第3話 愛は、幸せを運ぶ

千夜が人間界を離れて1週間後、鶴族の森では、長の冬夜を中心に、重要な会議が開かれていた。内容は、千夜の処分についてであった。処分の判断は、人間界に居る鶴達を監視する水晶玉の映像で、出会いから別れまでの全てを見て下される。人間界で言う、監視カメラに当たる。処分の結果が決まり次第、中央集会場に公開処分の日程の看板が立てられ、指定された日に、鶴族の民達が中央集会場にやって来る。ちなみに、公開処分後、希望者には、処分者の人間界での映像が一部始終公開されることになっている。


「沙夜。千夜は、一体、どうなってしまうの。」

三夜は、娘を心配した。

「お母さん。大丈夫よ。千夜は、まだ未成年なんだから。刑は、軽くて済む筈よ。」

「でも、人間に鶴である事が知られたのよ。それは、鶴族の世界では、最重罪よ。人間界で知られる、『鶴の恩返し』。その鶴は、死刑にされたのよ。ああ、どうしたら良いの。」

「その後も、人間界で同じ過ちを犯した鶴達が、やはり、死刑になりましたもんね。でも、それは、皆、成人した鶴達よ。未成年の前例は、無いわ。心配するのは、まだ早いわよ。」

遂に、結果が出され、長の冬夜が発表した。

「鶴族の諸君。よく聞くが良い。1週間前、人間界で千夜が行った行為。これは、鶴の掟第1条『鶴は、如何なる事があろうと、決して、人間に正体を見せてはならない。』に値する。これは、鶴族の掟の中で、最重要箇条である。よって、千夜を3ヶ月の牢獄入りとする。これに、意義のある者は、おらぬ筈だな。よし、千夜を連れて行け。」

「お待ち下さい。」

「どうした。」

「私は、千夜の母です。今回の件、この子に非はございません。非は、人間の方。昔からそうではないですか。」

「黙らぬか。それは、鶴側の不注意によるもので、人間は関係ない。即刻、千夜を連れて行け。」

「どうか、お待ちを・・。」

三夜の訴えも空しく、千夜は、牢獄へ連れて行かれた。


牢獄入りの翌日、千夜は、虚ろな目をし、朝も昼も夜も、何も食事をしなかった。生きる気力を失っていた。

ただ一言、「巧、愛してる。」と細い声で叫んでいた。

夜の11時に、沙夜が、牢獄の門にやって来た。そして、ある門番に話し掛けた。

「どう。千夜の様子は。」

「見ていて、心が痛むよ。」

こちらは、千夜と沙夜の幼馴染で、門番のバイトをしている。

「僕が食事を持って行って、話し掛けたんだけど、全く反応無し。1日中そんな感じだよ。生きてるって感じがしない。・・そういえば、ほんの少しだけど、何か独り言を言っていたよ。人間界の人の名前かな。」

「あー、もう、許せない。人間が残酷にしか思えない。千夜は、優し過ぎよ。横取りなんて、酷い事を言われた挙句、想い人と引き裂かれたのよ。なのに、なんで許すのよ。」

「そこが、千夜の良いとこなんだよ。彼女は、華乃の悪しき心を温かく包み込んだ。優しいというか・・そういうのを愛と言うんじゃないかな。きっと、今頃、華乃は、罪悪感を抱えて苦しんでるんじゃない。」

「一度ある事は、二度ある。逆に、ケロリと開き直って、別の人が巧を好きになったら、また、横取りとか言い出すに決まってるわ。」


時間を同じくして、人間界。1週間後には、中間試験が待っているにも関わらず、学校に行かず、勉強も全くしていない。ここのところ、夜になると、窓の外を虚ろな目で眺め、涙を流しながら、「千夜、愛してる。」と小声で言った。

一方、華乃も、学校へは行かず、千夜と巧を無理矢理引き裂いてしまった事に対し、落ち込んでいた。巧を、再び孤独にさせてしまったと罪悪感で溢れていた。せめてもの罪滅ぼしに、どうにかして、千夜を連れ戻したいと思うのだが、居場所が分からぬ以上、どうにもならない。そう思うと、ため息を吐くのだった。


翌日の朝、再び所変わり、鶴族の村。千夜の居る牢獄に、和夜が朝食を持って行ったものの、昨日と同じく、虚ろな目をした彼女だった。

「千夜、君の人間界での映像を一部始終見たよ。このまま何も食べないと生きて行けないよ。死んでしまったら、巧さんを想う事が出来ないんだよ。会う事も叶わないんだよ。辛いのは、君だけじゃない。彼だって同じだよ。君は、ここで死んじゃいけない。君には、彼を幸せにするという使命がある。それに、君は、幸せになりたくないの。巧さんと。もう一度、彼の所に戻りたいと思わないの。正直な気持ちを教えて。」

和夜の言葉で、千夜は、我に返った。そして、目から涙が溢れた。

「戻れるものなら、もう一度戻りたい。私、鶴の姿で一番最初にあった日、栄養失調で倒れた所を助けられたでしょ。あの時、彼の優しさに触れて、心が温かくなった。幸せな気持ちになったの。鶴族の掟で恩返しなんて、私には、全く関係ない。だって、既に恋をしていたんだもの。会いたくてたまらなかったの。巧、大丈夫かしら。私が居なくなって、体調を悪くしてないかしら。暗い表情をしてないかしら。彼の笑顔は、宝石の様に輝いていて、見ている私が幸せな気持ちになれたの。彼、もうじき、学校でテストがあると言っていたわ。私の事ばかり考えて、勉強がおろそかになっていなければ良いけど・・・。」

