朽ちた花でも、何度でも 03


 彼らの出身地、魔術師としての適性、属性。得意とする魔術、内包する魔力の総量。学園で過ごした数年分の情報を元に細かく調査され、相談されたのちに、ようやく王宮魔術師の地位が与えられるのだ。

 なぜ、フィオーレと彼は同じ日に決定がなされたのだろう。それがもしフィオーレとラティであるなら、きっと素直に納得できた。魔力総量の極めて低い、たったひとつの魔術しか行使することのできない、占星術師。

 魔術師としての適性に許された、未来を読みとる力の他には、ひとを夢見させること、それしかできない『単一の魔術師』。それがラティだ。時々、そういう魔術師が存在する。

 ひとつしか、世界に許されなかったかのように。ひとつだけ、それができるだけの魔力しか持つことができずに。癒すことも、穢すことも、呪うことも、ラティにはできない。ただ、星の流れから未来を読み、ひとに夢を見させるだけ。

 その夢を渡って行くことすら、ラティには難しいのだという。できそこないの夢属性、もっとも役に立たない占星術師。そう、呼ばれていたことを、フィオーレは知っている。

 そこでくじけず、性格を歪ませず、そうだ魔力がなくてなににもできないなら物理に頼ろう、という発想に目覚めた彼女のことを、フィオーレはひそかにものすごく尊敬しているし、すごいと思うのだが、前職合ってのことだろうな、とも思う。

 ラティは、魔術師として目覚めるのが比較的遅い方だった。妖精を視認したのは、十五の夏。ちょうど十五で成人とされるこの世界で、ラティはその以前から、星降の王宮で職についていた。

 王宮魔術師と対を成す、王の剣、王の盾。国王直属護衛騎士団のひとりに、彼女の名は連ねられていた。己の力に誇りがあっただろう少女は、できそこないと影で囁かれ、それでも折れずに前を向き続けた。

 できることを、探した。その強さを、フィオーレはこよなく尊敬する。ラティは、フィオーレが知る誰より、『強い』魔術師だった。今ではもう誰も、ラティを落ちこぼれとは呼ばない。

 認めさせるまでの長い数年間を、思い出してフィオーレは目を閉じる。彼女と一緒なら、納得ができた。学園在籍当時から、フィオーレは白魔法使いだった。魔術師たちの最高位称号。

 魔法使いの名を与えられ、呼ばれることに本人すら疑問を持たないくらいだった。だからこそ、力のつり合いは取れただろう。言葉魔術師。大戦争時代、時には切り札のひとつとして虐殺の引き金を引いた魔術師とでは、あまりにも違う。

 けれども、だからこそ、癒し手が必要だったのだろうか。分からなくて目を伏せるフィオーレに、砂漠の国の王は溜息をつき、髪をくしゃりとかき混ぜる。

「お前とアイツを同時にここへ呼んだのは俺だけど。それはお前が責任を感じることじゃない、白魔法使い」

「……でも」

「それに、お前らを一緒にって言ったのは正直な所、俺じゃない」

 誰ですか、と問うより早く、男の艶やかな声がなめらかにその名を告げた。魔術師たちには決して、呼称することを許されない星降の国王、その青年の名。

 幼馴染でもある他国の王の名を慣れ親しんだ風に舌にのせ、砂漠の王はやや呆れたように目を細めた。

「どうしても、と言われたんだ。だから、一緒に引き取った。……ああ、言っておくがな、フィオーレ。アイツがなんの事件を起こしていなくても、俺はアイツが言葉魔術師であるという、その事実のみで嫌いだから勘違いするなよ?」

「……そういう好き嫌いって良くないと思う」

 眉を寄せて控えめに告げる魔術師を、砂漠の王は鼻で笑った。諦めろ、と告げられる。

「好き嫌いとかいう問題を超越してて、生理的に無理なんだよ。この国の王家は……まあ、今、俺しかいないけど。この、俺に流れる血が、言葉魔術師という存在を拒否してんの。本能的な反射に近いな、たぶん。……若干、かすかーに、うっすら、ほんのすこしだけ、悪いと思わなくもないが。まあ、大戦争時代の後遺症みたいなもんだな。諦めろ。幸い、ウチの王家以外はそういうのないみたいだし」

