楽屋裏:ナリアンくんとメーシャくんもいっしょ 中
お昼にロゼアが帰ってきたら、『お屋敷』にお手紙を書きたいから筆記用具をお願いすることに決めて、ソキはふあふあとあくびをした。ひかりがさしている。きもちよく晴れた水曜の午前だった。
窓から差し込むひかりは、冬のぶ厚い寒さを貫いてあたたかく。眩くはないけれども、心地いいくらいにはあたたかい。
アスルをぎゅってして寝てしまうか、それともアスルをむにむにして遊ぶかくてんと横になったまま考えるソキに、談話室の扉付近から声がかかる。
「あれ? ソキ……」
「はい、ソキですよ? あ! メーシャくん、です。きゃあぁハリアスちゃんですぅー!」
「ソキちゃん」
するり、とメーシャの隣をすり抜け、ハリアスは小走りにソキの元までやって来てくれた。もぞもぞと体を起こし、ハリアスちゃんはどこへお出かけするですかー、と問うソキと、その周辺に整えられきった用意に、少女は留守番を察したのだろう。
申し訳なさそうな表情になりながら、見学へ行くのよ、と囁くハリアスに、追いついてきたメーシャがくすりと笑う。
「おいてかないでよ、ハリアス。……ソキは、見学に行かないの?」
「メーシャくん? ソキねえ、ロゼアちゃんに、今日はここ。って言われたですよ?」
担当教員から、黒魔術師特別授業を見学するように、と言われている者も多いらしいが、ソキはその限りではない。
数日前から二週間の長期休暇を取得させられたソキの担当教員曰く、どうしても見たかったらロゼアに許可取ってからレグルスとフィオーレに相談してな、との手紙が来ていたくらいなのだ。
第一段階であるロゼアの許可をもらえもしなかったので、ソキは一日、安全かつ体調を崩さないでいられる談話室でおるすばんなのだった。それでもお部屋から外に出してもらえただけ、今日のソキはちょっぴり元気なのである。
咳もようやく、とまったのだった。ソキ、今日の朝からお咳ないんですよすごいでしょすごいでしょおお、とふんぞり返るソキに、ハリアスがふわりと微笑んで頷いてくれた。
「よかった……。もうすこしで、また授業も受けられると思います」
「分かるの? ハリアス」
「ソキちゃん、とてもがんばりやさんですもの。体調がよくなって、体力も、もうすこしつけば。……ソキちゃん、読書の制限はとけた? まだ? よかったら、今日の夜にでもまた、ソキちゃんが読めて好きそうな本をいくつか持って来ましょうか」
長期休暇前よりほんのすこし、距離が近くなったようなメーシャとハリアスをきょときょとと見比べて、ソキはぷーっと頬を膨らませた。ご本はお願いしたいです、ソキハリアスちゃんの選んでくれる本がとっても好きですよ、と言いながら、少女の腕をじゃれつくように引き寄せる。
「メーシャくん?」
「え? うん、なに?」
「ハリアスちゃんはぁ、ソキの、おともだち、なんですよ? ソキのー、おともだちー、なんです」
いいですかぁ、分かってるですかぁ、と言い聞かせるソキを腕にじゃれつかせてくれたまま、ハリアスはすこしばかり照れたように微笑んでいる。
『砂漠の花嫁』に主張を受けた者の態度としては軽いくらいであるから、ソキは特にそれを気にはしなかったのだが。ふ、と微笑みを深めたメーシャは、腰を屈めてソキのことを覗き込んでくる。
ソキ、と諭すような声は、やわらかであっても真剣な色を帯びていた。
「知ってるよ。ハリアスはソキのお友達。……だけど、ソキのお友達だけじゃなくてもいいよね?」
「たいへんです。へっちゃうです」
大真面目にぷるぷると首をふって主張するソキに、ハリアスが肩を細かく震わせて笑いに吹き出した。ハリアス、と援護を求めてやや拗ねた風に視線をやったメーシャに、少女はソキの肩にそっと手を置いて、ぽんぽん、と叩いてくれる。
「大丈夫よ、ソキちゃん。ソキちゃんと一緒にいる時間が減ったり、ソキちゃんのことを考える時間が減ったりは……あまり、しないと思います」
「……ほんとです?」
「はい。もちろん」
ね、だから大丈夫。にっこり笑うハリアスに微笑み返しながら、ソキはそれでもしぶしぶと、少女に絡みつく腕を離してやった。ハリアスは特別授業を見学に行く、と言ったので。
もうそろそろ移動しなければ遅刻してしまうであろうことは、寮内の静寂からも分かっていた。ソキはわりと、ハリアスの言うことならきくんだよなぁ、と不思議そうに首をひねるメーシャに、ソキはこくりと頷いた。