「そんなに心配なら、早く人間界へ戻らなきゃ。」

「どうやって。」

「僕と沙夜で、必ず君を救出する。どうか、僕らを信じて。そして、人間界に戻るという希望を失わないで。僕らの幸せは、君が、無事に人間界に戻り、巧さんと幸せに生きてくれる事だよ。」

ああ、なぜ今まで気付かなかったのだろう。こんなに近くに、自分を大切に想ってくれる友人が居る事に。愛を沢山くれているのにと思いながら、感動の涙を流した。そして、心の中で、神に、どうか無事に人間界へ戻らせて下さいと祈った。

「和夜、有難う。私、絶対に諦めない。必ずここを脱出し、巧の所へ戻るわ。」

「うん。その気持ち、絶対に忘れないで。」

元気になった千夜は、漸く朝食を口にした。


一方、人間界では、巧が家に閉じこもってから、毎日、正也が、朝・昼・夕食を持って来る朝と夕は、正也の母が作った料理。昼は、正也が持参した持ち帰り用の容器に、給食のご飯やおかずを入れて持って来る。巧は、千夜が居なくなってから、ずっと、抜け殻状態である。ただ、正也が背中をおもいっきりボンと叩くと、スイッチが入り、体が動き、食事をする。

「カツ丼、美味しいだろ。今日、母さんに頼んで、敢えて作って貰った。」

巧は、ずっと無言である。

「そういえば、千夜、今頃どうしてるかな。元気にしてるかな。どこに住んでんのか興味湧かね。鶴族かー。鶴だけの住む世界ってのがあんのかな。掟って・・・まるで、こっちで言う憲法みたいで面白くね。」

正也は、巧を元気付ける為に明るく振舞うも、いつまでも元気にならないので、心配でたまらなかった。

「なあ、もし、千夜が、今の巧の姿を見たら、どれ程心を痛めるだろうな。千夜はさ、笑顔を絶やさずに元気でいる事を望んでんじゃねーの。お前が元気じゃないと、彼女は、幸せになれないと思う。今、彼女の為に出来る事は、普通に学校行って、中間試験の勉強をする事。神の存在を信じてんだろ。悲しんでばかりで、何も進まなければ、神だって、何もしてくれやしないよ。きっと、普通に生活送ってれば、神が奇跡を起こしてくれるさ。千夜を返してくれるさ。そう信じんだよ。見えない赤い糸が二人を繋いでる。千夜だって、ここに戻りたくてたまらない筈さ。掟を破って、何が起こんのか分かんないけど、彼女は彼女で、ここに戻れる様に、どんな辛い事も耐えているに違いないさ。千夜が帰って来たらさ、いつもの笑顔でお帰りって迎えて、おもいっきり抱きしめろよ。会えぬ間に、募りに募った愛を解き放てよ。」

正也のその言葉で、巧は、我に返った。

「俺、自分が情けないよ。そうだよな。何で勝手に落ち込んでたんだろうな。」

「あのなー。俺は、別に、悲しむ事が悪いとは言ってないぞ。そんだけ相手を想ってるって事だろ。それって、スゲー素敵な事じゃん。」

正也の褒め言葉に、嬉しくて、赤面した。

「お・・お前がそんな事言うなんて、気持ち悪いぞ。」

「何だよー。本当は、スゲー嬉しいくせにー。顔が真っ赤になってんぞー。分かり易いなー、たくちゃんは。」

「な・・何言ってんだ。友人に、何故赤面せねばならない。」

「たくちゃ~ん。俺を抱きしめて~。」

「お前は、ホモかー。」

巧は、すっかり元気を取り戻し、朝食をとった。

「正也、感謝してる。俺、学校へ行くよ。俺自身が、千夜の安心して帰れる場所である様に頑張る。」

「よっしゃ。じゃあ、早く支度開始。学校に遅れんぞ。」

「おっし。張り切って行くぞ。」

こうして巧は、正也と共に、元気に学校へ向かった。


所変わり、鶴族の村のお昼。三夜が、千夜に会いにやって来た。千夜は、元気に笑顔で母を迎えた。

「どうしたの。そんなに悲しそうな顔をして。」

三夜は、千夜の元気な姿を見て、涙した。

「どうして、そんなに元気でいられるの。母さん、あなたが悲しみを抑えて無理してるんじゃないか・・私に気を遣ってるんじゃないかと心配なの。」

「本当に大丈夫よ。今の私は、希望で満ち溢れてるんだから。私、人間界に、必ず戻れると信じているの。巧に再会したら、愛してるって伝えるの。そして、彼と二人で幸せに暮らすの。学校にも通うわ。正也や華乃が居るしね。」

すると、三夜は、「今、何と言ったの。華乃ですって。やめなさい。あなた、彼女に何をされたか分かっているの。彼女のせいで、現に、こうして、牢獄に居るんじゃない。横取りですって。あなたは、何もしてないわ。」と怒り混じりに言った。

