ひとりの。別々の夜。 14


「会いたいの? なんで? ……陛下の寵愛を争うとか勘違いされると困るから、ソキはあんまりハレム行かない方がいいんじゃないかなぁと俺は思うんだけど。会いたいならお呼び出しをお願いした方がいいと思うよ。それで、アイシェさまが来られるまでそわそわする陛下を見て、俺と一緒にニヤニヤしよう?」

「あ。陛下の寵愛とかそゆのはソキいらないです」

 服に落ちてきた枯れ葉を摘んで捨てるかのごとく。ぺいっ、となんの未練も感情も覚えていない声で切り捨てたソキに、砂漠の王はやさしい微笑みでクッションの山へ体を埋めてみせた。

「お前ら……俺が目の前にいるという事実認識をしっかりしてから発言しろよ……?」

「あ。大丈夫です。陛下も、ロゼアちゃんにそっくりで、ソキはとっても格好いいと思っているです。ロゼアちゃんみたいで、ソキはとってもどきどきしますです。ね、ね? 陛下も素敵ですううやんうゃん! 陛下がソキのほっぺをむにむにするぅ……!」

「男の褒め方とかも教わってる筈だろうが『砂漠の花嫁』……それを思い直してもっかいやってみ? な?」

 いやぁいやあ陛下がソキをものすごくいじめるですうううこれは重大な問題ですうううっ、とソキがじたばた暴れるのを気にした風もなく。砂漠の王はソキの頬を両手で包み、ふにふにむにむに押しつぶして遊んでいる。

 ぎゅうぅっと力いっぱい目を閉じて本当に嫌そうに身をよじりながら、ソキは指先でぺっちぺっち王の手首辺りをけんめいに叩き、んー、んーっと半泣きの声でなんでですかぁっ、と訴えた。

「確かに教わったのとはちょっぴり、ちょっぴりですよ? 違うですけど、ソキは陛下を一番に褒めたです。嘘じゃなくて本当に一番に褒めたです……! 陛下はロゼアちゃんに似ててとってもとっても格好いいですびゃああああああああソキの頬摘んだですううう引っ張ったですううううびゃあああああ!」

「ねー、ねー、へいかー。俺もしかしなくてもソキの褒め言葉最上級が、ロゼアに似てる、だと思うからさー。そゆふにちっちゃいこをいじめるのはさー、どうかとおもうんだよねー」

「ちっちゃくねぇよソキがちっちゃいのは身長と体の作りと精神面であってコイツはいま確か十四だろうがよ……!」

 お前ほんと十歳前後から精神的な成長がミリ単位で感じられねぇななんでだ、と呻く砂漠の王の傍らで、白魔法使いが違和感を覚えて眉を寄せた。それは、あの誘拐事件からソキを知っているからこその王の言葉だ。

 フィオーレもそうであるので、特に反論をしようと思った訳ではない。けれども言葉が。妙に引っかかって離れて行かない。ぞわぞわと背骨を這いあがる予感が口元まで達するより早く、響いたソキの声が白魔法使いの耳を塞いで行く。

「そうです、ソキはもう十四です! もうあと一年で大人になる淑女の頬を引っ張るのは王としていけないと思いますぅ……うやぁあああ! 陛下が頬を潰して遊ぶううううう! ソキはなんだかいじめられてるうううう!」

「お前の頬さわり心地が良いんだよ。……はいはい、淑女淑女。淑女ならアレだ、王に触れられる栄誉に喜んで大人しく身を任せろよ」

「ソキはほっぺも浮気に含まれることにしようと思うので陛下ったらいけないですううう触っちゃだめですううう!」

 目的の為に手段を選んで来ないという点について、フィオーレから見た二人は、性格がとてもよく似ている。砂漠の王はソキの抵抗にはいはいと適当に頷き、頬をむにむに弄びながら白魔法使いに視線を向けた。

「……これは浮気に含まれないだろ?」

「へぶっふ。お、おれ、陛下のそういう真面目なとこすごく好きだな……! 大丈夫、です。うん。ならないと思うよ。ちっちゃい可愛い女の子の頬をむにむにして半泣きにさせたっていうのは浮気にはならないと思う。思うけど、それはそれでアイシェさまに呆れられるというか叱られるというか……ハーディラさまに怒られるんじゃないかな、っていうか」

「げっ」

 鼻をすんすんすすりながら嫌そうにしていたソキから、ぱっとばかり手を離して。王は嫌で仕方がない顔をして、白魔法使いに目を細めた。

「言うなよ。いいか。ハーディラにはぜっ……たいに! 言うなよ。どんな手を用いてでも許すから決して耳に挟ませるなよ……! アイツ最近特にうるさいんだよ……俺の女の扱いがなってないとか、女心が分かってないだとか、なんとか……! 俺に女の扱い教えたのお前だろうが」

「ソキはよく分からないんですけどぉ」

 ようやっと王から解放された頬に両手をあて、すん、すん、くすんっと鼻をすすりながら。ソキは青ざめる王と白魔法使いを見比べ、ちょこりと首を傾げてみせた。

「その、ハーディラさん。に、ソキは頬を陛下にとってもいじめられたです、って言いつけちゃうことにするです。ねえねえ、ハーディラさん、は、どこにいるです? どんなひと? ソキに教えてください、フィオーレさん」

