一の被害者がフィオーレ、第二がエノーラであったのも、楽観に拍車をかけた。

 フィオーレから話を聞いた砂漠の魔術師たちは、よく分からないけど刺激するのはやめておこう、として自主的にソキとの面会や、学園に行くことを控えていたので被害者の数が続々と増えるようなことはなく。

 第三の被害者が発生した。寮長、かと思いきや、ルルクである。

 おはよう、と挨拶をしに言ったらぴゃああああああと悲鳴をあげられアスルが投げられた。半日身動きが取れなかったのだという。寮長はソキに凝視されたのち、心底残念がる顔でこわいこわいじゃなかたです、と告げられたとのことだ。

 ロゼアがいくら窘めても、ソキはアスルを手放さず。呪いを解くこともなく。がんとして言うことを聞かず、担当教員の呼び出しと相成った。

「フィオーレに、エノーラまでなら理解できるものがあるが……ルルクまで?」

 ちょっと落ち着きがないが素行は良い筈だろう、と眉を寄せたのはロリエスだった。花舞の筆頭でありながらナリアンの担当教員である女は、当然その騒ぎを知っていた。

 知っていたが、ソキと顔を合わせてもなにも言われなかったし、されなかったし、被害者が被害者であったので。静観していたひとりでもあった。

 ソキには確固たる理由があっての行いである。説明されたが分からなかったな、と告げるロリエスに、代理の腕章をつけたチェチェリアが息を吐く。

「ロゼアが、こちらが申し訳なくなるくらい反省していて……。ソキにも、本当に懇々と言い聞かせているし、怒ってもいるし、アスルを取り上げもしたそうなんだが……ロゼアがちょっと目を離した隙に、棚の上においたアスルを取ろうとして……どうも聞くところによると、棚をよじのぼろうしていたソキが滑って倒れて後頭部を打ってな……今はロゼアがソキをがっちり抱いて、ナリアンがアスルを持って傍にいることで折り合いがついているらしい。すまないな、ロリエス」

「気にしなくていいさ。ナリアンは楽しそうだった」

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