言葉を鎖す、夜の別称 05

 数年前のことである。暇を持て余した王宮魔術師たちは、ある日突然発作的に、五ヶ国の陛下方で誰が一番イケメンなのか決めなければいけない気がする決定戦を開催した。発端、実行、主催は全て花舞の国の王宮魔術師である。

 各国からはまた花舞か、これだから花舞は、というかだから花舞はなにをしてるんだ、むしろ花舞はなにがしたいんだ、と言われたが、とにかく彼らは開催し、そしてぶっちぎりで自国の陛下を優勝させてきたことがある。

 数ある各国の陛下のイケメンエピソードを退け、優勝の決めてになったその逸話は、こう。花舞の陛下が中庭を散歩中、庭仕事をしていた侍女の頬についていた土汚れを拭い、君の柔肌に触れることができるという幸福を得てしまったかな、いつもありがとう、と囁いた。

 告げた魔術師はうちの陛下まじイケメン、と叫んでその場にしゃがみ込んで動かなくなったという。

 発端と実行と主催が花舞である時点で花舞の陛下に多少有利だとしても、決定戦に参加した各国の王宮魔術師たちは、遠い目をして思った。花舞の陛下、まじイケメン。

 かくして五ヶ国の中で最もイケメンの称号を非公式で手に入れた花舞の王の性別は、女性である。女王陛下である。数年前までとある事情で性別を隠し、男として国王陛下であった時期も長い花舞の王は、けれども今ではまごうことなき女性。

 女王として政治を行っているのだが、それでも王宮魔術師たちの評価にとりたて変化は見られなかった。理由はひとつ。そもそもイケメン決定戦で優勝をさらってきた逸話は、王がその真の性別を明らかにしたあとの話だったからである。

 イケメンに性別など関係ない。つまりうちの女王陛下まじイケメン異論は認めない、と主張してならない花舞の王宮魔術師たちは、今日も今日とてその思いを新たにしていた。

 恐らく五ヶ国の中で最も陛下好き好き大好き陛下へいかっ、しているのが花舞の魔術師たちである。好きだけど尊敬しているけど大切な方だと思っているけど愛の種類が恐らく違う、と言い切る楽音の魔術師たちと、彼らが徹底的に話が合わないのはそんな理由だった。

 陛下がそこにいらっしゃるのにはしゃがないでいられるとかちょっと意味が分からないので人生やり直して来た方がいいと思う、とまで真顔で言うのが花舞の王宮魔術師、その最大の特徴だ。花舞、まじ花舞、と言われる由縁である。

 そんな、一人でいるだけでの花舞ほんと花舞と周囲をぐったりさせる魔術師が、一同に会し、狭くはない部屋の中で睨みあっているのには理由があった。

 目の前にいるのは陛下への愛を共に語る味方、けれども今だけは倒すべき敵、として互いを睨み、彼らは思考を巡らせる。手段は尽くした。全て。できることはやりつくした。では、あとはなにができるのか。

 それは前へ踏み出す勇気を持つことと、そして。運。それを己の手の中へ呼びこむこと。一人の女性が息を吸い込み、前へ足を踏み出した。応じるように、男も前へ進み出て、二人は睨みあう。せえの、とどこかで声がした。掛け声だった。

「じゃんけん、ぽん……! きゃあああああああああやったあああああああ!」

「うわあああああああああ!」

 女が幸運を手にした涙を浮かべながらその場で飛び跳ね、男は魂を叩き折られた叫びでくず折れる。

 雨上がりの五月を思わせる静かにくすんだ水色の髪と、それを色濃くしたような青い瞳を持つ女は、年相応の落ち着きというものが遥か彼方にあるが故、少女めいた雰囲気を持つ面差しを喜び一色で染め上げている。

「さすが私! キアラちゃんアルティメットスペシャルの大勝利ーっ!」

「……くっそなんだよ、その……アルなんとか」

「ちょっと短めなんだから、それくらい覚えてよね、ジュノー! キアラちゃんアルティメットシュ……スペシャル、とは!」

 あっ噛んだ、今噛んだよね、という視線を無視しながら、とある事情で病魔に倒れたナリアンを迎えに行き、治療を施し、けれども目覚めたばかりの魔術師であることにちょっとウッカリしすぎていて気が付かないで帰って来て、数日後、ソキに出会って、『新入生のナリアンくん』であることを指摘された白魔術師の三人組、のうちひとり。

 元説明部でもあるキアラは、それはもうやたら楽しそうに胸を張り、全力で言い放った。

「その名の通り! 私の運気をアルティメットでスペシャルな感じにあげてあげてあげまくる! 術が切れた時の反動の不幸? 気にしないことにしました! 目の前の勝利の為に未来の私は犠牲になったのだ……! という感じの! ものすごい祝福魔術に決まってるじゃないのこの日この時この瞬間の為に半年がかりで組みあげました!」

