暁闇に星ふたつ:30



「じゃあ……その約束はもう取りやめになってるんでしょうね……? 取りやめにするつもりあるんでしょうね、ソキ?」

「え。……えっと? リボンちゃん?」

「アンタはロゼアの傍を離れないでいるし、アイツを幸せにできるおんなのこになる」

 前を向きなさい、と指し示すように。妖精の言葉はまっすぐに響いた。

「アンタのことだからどうせぐだぐだぐだぐだ悩んで、ロゼアのヤロウはもう『傍付き』じゃないだのなんのかんの言って! また義務的なことで傍にいてもらうのはいけないとか思ってるんでしょうけど! なんで分かるんだろうって顔をするんじゃないわよアンタのことなんかアタシにはすぐ分かるのよああもう……! アンタが予知魔術師である以上、守り手と殺し手の制約からは逃れられない。どうしたってね。それはアタシにも分かってる」

「うん……でも、でも、あのね、あのねりぼんちゃ」

「でもでもだってはアタシの話が終わってからになさい」

 雷を落とされて、ソキはいじいじと指先を擦り合わせ、アスルを膝の上に戻して抱きしめた。

「ソキだってソキだって。けんめいに考えてお約束をしたですし、ソキだって頑張ってるんですぅ……。ねー、アスル。ねぇー……?」

「というか冷静によく考えたらそれもうどっちもいるじゃない。ロゼアとナリアンでいいわ。よし」

 ああよかったスッキリした、といわんばかりの妖精をじぃっと睨み、ソキは頬を膨らませて抗議した。

「勝手に決めちゃだめです。陛下のご許可のいることです」

「なら許可取ってきなさいよ。なに? ロゼアとナリアンでいいでしょ? どっちがどっちかはじゃんけんでもして決めさせなさい。ナリアンじゃなかったらメーシャでもいいわ。アンタになにかあった時の殺意低そうだからアタシはナリアンがいいと思うけど」

「もぅー! じゃあ、じゃあ、ナリアンくんとメーシャくんにするですううぅ!」

 ロゼアちゃんはだめだめっ、とぐずるソキに、妖精から向けられたのは心底できの悪い生徒を見る憐憫の眼差しだった。アンタまたそんなこと言って、だめよ、と優しく穏やかに諭されて、ソキはぷくぷく頬を膨らませた。妖精の指で突かれる。

 いやんやぁっ、と癇癪を起した甲高い声で、ソキはだってだってとちたぱたする。なにか反論されるより早く、妖精は静かな声でソキ、と言った。

「よく考えなさい。ロゼアがそれになれば、合法的に、傍にいていい許可を王が下したってことなのよ。アンタがこないだもらったっていう同行許可証と一緒」

「……んん?」

「よかったわね、ソキ。予知魔術師としての問題は解決する。アンタはハレムに行かなくてもいい。ロゼアは傍にいる。で、アンタはロゼアの傍でほんと腹立つけどアイツを幸せにしてやる。というかアンタがここでごねなければ一気に色々解決するのよ? 分かってる? 分かってないんだったらとりあえずアタシの言うことに頷いておきなさいよわかった? はい、ソキ? 返事は? 分かったって言える?」

 途中からよく分からなくなって聞き流していたので、ソキはとりあえずこくりと頷き、はぁい、と返事をした。それを狙ってつらつらと言葉を重ねていたとはいえ、妖精は先行きの不安さに額に手を押し当てた。

「……じゃあ、返事したから、パーティーが終わったら砂漠の王におはなししに行くわね? 守り手と殺し手決めました、ロゼアのヤロウとナリアンのアレです、って言えるわね?」

「……んんん?」

「まあ、安心しなさいよ。アンタの意見で決まる訳じゃないし、五王が許可しても本人が断る場合だってあるんだし」

 ただし、王が許せば拒否権などあってないようなものなのだが。じゃあ言ってくるです、としぶしぶ頷いたソキに、妖精は力をこめて頷いた。

「行く時は言うのよ。アタシもついてくから」

「わかったです……。ロゼアちゃんには、ないしょ! 内緒ですよ、しー、ですよ」

「言わないわよ……。言わないけど、アンタ、どうにか怪しまれないように理由つくってロゼアは置いていきなさいよ? もしくは、ロゼアがどうしても抜けられない授業のある日を狙いなさい。黒魔術師の合同実技とかね」

 まだくちびるを尖らせて、ソキはこくんと頷いた。なにが気に入らないというのか。白んだ目で言葉を促す妖精に、ソキはもじもじもじもじ指先を擦り合わせたあと、ちいさな声で、だってぇ、と言った。