だっておともだちです、だってお友達ですから、という声はきれいに重なり、二人はねー、と視線を交わしてにこにこと笑いあった。メーシャは甘い微笑みで二人を見比べ、そっと息を吐き出して囁く。
「うん。かわいい、ふたりとも」
「……メーシャ。私はそういった発言を控えてくださいとあれほど……!」
「えへ。えへへ、でしょおおぉ? ソキねえ今日の服もー、髪もー、あっお靴も。お靴もです! ロゼアちゃんがねー、選んでー、着せてくれたんですよ? ちゃんとソキ似合ってるです? かわい? って聞いたらぁ、ロゼアちゃんもうんかわいい、ソキかわいい、ってぎゅぅしてくれたです!」
恥ずかしげに噛みつくハリアスとは真逆に、ソキは心から誇らしげにしてえへへん、とふんぞりかえった。
今日のソキが着ているのは藍色のワンピースで、胸元や袖口、スカートのそこかしこに付けられた白いレースと、同じく細く白いレースが大変愛らしい。髪には服と同じ、藍色の布地と白いレースで纏められたコサージュがつけられていた。
ソキがちょっと身動きするだけでもふあふあと揺れる薄く繊細な布地の花は、ロゼアがいつの間にか作っていてくれた一品である。
いつもの赤いリボンは今日はないね、と呟くメーシャに、ソキはえへん、と胸を張ってスカートをほんのちょっとだけ引っ張り上げた。折りたたんでいた足を伸ばして、足首だけ出して、見せる。
「きょうはー、リボンはー、こっちー、でーすーぅー! ……んしょんしょ。もうだめです。はずかしいです」
いそいそとスカートを戻し、座り直すソキに、ソキは脚見せるの恥ずかしがるよねとメーシャはのんびりと頷いた。今日はソキちゃんの機嫌も体調も良いみたいでよかった、と微笑み、ハリアスはメーシャの腕をひっぱって歩き出す。
またね、と笑って手をふってくれたハリアスにはぁい、とぱたぱた手をふり返し、ソキはへしょり、とまたソファに横になる。別にその場所から動いてはいけないことは、ソキには苦ではないし、慣れたことではあるのだが。
気が付けばうとうと、として。ソキはそのまま、くてん、と眠りこんでしまった。
ソキがはっと意識を取り戻した時、まだお昼にはなっていなかった。どうしてそれが分かったのかといえば、ロゼアが傍にいなかったからで、抱っこもぎゅぅもなしで目が覚めたからである。
いつの間にか腕に抱いていたアスルにすりすりと頬を擦りつけながら座り直し、ふぁあ、と口に手をあててあくびをする。ソキは寝るつもりなかったです、と不思議がって首を傾げながらまばたきをして、ソキはあっと声をあげた。
「ナリアンくんです! ナリアンくん、おはようございますです」
「うん。おはよう、ソキちゃん」
長期休暇前の試験が終わってから、たまに。響きなき意思ではなく、空気ふるわせる声として返事をしてくれるようになったナリアンの、落ち着いた、やわらかな声がソキの真正面から帰ってくる。
ソキの左右には人が座っても十分な空間があったが、あれやこれやと置かれてもいるので、その隙間に腰を落ち着けようとは思わなかったのだろう。
ひとりがけのソファにゆったりと腰を落ち着けたナリアンが、ふわりと微笑んでソキの眠りを見守ってくれていた。
ソキはんしょんしょ、と毛布を折り畳んで傍らに置き、その上にぽんとアスルのことを落ち着かせた。
「いいですかぁ? アスル。今日はソキといっしょに、ソファの上! ですよ。わかった?」
おねえさんぶって言い聞かせ、ソキはアスルとじぃいっと見つめあったのち、よし、と満足げに頷いた。そうしてからソファの上からいっしょうけんめい両手を伸ばし、ちいさな保温筒を引き寄せ、ナリアンに向かって差し出す。
「ナリアンくん。お願いがあるです」
『うん? 開ければいいの?』
「はい。そうなんですよ。ソキ、お茶を飲みたいので、これを開けてください」
ナリアンはにこにこと保温筒を受け取り、ふたを開けてからソキのちいさな両手を包み込むようにして戻してやった。
ふたにぺたりとくっつけられた、誰かにあけてもらうこと、というロゼアの文字を見て、くすぐったげに肩をすくめて笑う。
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