それに対し、千夜は、「理由があっての事よ。根っからの悪人じゃないわ。」と言った。

ちょうどその時、沙夜もやって来た。

「千夜、元気そうで良かった。」

「有難う、沙夜。」

「目が凄く輝いてるね。何か良い事でもあった。」

「今朝、和夜が、ここに来て、悲しみに暮れる私を励ましてくれたの。」

「へー。そうなんだ。和夜ってさ、実は、千夜に気があるんじゃないの。」

「まっさかー。それは無いよ。」

「ねー。いっその事、和夜とくっついちゃいなよ。」

「もう、何言ってんの。私が愛してるのは、巧ただ一人よ。和夜は、私のよき理解者で親友よ。勿論、沙夜もよ。」

「うん、アリガト。でもさ、巧さんの事は、もう忘れた方が良いと思う。」

「どうして。」

「巧さんが悪いと言いたい訳じゃないの。もし、仮に、人間界に戻れたとしても、また、華乃に、意地悪されるに決まってる。私、親友として、あなたの心が傷付くのは、耐えられないの。また、ここで、3羽仲良く生きましょう。」

千夜の決意は固かった。そして、涙ぐみながら、赤面して語った。

「沙夜。気持ちだけ、有難く受け取るわ。でも、私、巧の光になりたいの。彼が、明るく元気に、笑顔を絶やさずに生きられる様に。ずっと傍で、彼を支えたいの。彼を、温かく包みたいの。それから、彼の優しさに、もっと、触れたいの。甘えてるよね、私。」

千夜の決意を聞いた沙夜も涙ぐんだ目をした。

「千夜は、未来の幸せだけを考えてるんだね。何か、素敵だよ。そういうの。純粋だよ。良いのよ。愛する人なんだから、どんどん甘えちゃいなさいよ。その方が、巧さんも嬉しいに決まってるよ。よし。細かい事を否定するのは、やめた。私、これから、和夜の所に行って、救出計画を練るよ。お母さんも、了承してくれますよね。千夜が人間界に行く事を。千夜のこれからの幸せな未来の為に。」

三夜は、暫く考え、結論を出した。

「親としては、子を遠くへやるというのは、かなり心配だけど、千夜が巧さんを強く必要としているなら、無理に止める訳にはいかないわ。その代わり、人間界で必ず幸せになると約束して。」

千夜は、笑顔で、「勿論よ。巧と二人で、必ず幸せになるわ。」と言った。


その後、三夜は、鶴村監視塔に行った。目的は、長老が居るか居ないかを確かめる為である。長老は、基本は、監視塔の監視室で、主に人間界の様子を監視している。長老は、不定期に外出し、気分転換に上空を飛んだりする。状況を把握し、千夜を安全に逃がそうと考えているのだ。早速、塔入口の警備員に聞いたところ、現在は、普段通り監視室に居るとの事だった。それを聞いて安心した三夜は、和夜の家に飛んだ。


一方、和夜の家では、沙夜と和夜が三夜を待っている。

「和夜、無事に救出出来ると良いね。」

「それは、長老の動き次第だね。長老に見つかれば、僕らもただでは済まされない。千夜も。」

「そうなったら、まさか、今度こそ、未成年とはいえ、死刑にされるのかな。嫌よ。絶対に嫌。例え、私達の命が奪われる事になろうと、千夜の命だけは、必ず救い、無事に人間界に送り届けるんだから。」

「ああ、勿論さ。とり合えず、睡眠薬は必要だな。家に戻るついでに、『夢幻草』と言う強力な睡眠草を取って来た。興味があって、鶴村図書館で読んだ事があるんだけど、薬として飲むと、自分の理想が夢に現れ、良い気分に浸り、1日は、目覚められないそうなんだ。ちなみに、4つ分で即眠りに入る効果が出る様なんだ。作り方は単純。入れ物に水を入れて、40度に温めた後、『夢幻草』を4つ入れ、30分放って置く。すると、金の汁が出て来る。そこから更に10分待つと、かなり多くの汁が出るから、そこで火を止めて終了。この村は、嘘であるとも疑わず、真に受ける者が殆どだ。だから、幾らでも誤魔化しは効く。必要なのは、監視塔の警備員・長老・監視官・出村審査官・牢獄の先輩門番二羽の分だな。ちなみに、出村ゲートまでは、歩きで行く。牢獄からだと、4時間は、かかるな。」

「え、そんなに。じゃあ、飛んだほうが速いじゃん。」

「ああ、普通ならそうする。だが、今回は、慎重に行動せねばならない。千夜の命が懸かってるんだ。基本、歩く者は、殆ど居ない。だから、歩いた方が目立たずに済むだろ。」

「なるほど。ところで、2つの質問。まず1つ目。牢に入っている者たちも眠らせた方が良いんじゃない。2つ目は、何故、監視官が関係してるの。」

「1つ目。僕が上手く誤魔化せば良い。突然、長老が千夜を呼んでるって設定にして。2つ目。以前、お母さんに聞いた情報だと、監視されているのは、人間界だけではないんだ。人間界は、長老が一人で監視してる。鶴村の監視は、別の監視官たちが監視してる。監視場所は一部で、出村ゲート・牢獄のゲートと各牢の中。計画を実行するには、全ての監視水晶を停止させねばならない。つまり、監視室に入り、監視官と長老を眠らせなければ、行えない。」

