おんなのこのひみつのおはなし

おんなのこのひみつのおはなし 01

 ロゼアちゃんさいきんかほごなんですー、と頬を膨らませてほにゃほにゃした声で拗ねているソキに、周囲から向けられた視線は無理からぬことだと言わんばかりの生温いものだった。

 パーティーを終えてからというもの、ソキの体調はとにかく安定していない。

 翌日は意識を回復させることもできずに寝込み、その次の日は起きてきたものの昼過ぎに熱を出して部屋に戻され、さらにその次の日は微熱に下がったものの乾いた咳が止まらなかった。

 保健医が慎重に治癒を施した結果、ゆるゆると体調が持ち直したのか咳が出た二日後に、ソキはまたてちてち一人で歩きまわり、そこらで転んでは立ち上がる、ということを繰り返していたのだが。

 その体調が再び悪化したのが、その日の夜のことである。翌朝、熱は出なかったものの頭が痛くて起き上がれないから、今日も休むよ、と食堂でメーシャとナリアンに告げていたロゼアを見かけた少女は、遠い目をして証言する。

 なんていうか、ぱっと見はいつもの感じだったんだけどね。

『ロゼアくん、目が笑ってなかった……』

 さもありなん。ロゼアくん悪くないと思う。というかまあ普通怒るよね、と少女らはなんとなく視線を反らしながらそれを受け入れ、ここ最近、可能な限りソキを抱き上げて移動しているロゼアの過保護を受け入れた。

 というかもう過保護だとは思えない。必要保護である。過剰でもなんでもない。ソキちゃんまた一人で歩いて転んで、それで体調崩すといけないでしょう、とやんわりたしなめる上級生の少女に、ソキはくちびるをつんっと尖らせて主張する。

「ソキねえ丈夫なんですよ! 怪我しないです」

「うん、あのね? もはや怪我をするとかしないとかそういう問題じゃないの」

 パーティーが終わって半月で、ソキちゃんはどれだけ体調を崩して寝てたかなぁ、と溜息混じりに問いかける少女に、ソキは指折り数えたのち、うん、と頷いて言い放つ。

「十日くらいです」

「……十四日あって、十日も寝込んでたら、旦那さまは普通過保護になるでしょうに」

 まったくもう、と溜息をつく少女を見上げ、ソキはなにを言われたのか分からない表情で瞬きをした。きょとんとするソキに微笑み返しながら、少女はさあこんなものかな、と自慢げに座っていた椅子から立ち上がる。

 手にはよく使いこまれた飴色の櫛があった。お風呂あがりに乾かされたばかりのソキの髪を、艶々になるまで梳かしてくれていたのだ。

 ソキが入浴するにあたり、いつの間にか当番が組まれていた『ソキちゃんの髪洗う係』と『ソキちゃんの髪乾かす係』と『ソキちゃんの髪梳かす係』、さらに『体調が優れない時限定、ソキちゃんの服着せる係』の手から、今日も逃げ切れなかった結果である。

 入学当時は砂漠の国出身の少女らがこぞって希望し、担当していたそれは、いつの間にか寮の女性陣の娯楽のひとつのように受け入れられ、脱衣所にはシフト表が張り出されている。

 やぁんやぁんソキひとりでだって出来たんですよぉっ、と拗ねながら、ソキは髪に両手を押し当てた。さらっさらのつやっつやのふわっふわである。

 ふふふん、と自慢げにしている、本日の梳かす係の少女を振り返り、ソキは仕方がなくお礼を言った。

「ありがとうございましたです……でもソキひとりでちゃんとできるんですよ……」

「はぁい、それじゃあ湯冷めする前にロゼアくんトコ帰ろうねー?」

「やあぁんっ、ソキひとりでロゼアちゃんまで帰れるぅーっ!」

 ロゼアと、帰る、という単語は基本的には結び付かないものであるが、少女たちは微笑ましくそれを無視していた。

 ソキの場合は帰る、で正しいような気がするからである。今日も談話室で待っているであろうロゼアと、その傍できゃっきゃうふふ会話をしているであろうナリアン、メーシャのことを思い浮かべ、少女のひとりが赤らんだ頬で溜息をつく。

「それにしても、いいねぇ、ソキちゃん。旦那さま格好いいし、ナリアンくん素敵だし、メーシャくん超目の保養だし! あんまり心配かけちゃだめよ?」

「……旦那さま?」

 妙な単語が混じっていた気がする。ソキはルルクに手を引かれながらも立ち止まり、脱衣所をぐるりと見まわすように振り返った。簡単な木の棒と板だけで作られた棚に、籐で編まれた籠がいくつも置かれている。

 棚は脱衣所に等間隔でいくつも置かれ、その間に簡単な腰かけを持ち寄って、少女たちがきゃあきゃあと談笑していた。これから風呂へ行く者も、もう上がった者も、着替え途中の者もいる。

 その中できゃっきゃとはしゃいでいるのは例外なく、砂漠の国以外の出身のものであり。砂漠出身の少女らはソキと同じように、やはりなにを言われたか分からない表情で、告げた少女のことを見つめていた。

 あれ、と首を傾げる少女に、ソキはぎこちなく呟いた。

「ソキ、結婚して、ないです……」

「え? ロゼアくんが旦那さまなんでしょ?」

 そんな照れて隠さなくても、と言わんばかりの口調と笑顔だった。

「だって、パーティーの時、ソキちゃん、ロゼアくんの花嫁さんだって言ったって聞いたよ?」

「い、言いましたですけど、でも……!」

 そういう意味ではない。ふるふるふるふる首を振るソキに、少女はおかしいなぁ、とばかり眉を寄せた。

「それで、誰だかが、やっぱりパーティーの時、ロゼアくんにも聞いたんだよね?」

「うん。ソキちゃんってロゼアくんの花嫁さんなんだって? って」

「そしたらロゼアくん。『うん、ソキは俺の花嫁だよ』って言ったから、そういうことじゃないの?」

 砂漠出身の少女たちが、いっせいに頭を抱えてその場にうずくまった。ソキもくらくらとした眩暈を感じ、手を繋いでいたルルクにすりすりと甘えて身を寄せる。

 ちがう、ちがうんですよ、そういうんじゃないですよ意味が、と言いたいのだが、混乱しきって声が上手く出て行かない。

 ロゼアもソキも、別に間違ったことは言っていない。ただ、ちょっとばかり、うっかり、言葉が足りなかっただけである。砂漠の常識はわりと、他国に通じてくれない。

 ちがうです、とようやくそれだけを言ったソキを、ルルクがふぅん、とばかり見下ろしながら頷いて。直後、いいこと考えたっ、とばかり握りこぶしでルルクは言った。

「よし! 女子会しよう!」

 ほらなんだか色々誤解があるみたいだし、それを解く為にも一度じっくり話を聞いておかなければいけないと思うのね、と力説するルルクに、少女たちはいっせいに頷いた。真顔である。

 なにそれ面白そう、という意志が誰の背にも浮かんでいた。よろよろと顔をあげたソキが、嫌がって首を振る。

「ソキもうロゼアちゃんとこかえるです……」

「よぉっしそうと決まったら談話室から男子追い出してくるねー!」

「私、チェチェリア先生とロリエス先生がまだいるか見てくる! パルウェお姉さまにもお声かけしなきゃ!」

 王宮魔術師のお姉さま方にも伝令とか出しちゃおうかきゃあぁあっ、とはしゃぐ少女たちは、基本的に、誰ひとりとしてソキの主張を聞いていなかった。聞こえていなかった訳ではない。無視しただけである。


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