朽ちた花でも、何度でも 02
「俺の国から出る入学予定者を、俺が知らないでいる訳ないだろう?」
にっこり、あでやかな笑みでからかう青年に、フィオーレはぐったりとした気持ちでそうなんですけれど、と呻いた。
「ソキが来た時だって、分かってたんだから……教えてやればよかったのに。なんで黙ってたんですか?」
「聞かれても言わなかったけど?」
「なんで」
不満そうなフィオーレに、国王はあくびをひとつして、椅子から立ち上がった。そのまま寝台へ向かおうとする腕を捕らえて引きとめれば、国王はややめんどうくさそうに振り向き、決まってんだろうが、と首を傾げる。
「話したらいけないんだよ。そうじゃなくても……言ったら、ソキが自力であの国まで辿りつけたと思うか?」
正直、自力で当日に到着したっていうだけで俺は本気で驚いたんだけどな、と真剣に言う国王から、フィオーレはそーっと視線を外して従順に頷いた。
ソキが、本当に自力で辿りつけると、そう思っていた王宮魔術師はいない。ふわふわした他愛ない祈りのように、明日が晴れであればいいと思うくらいの気持ちで、辿りつける、そう考えていた者ならば多いのだが。
「もちろん、ロゼアに会いたい。探したい。そういう気持ちだけで進んで行った訳ではないだろうが……確実に、その日がくれば会えると分かっていれば、あの育ちをしてる『花嫁』が、自力で行ける距離じゃない。決して。……ウィッシュは実際、自力で辿りつけもしなかっただろ? まあ、あれはもうすこし事情が異なるが」
「……よかった。俺、ロゼアにもソキにも、そういえば知ってた筈じゃないのかな、みたいに思われなくて。いや、知らないんだけどね? 俺たちは入学予定者が何人かすら教えてもらえないんだけどね?」
「ああ、そういえば、ロゼアとソキはどんな様子だった?」
傍にいたとかひっついてたとか、そういうのは言われないでも分かるからそれ以外で、と求められて、フィオーレは思わず思案した。ロゼアの魔力暴走については、王宮魔術師にすでに報告書が巡っている。
フィオーレは彼の不調を癒す為にも呼ばれたので、恐らくは一段と詳細な文面を目にしている筈だった。けれども、それと同じものは王の手にも渡っているのである。
ソキに関しては途中で消息が途絶えたこともあり、未だ旅路に不明点が多く、こちらは案内妖精の詳細な報告を待つしかないだろう。どんな、と問われても、なにを話せば知らない情報を補完できるものだろうか。
考えて、考えて、フィオーレは思わず眩暈を起こしかけて目を強く閉じた。嫌過ぎてちょっと記憶から飛ばしていたが、そういえば、無視してもいられない問題がひとつあったのだ。
陛下、と呼びやうその声の色が変わったことに気がついたのだろう。去りかけた椅子に座り直し、聞こう、と告げる魔術師の主に、フィオーレは静かな声でソキに残された痕跡のことを告げた。
少女の記憶が途切れていることも合わせて告げ、恐らくは言葉魔術師からの干渉があった筈だと報告する。
案内妖精の報告会は、すでに終わっている筈だ。緊急連絡が砂漠の国へ飛んでいない以上、案内妖精の記憶からも、その干渉は抜け落ちているに違いなかった。
魔術師の操る、世界に満ちる魔力そのものに、もっとも近しい存在である神秘に、一体どうしてそんな干渉ができたのかは不明だが、ソキに痕跡があった以上はそうとしか考えられない。
難しい顔をしたのちに頭を抱え、上半身を崩して机にもたれかかりながら、砂漠の国の王は、アイツ本当可能なら今すぐにでも殺してやりてぇ、と心から本気の声で吐き捨てた。
フィオーレも、まったくの同意である。だからこそ解せぬことがあり、フィオーレは責めるように国王に言った。それは何度か繰り返された問いで、後悔で、怒りだった。
「なんで生かしておくんですか」
「……お前さあ、俺が好きこのんで、あれを生かしてるとか思ってるのか?」