そうこうしている内に、三夜がやって来た。

「二人とも、待たせたわね。長老は、今のところ、いつも通り、人間界監視室に居るそうよ。でも、油断は禁物よ。」

「はい。長老が突然どこかへ行くと困りますからね。沙夜、すぐに即効性のある睡眠薬を作って。」

「了解。」

「お母さん、監視塔の方は、お任せして宜しいですか。」

「任せて。私は、長老の元秘書よ。そうでなければ、長老の現在の状況を教えてもらえはしなかったわ。」


40分後、睡眠薬が完成した。

「よし。じゃあ、計画は、こう。まず、お母さんが監視塔へ飛び、警備員・長老・監視官を眠らせ、監視水晶を停止。お母さんがこちらへ戻ったら、今度は、沙夜が出村ゲートへ飛び、審査官を眠らせる。沙夜が戻ったら、大きな黒い布を持って、僕が牢獄へ飛び、門番を眠らせ、千夜を牢から救出する。その間、お母さんは、出村ゲートに先回りし、誰も来ないか見張って下さい。もし誰か来たら、上手く誤魔化して下さい。沙夜は、僕がここを出た10分後に、牢獄ゲートへ飛んで。その位だったら、沙夜が着いた頃には、千夜と共に、ゲートに居ると思うから。合流したら、牢獄ゲートの隣に置いてある護送籠に彼女を入れ、籠の上から黒い布をかぶせる。そして、僕ら二人で持って行く。以上。」


早速、三夜は、睡眠薬を入れた鞄を首から掛け、再び監視塔へ飛んだ。まずは、警備員に声を掛けた。再び何の用かと尋ねられ、ずっと立ってばかりで疲れているだろうから、体のあらゆる部分に即効の疲労回復薬を持参した。自分は、年のせいか、少しでも空を飛んでいると、羽を広げるのに疲労してしまうが、飛ぶ直前にこの薬を飲むと体の力が抜け、30分飛んでも疲労しないと言った。すると、警備員は、長老の命により、昼の1時間しか座れないので体がかなり疲労していると不満を漏らし、三夜の気遣いだと思い、喜んで薬を受け取った。その後、監視塔に入り、監視官や長老にも品を渡したいと警備員にお願いすると、元秘書だからという事で特別に入塔を許可された。三夜がすぐに薬を飲む様に勧め、飲んだ警備員は、あっという間に眠りに入った。

次に、鶴村監視室へ行った。目の疲労に効果があると言うと、3人の監視官は、大いに喜び受け取った。ついでに、長老は居るかと尋ねると、人間界監視室におり、誰も入れるなと言って、鍵を掛けたまま、ずっと出て来ないそうである。監視官達にもすぐに飲ませ、眠ってもらった。

最後に、隣の人間界監視室の扉をノックした。

「誰じゃ。ワシに話し掛けるなと言っておろう。」

「三夜です。」

「何故ここにおる。お前は、元秘書じゃろ。ここは、現秘書しか入れぬと分かっておろう。」

「警備の方に、特別に通して頂いたんです。」

「それで、何の用じゃ。」

「監視官の方々にお渡しした物と同じ、目薬です。即効性があります。」

「お前が作ったのか。」

「はい。いつも、映像ばかり見て、目がお疲れでしょう。」

「分かった。扉の前に置いておいてくれ。今日は、重要な事があり、部屋を出られるのだ。」

「たまには、休憩を取られて下さいね。」

こうして、三夜は、監視塔を後にし、三夜と和夜のところへ急いだ。そして、二人に結果を報告した。

「重要な事とは、何なのでしょう。僕は、それが心配です。それに、薬を飲んでもらえるのかも分かりません。」

「お母さん、私も心配よ。急に気が変わり、外出しないかって・・・。」

「ええ。それに、こちらの世界の監視映像は止められたけど、人間界は、長老にずっと監視され続けているわ。鶴村が脱出可能だとしても、人間界にいける状況じゃないわ。」

「・・じゃあ、ここから作戦を変更しよう。沙夜は、早速、出村ゲートに行き、審査官を眠らせ、そこで暫く待機し、長老が来ないか見て。お母さんは、再び監視塔に戻り、長老の動きを見張って下さい。長老が扉から出次第、人間界映像の作動を停止して下さい。そして、沙夜に報告した後、交代し、沙夜は、牢獄ゲートの所で千夜を連れた僕と合流。」

「ちょーっと待ったー。つまり、和夜も、早速牢獄へ向かい、千夜を救出するのね。」

「ああ。」

「でも、1つ問題あり。」

「何、沙夜。」

「もし、私が0時過ぎに合流する事になったらどうするの。」

鶴族の村には、午前0時から6時までの間は、外出禁止となっており、沙夜0時になると、長老が監視塔から飛び出し、低空飛行で外出者が居ないかを確認するのである。万が一、外出者が発見された場合、そのものは、1週間の謹慎処分が下されるのである。

「万が一、長老に会ってしまったらという事だよな。牢獄でないにしろ、出村ゲートに向かう途中でそうなったら、僕と君で長老の体を押さえ、千夜には、自力で護送籠を出て、そのまま人間界へ行ってもらう。これでどうだい。」

「任せて。私、かなり力があるから、長老を押さえるなんて朝飯前よ。」


こうして三夜は、再び監視塔へ飛び、鶴村監視室より、長老の動きを見張り開始。沙夜は、出村ゲートへ行き、審査官に、これを飲めば美男子なれると言った。外見が太く、中年でモテず、独身である事を非常に気にしていた審査官は、若返り、スリムになれば女性にモテると信じ込み、すぐに薬を口にし、眠りに入った。

和夜の方も、門番の先輩2羽に、交代を勧め、休憩の水分補給にと薬を渡した。中の金の汁を見て、どんな飲み物か質問されると、先輩方が筋肉が少ないのを気にしていた様だから、筋肉増強の薬を持って来たという事と、飲むとすぐに増強するという事を言うと、それはとても有難いと大喜びし、即飲み、眠りに入った。その後、門番の先輩から牢の鍵を奪い、千夜の牢の扉を開けようとすると、案の定、他の牢の者達が、重罪人なのに、何故解放しようとすると口々に言った。和夜は、長老より、彼女を連れて来る様にと命が下ったと誤魔化した。こうして、牢から千夜を救出し、牢獄ゲートの外へ出、ゲートの隣にある護送籠がある場所で、座りながら、沙夜を待つのであった。


