灯篭に鎖す、星の別称 18

 その『扉』には、武器庫、と書かれたプレートが取り付けられていた。誰かの手書き文字であるから、そこはかとなく緊張感のない、不思議な主張をしている扉だった。

 ソキはその『扉』をじぃっと見つめ、ぱしぱしと何度か瞬きを繰り返したのち、ロゼアの腕の中でこてりと首を傾げた。『学園』の新入生にはもれなく武器が配布されることになっている、と告げたのは、談話室から四人を先導してここまで歩いてきた寮長の言葉だった。

 時間通りに集合した四人のうち、何故かナリアンの頭だけを撫でながら遅刻しないで偉いなー、と褒めた寮長は、すさまじい勢いで機嫌を悪くする彼を宥めるでもなく、適当に放置している。

 今も寮長に一番近い位置に立っているのはメーシャで、ナリアンではなかった。ナリアンが意図して距離をとったというのもあるだろうが、ロゼアの腕の中からソキが見た所、寮長も別に近くへ行こうとはしていなかったように思われる。

 恐らく、ナリアンには寮長がどういった理由で己ばかりを構ってくるのかちっともさっぱり全く分からないだろうが、それと同じくらい、客観的に見ているソキにも理解してやることはできなかった。

 考えても分からないので悩むのをやめにして、ソキは視線をもう一度、『扉』のプレートへと戻した。へにょへにょした手書き文字で、やはり、武器庫、と書かれている。間違いはなさそうだ。

 だからこそ、意味が分からなくてソキはねえねえ、とロゼアの肩を手でぱたぱた叩く。

「壁に扉がめり込んでるですよ?」

「うん。俺にもそう見える。ナ……えっと、メーシャは?」

「俺にも、壁に扉がめり込んでいるようにしか見えない。なにこれ」

 うろんな目で目の前のそれを睨むメーシャに、ロゼアはだよなぁ、と息を吐きながらソキを抱きあげる腕をすこしばかり調整した。

 ややずり落ちていたソキが安定した状態に戻ったのを確認して、ロゼアは呼びかけを中断したナリアンに、そっと視線を送る。ぶちん、となにか切れた音がした、気がしたのはその時だ。

『俺から行ってもいいですよね?』

 寮長がやたらと楽しそうに笑いながら、ナリアンにどうぞ、と扉を手で示していた。え、いまなにが。というか、なにを話していてそうなった、と問い、止める間もなく、ナリアンが『扉』に手をかけ、開いた。

 足が床から離れ、あっさりと扉の向こうへ踏み出された。その爪先が、扉の先へ着地したと同時、ナリアンの姿がかき消える。ぱち、とソキは瞬きをして、首を傾げた。

 ナリアンの姿はもうどこにもなく、ひとりでに閉じた扉がぱたりと音を立ててしまった。耳の痛い静寂が広がる。寮長、と低くとぐろを巻く声で口火を開いたのはメーシャだった。

「ナリアンに、なにを」

「ん?」

 口元に人差し指を押し当て、意味ありげに笑いながら、寮長は素直に告げた言葉を繰り返した。

「今から、お前たちはこの扉をくぐり、武器に選ばれて帰ってくる。武器がお前たちを選ぶのであって、お前たちは武器を選ばない。さて、誰から行く? 怖いなら皆でおてて繋いで入ってもいいぜ? ただ、気が付いたらひとりだろうけど。同じ系統の武器でない限りな……って」

 それをなぜ、ナリアンだけに、ナリアンを見ながら、ナリアンを挑発するようにして言ったのか。解せぬ、と瞬間的に新入生三人は思った。

 はふ、とロゼアの腕の中で呆れた息を吐きながら、ソキは光合成したいっ、光合成したいっ、と叫びながら地面の上を這いずる毛虫を一瞥するのと同じ視線で寮長を見やった。

「……あのねえ、ソキねえ、寮長みたいなひとのこと、なんていうか知ってるですよ」

「言ってみ?」

「好きな子ほど苛めたいです?」

 ぶふおっ、と音を立てて寮長が吹き出した。なにがそんなに楽しいのだか、壁を平手で叩いてひとしきり悶え笑ったあと、肩を大きく上下させて寮長は深呼吸をして。

 のち、気を取り直したかのような落ち着いた態度で、三人に向き直った。

「よし、じゃあ説明してやるから、よーく聞けよ?」

「なんでナリアンにその説明をしてやらなかったのか、理解に苦しみます、寮長」

 しっ、いいこだから見ちゃいけません、と子に言い聞かせる親のような顔をして、寮長の姿をなるべくソキの視線から外すか考えているロゼアが、ほとほと呆れた声で問いかける。

