祝福の子よ、歌え 12


「どれでも似合うと思います。選ばれないなら、私が決めても?」

「で、でもでも、もう寝る……」

 ここで答えたら、毎朝髪飾りを選ばなければいけなくなる予感があった。ずっと昔、ストルがそうしてくれていたように。だから。寝るだけだから、いいです、とリトリアは言おうとしたのに。くぅ、とちいさくおなかが鳴った。

 おなかを手で押さえて椅子の上でまるくなるリトリアを、しばし眺め。ラーヴェは、笑みを深くした。

「お茶の準備をしましょうね。焼き菓子はなにがお好きですか?」

「……くるみのケーキ」

 療養中にも似たようなことがあり、なんでもいいです、とリトリアは言ったのだが。お好きなものを選べるようにしました、と眩暈がするほどの種類を用意されたので、それからは食べたいものを申告するように気をつけていた。

「はい。ではそれを。……それでは、こちらを」

 流れるような動きで木彫りの、花模様の細工が施された髪飾りが選ばれ、留められる。そうすると似合う服はあれだな、と呟かれたので、リトリアは慌てて椅子から立ち上がった。

「ラーヴェさん、えっとっ」

「ん? 老後の楽しみを奪うと仰る?」

「な……なんでもそれで行けると思っちゃったんでしょう……!」

 そんなことはありませんがこちらの服に着替えましょうね可愛いですよ、とさらに見覚えのない服を与えられるに至ってリトリアは理解した。お風呂へ行っている間、つまり男は好き勝手に買い物に出ていたに違いないのである。

 リトリアはええっとだから私はなんでこんなことになってるんだっけどこに行こうとしてるんだっけと涙ぐみ、くるみのケーキの誘惑に負けて、呼ばれた椅子に腰を下ろした。ケーキはおいしかった。




 ラーヴェは顔が広いらしい、と気がついたのは、宿から駱駝を受け取りに行く道すがら、四人目に声をかけられてからである。

 はじめこそ、拾ったので保護者の所まで送りますというだいたいはあっている説明をしていたラーヴェは、三人目から面倒くさくなったのかリトリアのことを説明するにあたり、老後の楽しみですと言い切っていた。

 知り合いにもそれで押し通するつもりらしい。というかそれで納得して行かないで欲しい、とリトリアは思っていた。楽しそうに手を引いて歩くラーヴェを見上げ、リトリアはほぼ断定的に問いかける。

「ラーヴェさん。めんどうくさがりでしょう」

「お嫌ですか? 老後の楽しみ」

 そういう問題ではないのだが。やんわりと微笑まれながら問いかけられると、うんまあもうそれでいいかな、という気持ちになってくる。諦め二割、ほだされ八割である。

 そういう風になる気持ちにとても覚えがあったので、リトリアはくちびるを尖らせ、ちいさくちいさく呟いた。

「やっぱりソキちゃんのおとうさん……」

 無言で、頬がもにもに押しつぶされた。




 王宮魔術師は、各国平均的であるように選んで配属させるのが常である。国の内情によって占星術師が多い星降、白魔術師が多い白雪、などという特色はある。

 しかし基本的にはそれでも、大きな偏りが出ないように計算され、魔術師は国へ引っ張られてくる。それは戦力の偏りを防ぐ為であり、万一の蹂躙と壊滅を防ぐための処置だ。

 この世界は存在し続けるにはあまりに安定を欠いていて、狭い。魔術師は天秤を傾けすぎないよう、慎重に積み重ねられていくだけの、金貨だ。つまりそこに、個々の能力は加味されても、個性というものは反映されない。

 反映されていないので、偏りようがないのだが、しかしなぜか極めて個性溢れる仕上がりになるのが五カ国の常であった。

 砂漠の魔術師は、有限実行の者が多いとされている。綺麗な表現をすれば。つまり言ったらやるのである。言った以上はわりとどんなことでもやらかすのである。

 よって夜間に同僚に襲撃され、王の許可を得た上で中庭に掘られた落とし穴に突き飛ばされて上から砂をかけて埋められた魔法使いの泣きながらの抗議は、予告されてただろ嫌なら備えろよ、の一言で終了させられた。