午後4時。監視塔では、長老が部屋から未だに一歩も出ておらず、薬を飲まない事に三夜は、不安を抱いていた。本当に計画は成功するのだろうかと。

沙夜もまた、三夜がまだ来ない事に不安を抱いていた。そして、無事に長老が眠ってくれる様にと心で祈っていた。

和夜は、千夜とコソコソ会話をしていた。

「そういえば、千夜が人間界に行くきっかけは、人間界に行き、一時帰宅した24歳の鶴の男性が、人間の女性と結婚したと報告した事だったんだよね。」

「今まで、人間界に行き、人間の姿になった鶴の中で、最長の9年間も人間界に滞在した。高1の時のクラスメイトに恋をして、大学も同じ所に通った。彼女の実家は花屋で、大学を出た後、すぐに、婿入りしたのよね。人間の姿で帰ってきて、薬指に、結婚指輪をはめて、笑顔で幸せそうに話していて、その時、私も、人間と恋をしてみたいと思ったの。」

「あの時は、中央集会場に、高校や大学のアルバムや、プライベートにデートした写真が沢山広げられ、民達は、見入っていたね。君もだけど。」

「ええ。あの鶴は、きっと、今も幸せよね。」

「うん。今もこの先も、ずっと幸せに決まってるさ。そういえばさ・・プククッ・・。」

「どうしたの。笑いそうになって。」

「ゴメンゴメン。千夜がさ、長老に渡した出村届に書いた人間界に行きたい理由が、鯉をしたいからって書いてあったのが面白くて・・。プククッ・・。」

「もう、何がそんなにおかしいの。私に内緒でいつ見たの。それに、真面目な話なのに、笑おうとするなんて・・・。」

「ゴメン。悪い意味じゃないよ。自分の心に凄く正直なんだなーって思っただけ。ほら、通常ならさ、人間界の空気を吸ってみたいとか、人間の生活を体験してみたいって書くだろ。長老さ、ワザワザ僕らに出村届を見せに来てさ、お前達の友は、随分ユニークだなって大笑いしてたんだよ。」

「いつもは、キツイ目付きなのに、その長老が大笑い。あ~あ、見たかったなー。珍しい事だもの。」

「それよりさ、巧さんとは、いつ結婚するの。」

千夜は、赤面した。

「ちょっ・・気が早いわ。まだ、この村を脱出出来てないのよ。」

「結婚式には、僕も沙夜もお母さんもちゃんと呼ぶんだよ。必ず行くから。それに、僕も一度、人間の姿になってみたかったんだ。あ、でも、もし人間姿の僕が巧さんよりも格好良かったら、やっぱり、僕にするって言い出して、結婚式中止になったりして。」

「ちょっと、和夜。冗談も程々にしてよね。」

すると、和夜は、真顔で赤面し、千夜に告白した。

「千夜。本当は、ずっと前から、君に恋をしてた。自分の正直な気持ちに蓋をして、いつも通り、友達として付き合っていたけど、もう我慢出来ない。他の人に君を奪われるなんて、凄い悔しい。」

千夜は、突然の事に驚いた。親友だと思っていた和夜に、恋愛対象として見られていたなんて。

「いつからなの。」

「4歳の時、君と僕と沙夜で、森の中でかくれんぼしてたろ。僕が鬼でさ。君達を探しに行く途中で、石につまずいて怪我して泣いてた時、千夜が『光導草』という怪我に効く薬草を取って来て、足に5分間草を当ててくれた。そしたら、あっという間に、痛みがひいて、血の流れが止まったんだ。隠れていれば良かったのに、どうして手当てしてくれたのか聞いたら、友達の一大事を放っておける訳ないって言ったよね。僕は、強がって、大した事ない怪我なのに大げさだなって言ったけど、本当は、嬉しかったんだ。身も心も癒された。君の優しさに触れて、いつの間にか、惹かれてた。建前は友達で、本心は、一羽の女性を愛する一羽の男。長年、複雑な心境だったよ。」

千夜は、今迄、自分の鈍感さが、和夜の心をずっと傷付けていたのだと思うと、ショックを受けた。

「・・あ・・あの・・私・・。」

和夜は、涙が溢れ、声を震わせる千夜を自分の羽で包んだ。

「どうか、気に病まないで。勝手に恋心を抱いた僕が悪いんだから。巧さんに嫉妬して、愛する君を悲しませるなんて、男として最低だね。」

「違う。悪いのは私。だって・・あなたの気・・。」

和夜は、自分の羽で、千夜の涙を拭いた。

「純粋な君の涙は、美しい。僕は、普段の明るく笑顔の素敵な君も、涙する君も全て愛しい。巧さんに、君の恋心を持って行かれたのも悔しいけど、本当は、彼がこれから先、ずっと君を幸せに出来るのかって心配なんだ。一人の男として。」

「・・和夜・・。」

「でも、君が愛しいからこそ、君の幸せを考えて、心から送り出すよ。だから、巧さんには、僕の分まで君を幸せにしてもらわないといけない。そうでなければ、絶対許さない。」

