48日目

 窓辺から妖精が見つめる視線の先には、夕焼けに染まりゆく都市の街並みがあった。燃えるような赤が白亜の壁を染め行き、濃い紫色の影を闇の中から引っ張ってくる。通りを歩く人々は足早に家路へと向かい、気の早い店は街灯に明りを灯し始める。

 夜ではない。けれど、確実にその気配を感じさせる、すきまの時間。じわじわと胸に広がって行く焦りを感じながら、妖精はついと視線を動かし、通りの終着点へある王宮へ目を向けた。

 そこへは歩いて十五分くらいで到着する宿であるから、これはもう目と鼻の先に居ると言っても過言ではないだろう。さすがに星が瞬く夜になれば危ういものがあるが、まだ夕方のすこし手前、そうなる寸前の時間帯である。

 大丈夫、大丈夫、な、筈、とぎこちない響きで呟いて、妖精はそーっと室内を振り返った。

 寝台からは、ソキの健やかな寝息が響いてきている。寝姿こそ、見慣れたまんまるい逆に疲れそうなそれであるが、表情はひどく落ち着いていた。顔色も、平常のそれに戻っている。青ざめてもいなければ、熱の為に赤らんでもいない。

 ようやく、体調が安定状態へ移行したのだった。朝方に都市に辿りつき、時間には余裕があるからと宿へ向かわせ、食事を取らせお風呂に入らせ、すこし眠ってから王宮へ向かうことに合意させ、十二時間とすこし。

 丸半日以上、ソキは眠っていた。が、昏睡ではなさそうなので、妖精としては安堵に胸を撫で下ろしている所である。魔力は回復し、恒常魔術も巡りはじめた。不調は終わりを告げ、あとは肉体的な疲労が睡眠によって取り払われるのを待つばかりだった。

 学園の入学式は、様々な理由があって夜に執り行われる。それに合わせて、入学予定者は大まかに言えば『夜までには』学園に辿りついている必要があるのであって、この宿からであれば、ソキの足でも一時間はかからないだろう。

 だから、ええと、もうすこし、もうすこしなら寝かせておいて大丈夫な筈、と視線をうろつかせながら呟いて、妖精は深々と息を吐きだした。別に起こさなかった訳ではない。

 昼過ぎにもうそろそろ、と思って起こしたのだが、ソキまだねむぅいです、とほけほけぽやぽやした声で言われたかと思うと、そのままぱたりと倒れて眠りこまれてしまったのだ。明らかに、寝ぼけた動きと声だった。

 記憶には残っていないに違いない。三回起こして、三回同じ反応をされて、四回目で妖精は諦めた。これはもう、自然に起きてくるのを待つしかない。

 目と鼻の先にいながら間に合わず、迎えが来るという前代未聞の珍事が発生しそうな予感に対しては、気のせいだと罵倒したのち丹念に踏みにじり、意識の彼方へ捨ててある。

 都市に足を踏み入れた瞬間、王宮魔術師の探査の手が、ようやくソキに触れたのを妖精は感じ取っていた。現在位置が分かられているので、迎えが来るとすれば、陽が完全に落ちてしまってからのことだろう。なににせよ、辿りつけない、ということは無くなった。

 あとはソキが自力で行くか、ほんのすこしの距離を迎えられるか、そのどちらかである。ここまで来たのだから、歩かせてやりたい。もどかしい気持ちでじりじりと時を待つ妖精に、もぞり、寝台の上から身動きの気配が届く。

「……ふにゃ」

 もぞもぞ、もぞもぞ動いたソキが、ふぁあとあくびをしながら体を起こし、眠たげに瞬きをしている。ぐうう、と両腕が上に伸ばされ、息が深く吸い込まれ、吐きだされた。満たされた気配。

