おんなのこのひみつのおはなし 02
たった今この時より談話室は女子が占拠した、ので男どもはとっとと部屋に帰るように、という少女たちの主張に、当然のことながら寮長は良い顔をしなかった。
事前に申請して許可を得たならばともかく、突発的に占有はさせられない、という真っ当な理由からだ。しかし少女たちは寮長の弱点を知りぬいていた。
私たちに談話室を明け渡してくださった暁には今からここへ来られるロリエス先生の発言を一言一句記録し文書にして提出すると約束しましょう、よし乗った、という裏取引により速やかに争いは終結した。
ロリエスも、チェチェリアも、遅くまで書き仕事をしていてまだ『学園』におり、帰り際に少女たちに捕まったらしい。
それぞれ苦笑を浮かべながら談話室に現れ、『学園』で事務仕事をしているパルウェと共に、きゃあきゃあとはしゃぐ少女たちを見守る位置に陣取っていた。
ソキは談話室で一番ふかふかのソファを与えられ、毛布で体を包まれて温かくしながらもこの上なく機嫌が悪かった。ぶっすぅー、と拗ね切った表情を隠そうともせず、ぷい、とそっぽを向いている。
やぁだやぁだ話しかけないでお返事しないですよっ、と全身で主張するソキは、一刻も早く、一時間が過ぎ去ることを祈っていた。
女子たちの、お願いお願いソキちゃん貸してっ、という懇願に熟考の末折れたロゼアが出した条件が、いいけど温かくさせてその場から動かさないで、ということと、一時間で迎えに来るからそれで終わりな、だった為である。
一時間耐えればロゼアが迎えに来てくれるのだ。それまで黙っていればいい。微笑ましそうに眺めている教員たちは、ソキを助けてはくれなさそうだった。
ぷー、と頬をふくらませてクッションを抱く腕に力を込めた、その時だった。
「ちょっと聞いてよおおおおおっ!」
ばんっ、とばかり談話室の扉を両手で叩き開け、一人の女性が涙目で飛び込んでくる。白雪の王宮魔術師、エノーラだった。
帰る、と言わんばかりチェチェリアが腰を浮かしかけ、両腕をパルウェとロリエスに押さえこまれているのに気が付いた様子はなく、エノーラは唖然とする少女たちを見やり、しばらくして、陶然とした笑みを浮かびあげた。
「えっ、なにこれ私のハーレム……? 傷心の私を慰めてくれる会……?」
「違う」
「あっ、きゃあぁあ先輩! 先輩! こんばんは今日のブラは何色ですかっ?」
そのまっすぐに歪み切った性癖のせいで、パーティー当日にエノーラは魂を叩き折られる折檻を受けていたのだが、ちっとも懲りていないらしい。額に指先を添えて呻くように突っ込んだチェチェリアの声に即座に反応し、歓声をあげて問いかけている。
氷のような笑みをくちびるに浮かべ、チェチェリアは後輩の問いを鮮やかに無視した。きゃあきゃあ騒ぎながらエノーラに駆け寄った数人の少女たちが、どうされたんですか傷心なんですか御慰めしますっ、と告げた所でそれを思い出したのだろう。
あああああっ、と絶望的な叫びをあげ、エノーラは頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「そう、そうだった……! そうだった、聞いて皆あのね! すっごく良い知らせなんだけどっ!」
悪い、の間違いではないのだろうか。戸惑う少女と訳知り顔のロリエス、チェチェリアのぬるまりきった視線を受け止めながら、エノーラはううぅっ、と涙声で呻く。
「私の世界で一番うつくしく麗しくかわいらしい女王陛下が……! ご懐妊されましたっ……!」
「あれ? ほんとうに良いお知らせです?」
「ひいいいいいいいいいやああああああああああ陛下陛下私の陛下があの男に手篭めにされたのかと思うとやああああああああっ!」
エノーラはあなたの結婚式でも同じような叫びで死にかけていたわね懐かしいわうふふ、と笑うパルウェの隣で、チェチェリアの目が死んでいた。アイツ本当に変わらないな、といっそ感心している様子で、ロリエスはしみじみと頷いている。