「思ってないんでなお分からないんですよ。理由、教えてくれないし。ラティだってずっと言ってるじゃないですか。俺も、ずっとずっとお願いしてるじゃないですか。殺して下さい。……殺させて、ください。これ以上、なにかをする前に。これ以上……シークが、なにか壊してしまう前に、どうか、俺に、アイツを」
つよく閉じた瞼の裏側に。悲鳴のような、夕焼けの赤がよみがえった。交わした言葉はすくなく、彼が、なんと言ったのかもすでに思い出せない。思い出せる日はきっと来ないのだろう。
それなのに、フィオーレはあの日の言葉を、約束だと思っている。一方的でも、なんでも、言葉は告げられた。その事実は、決して消えない。
「……はやく、殺してやればよかった。シークが、あんな……あんな、壊れるより、前に。ソキと、ロゼアを……あんな風にする前に」
「お前の力は救う為のものだろう。白魔法使い」
『駄目だよ、フィオーレ』
伸ばした、手は、その言葉で拒絶された。それをなぜか、ひどく強烈に思い出す。
あの日。炎にまかれ、焼けおちる屋敷の中で。異変に気がついて駆け付けた王宮魔術師に取り囲まれ、拘束されながら、シークは穏やかに微笑んでいた。ようやく、欠けたものが満ちたのだと言うように。
安堵さえ滲ませる穏やかな表情で、害する為に手を伸ばして来たフィオーレを、拒絶した。
『キミの手は救う為のものだ。……キミにだけは、殺されてはあげられない』
穢れてしまうだろう、と。まるでそのことを厭うように。告げられた言葉を、忘れられない。
「……言葉魔術師を殺してはならない」
悔いて閉じかける意識に触れたのは、青年の静かな声だった。無感動に文面を朗読するような、ひどく凪いだ言葉の響き。
「理由は未だ調査中だ。……でも、手掛かりはいくらか拾えてる」
「手掛かり……?」
「なにぶん、残ってる文献が少なすぎて苦労はするが。……あれを殺さないでいるのはそういう理由だ。不確定すぎて学園では教えられない。口伝みたいなもんだからな。……言葉魔術師は、殺してはならない。いいか? あれは、生かしておかなければいけないんだ。理由は、恐らく本人が一番知っている筈だが、会話をすること自体が危険だから隔離しておく他ない。……正直、お前も危なくない確証がないから、これ以上を話してやることもできない」
接触者全員にその可能性があるからな、と溜息をつき、国王はもうひとつ、混乱する魔術師に手掛かりを与えてやった。
「陛下はある程度ご存知のことと思われますが。今ボクを殺せば、ロゼアクンは死にますよ、と……言われた」
「……は」
「言葉魔術師が、魔力を込めて告げた言葉である上に……それを単なる脅しだと思えないだけの理由が、俺にはある。だから……分かったか? フィオーレ。アイツを殺させてやる訳にはいかない。ロゼアが死ぬし、ソキが……気が狂った予知魔術師を抑え込む方法なんて、殺してやるしかないことを、お前もよく教わっている筈だな? 俺は、俺の大切な魔術師に、これ以上……そんなことをさせたくはないんだ。分かれ」
言うことをきいて、だから静かに我慢していろ、と求める王の言葉に反論しかけて、フィオーレはあることに気が付き、紡ぐ声を呼吸ごと飲みこんだ。フィオーレと、幽閉されている言葉魔術師は、学園入学の同期ではない。
しかし、卒業して王宮魔術師として砂漠の国に連れてこられた日は、まったく同じであるのだ。時期が近い、という訳ではなく。まったくに同日。二人一緒に、学園からこの王宮へ招かれた。
それをしたのはフィオーレの目の前にいる国王陛下そのひとで、許可を下したのは五カ国の施政者。その総意でしかありえない。
王宮魔術師の選定は、その国の王たちが好き勝手に行っているが、その実、彼らの間では常に細かい調整が行われている。力関係が偏り過ぎないように。その地に住まう国民が、不安にならないように。安定を崩してしまわないように。
また、あの大戦争を繰り返してしまわないように。
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