「ふにゅ。ああ、ソキ、よく眠りました……。ね……ねむりまし、た……?」

 え、あ、あれ、と言いたげな様子で、ソキがぱちぱちとせわしなく瞬きをする。あ、今度はちゃんと起きた、と思った妖精が、ふわりと窓辺から飛び立った瞬間のことだった。

 世界を染める夕焼けの気配に気がついたソキが、やああああああっ、と半泣きの声で立ち上がる。

「ね、寝ちゃったですよおおおおお! ソキ、眠っちゃったですよー! リボンちゃん、どうして起こしてくれなかったですかぁっ!」

『アタシの名誉のために言っておくけど! アタシは! アンタを! 四回も! 起こしたっ!』

 あわあわと荷物をひっぱり、肩にかけて扉へ向かうソキの目の前でぴたりと止まり、妖精は少女をびしりと指差して言い放った。

『ねむぅいですソキもうちょっとねるですよぉ……とかなんとか言って! 起きなかったのはアンタよ!』

「ソキ覚えてないですよーっ! やあああんっ! やっ、やああああああんっ! ちこくちこくっ! ソキ、遅刻しちゃうですうううっ!」

 ぴいぴい半泣きの声で訴えながら部屋をてててっと慌ててとびだし、廊下に出たソキは、妖精の予想に違わず、三歩目でぐらぁっと体勢を崩し。びたんっ、と音を立てて思い切り転んだ。

 ぱたたたた、と倒れた頭の横まで飛んでやりながら、妖精はほとほと呆れた声で首を傾げる。

『言わなかった? 入学式は、夜から。まだ十分間に合うわ』

「……思い出しましたです」

 すん、と鼻を鳴らしてソキが立ち上がる。

「ほんとー、に、まにあう、です? だいじょうぶ?」

『本当に間に合うの! 大丈夫だから、ほら、慌てないで。足元を見て、ゆっくり歩いて行くの!』

 もうすぐそこなんだからね、と言い聞かせる妖精に先導されながら、ソキは宿を出て王宮へ続く道を歩き出した。西日に目を細めながら、街並みをゆっくりと眺める気持ちの余裕もなく、歩いて行く。城は、本当にすぐそこにあった。

 普通なら十五分程度の道のりを、てててびたんっ、むくっころんっ、やん、んしょ、てて、ばたんっ、むくっ、ふぇ、てて、て、ててっ、びたんっ、と音を立てながら一時間近くかけて歩き、ソキはようやく、その場所へ辿りついた。

 星降の国の、中核。学園への『入口』がある、この世界で唯一、切り離された『中間区』との接点を持つ場所。学園への入学許可証が発送された場所。世界で唯一の、血統による魔術師が王として住まう、奇跡の国。その、城へ。

 長い道のりの最後に、建物へ続いて行く大きな門があり、その前に誰か立っている。王宮魔術師が数人、一人の青年を取り囲んでいるようだった。その青年を見た瞬間、妖精はあっと声をあげる。

 魔術師でなければ聞こえない筈のその声に、青年が華やかな笑顔で振り返り、わあああああっ、と声をあげた。

「来たあああああっ!」

 言うなり、王宮魔術師たちの制止の手を振り切り、青年はソキに向かって走り出す。長めに伸ばされたくるくるくせ毛の金髪に、紺碧の瞳をした、均整の取れた長身の部類に入る、非常に華やかな印象の男だった。

 男はあっと言う間にソキの元まで辿りついた。驚愕に凍りつく妖精に満面の笑みを浮かべながら、男はソキに手を伸ばし、ひょいと抱きあげて頬ずりをする。

「うわあああああ! ソキ、ソキだよな? ソキだよなー! よかった、間に合った、よかったぁ……! もう、俺、本当に今から迎えに行こうと思ってたんだよー! 大変だったな? よく来たな、よく頑張ったな、いらっしゃい……! お前が来るのを、ずぅっと待ってたんだからな!」

