言葉を鎖す、夜の別称 23



「砂漠の国出身。予知魔術師の、ソキです。歳は十三。属性は風。アタシが、白雪の国から、この学園の入口まで導きました……さ、ソキ」

 五ヶ国を、共に歩いた。その妖精が、ソキを呼ぶ。

「……ご挨拶なさい」

 振り返り手を差し伸べ、ここまで歩み。そして告げなさいと。ソキはまっすぐに妖精を見つめながら頷き、その足を前に踏み出した。歩く。ゆっくりと。誰の支えもかりず。自分ひとりの、足で。

 震える手を差し出せば、妖精は強く、それを握り締めて笑った。隣に立ち、ソキは細くその喉に息を通した。美しく、麗しく、綺麗に、柔らかに、しなやかに。一礼する、その仕草は、ロゼアが教えてくれたもの。

「ソキです。……よろしくお願い致します」

 立ちなおし、顔をあげ、微笑む。教会の空気が震えるように動いたのを肌で感じ取り、ソキは誇らしげに口元を緩めた。

 その緩みが、そうでしょうそうでしょうロゼアちゃんはねえすごいんですよぉっ、という普段通りの自慢であることを認識してしまったのか、ソキを見つめる妖精の目が白い。

 アンタほんとうに世界の中心ロゼアちゃんよね知ってた、とうんざりしながら、妖精は挨拶を終えたソキを連れ、新入生の列に戻りかける。その背を引きとめるように。声がかかった。

「ソキ」

 立ち止まり、振り向く。眼差しの先にあったのは金の瞳。砂漠の国王。はい、と告げ向き直るソキに、砂漠の王は真剣な顔つきで口を開いた。

「四年」

 ソキの手を引いたまま、妖精すら訝しく顔をゆがめる。それはソキが旅の途中、砂漠の王と二人きりの時に告げられた言葉だ。妖精は傍から離されていた。だから、それを知る者は誰もいない。

 妖精が知るのは『四年で卒業して来い』という王からの命令であり、その真意はソキと、砂漠の王以外は知らぬままだ。四年で、守護役と殺害役を決めなければ、ソキは砂漠の檻に囚われる。その、四年。

 まばたきをして頷くソキに、王は確認を深めるよう、告げる。

「覚えてるな?」

「はい」

「それならいい。頑張れよ」

 もう一度、はい、と告げるソキに笑みを浮かべ、砂漠の王はひらりと手をふって場を離れることを許した。恭しい一礼を出身国の王にだけ捧げたのち、ソキはゆっくりとした足取りで歩き、新入生の列へ戻る。

 それを待っていたのだろう。たん、と軽やかな足音を響かせ、新入生と五ヶ国の王の間に、寮長が踊り出る。淡いラベンダーの、やや上着の丈が長い夜会服をなびかせ、寮長は唖然とする新入生たちの視線を受けとめ堂々と一礼をした。

 わっと歓声があがる。在校生に、訪れた王宮魔術師たちに、そして五ヶ国の王に一礼し、勝気な笑みを浮かべた寮長が、さあ、と声を張り上げた。

「パーティーのはじまりだ!」

「儀式準備部、最終仕上げだ! テーブル並べて料理を出せ! 楽団は前へ、調弦して音楽!」

「よしユーニャ、あとは頼んだ。……ロリエス! 俺の女神! 今宵の美しさに愛の言葉を捧げさせてくれ……!」

 傍らに立つユーニャと手を打ちあわせたあと、寮長は花舞の女王の傍らに控えていたロリエスの元へ駆け寄って行った。

 一瞬格好よく見えた気がしたですがただの目の錯覚でしたいつもの寮長です、としみじみ頷くソキの手を引き、妖精が慌ただしく動きまわる在校生の邪魔にならないよう、壁際へ誘導していく。

 そのあとを、ものすごく当たり前の顔をしてロゼアがついてくるので、ソキを安全な場所まで辿りつかせた後、妖精は振り返り全力で舌打ちをした。

「なによ、くっついて来るんじゃないわようっとおしい。挨拶が終わったんだし料理でも取りにいきなさいよ喉が渇いてるなら水でもいいわ飲みに行きなさいよ酒だってあるでしょう楽しみなさいアンタ成人してるんだから。ねえシディ?」