「ロゼアちゃんをしあわせにできるおんなのこと、ロゼアちゃんに守ってもらう予知魔術師なソキは、なんだかちょっと違う気がするです……。これじゃ、ロゼアちゃんをしあわせにできるおんなのこにはなれない気がするです……」

「なれるわよ勘違いよ気のせいよ」

「ええぇ……ええぇえぇえ……?」

 そうかなぁ、そうかなぁ。違うと思うです。ええぇ、とぶうぶう文句を言うソキに、妖精はやさしく微笑んでやった。

「なにが不満だ言ってみろ」

「お……お仕事に、なるですよ……。お傍にいるのが、お仕事になるです……お仕事でお傍にいるってことですぅ……! 今度こそ、ずーっと、ずーっと、そうなるですよ。ひどいことじゃないです……?」

「酷いっていう言葉の意味からアタシに考え直させないで頂戴ね、ソキ」

 ロゼアであれば、そうなったとてその事実を確実に喜ぶ筈である。むしろ王から下された職として命を受けるのであれば、その役を他に譲るなど絶対にしないだろう。

 ソキはなにを思い違いをしているのか知らないが、そもそも、妖精から見たロゼアの現在が、すでに予知魔術師の守り手たる存在に近いのだ。世界のありとあらゆる災厄から、その存在を守ろうとする。

 ロゼアが自らの意思で行っているそれに、あえて許しが必要なのだとするならば。予知魔術師の傍にある為に許されなくてはいけないのだとしたら、ロゼアは王に志願さえするだろう。

 その役目を、決して誰かに譲ろうなどとは決して思わず。そしてそれを、許しはしないだろう。その座を奪っていく者を。妖精はほとほとあきれた様子でぐずるソキを見つめ、酷くない、ときっぱりと繰り返した。

「というか、アンタがロゼアを選ばないならそっちの方がよほど酷いわよ」

「えぇー……? ええぇ……ちぁうもん、そんなことないもん」

「違わない。よく考えなさい、ソキ。あのね、アンタがしようとしてるのは、ロゼアの目の前で。いい? 目の前で、よ? ロゼアちゃん? ソキはやっぱりこのひとに抱っこしてもらうことにしたですからロゼアちゃんはもう抱っこいいですこれからはこのひとに頼むですって言うようなことよ?」

 そんなのぜぇえったいに嫌に決まってるですううううと涙目で震えるソキの『絶対に嫌』なのは、純粋にロゼア以外に抱っこ、という点に違いなかった。例え方を間違えたと首を傾げ、ああこれなら、と妖精は言い直す。

「アンタがしようとしてるのはね? ロゼアが、アンタの目の前で、ソキ、やっぱり俺の『花嫁』はこのひとだったんだ。ソキはもういいよこれまでありがとうなって誰かを抱っこして『俺の花嫁』とか言うような」

「ひどいことですうううっ! 許されてはいけないですううううう!」

 考えただけでしにそうになるが、ロゼアがもし万一ソキにこのひとのことが好きになって付き合うことになったんだと、ロゼアがしあわせになれるおんなのこを紹介するのならばまだしも。他の『花嫁』など決して許容できないことだった。

 ロゼアの『花嫁』は世界にただひとり、ソキだけである。浮気などという生易しいものですらない。ソキの存在の全否定である。怒り狂いながらそう説明すると、妖精からはごくごく冷静な目が向けられた。

「アンタがロゼアを予知魔術師のアレに選ばないってそういうことなんだけど」

「えっ」

「可哀想にね……。さすがのアタシでもそうなったらロゼアに同情するわ。二秒くらい」

 三秒後には指さして笑う計画である。怒りと困惑と衝撃を行ったり来たりしてひたすらオロオロするソキに、妖精は疲れた気持ちで語りかけた。

「ね? だから、アンタはロゼアとナリアンにしましたってちゃんと報告するのよ? 分かった?」

「うん。うん……! ソキ、ロゼアちゃんをお願いするです……! 陛下はポイです! お約束はないないです!」

 いいことちゃんと頼むのよ、リトリアみたいに誰もいないですとか妙な嘘をついて混乱させるのはやめなさい、と念押しして、妖精はふと戸口に目を向けた。まだ遠く、階段を上ってくる者の、魔力の流れが響いてくる。

 妖精が隠さず舌打ちしたと同時、ぱっと顔をあげたソキが目を輝かせた。

 いまのお話はないしょですよ、ロゼアちゃんにはないしょ、と言い聞かせてくるソキに、アンタはそれより自分が言わないでバレないでいるかを心配しなさいよと額を突き、妖精はうんざりと息を吐く。

 ルルクではなく本人が来た、ということは、説得は失敗したに違いない。まあいいわ、と妖精は思い直す。明日もある。今日はなにもしないソキの傍で、夜までゆっくり過ごすのもいいだろう。


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