千夜は、和夜の情熱に心が温められた。そして、これ程自分を想ってくれる人が親友で良かったと思った。

「和夜が嫉妬する程の相手なのよ。申し訳ないけど、あなたよりも彼の方が、私を沢山幸せにしてくれると思うわ。」

千夜がすっかり元気になり、和夜は、ホッとした。

「よし、こうなったら、僕も人間界に行って、巧さんとどちらが君を幸せに出来るか勝負する・・なんてね。冗談だよ。でもさ、たまには、人間界に様子を見に行ってもいいかい。」

「勿論よ。何なら、一時滞在で学校にも行ってみたら。人間姿のあなたを見てみたい。もしかしたら、モテるかもよ。」

「いいや、モテるのは、お断りだね。僕は、たった今から、君の第二王子になるんだから。」

「それ、どういう事。今迄通り、友達でいてくれないの。」

「巧さんに飽きたら、僕に乗り換えてねっていう事。」

「ちょっとー、私と巧を別れされる気。そんな事するなら、友達の縁切るから。」

「ゴメンゴメン。千夜が本気にするものだから。何ていうか、心の中ではっていう事。いつも通り、友達と思ってくれて構わないよ。これから先も、君を恋い慕うって事。君に告白したら、例え叶わぬと分かっていても、幸せな気持ちになれた。だから、片想いは続ける。」

「話してくれて、有難う。私、あなたの熱い想いも知らずにいる方が辛かった。これからも、あなたは、私の大切な人だよ。」

「僕もだよ。」

二羽は、今迄以上に、強い絆で結ばれるのだった。


午後7時。監視塔は、未だに長老が部屋から出て来ない状況。

出村ゲートには、あまりにも遅いと、痺れを切らす沙夜が居た。やはり、0時にならないと、長老は動かないのだろうか。

そんな中、監視室の長老は、遂に、椅子から立ち上がり、杖を振り上げ、「異界への扉よ開け。」と唱えると、水晶が光り、長老の前に、大きな扉が現れ、開かれると、その中に入って行った。だが、水晶の光は、部屋の中でおさまり、隣の部屋から長老の部屋を眺めていた三夜には、光は何も見えなかった。


時間を同じくして、人間界。華乃は、家でずっと、塞ぎ込んでおり、勉強を全くしていなかった。ノートに、『ごめんなさい』という一言だけ書き、涙ぐんでいた。その時、不意に、部屋の中に光が現れ、中から、何者かが現れた。華乃は、ただ呆然とした。

「急にお邪魔してすまぬのー。驚きを隠せんじゃろ。ワシは、鶴族の長老だ。暫くワシを見ると良い。鶴だと分かるじゃろ。」

華乃は、これは、夢だろうかと思った。普段は、神の存在を全く信じないのだが、長老を神だと思っていた。

「あ・・あの・・。お願いを聞いて頂けませんか。」

「なんじゃ。」

「私、ある人達を引き裂いてしまったんです。罪滅ぼしにはなりませんが、二人を再会させたいです。ですが、女の子の方が鶴で、居場所が分からないんです。私、彼女に会い、戻ってくる様、説得したいです。そして、もう一度、謝罪したいです。もし叶えて頂けるなら、どんな罰も受ける覚悟です。ですから、どうか、私の願いを聞き届けて下さい。お願い致します。」

華乃の目からは、涙が溢れていた。もし、もう一度時間を戻す事が出来るなら、二人の邪魔をせず、見守りたいと思っていた。

「今、そなたの申した事に、偽りは無いな。願いが叶えばどの様な事でもするのだな。」

「はい。どの様な事でも致します。」

「良かろう。その言葉、忘れるでないぞ。共に来るが良い。」

こうして、長老は、華乃を連れ、眩い光の中、鶴村へと戻った。


再び鶴村。一瞬で人間界監視室に戻った長老は、華乃を連れ、ドアをカチャッと開けた。その音を聞いた三夜は、ビクッとし、急いで鶴村監視室内の物陰に隠れた。長老は、ドアを開けた瞬間、下に何かが置いてあるのを発見し、三夜が目薬だと置いて行った事を思い出した。念の為、中を見て、これは、どこかで見た事のある色の汁だなあと思っていた。過去の記憶を辿ると、花や草の名前に興味を持ち、本を読みふけっていた子供時代、本でたまたま見つけた、ある草の効能について、本当なのだろうかと疑い、実践すると、一瞬で眠ってしまい、起きたとき、図書館長に、宿泊場だと思ってるのかと怒鳴られたのを思い出した。もしかしたらと思い、隣の部屋を覗くと、監視官達が倒れていた。その後、一旦、華乃をその場に残し、外に出たら、警備員も倒れていた。これは一大事だと思い、念の為、出村ゲートに向かって飛んだ。


そんな事とは知らず、沙夜は、空を見上げていた。その時、突然、「そこで何をしておる。」と怒鳴り声を出しながら、超特急で飛んで来る長老の姿が目に入った。沙夜は、青ざめた。何故、急に、長老がここに来るのだろう。もう逃げられない。万事休す。地上に降り立った長老は、審査官が眠っているのを見て、更に厳しい顔になった。

「いつからこうだった。」

沙夜は、一か八か誤魔化してみる事にした。

「実は、人間界に興味を持ったんです。今回の友人の件がきっかけで。さあ、行こうとここへ来たら、この状態になっていたんです。」

「異界へ行くには、まず、ワシに、名と異界行きの理由を書いた出村届を提出し、出村チケットを入手せねばならぬ。それを持ち、ここで、審査官にチケットを渡し、写真付きの身分証を提示せねばならん。忘れたのか。」

