星降の国

45-47日目

 旅日記 四十五日目

 記録を続ける。


 国境を越えた。ここから星降の国へ入る。

 陛下の魔力が隅々まで広がっているのを感じる。

 焦っている気配? 心配している?

 王宮魔術師と陛下が、必死に誰かを探している。

 探されているのは、たぶん、ソキで間違いない。

 数日前にこのこの気配が途絶え、案内妖精とも連絡が取れず、探知できない。

 こんなことは、はじめてなんだと思う。

 もしかしたら一回や二回くらいの前例があったかも知れないけど、アタシには分からない。


 どういう魔術なら完全な隠蔽? 遮蔽? ともかく、それが可能なのか分からない。

 これをやってるのはソキじゃないし、ソキの魔力でもない。

 風が世界からソキを隠している。

 彼が残した風。

 それとも、消えた彼そのもの? 純粋な魔力が風に転じているだけ?

 分からない。

 でも、魔術師では到底不可能なのは間違いない。

 こんなことができるのは、魔法使いだけ。

 魔法使い。最高位の魔術師。

 魔術師という枠を、すこしだけ超えてしまった者をそう呼ぶ。

 こんなことが可能なのは黒魔術師? それとも、属性が関係している?

 ……。

 フィオーレは白魔術師。そこから、魔術師たちは彼を、白魔法使いと呼ぶけど。

 彼の魔術師属性がどうあれ、きっと呼び名はひとつだろう。


 風の、魔法使い。


 アタシは、彼のことをいつまで覚えていられるのかしら。

 もう思い出せない。覚えている、ということを、思い出すのが精一杯。


 ……ああ、なにについて考えていたんだっけ。


 そうだ、記録を。続けるんだった。

 国境を越えて、都市を避けて移動している。

 ソキの意識があるのは、風によって移動している間だけ。

 魔力が切れて昏睡、数時間後に目覚めて移動を再開、魔力の枯渇、これを約三時間のサイクルで繰り返している。

 陽が落ちてしまうと移動は終わり。

 意識を手放して朝まで目覚めない。


 会話は多くない。

 言葉に反応は返ってくる。でも、それだけ。反応であって、会話ではない。


 そろそろソキが起きる時間。またすぐ、移動すると思う。

 移動。魔術による転移に近い感覚。空間転移? すこし違うようにも感じる。

 ベースになっている魔術は、あくまで風。風の魔術だけしか感じない。

 だから、風の属性を持つソキに扱える。


 ……ああ、そうだ。鳥。鳥に、似ている。

 風に乗って移動する、鳥みたい。


 起きた。熱が高い。視線が定まっていない。

 恒常魔術にまで魔力が行き渡っていない。完全に枯渇している。

 意識を保っていられなかったらしく、またすぐに寝てしまった。

 そろそろ陽が落ちる。

 今日はここまでになるだろう。



 旅日記 四十六日目

 で、アタシはなんでこんな記録つけようと思ったんだっけ?

 思い出せない。なにか忘れているような気がする。

 というか、数日前からだいぶ記憶があいまい。


 ……ソキ、アンタもう一回言ってみなさい。

 なに? 誰がなに? もの忘れが激しい? はぁ?

 ばかじゃないのばかじゃないの、ばっかじゃないのっ!


 髪の毛ひっぱったくらいで、ぴいぴい泣くんじゃないわよ。

 全く、動けないなら動けないらしく、もうすこし大人しく眠っていたらどうなの。

 ほらまた! 毛布がずり落ちてるでしょうが! このあんぽんたん!

 ちゃんと首のトコまで包まって眠りなさいって、何回言わせるつもりなの!

 それと、アタシはいま考え事で忙しいんですからね。

 アンタにかまってやる余裕はないの。

 分かったら目を閉じて、はやくもう一度眠りなさい。


 分かった? 分かったわね? 返事は?

 よし。

 はい、おやすみ。


 ……ったく。

 で、ええと? なんだっけ? 記録? そう、記録よ記録。

 思い出そうにも、なんかよく分かんないし。

 日記読み返してみようにも、数日分、ページがごっそり抜けてるし。

 なに? これ。

 なんか破られたみたいな……ソキがそんなことする筈ないし。


 ……風が、ここだけ、破いた、みたいな。

 ……風?

 アタシ、なんで風なんて思ったんだろう。


 ……まあ、いいわ。考えないことにしよう。

 もうすこしで星降の首都に到着する。

 そこで、ソキをゆっくり休ませて、それで……連れて行かなくちゃ。

 もうすこし。もうすこしよ、ソキ。



 旅日記 四十七日目

 疑問に思わなかったことが疑問だし、というか意味分かんないんだけど。

 ソキ、アンタなんで魔術で移動してんの……?

 首を傾げるな。ソキも思い出せないですよ、じゃないでしょう! ばかっ!

 自分でもよく分からないことが、アンタって子はなんで平気でできるの!


 ああもう! そんなことしてるから魔力がすっからかんなのよ!

 寝ても起きてもずーっと熱出してるくせに!

 ばか! ばかばか!

 なんか知らないけど連絡できないし!

 あああああもおおおおおお!

 ぜええったい! 心配されてる!

 泣いてたらどうしよう! というか、絶対に! 泣いてるに! 決まってるのよおおおお!


 誰って。決まってるでしょう、そんなの。

 陛下よ、陛下。


 ……陛下といったら、星降の国王陛下に決まってるでしょう?

 他に誰がいるのよ。

 妖精が言う『陛下』と言ったら、まず間違いなく星降の国王陛下のこと。


 で、ああ、うん。陛下なんだけど。心配性なのよね。

 だいたいいつも、どんな年でも、夏至の日の三日前くらいになると入学予定者が無事に辿りつけるかどうか心配になって、

『やだああああもおおおお! 迎えに行くっ! 俺が迎えに行くシステムに変更しようぜっ!』

『け、怪我とかしてないかな。病気とかしないでちゃんと辿りつけるかなぁ……っ?』

『俺の国だから、俺が国境にいたりすんのならセーフじゃね?』

 とか言いだして、王宮魔術師に『はいアウトー』とか言われてるわよ。

 誰の話って、だから陛下よ、へーいーかー!


 ……今頃、ぜーったいそわそわして、王宮魔術師に『陛下、ステイ』だの『陛下、ハウス』だの言われて涙ぐんでるに違わないわ。

『お前らなぁ! 俺は高貴なんだぞ! 高貴なこくおーへーかなんだぞ! 分かってんのかばかぁっ!』

 とか言って

『はいはい、陛下陛下』 とか

『高貴とはなんだったのか』 とか

『せめて漢字変換しようぜ……』 とか言われてるに……だから、陛下の話だってば!


 なにその不安そうな顔。大丈夫よ。

 ちょっぴりオバカで救いようのない所がいっぱいあるけど、陛下はとても素敵な方だもの。

 ……なにその不安そうな顔。

 なに、その、不安そうな顔。なに。文句でもあんの? 言ってみなさいよ、ほら。

 文句があるなら言ってみなさいって言ってるのよ。

 ないわね? ないのね? ……な・い・の・よ・ね?


 よし。

 じゃ、移動するわよ。ゆっくりね。

 ゆっくりで大丈夫よ。ほら、見なさい、ソキ。

 もう夜だけど、星が明るいからすこしは見えるでしょう?

 道の先。ずぅっと先に。

 都市があるのが、もう分かるでしょう?


 あれが、星降の首都。

 学園へ続く『入口』がある、陛下の住まう城のある、アタシたちの旅の目的地。

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