「……まだ準備中ですね」

 連れて行け、と苛々する妖精の視線を見つめ返さないようにしながら、シディは次々運び込まれて行く料理の数々を眺めやった。妖精の手がシディの羽根を引っ張りたそうにわきわき動くが、残念ながら、その背に羽根はない。

 帰ったら覚えてろと毒ずく妖精の服の裾を指先で摘み、ソキはくいくい、と引っ張った。なに今忙しいのだけれどとうんざりした顔つきになりながらも振り返った妖精に、ソキはあのねあのね、と不思議な気持ちで問いかけた。

「そういえば、リボンちゃんなんで大きくなってるです? リボンちゃん羽根どうしたです? あとねえ、リボンちゃんねえ、格好いいです」

 ソキのエスコートに徹する為だろう。少女の姿形をした妖精の正装はすっきりとした印象の男物の夜会服で、きらびやかなドレスではなかった。簡素な装いだが、最高級の布地と仕立てが典雅な雰囲気を与えている。

 妖精は指先で己の髪を払い、ふふふふ、と目を細めて笑う。シディがロゼアの腕を引き、一歩退いた。あれ、と目を瞬かせるソキに、妖精はふるふる、身を震わせ。怒った。

「遅いのよ聞くなら会った時に言いなさいよなんだってアンタはいつもいつもそうなの! このっ! のろまーっ! いいわ教えてあげるわよ一回しか言わないからよく聞きなさい! 一回しか! 言わないからねっ!」

「やっやあぁああんリボンちゃん怒ったああぁっ!」

「泣くな騒ぐな黙って聞けっ! いい? 妖精はね、この時期にだけ人と同じ大きさになれるの。だから、その時期を選んでアンタたちのパーティーが開かれるのよアタシたちがエスコートできるようにね! あと羽根はしまえるの! わかったっ? 分かったら返事!」

 はいはいソキちゃんとわかりましたわかりましたああぁっ、と涙声で告げるソキにだからはいは一回にしなさいって言ってんでしょうがこの低能っ、と叫び、妖精はぜいぜいと息を乱しながら嘆かわしく首を振った。

 それから、やや唖然としているロゼアを振り返り、妖精は怒りのままに呪いをかけてしまおう、と思ったのだが。唇が開きかけ、きゅっと結ばれる。妖精が一礼を送り、ソキもまた壁から背を離してあわあわと立ちなおした。

 なんだろう、とロゼアが振り返る、その視線の先。最終準備を整える生徒たちのざわめきを従えるように、砂漠の王がまっすぐにソキと、ロゼアに歩み寄ってくるのが見えた。




 どこかふわふわした仕草で瞬きをするソキを振り返り、妖精は舌打ちをしたい気持ちで眉を寄せた。ソキに対する叱責ではない。ソキに十分な休憩をさせる間も与えず、次々挨拶だのなんだのひっぱりまわした者たちに対しての苛立ちである。

 一応、今の今までソファに座ってはいたのだが、純粋な休憩ではなく、難しい話を一生懸命考えながら聞いていた上、ソキの体に僅かであっても負担がかかることがあったばかりだ。

 ソキ、と呼びかけた妖精を見つめるヴェールごしの瞳は、眠たげな疲労に負けかけていた。

「……ソキだいじょうぶです、リボンちゃんと踊れるですよ」

 直後、ふあぁ、とあくびをしておいてなにを言うのか。呆れと苛立ちに目を細めながら、妖精は挨拶を終えたのち、砂漠の王をはじめにソキの元を訪れた各国の王と王宮魔術師たちを、こころゆくまで胸の中で罵倒した。

 挨拶を終えてから、一時間も経過していない。その一時間の間で、出会った者たちと起きた事柄の密度が高すぎた。

 まず砂漠の王とロゼアが似ている似てないという会話からはじまり、花舞の王が訪れ、白魔法使いが爆笑し、彼らが去ったのちにエノーラが現れた。

 白雪の王の護衛たる女性はロゼアの担当教官、チェチェリアの夫キムルに恐らく本人たち以外は極めてどうでもいいというか別次元でやっていて欲しいような言い争いを開始し、それを止めに現れたのがエノーラの主君たる白雪の女王と、楽音の国の王である。

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