 寮長は、決まってるだろ、と輝かしいばかりの笑顔で告げた。

「世界が! 俺に! そうしろと囁いていたからだ!」

「ソキ、知ってます。寮長みたいなひとのこと、電波さんっていうですよ!」

「いや、もうこれ普通に変態でいいんじゃないか」

 さりげなくない態度で寮長から距離をとりながらロゼアが言う。メーシャもそうしたかったのだが、何故か寮長が腕を掴んで離してくれないので、逃げることは叶わなかった。

 腕を掴まれているだけなのになぜかお嫁にいけないような気持ちになってくるのでやめて欲しい、いや俺はお嫁さんをもらうけど、とやや混乱しながら、メーシャは諦め気味に視線を床に落とす。

「それで、なんの説明を……?」

 なにか大事なものを失ったり、なにかの代償に魂を売り渡した気分だった。ラティ助けて、家に帰りたくなってきた、と遠い目をするメーシャに、安全圏からロゼアとソキが拍手をし、勇気ある発言を称えてくれた。

 そうだろう聞きたいだろうっ、とやたら楽しそうに頷いた寮長は、そこでようやくメーシャの腕を離し、無駄に洗練された無駄のない無駄な動きで、ナリアンの消えた『扉』を指し示した。

「この『扉』は見て分かる通り、学園のどこかに繋がっている訳ではない。この『扉』が接続するのは、大戦争ののち、世界分割の時にできた『散らばった世界の欠片』、そのいずれにかだ。『こちら側の世界』でもなければ、この『中間区』のどこでもない。『向こう側の世界』でもない。無数に存在しているとされる、『散らばった世界の欠片』の、どれかひとつ。総称して、俺たちが『武器庫』と呼んでいる欠片へ、接続する」

 だから、なんでナリアンにその説明を省いたのか。理解に苦しみながら、ロゼアが息を吐きだした。

「危険はないんですか?」

 ロゼアの隣では歩んで来たメーシャが、腕を手でさすってちょっと妙な顔をしていた。ぐーっと体を伸ばしたソキが、いたいのいたいのとんでいけですよー、とメーシャの腕に触れ、それをどこかへぽいと投げ捨てている。

 良い子だけどじっとしていような、ソキ、と言い聞かせるロゼアに、寮長が今の所だが、と前置きをした上で『扉』を見る。

「危険があったという報告は一例もない。また、戻って来られないという事故も報告されていない。……お前たちは、『扉』をくぐった瞬間、その世界の欠片に選ばれ、引き寄せられる。気が付いた時に目の前に広がる空間に、お前たちの武器がある。杖、剣、槍、指輪、あるいは、その他のなにか。全く予想できない玩具のようなものに選ばれることもあるが、それがお前たちの武器だ。手にした瞬間、契約が結ばれる。武器はお前たちを終生守り、愛し続けるだろう。で、武器を手にすれば、気が付いた時にはここに戻ってくるから、安心しておけ。はい、質問は?」

「選ばれるですか? ソキが選んで来るじゃなくて?」

 ロゼアの体温にすこしばかり眠そうな顔をしながら、ソキが不思議そうに問いかける。意志のないものに、どうして選択ができるというのか。そう言いたげなソキに、寮長はくすりと笑みを深めた。

「行けば分かる。……さ、行っておいで。お前たちの武器が、待ってる」

 やさしく促され、背を押されて歩き出しながら、三人はほぼ同時に思った。だから、寮長。なんでナリアンにだけああいう態度であんな送り出しをしたんですか。

 ちょっとよく意味が分からないです、と呟くソキに、ロゼアとメーシャが心から頷き、三人は多少前後しながらも、ほぼ同時に、開かれた扉の向こうへその姿を消した。

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