「え……え、えっ、えっ?」

「うん。お前を呼んだのは俺だよ、ソキ。入学許可証を送ったのは、俺。……ふふ、ようこそ俺の国へ! 来てくれるのを、ずぅっと、待ってたんだ……!」

 満ち足りた笑みで、吐息に乗せて言葉は囁かれる。華やかな男の瞳はこの上ない喜びにあまく蕩け、愛しい存在だと告げるように、抱きあげたソキのことを覗きこんでいた。

 待ってたよ。本当に、本当に待っていた。来てくれて、とても嬉しい。来てくれて、ありがとう、ずっとずっと、会いたかったよ。言葉が、声ではなく体の内側に響いてくる。

 触れた箇所から流れ込む、じわりとした温かな魔力が、想いを響かせた。男の腕が、ぎゅぅ、とソキを強く抱き締める。

『……陛下』

 恐る恐る、腕を回すソキの目の高さに浮かび上がりながら、妖精が静かに男のことを呼ぶ。呼ばれた男は、ぱあぁっ、と顔を明るくした。

「リーちゃん! 案内してくれて、ありがとうなっ!」

「……リボンちゃん、リーちゃんて言うです?」

『陛下が勝手に呼んでる愛称よ! 言っておきますけど、アタシの本名じゃないんだからねっ? 勘違いしたりしないでちょうだいっ!』

 ああもうヤダヤダセンスがないったらっ、と怒りながら、妖精は不満げに抱擁する二人を睨みつけた。

『ほら、陛下、そろそろ離してあげてください。また後で会えるでしょう? アタシの案内はまだ終わってないんですから。ソキを学園の入口まで、導いていくこと。それがアタシの役目です』

「ええぇ……もう行くの?」

 適性検査とか、魔術師の属性検査とか、終わってるってウィッシュから聞いてるし、もうちょっとだけいいじゃんかよー。そう言いながら不満げに唇を尖らせる男の頭を、ぺしりと誰かが叩いて行く。

 その存在に目を向けて、ソキは目をまるく見開いた。思わず、名を呼ぶ。

「フィオーレさん……!」

 砂漠の国の王宮魔術師。白魔法使い、その人である。どうしてここに、と驚くソキに、フィオーレはくすくすと笑いながら手を伸ばした。

「やー、昨日からちょっと用事があって? というか、呼ばれてさ。お仕事中なんだよね」

 手は、いやがる星降の国王の腕の中からソキを取りあげ、地面へと下ろしてくれた。ありがとうございます、と告げるソキにうんと微笑みながらしゃがみこみ、それでさぁ、とどこか楽しげに、白魔法使いは首を傾げてみせる。

「ソキちゃんは、痛いトコとかない? 疲れてたりとか……ってゆーか」

 ぶふっ、と言葉の途中で我慢ができなくなったかのように笑いに吹き出し、フィオーレは口元に手をあてた。

「今年の新入生、マジ波乱万丈でさぁ! お前らなんなの? って俺は思ったね! 前日に到着したと思ったら魔力の枯渇と疲労困憊でぶったおれるわ、同じく辿りついたと思ったら案内妖精がヘタばってるわ、旅路の途中で魔力暴走させて倒れちゃうわ、あげくの果てに行方不明とか! マジ、もう、むり、笑う……! あは、あははははっなんなの今年。どうしたの今年、倒れんの? みんな倒れて辿りつくの? あはっはははははげふっ」

 だめ俺には我慢できない、と笑いだした白魔法使いをひややかな目で見つめ、やってきた星降の王宮魔術師たちが口々に呟く。

「そこで笑うという精神構造が理解できないんですけど」

「なあ、信じられるか? あの笑い上戸、魔法使いなんだぜ……?」

「笑いながら咳き込んで涙浮かべてるあれ、俺たち魔術師の中でもぶっちぎりの実力者……辿りつけぬ領域へ行く者、才能だけでも努力だけでも決してそうは呼ばれぬ、敬称にして称号の持ち主。『白の』魔法使いなんだぜ……?」

 笑いすぎて涙を浮かべて咳き込み続けているフィオーレに、ないわ、とでも言いたげな一瞥を投げかけ、星降の王宮魔術師たちは、諦め顔で己の仕える国王の腕を捕まえた。がしっと捕らえ、ずるずると城へ引っ張って行く。