「えげつねええええええ! えげつねえ術組みやがったぞコイツ……!」

「ふはははは! 怖い! 自分の才能が怖いわというより数日後の! 不運の日々が! ちょうこわい!」

 あっ馬鹿だこのこちょっとばかりお馬鹿なんだ、という周囲からの同情に満ちた視線に、キアラは頬を両手で包み、すんすん、と鼻を鳴らして首を振った。

「で、でもでも! これもパーティーで陛下の護衛を務める為、その為の試練を潜り抜ける為だと思えば……! ええっと、あと何人勝ち抜けばいいんだっけ……?」

「……そんなキアラに残念なお知らせがあります」

 首を傾げるキアラの肩を、ぽんとばかり叩いたのはシンシアだった。長めの桜色の髪に、黄碧の瞳をした、植物めいた印象をあたりにふりまく女性だった。キアラと、ジュノーと、シンシア。

 通称三人組、で常に一緒にきゃいきゃい騒いでいる、残りのひとりである。女性二人に挟まれるジュノーの髪色は黒く、焦げ茶色の瞳をしている為に、周囲は彼らを密かに土と花と空、とも呼んでいた。

 三人が一緒にいると、それだけでなぜかきゃっきゃうふふはしゃぎたおす雰囲気を持つ、花舞の祝福された中庭の様子を思わせるから不思議だった。ちなみに、キアラとシンシアとほぼ常に一緒にいるジュノーに、王宮魔術師男性陣から嫉妬めいた視線は向けられない。

 向けられるのは同情か、呆れか、またお前らか、という三種類の眼差し、そのどれかである。土花空の三人組は、他国を呆れさせる花舞の魔術師を、さらに呆れさせる。奇跡的な存在だった。

 テンション高く突撃して騒ぎを巻き起こすキアラ。そんなキアラを見守るような眼差しをしつつ、落ち着いていると見せかけて予測不可能な行動に出ては失敗しいやああぁあんっ、と騒ぎ涙ぐんで動かなくなるシンシア。

 その二人を止めると見せかけながらも、時に新たな騒ぎを起こし、時に被害を拡大させていくジュノー。三人もいるのに、そこに一人たりとも、冷静な突っ込み役と歯止め役が存在していないのである。

 陛下なんで三人で組ませちゃったんですか、と疑問の声に、花舞の女王は微笑んで告げたという。子犬がころころじゃれあっているみたいでとても可愛いと思わないかい、と。つまりはそういうことである。

 花舞の魔術師の基本構成は、どこまでもあくまでも、その女王の趣味で決定されていた。

 趣味の結果であるから、魔術師たちがきゃいきゃい騒ぎすぎて煩かろうと、基本的には怒られない。一同に会した部屋は女王執務室の隣に位置していたが、開始して数時間、未だ小言のひとつもないのは楽しまれているからである。

 陛下が楽しいのであれば、その魔術師に自重という言葉は存在しない。してはならない。こころゆくまで花舞、と一般の王宮勤務者に思われながら、魔術師たちはじゃんけんを続けて行く。

 初戦敗退したシンシアはしばらく涙ぐんで動けなくなっていた筈なのだが、回復したらしい。なぁになぁに、と不思議そうにするキアラに、シンシアは微笑み、哀れむようにして言った。

「あと一人勝てば、キアラが護衛なんだけれどね……?」

「うん!」

「最終戦がロリエスです」

 終わった。完全に意志が統一された花舞の魔術師たちの中、茫然としてキアラが首を傾げる。

「な、なん、で……? だって、ロリエス、だって、担当教員だから、そんな、参加しなくても、そんな、え、なんで」

「……理由? そんなものはひとつだろう」

 カツリと足音を響かせて、いつの間にか歩み寄っていたロリエスがキアラの前で立ち止まる。バレッタで留められた女の髪が、一筋だけほつれ、頬へ落ちていた。それを摘みあげてロリエスは耳にかける。

 視力を補正する為の緑縁の眼鏡の奥、静かに燃える炎を灯す瞳の色は、夜の黒さを保っていた。ごく冷静で、揺るがぬ姿。寮長に女神と囁かれるに相応しい、凛とした立ち姿だった。

 ロリエスの背後には、床にばたばた倒れている同僚たちの姿。恐らく、ロリエスに負けて希望を断ち切られた者たちの姿が、あった。睨みつけるキアラに、ロリエスは微笑んで、言い切った。

「陛下の隣に立ちたくば、私のことを超えて行け」

「っ……わ、分かった、分かったわ。私はロリエスに挑み、そして、超えて行って見せる……!」

 二秒後。魂を叩き折られた悲鳴をあげて床に倒れたキアラと、それを優しく見下ろすロリエスの姿をもってして、花舞の女王護衛決定戦は終了した。これだから花舞は、と他国に呻かせる。花舞の王宮魔術師たちの、これが日常である。

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