「あー・・えーっと・・忘れてましたー。テヘッ。」

「テヘッではない。あと少しで、鶴の掟第二条『無断出村厳禁』で1年の牢獄生活となるところであったぞ。」

「そ・・それは、困ります。」

「以後、気をつける様に。ところで、三夜を見なかったか。」

「え、お母さんが何か。」

「実は、三夜が、監視塔の警備員と監視官達に睡眠薬を与え、眠らせた上、監視水晶の作動を停止させたのだ。」

「え・・それは・・重罪・・なんですよね。」

「当たり前じゃ。騙し、業務妨害をしたのだ。ワシにも薬を持って来た様じゃったが、幸い、全く同じ薬を自ら作り、飲んで体験した事があるのでな。更に、今回は、重罪の娘を逃がそうと考えておった様じゃ。これは、決して許される事ではない。これは、終身刑である。死ぬ迄牢生活じゃ。」

「そ・・そんな・・。」

沙夜は、再び青ざめた。

「どうした。何故そなたがショックを受けるのじゃ。そなたがやったのではなかろう。」

長老は、沙夜に疑念を抱いた。

「そなたが三夜の企てを知らぬなら、牢でバイトしとる友も知らぬであろう。おそらく、牢獄ゲートの門番も眠らされとるだろう。確かめに行かねば。」

沙夜は、焦った。

「長老の思い過ごしですよ。それに、今、牢に行ったら、千夜がブルーになりますよ。巧さんに会えなくて辛くて、ご飯も喉を通らないんですから。」

「監視水晶の作動を停止したなら、おそらく、三夜は、今頃、牢から千夜を連れ出しておるかもしれぬ。確認せねば。」

「ですから、思い過ごしですってばー。」

長老は、益々、沙夜に疑念を抱いた。

「何故、ワシを止めようとするのじゃ。やはり、何かあるのだな。」

「いいえ、何も。」

「では、行って良かろう。何事も無ければ良いのだ。」

「本っ当に何も無いです。」

ああ、もう限界かもしれない。千夜には、どうか無事で人間界へ行って欲しいと祈るより他は無かった。

「ワシをどうしても行かせたくない様じゃの。やはり、何か知っておろう。まさか、お前もぐるなのか。白状するのだ。」

沙夜は、遂に、睡眠薬について白状した。だが、また新たな嘘をついた。

「では、ここは、そなたがやり、牢獄の方は、和夜がやったのだな。」

「はい。ですが、すぐに見つかってしまったら、千夜を逃がせないんで、敢えて遠回りしてこちらへ向かうそうです。ついて来て下さい。おそらく、今頃はどの辺に居るだろうという予想がついています。」

「今度こそ、本当なのか。」

「嘘をつくのは、もう限界なんです。さあ、行きましょう。」

鶴村は、かなり広いので、回り道して時間を稼ぎ、その間に、千夜に逃げてもらおうと考えたのだ。


午後8時。牢獄ゲート付近では、和夜が右や左に落ち着きなく動いていた。

「和夜、大丈夫。」

「沙夜が全然来ないんだよ。・・て事は、お母さんにも動きが無いって事か。いや、それとも、例外が起こったか。」

「例外。」

「長老に見つかり、僕らの企てがバレたとか。もしそうなら、沙夜も捕まり、僕らをおびき出す為の餌にされている可能性がある。」

「長老が私達を待つとは思えないわ。重罪人が逃げようとしてるのよ。すぐに飛んで来るに決まってるわ。」

「だとしたら、歩いてる最中に見つかってしまう。」

「ねえ、今すぐに、ここを発ちましょう。」

「今の話を聞いていたのかい。」

「ええ。聞いたわ。私、あなた達を信じてる。もし、本当に長老が今、飛んでいるとしても、沙夜が時間稼ぎで遠回りしてくれてるわよ。きっと。」

「・・そうだな。僕も沙夜もお母さんも、君を無事に人間界へ送る事に命を掛けてる。沙夜には悪いけど、僕らは、もう行こう。ここから歩きで4時間だから。」

和夜は、千夜を大きな黒い布で多いかぶせた状態で護送籠に入れ、持ち上げた。

「じゃあ、行くよ。」

「一人で大丈夫。私、重いわよ。」

「そうなんだよねー。だから、沙夜にも協力を依頼したのに、いつまでも来ないからさー。僕一人で持てるかなー・・なんてね。千夜は軽いから大丈夫。僕に任せて。」

牢獄は、山の頂上にあり、ふもとまで歩いて2時間である。その間、不意に風が吹いて飛ばされそうになったり、山村で不良に絡まれ、籠を奪われそうになるも、力強く引っ張り、籠を無事に保護し、急いで駆けた。山村を出て暫く行った所で、息切れし、止まった。