 言ったらやるのが砂漠の魔術師、その常である。つまり埋めると言ったら埋めるのだ。好き嫌い聞かれただけじゃん俺なにも答えなかったもんひどいひどいひどいいじめだいじめばぁかばぁかああっ、と言う訴えは退けられた。

 膝を抱えてぐずぐず泣くフィオーレを眺めながら、砂漠の王は眠たげにあくびをする。

「ちゃんと見つけて助けてやったろ? 俺が。直々に」

「うわほんとに落ちやがったコイツ……ってドン引きしてたくせにいいぃっ! ちゃんと聞こえてたんだからなーっ! 落ちたんじゃなくて落とされたに決まってんじゃんかよーっ!」

「いやだって。お前昔から落とし穴に落ちるの得意だったじゃねぇか」

 過去におけるそのだいたいの主犯は、フィオーレの目の前にいる砂漠の王そのひとである。今回もよくよく考えれば、許可を下したという時点で元凶を王としてもいいような気がしてきた。

 なんでお前いつも俺のこと穴に落とすの、としょぼくれた呟きに、砂漠の王ははなはだ心外であるとばかり眉をあげ、まだ眠そうにあくびをした。

「俺わりとお前の泣き顔好きだし」

「あー! 眠そうだからこれ本音だー! あー! やだー! 幼馴染のそういうトコ俺知ってたけど知りたくなかったー! あー! ……ところでなんでそんな眠そうなの? また不眠? ラティ呼ぶ?」

「最近寝て起きると眠いんだよ。あー……」

 目をこすってもう一度あくびをして、砂漠の王はやや幼い仕草で伸びをした。

「ところでお前もうアイシェに手紙とか出すなよ俺を通せよ? 分かったな?」

「……もしかしてアイシェ様のこと怒りに行ってた?」

「怒ってない。事情は聞いた。怒ってないつってんのに怒らないんですかとかかわいくないこと言うから罰として膝枕させたああくっそ……ねむ……」

 ちなみに、膝枕させると嫌そうな顔をされるので罰、とのことである。それ嬉しくて可愛くてにこにこしちゃいそうになるのを我慢してるだけなんじゃないかなー、とにやにやしかけ、口には出さず、フィオーレはそっかぁと頷くに留めてやった。

 王の初恋はそれなりに前途多難である。

「……つか。アイツの傍だと眠れんのに起きると眠いのどうにかなんねぇかな……」

「俺今すごい頭抱えて床を転がりたい」

 正確に言うと、安心してもっと眠りたがってるだけなんじゃないですか陛下ああああよかったね陛下あああああはやく素直になって召し抱えてる女の子からお妃さまとかにしちゃおうよおおお陛下あああああ式いつにするうううう、とか叫びながら床を転がりたい。確実に踏まれるので言わないが。

 そんなフィオーレになんでだよと白い目を向け、ようやく目の覚めた表情で、砂漠の王はそういえば、と言った。

「お前、リトリア探す気になったか?」

「……陛下。ねえ、陛下? だから? 俺がリトリアを見つけられないのは? やる気じゃなくてね? こないだ言ったじゃんかよー! なんか失踪してからリトリアが結構安定してるから、探そうにも探せないんだってば……! ストルもツフィアも言ってたでしょ? 本当なんだってー!」

 そもそも、特定個人の居場所を察知する、という魔術が存在しないのである。例外的に、あらかじめ目印をつけていたり、居場所を発信する魔術具を与えていれば、それを元に追いかける、ということはできるのだが。

「二十四時間ずっと魔力探査してる訳にもいかないし……あれ? って思う感じがたまーにするから、昨日報告書出したけど、砂漠の国内にいるのは確かだよ。でも移動してて位置の特定できない。すっごく大まかに、王城から見てこっちの方角、くらいしか分からないんだってば」

「……いなくなってそろそろ一月。直前に学園に行ってるとはいえ」

 アイツ体調もたないだろ、と怒りと心配が入り混じった表情で息を吐く王に、フィオーレはうーん、と思い悩む顔をして。病院も探そっか、と提案した。逆に、体調が悪すぎても見つけられないものなのである。そうしろ、と言い放ち、王はフィオーレを静かに眺めて。見つけたら言えよ、と言った。

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