 魔術師属性だけで反射的に拒否感起こすとか、他のヤツらが言ってた記憶とかないし、とややあいまいな言葉で続けながら、砂漠の王はうすく吐息を吐きだした。

 まあ、そのおかげでウチの国にだけヤツらに関する文献が残っている訳だけど。か細く零れた言葉をひろうことができずに、フィオーレはきゅぅと眉を寄せた。それになんでもないと微笑して、王はやや眠たげに目を擦る。

「……フィオーレ」

「はい」

「拗ねた声出すな。……ともかく、アレに関する事柄の一切にお前の責任はないし、それに対する罪悪感を持つことを俺は許可しない。ついでに、大変不本意だが、アレの生存は俺からの命令としてお前たちにも遵守させるのでそのつもりで」

 はぁい、とものすごく拗ねた声で返事をしたフィオーレに、砂漠の王は喉の奥を鳴らして上機嫌に笑った。戯れに伸ばされた手が、フィオーレの髪をくしゃくしゃと撫でて行く。

「明日は休日にしてやるから、ゆっくり休め。もう遅い。いつもなら寝てる時間だろう? ……そろそろ、ラティが飛んで来るぞ」

「……陛下は、今日は?」

「俺はもうすこし本読んでから寝る。……ああ、今日は特に愛妾のトコ行く予定はないぞ?」

 昨日行ったし、今週は多分もう行かない。めんどくさいし、と言いたげにまたあくびをした王は、これ以上、寝室にフィオーレが居ても居なくなってもどうでもいいのだろう。

 好きにしろ、と言わんばかり興味を失った横顔で読書に戻られるのに、フィオーレはようやく床から立ち上がった。

「はやくお世継ぎ作りなよ、陛下。なんでそんな一人寝好きなの」

「だって女ってちょっと優しくするとすぐ俺のこと好きになるんだもん……」

「だもんじゃないよ陛下その発言はなんていうかものすごい勢いでなんか敵つくるよって俺言ってんじゃんっ?」

 眉をしかめ、本気で嫌そうにぼそりと吐きだす己の主君に、フィオーレは涙目で絶叫した。

 二人の間にあるのは先にあったような主君と魔術師のそれではなく、どちらかと言えば年齢の近い親しい友、あるいは血縁のような打ち解けて砕けた空気だったが、どちらもそれを気にすることがない。

 もーさあああ、と涙声で頭を抱えて首を振りながら、白魔法使いはだからどうして陛下はそうなの、と嘆き始める。

「陛下の後宮にいる女の子たちなんだから、好きになっちゃうのはしょうがないっていうか自然なことなんだってば……! そこは妥協して世継ぎの為に頑張って励もうねって、俺と約束したよね? したよね陛下っ……!」

「……だったら、俺の好みに当てはまる女を連れて来いよって、俺は前にも言わなかったか?」

 やだ、何回か通っただけで俺のこと好きになっちゃう女とか、と心から言う青年に、フィオーレはそんなこと言われても、と額に手を押し当てた。瞬間、ものすごく嫌な予感が背を駆け抜ける。思い出してしまった。

 あのさあ、とぎこちなく、問いかける。

「陛下。ソキに、さぁ……な、七年くらいしたら? 愛妾になりにおいでとか? 言ってなかった? それって、ソキが予知魔術師として自分の守り手と、殺し手を得なかった場合、自動的にうちの王宮魔術師になるって分かってて言ってたに決まってますよね陛下まじ陛下」

「お前……もうすこし落ち着いてもの話せよ……」

「心から憐れんだりする前にお願いだから俺の質問に応えて頂けますか……!」

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