「はい、じゃあ最後のひとりが来たことだし。陛下は帰ろうな? ハウス、ハウス」

「入学式までにやること終わらせちゃおうなー? ただでさえ昨日から、進みが芳しくないってのに」

 じたばたと抵抗するも空しく、星降の国王がずるずる城へ引っ張り戻されて行く。また入学式でなーっ、と切ない叫びが、ソキの聞いたこの国の王の、最後の言葉だった。フィオーレは咳き込みながらも立ち上がり、じゃあ俺もやることがあるから、またな、と言い残して立ち去ってしまう。

 彼らを、見送ったのち。ソキはしみじみと、妖精に向かって囁いた。

「嵐みたいでしたねぇ……」

 妖精は、ちからなく頷いた。




 学園へ続く『門』は、王宮の中庭にある。春になれば薄紅色のはなびらを満開に咲かせる木と木の、等間隔に開いた空間のひとつ。目に見えないで存在する扉が、中間区へ接続している『門』である。

 妖精と同じく、魔術師でなければ見ることもできないその『門』を、けれどもしっかりとソキは目に映したようだった。ただ、扉だけが浮かび上がっているように見える『門』に、物珍しげに目を瞬かせている。

 じーっと『門』を見つめて、ソキはふわぁ、と感心したような声で言った。

「思っていたより、ものすごく、普通の、扉ですね」

『……そうねぇ』

「ここを開いて、行けばいいですか?」

 特別にやることはないですか、と確認するソキに、妖精はこくりと頷いた。必要なのは、この『門』をくぐって行くこと。それだけで、あとはなにも必要ない。

 行くわよ、と促す妖精に、ソキの手が『門』に触れ、押し開いて行く。靴底が、地を離れて浮かび上がる。ぱたん、と音をたて、少女を飲みこんだ扉が閉まった。




 ソキが降り立ったのは、森の中に作られた小路だった。背後にはうっそうとした森が広がり、その中にぽつんと、唐突に扉は浮かび上がっている。森の中には石畳の道がひかれ、等間隔に植えられた街路樹と、その傍に置かれた街灯が眩くソキの訪れを祝っていた。

 火が、灯篭の中でゆらゆらと揺れている。その動きに従って不規則に道に落ちる影を踏みながら、ソキは妖精の後について歩いていた。この道の先に、学園があるのだという。辺りには、ソキの靴音だけが響いている。

「……リボンちゃん、リボンちゃん」

『なぁに?』

「リボンちゃん、このあと、どうするですか?」

 すい、と空を泳ぐように滑空して、妖精がソキの目の高さで腕を組む。決まっているでしょう、とばかり、勝気な笑みが浮かんでいた。

『陛下に、アンタの旅がどんなだったか報告するのよ!』

「そのあとは?」

『ご飯食べて寝るけど?』

 ふぅん、と呟き、頷いて、ソキはこてんと首を傾げた。

「そのあとは?」

『家に帰るわ』

「……そのあとは?」

 だんだん、しょんぼりしていくソキの額を手でぱちんと叩き、妖精は呆れかえった息を吐きだした。

『アンタね。言いたいことがあるなら言いなさいよ』

「……リボンちゃん。もう会えない?」

『また会えるわよ。アンタがそれを望んでくれればね』

 アタシは中間区の花園に住んでるから、あとで誰かに場所を聞けばいいわ。そういう妖精に、ソキは何度も頷いた。頷いて、息を吸い込んで、手を強く握って。ソキは立ち止まって、妖精を見る。

「リボンちゃん」

『なぁに?』

「ソキ、リボンちゃんがお迎えに来てくれてよかったです。ここまで……一緒に、来たの、リボンちゃんでよかったです」

 リボンちゃん。だぁいすき。幸せそうなふわふわとした声で告げられて、妖精は顔をしかめて視線を反らし、あろうことか舌打ちを響かせた。なんでですかぁ、と半泣き声で叫ぶソキに、妖精は苛々とした様子で羽根をパタつかせる。