「え? ハレムの総括してる美人さんだよ。だからいつもハレムにいるよ。ね、陛下」

「おおおおおまえ王の許可なくハーディラの居場所をバラすんじゃねぇよ……!」

 砂漠の王は、ソキが見たなかで一番、かつてなく平常心を失って動揺しているように見えた。ソキはぱちくり瞬きをしたあと、恐る恐る王に囁きかける。

「こわいひと、です……? それとも、怒るひと、です……?」

「……おれ、ハーディラきらい。寒いのとおんなじくらいハーディラきらい……アイツやだ……」

「あ、まぁた陛下そんなこと言って……! あのね、ソキ。ハーディラさまと陛下は、すごく屈折した幼馴染っていうかね……ん、ソキと、ソキのお兄さんみたいな感じかな。ウィッシュじゃなくて、『お屋敷』の御当主さまの方ね」

 ソキは握りこぶしで説明を聞いた。のち、おおまじめな顔で、こくり、と頷く。

「ソキもお兄さまはだぁいきらい、で、す、うー。でもお兄さまのわるくちを言っていいのはソキだけなんですよ? 知ってた?」

 あとねえお兄さまは『花嫁』でも『花婿』でもうっとりしちゃうほど、正装するとそれはそれは綺麗な美人さんなんですよすごおおおいでしょう、でも性格はとってもとってもわがままさんでいじわるさんです、わるくち、ですえへへん、と胸を張るソキに、砂漠の主従は微笑みを浮かべて頷いてやった。

 ふ、と笑み零した後、砂漠の王は視線を向けもせず、とりあえず、と言った風に白魔法使いの頭をひっぱたく。

「おいフィオーレ、お前、自分の主君を幼児と同レベルだとか言っていいと思ってんのか」

「あのね陛下。本人を目の前に幼児とかいうのはいかがなものかと思うんだよね? さっき自分で十四歳とか言ってたじゃん?」

「んん。ソキはもう帰りたくなって来ちゃったです……陛下、まだ面談するですか? ソキ、ハレムに行くのもまた今度にします……。陛下、ソキはお手紙を書きますから、ハーディラさん、がお好きなものを教えてくださいね。美人さんの所へ行くですから、お土産がなくっちゃ駄目です」

 眠たいしお二人の話にも飽きました、と書いた顔でしぱしぱと瞬きをし、ソキはくちびるを尖らせて訴えた。

 お前誰が連れて行ってやるって許可出したよと呻きつつ、いまひとつこの『花嫁』に厳しくなりきれない王は、また次回の面談の時までに考えといてやる、と言ってソキの頭をぽんぽんと撫でてくれた。




 迷子になっちゃうと困るですから『扉』まで送ってください、とソキはお願いしたのに。忙しい王と近従は、お前そろそろ一本道で迷う才能を克服しておけよ、まっすぐだから大丈夫だよお部屋出たら右だからね左じゃないからね、右手をはーいってしてみてうんできたできたそっち、と言って見送りさえしてくれなかった。

 なにやら、気が付いたら三十分後に砂漠の王宮魔術師総会議の開始時間が迫っていたとのことだが、それは二人がソキの頬をうりうりしていじめたり、いじめたり、もてあそんだりしていたからである。

 自業自得というものであるので、ソキはふにおちない、です、とむくれながら、面会室の扉をぱたりと閉じた。扉を睨みながら、右、と右手を見つめ、ソキはうんと頷いてよちよち歩きだして。

 数歩行った所で不安げにくちびるを尖らせ、ててちっ、と早足に面会室へ戻った。

「たいへん、です……! 扉を見て右、です? それとも、扉にお背中を向けて右です……?」

「ぎゃあああああ! ごめんごめん! 扉に背を向けて、右! ああぁああああ陛下やっぱり俺送って来ても……!」

「迷子になったら迷子になったで、対処の仕方を学ばせる趣旨だから駄目だって俺はさっきも言ったな? いいか、ソキ。分からなくなったら名前身分その他、自分が必要だということを相手に伝えて、どこへ行きたいって聞くんだぞ? できるできる、はい頑張ってひとりで帰れ」

 ひらひら手を振ってすこしばかり意地悪く笑う王に、ソキは溜息をついて頭を下げた。ぱたん、ともう一度扉を閉めて、背を向けて、ぴしっ、と右手をあげてこっちが右ですからソキはこっちへ帰るです、と宣言する。

 よち、よち、よち、と歩くと、せっかく先日反省札が取れたばかりだというのに、しろうさぎちゃんリュックに付けられた紙札がひらひらと揺れた。ううぅ、と札をぐいぐい引っ張って、ソキはもおおおっ、とじだんだを踏む。

 取れないように祝福かけといたから、と告げたフィオーレの言葉通り、紙も紐も、いくら引っ張ってもちぎれたり緩んだりしてくれることはなかった。

 ソキの名前と年齢、『学園』の生徒であること、『扉』まで行きたい旨が書かれたその紙を、なんと呼ぶかソキだって知っている。迷子札である。

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