付き合いの長さでエノーラという存在に慣れ切った教員たちと、基本的にあまり気にしていないソキと違い、少女たちは理解にわずかばかり、時間が必要だったらしい。じわじわと興奮した喜びが空気に滲み、きゃぁっ、と誰かが歓声をあげた。
「きゃあぁあ、素敵っ! 白雪の陛下おめでとうございますっ!」
「ああ、それでパーティーの夜、陛下たちが、女王陛下を連れて別室に……そっか、それで、先に帰られたのね……! どんなにかお喜びのことでしょう。ご結婚されてから……ええと、七年、だったかしら。先日里帰りした時に謁見させて頂いたけれど、そのことを気に病んでらした様子でしたもの……ああ、およろび申し上げます、陛下……!」
「え、ええぇ……? なに、この、騒ぎ……」
白雪の国出身の少女らが涙ぐみ、他国出身者は純粋に騒ぎ、エノーラが床に突っ伏してごろごろ転がりながら嘆く狂乱の最中に、明らかに引いた声がひとつ、談話室の戸口から響きわたる。
少女たちの大騒ぎをやたらと楽しそうに見つめていたパルウェが冷静にそちらに視線を向け。あら、と意外そうに笑い、その名を呼んだ。
「レディ。白雪の陛下がご懐妊されたんですって」
「ああ、それでエノーラが死んでるの……。エノーラ、ちょっと、床掃除はちゃんとしてあると思うけど、そこで転がるのはどうかと思うわ?」
寝台とか、もっと柔らかい場所でごろごろしなさいよ、とずれた突っ込みをしながら、レディが呆れた様子でしゃがみこむ。うううぅ、と涙目で見上げてくるエノーラに手を伸ばし、レディは親しげな仕草で友人の頭を撫でてやった。
「白雪の陛下は新婚七年目だったじゃない? そのうち、絶対、いつかはご懐妊されたわよ」
「……新婚、七年目、です?」
結婚の間違いではないだろうか。訝しんで呟くソキに、興奮冷めやらぬ様子で、白雪出身の先輩が教えてくれた。曰く、とてもとても仲良しの御夫婦だから、新婚で間違っていないのよ、だそうだ。
ふぅん、と普段よりはすこしばかり興味のある風に頷きながら、ソキは一時間まだかなぁ、と溜息をつく。話題の中心がソキから反れたのは喜ばしいのだが、ロゼアにこのソファから動かないで待ってるんだぞ、と言われたので逃亡すらできないのである。
動いちゃだめなんですよー、とくちびるを尖らせるソキの耳に、あ、と驚いたようなレディの声が届けられた。
「びっくりして忘れてた……! ああ、もう、ちょっとエノーラ? ほらあとで一緒にお風呂はいって胸揉ませてあげるから、ね? 元気だして。それで、床から立ちなさい」
「レディ……! 分かったわ、私頑張る……というか、レディ? そう言えばなんで、こんな時間に学園に?」
もうあと数時間で日付の変わる夜のことである。火の魔法使いは特殊な体質故、再び数ヶ月の眠りにつくまでは覚醒を続けるが、基本的に用事がない限りはずっと星降の王宮にいて出歩かない。
なにか『学園』に用事でも、と立ち上がりながら問うエノーラに、レディはええまあ緊急で、と口ごもり、談話室の扉に手をかけて廊下を覗き込んだ。
「大丈夫よ、女の子しかいないから……怖くないからこっちおいでなさいな」
「……でも」
「というか……女子ばっかりでなにしてるの? エノーラハーレム? 慰める会?」
仲が良いだけあって、発想がまったく同じである。違う、と本日二度目の呻きを発したチェチェリアが、なんだったか、と本来呼ばれた理由を思いだそうと、思考を巡らせていく。
「確か……ソキちゃんにコイバナしてもらうので来てください。先生のお話も聞きたいです、ロゼアくんばっかり構ってないでたまには私たちともお話してください、とか、なんとか」
「思い出さなくてよかったんですよ……!」
やあぁんっ、とソファの上で打ちひしがれるソキに、少女たちの、あっそういえばそうだった聞かなきゃ、という視線が集中した。
両手で耳を塞ぎ、いやいやいやいや、と首をふって涙ぐむソキを眺めやり、レディが嫌がってるじゃないの、と溜息を吐く。
「ソキさまに無体を働くんじゃないの。コイバナ聞きたいんだったら、ちょうどいいコ連れて来てるから」
「え?」
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