もうすこし、同じ速度で 02

「すごく冷静に返事されると、お姉さんもちょっとどうしていいか分からないかな! とりあえず用事あるんだけどな? 開けていいかな? 開けるよー」

 ノックしたし声はしたから返事は聞いてないけどいいよね、と華やかで明るい声で言い切って、女性の手が扉をあける。驚きに目をぱちぱちさせながら、ソキは開かれた扉の向こうを見た。

 ソキにとって、そんな風に部屋にやって来られる、ということ自体が未知の体験である。混乱して椅子に座ったまま動けないソキの元に、ひとりの女性がにこにこ笑いながら歩み寄ってきた。

 白藤色の長いまっすぐな髪を、瞳と同色の胡桃色のリボンで結んでいる。その面差しはソキの目から見てもうつくしく、それでいて表情が乗ると何処か愛らしさを振りまいていた。

 凹凸の乏しいすとんとした体つきは女性的なしなやかさを保っていながら、ほっそりとしていてどこか頼りない。身長はソキよりは高いが、恐らく百六十には届くまい。

 守りたい、あるいは守らなければいけないと思わせる外見の女性だった。その強い意志の乗った瞳を、真正面から覗きこまない限り。

 あるいは、口を開かない限り。そういう意味では非常に寮長に近しいものを感じさせる女性は、椅子の上でぴしりと凍りつくソキをやや楽しげに眺めると、ひょいと顔を覗きこむように視線を重ねてきた。

「ソキちゃん、今日はお部屋にいるんだね。ロゼアくんはどうしたの?」

「ろ……ろぜあちゃん、おそうじに、でかけましたです」

「ソキちゃんはお部屋でなにしてるの? おるすばん? ……お勉強?」

 問いが重ねられたのは、ソキが手に持っていた教本に気が付いたからだろう。こくん、と頷くことで答えにしたソキに、女性はうんうんと頷き、満面の笑みで言い放った。

「今日は水曜日だよ?」

「……知ってますですよ?」

「今日は、水曜日だよ?」

 なんで二回繰り返したのか分からないです、と言わんばかりの顔つきで沈黙するソキに、女性はあれあれ、と目を瞬かせて首を傾げた。どこか子供っぽい、幼い印象の仕草をする女性は、困った顔つきで唇に指先を押し当てる。

「もしかして、聞いていない?」

「なにがです?」

「水曜日はね、授業がないの。でもそれって勉強を……してもいいとは思うんだけど、でも勉強する為でも、掃除洗濯する為でも、休みでごろごろする訳でも、常日頃のうっぷん晴らしに襲撃計画立ててみる為でも、こころゆくまで寝る為でもないわけなのね?」

 そういう感じの活動内容を持っているトコもあったと思うけど、と呟き、女性は訝しむソキに対してにっこりと笑った。

 時をほぼ同じくして、ロゼアが謎の男女に廊下でからまれ、去った筈のソキの部屋にずるずると連れ戻されかけている事実を、少女はまだ知らない。知らないのだが。

「じゃあ……なんなんです?」

 くしくも同じ言葉でそう問いかけたソキに、待ってました、とばかり女性の笑みが輝き。ほぼ同時に、半開きだったソキの部屋の扉が、音高く開かれた。戸口に、ひと組の男女が後光を背負って立っている。

「知識に迷える子羊に!」

「私たちが! 今日も!」

 男女は手を取り合ってその場でくるりと回ると、背中を合わせて立ちなおした。やたらと様々な部位の筋肉を酷使しそうな立ち姿でもって、男女は声を合わせて高らかに宣言する。

「説明しよう!」

 遠慮しますのでお引き取りくださいですよ、とにっこり笑顔で告げたソキの言葉は、当然のごとく黙殺された。




 不審者のように現れた男女は『説明部』を名乗り、そのあと、人数が倍に増えた。男子生徒二名に、女子生徒二名。合計四名が『説明部』であるらしい。

 ソキが気が付いた時には『説明部』は部屋を去った筈のロゼアを引っ張ってきており、さらにはナリアンを拉致し、メーシャまでをも連れて来ていた。

 ナリアンを見た時に『拉致』の単語がよぎったのは、『説明部』の女子生徒が大きな白い袋をずるずると引っ張ってきて、開けたら中にその姿を発見した為だ。

 なんでも寮長に協力してもらったとのことだが、ソキはあえて詳しく聞かなかった。意識を取り戻したナリアンが記憶を吹き飛ばしていたので、そっとしておくべきだと思ったからである。