『アンタねぇ……アンタ、本当に、そうやって……! アタシの気も知らないで……!』

「……リボンちゃん。怒っちゃやです」

『怒ってないわよ!』

 まったくもう、と叫んでソキの髪を掴み、妖精はそれをぐいぐいと引っ張った。やあぁんっ、と声をあげるソキに、妖精は声を荒げて告げる。

『アンタ、ちゃんと一人で寝て起きるのよっ? 今日みたいにいつまでもぐうたら寝るんじゃないの!』

「髪の毛ひっぱっちゃやですうぅっ……! や、やっ、分かりました、わかりました……!」

『ご飯だって、ちゃんと食べるのよっ? 転ばないように、足元は見て歩きなさいよ! ゆっくりだって構わないんだから、分かったっ?』

 アタシが話してるんだから、ぐずってないでちゃんと聞けっ、と怒鳴って、妖精は続けて行く。

『しっかり勉強すんのよ! 学園は、なんでも教えてくれる。魔術の制御もみっちり教わって来なさいね。全く、旅の間に何回魔力を枯渇させたことか……! あんなこと、そうあっていいもんじゃないのよっ? ちゃんと、自分の魔力量と消費量、分かるようになりなさい!』

「わ、分かりました……」

『あと、あと……そんな、すぐ、ぴいぴい泣くんじゃないわよ……!』

 ああ、これは違うな、と妖精は言いながら思った。ソキはぐずるが、涙を流して泣くことはすくない。旅の間、妖精がソキが『泣く』のを見たのは数えられるくらいだ。

 迎えに行った時、記憶があいまいな暗い部屋に閉じ込められた時。そして、いま。別れの時。声を出せず、辛そうにぼろぼろ涙を零すソキに手を伸ばして、妖精はそのやわらかな頬を撫でてやった。

『頑張んなさいよ、ソキ。大丈夫。アンタは、ちゃんと頑張れるコよ。アタシは知ってる。アンタが、どれだけ頑張ってここまで辿りついたか。アタシは、ちゃんと知ってるからね……』

「……はい」

『さあ。……アタシはここまで。ここから先は、アンタひとりで歩いて行くのよ』

 ほら、と妖精が指差す先に、暗闇に灯る明りが見えた。古めかしい作りの、大きな屋敷の門の前に、誰かが明りを持って立っている。

『あそこが学園。あそこに立ってるのは、アンタを迎えに待っててくれる上級生。……さあ、もうすこしよ。歩けるわね?』

「……リボンちゃん」

『足元に気をつけて、転ばないで。ゆっくり、歩いていきなさい。アンタが中に入るまで、アタシはここで見てるから』

 泣くのはもうおしまい。ね、と囁いて涙を拭ってくれる妖精に、頷き。ソキは息を吸い込んだ。足に力を入れて立ち、背を伸ばす。視線の先には、光が見えた。それは、希望のようだった。足を踏み出し、歩いて行く。

『……ソキ』

 その背に、声がかかる。立ち止まって、振り返らず、ソキはちいさく、はい、と言った。

「なんですか、リボンちゃん」

『一回しか言わないけど』

 アタシも、と笑う、妖精の声。

『アンタのこと、好きになったわ。案内したのが、アンタでよかった。……ねえ、ソキ』

「は、い」

『アンタがいつか、学園を卒業する日が来たら、アタシはアンタと一緒に行くことにするわ』

 その時に名前を教えてあげる、とくすくす笑って。妖精は、思わず振り返ったソキに、柔らかな笑みでもって告げた。

『ソキと一緒に、どこへだって行くわ』

「リボンちゃん」

『だから、行ってらっしゃい』

 うん、とソキは頷いた。何度も頷いて、泣かないように息を吸い込んでから、もう一度妖精に背を向けた。歩いて、歩いて。ようやく辿りついた学園の門の前で、ひとりの青年に出迎えられる。

 青年は笑ってソキの為に扉を開き、他の新入生がいる部屋に案内するから、と告げた。頷き、扉をくぐる直前、ソキはすこしだけ後ろを振り返る。



 夜の、森の中に、妖精のひかりが見えた。



 自然に浮かぶ微笑みで、ソキは建物の中へと進んで行く。そんなソキに、案内役だと告げた青年は、どこか安堵したようにこう言った。

「ようこそ、学園へ。新入生さん」

 ソキは、不思議と、不安な気持ちもなにもなく。ごく穏やかに、はい、と言って頷いた。

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