もうすこし、同じ速度で 06

「これでいいか?」

「はい。ソキねえ、じゃあ、新しい……ぶかつを……」

 作る、となると寮長の許可が必要である。その次に、星降の王の許可を得に出かけなくてはならない。ロゼアが先程思い出したそれに、ようやくソキも思い至ったのだろう。

 みるみるうちに色彩を無くした声でどんよりと呟き、ソキは心底興味を失った目でロゼアを見た。

「……ロゼアちゃん。り」

 寮長、どこへ行ったと思うですか、と。言葉を一文字しか告げぬうち、騒々しく聞き覚えのある音をたて、談話室の扉が開かれた。寮長は、絶対に、どこかで聞き耳を立てて待ちかまえていたに違いない。

 寮長それはストーカー行為とも呼ばれます本当にどうもありがとうございました王宮魔術師に通報してもいいでしょうかというかしたいですすごくしたいです、という視線と。

 寮長さすがです素晴らしいですこの上もないです感激のあまり涙が出てきました理由なんてそんなものは今日もあなたが光り輝いているという事実だけで十分ですっ、という視線を真正面から受け止めて、寮長がすさまじい勝ち誇り感でふんぞり返っていた。

「俺様の! 助けが! 必要なようだな!」

「……ろぜあちゃん。今ねえ、寮長ねえ、俺様って言ったですよ」

「ああうん、あのひと、俺の前だとわりとそんな感じだよいつも」

 真正面から見ると教育に悪い気がするから、とうんざりしながらソキの視界を手で塞ぎ、ロゼアはずかずかと歩み寄ってくる寮長にちらり、と目をやって。

 なるべく穏便に、かつ速やかに新部設立の許可をもぎとるべく、冷静な気持ちを心がけて息を吸い込んだ。




 勝ち誇った寮長とのひたすらめんどくさい問答をどうにかやりこなし、ロゼアは息切れを起こしながらソキの元へ戻ってきた。

 かかった時間は十五分程度であったのだが、その間に受けたロゼアの、主に精神的な面での疲労具合は計り知れない。

 会話をするだけで疲れる相手、というものをロゼアは初めて知ったが、これといって知りたくも会いたくも親しくもなりたくない相手であることは間違いなかったので、嬉しいという気持ちは欠片も生み出されなかった。

 ソファにちょこんと座って待っていたソキの隣に、身を沈めるように座り込み、ロゼアは少女に向かって一枚の紙を差し出した。

 新部設立許可証の判が押されたその紙には、ほんの三行、部活の概要が書かれ、寮長の署名が入れられている。

 やりようによっては数十秒でも終わりそうなその記載の為に、ロゼアはどうして設立の許可が欲しければこの俺様を倒してから行くんだな、とやたらと楽しそうな寮長と十五分も意味の分からない問答を繰り広げなければならなかったのか。

 というか、ソキの為の新部設立許可であるのに、なぜロゼアが窓を拭くのが好きか嫌いか、廊下の掃き掃除と拭き掃除ならばどちらがより燃えるか、洗濯をするのに生地によって方法や洗剤を変える必要があるのかを知っているか知らないか、などを聞かれなければならなかったのだろうか。

 結局、部活の内容を聞かれたのは最後の最後で、ロゼアが精神的な疲労のあまり、ぐらぐらと眩暈を起こしているさなかのことだった。新部設立に必要な質問は、その最後のひとつ。

 で、茶会部の内容を簡単に説明するとどうなるんだ、というもののみである。あとは全部ロゼアの個人情報だった。ちょっと意味が分からない。

 新入生を大人げなく疲労させてソファへ沈めた寮長は、ソキの冷たい視線を背に受けながらもやたらと機嫌良く、すでに談話室から居なくなっている。

 ははははナリアンの嫌がる顔が目に浮かぶぜお楽しみはこれからだっ、とろくでもない宣言がなされていたので、次なる被害者は明白すぎるほど明らかにされていた。

 メーシャはすでに被害に遭ったのか、それともこれからなのかは分からないが、なんとなく、あまりひどいことはされない気がしている。

 寮長は恐らく、その日の気分と場の適当な雰囲気と個人的な好き嫌いで対人の態度や対応を決めているのだが、メーシャに関しては殊更やんわりと触れているような気がしたからだ。

 腫れものに触るように、ではなく。そこに傷があることを知っているから、痛めないように距離をはかっているのでも、なく。まだその時期ではないと、それが来るのを外側から観察しつつ、ひたすらに待っているような。

 そんな印象で対応するのが常だった。最初から限界を突破しているナリアンの対応との違いが未だもって理解できないが、恐らく永遠に分かる日など来ないのだろう。寮長とはつまり、そういうひとである。

 今日はもう、なるべく遭遇したくない。用事があってもしたくない、と思いつつ、ロゼアは疲労を深く吐息に乗せて吐き出した。

 そろそろと身を寄せてロゼアの頭を撫でてくるソキに、大丈夫だと微笑み、ちいさな手に許可証を受け渡す。

「はい。……ソキの、新部許可証だよ。あとは、星降の王陛下の許可が必要っていうから、それも貰いに行こうな」

 でも、もうすこし休ませて欲しい。そう告げるロゼアに、ソキはもの分かりの良い様子でこくりと頷いたあと、そわそわと視線を彷徨わせた。のたのたと瞬きを繰り返し、あくびをしながらロゼアはふと、なんだろうと思う。

 ソキがなにかを考えていて、言いだしたがっていることは分かるのだが、内容に検討がつかなかった。喉が渇いているのでもないだろうし、おなかが空いているということでもない。

 ソキ、と言葉を促して話しかけてやれば、ソキはうん、と一度大きく頷いた。決意した様子でそろっと体を寄せてくると、あのねあのね、とそわそわ呟き、ロゼアの耳元にそぅっとくちびるを寄せる。

 手で筒をつくり、こっそりと、ソキはロゼアに囁いた。

「ロゼアちゃん。おるすばんしていてくださいね?」

「……うん?」

 ソキがなにをしたいのかが分からず、ロゼアは少女の体がひっくりかえってしまわないよう、腰にゆるく腕を回しながら告げた。

 ソファの腕で両膝立ちになっているソキは、支えられているのに気がつかない様子で、機嫌良くにこにこ笑っている。

「ソキねえ、だってねえ、リボンちゃんとずぅっと一緒に歩いてきたです!」

 白雪の国から、ここまでずぅっと。自慢げに、嬉しげにいうソキに内心首をひねりながらも、ロゼアはうんと頷いてやった。今年の新入生の中で、最も長い距離の旅となったのがソキである。とても頑張ったのだという。

 そのことは知っているし、歩けないことを知っているロゼアとしては、なにをどうしてどういう奇跡と巡り合わせと努力の結果が宝石の姫をこの学園まで辿りつかせたのか未だもって不思議であるのだが、ひとつの純粋な事実と結果として、ソキはこの場所まで自力で辿りついている。

 今、なんでそれを言うんだろうと不思議がるロゼアに、ソキはだからねえ、と甘えた声で言い放った。

「ソキ、ちゃぁんと一人で行けますよ」

「え。どこに?」

 ほぼ即答に近い、思考する前に反射で問うたロゼアに、ソキはきょとんとして首を傾げた。

「星降の王様の所です。ソキ、許可を頂いて来ますですよ」

「ひとりで?」

 やはりそれは、思考の働く前に出た言葉であった。問いただす響きに、ソキはちょっと眉を寄せ、困ったようにロゼアの目を覗きこんでくる。

「……ロゼアちゃんは、いや、ですか?」

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