 ちなみに寮長は、ナリアンの拉致に積極的に楽しく協力したあと、部屋をひとつひとつ巡って使用済みのシーツを集めているらしい。部活動の準備であるらしいが、意味が分からないのでソキはそれ以上考えないことにした。

 寮長のやることに意味がないことは基本的にはないらしいのだが、意味が分からないのは普通のことだからだ。ソキの部屋に現れた女性は、そんな寮長の手伝いをしているらしい。

 ソキちゃん使っているシーツがあったらちょうだいな、と言われたので、ソキはごく正直にないです、と言った。だいたいからして、ソキは殆ど自分の部屋を使っていないのだ。

 寝台で寝転んだことはあっても、眠りについたのは一回か、二回くらいのものである。

 だから、ソキのお部屋のシーツは使ってないですよ、と言ったソキに女性は優しい笑みを浮かべてはやく末長く爆発できるといいねえ、と言った。

 でもちょっとでも使ったのならお洗濯してアイロンかけてあげるからね、部活動で、と言って寝台からシーツを引っぺがした女性は、所属する部を『狂宴部』だと言い残した。

 名前と活動内容がちっとも結びつかないが、その疑問はすぐに解消できた。『説明部』が水曜日が部活動の為の日であることと、今日は新入生が所属する部を決める日であることを告げて去った後、寮長が現れたからである。

 寮の部屋という部屋からかき集めたであろう使用済みシーツの小山に肘をつき、爆発しちゃった系芸術的なポーズを決めて現れた寮長は、己が部長を務める『狂宴部』の活動に、ロゼアを引っ張って行ったからである。

 ロゼアは家事全般が得意であり、さらにはアイロンがけもできる。ならば本日の活動内容に相応しい、というのがそのおおまかな理由であった。

 茫然とするロゼアの手にそっとアイロンを握らせた女性。ソキの部屋に現れてシーツを回収していった『狂宴部』の部員は、寮の外にある立派な木を目指して移動する途中、所属する部の活動についてもうすこし詳しく教えてくれた。

 例えば、崖の上。例えば、高い木の上。例えば、建物の屋根の上。そういう危険とされる場所で飛んだり走ったり踊ったりしながら、掃除洗濯アイロンがけなど、寮生がちょっと手の回らない家事を代表して終わらせてしまおう、という部。

 それが『狂宴部』であるのだという。先々週は廊下の掃き掃除と磨き掃除が制限時間つき、ただし『儀式準備部』と『魔法具研究部』が合同で張り巡らせた対魔術師用の罠の数々を華麗にかいくぐり、あるいは格好いい台詞と共に流麗に起動させながら終わらせることだったと聞いて、ソキはそれになんの意味があるですか、と聞いてみた。

 普通に掃除するのでは駄目なのだろうか。

 女性はきょとんと目を瞬かせ、首を傾げて唇をひらく。

「そんな、寮長がなぜ輝いているのかと尋ねるのに等しいことを聞かれても……?」

 手遅れ、という言葉がソキの頭に浮かんで消えた。隣を歩いていたナリアンがぞわっと悪寒を感じた表情で寮長を一瞥したが、振り返った男と視線が合う前に音速で反らして瞳を重ねはしなかった。

 そのままナリアンは、寮長を極力視界のなかへ入れようとしなかった。ロゼアが高い木の上に登らされた時も、そこから落下しながら幹に貼られたシーツにアイロンをかける時も。

 それが原因で、寮長がロゼアの『狂宴部』への入部を半ば強制的に決められている時も。ロゼアのことを心配そうに見つめはするものの、寮長を視界から外すことに力を尽くしていた。曰く、感染するような気がして、とのことである。

 ナリアンは穏やかな笑みでその意志を響かせた。ちょっぴり怖かったのはソキのないしょである。

 

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