「ごめん。今迄、ここまで走った事ないから苦しくて。」

「何故誤るの。私の為に無理してくれてるのに。アリガトね。」

和夜は、赤面ながら、再び歩き始めた。

一方、監視塔では、長老は、もう居ないだろうかと不安になりながら、物陰から三夜が出て来た。よし、大丈夫だと思い、廊下に出たら、華乃の姿が目に入った。

「あなた・・。」

「あ・・あの・・私、いつまでここに居れば良いんでしょうか。1時間待ってるんですが・・。」

「どうして、ここへ。」

「会いたい人が居て、ついて来れば会えると伺ったもので。ここは、一体、どこなんでしょう。」

華乃は、まるで、夢の世界に居るような気分だった。

「ここは、鶴のみ住む世界よ。こんな所で会えるとはね。」

「あなたは、どちら様ですか。」

「あなたの探している千夜の母よ。華乃さん。」

「何故、私をご存知なのですか。」

「娘の公開処分の日、人間界の監視映像を見たの。巧さんとの出会いから別れまで全て。」

華乃は、土下座し、謝罪した。

「私は、彼女に嫉妬し、荒れ狂い、ただ、巧と引き離す事だけしか頭にありませんでした。彼女には、何の罪も無いのに。巧にとって、心の支えだったのに。まさか、『鶴の恩返し』が現実になるとは、思っていませんでした。あの後、何という事をしたのだろうと、ずっと落ち込んでいて、学校に行けませんでした。私がここに居るのは、千夜に、再び巧の所へ戻ってもらう為です。私の罪が消える事は、ありません。ですが、引き離したのが私なら、戻すのも私だと思うんです。それが、彼女に対するせめてもの償いです。彼女が無事に戻るなら、私は、どうなっても構いません。この世界で罪を受けます。本当に、申し訳ありませんでした。」

三夜は、華乃の頭を撫でた。

「もう良いわ。顔を上げて。」

「いいえ、上げられません。」

「私も娘も、あなたが罪を受ける事を望んでいないわ。」

華乃は、やっと顔を上げた。

「確かに、最初は、あなたの事が許せなかった。何て酷いと思った。娘は、こちらへ戻った後、生きる気力を失っていたの。でも、今は、元気を取り戻し、人間界へ戻る気満々よ。それに、あなたを受け入れてた。折角元気になったのに、私がいつまでもあなたを憎んでいたら、娘が幸せになれないと思ったの。そして、今、あなたがここに居るのは、娘の事を真剣に考えてくれているからだと知って、見直したわ。だから、もう気に病まないで。」

華乃は、三夜の温かい心に涙した。三夜は、華乃が落ち着くまで、ずっと頭を撫でていた。

泣き止んだ後、華乃は、三夜に質問した。

「人間に正体がバレた鶴は、どうなるんですか。」

「成人の鶴である場合、即死刑よ。でも、千夜は大丈夫よ。こちらの成人も、人間界と同じく20歳なの。千夜は、まだ15歳の未成年。未成年でというのは、今まで無かったの。今回は、特別に、3ヶ月の牢生活で済んだわ。」

「では、生きてるんですね。良かった。今から救出に向かうのは、可能ですか。」

「・・そこが問題なの。でも、計画に狂いが生じたの。」

「狂いとは、どういう事ですか。」

「長老に睡眠薬で眠ってもらう予定だったの。そうすれば、順調に事が運ぶ筈だったの。まさか、あなたをこちらへ連れて来る為に、こんな事になるなんて。」

「長老さんが居ると、何か大変な事が起こるんですか。」

「実は、業務妨害したの。こちらの部屋を見て。皆、眠っているでしょ。」

「はい、ぐっすりと。」

「これ、私がやったの。部屋の中に水晶玉があるでしょ。いつもなら、あそこから、この村が部分的に監視されているの。それを止めないと、千夜を救出出来ないから。他にも、この塔の警備員など、3羽で分担して、睡眠薬を飲ませたの。」

「では、長老さんが出掛けたのは・・。」

「おそらく、私達の企てに気付いたのね。もし、捕まったら、千夜も私達もただでは済まされないわ。」

「私のせいで、千夜の友達にまで迷惑をかけているなんて・・。やはり、堪えられません。罰を受けるのは、私一人で十分です。私が原因で起こった事なんですから。」

「気持ちだけ頂戴するわ。でも、どうか、あの子の為に堪えて。私も動きたいのは山々だけど、もう二度と、千夜を不幸にさせたくないの。だから、このまま隠れ続けるわ。一緒に、ここで隠れてくれるかしら。」

「・・分かりました。私は、彼女が無事に戻ってくれれば、それで良いです。それまでは、不幸な気持ちにさせたくありません。」

こうして、三夜と華乃は、監視室の物陰に隠れた。


午後9時。沙夜は、ひたすら遠回り飛びを続けていた。

「まだか。」

「そう急かさないで下さいよ。この村の広さは、長老が一番ご存知でしょ。」

「そなた、運動不足じゃな。鍛えれば、もっと速く飛べる。」

「長老は、運動好きなんですね。まあ、超特急で飛んでた位ですもんね。」

「ところで、本当にこっちなのか。」

まだ疑念を抱く長老。

「しつこいなー、もう。」

一方、和夜は、籠を持ちながら、ひたすら山を降りていた。

「和夜、休まなくて大丈夫。」

「休んでなんていられないよ。それに、単純な坂道だから、何の問題も無いよ。」

気楽に歩いていたら、オオカミに遭遇した。

「ウワー。な・・何なんだー、この生き物はー・・。」

オオカミは、ガルルルと叫びながら、よだれを出していた。

「コラ。僕は、餌じゃないぞ。鶴でない獣が何故ここに居る。」

一旦、来た道を戻ろうと必死で走り、オオカミも走って追いかけて来た。しかし、途中で、後ろから猟銃の音がした。和夜が振り向いた時には、狼は死んでいた。和夜は、銃を持った鶴にお礼を言った。銃を持った鶴は、丁度良い夕食を入手したと喜び、狼を引きずりながら、山道を登って行った。

「助かったー。だけど、また走って疲れたよ。」

「どんどん愚痴ってよ。私には、聞く事しか出来ないから。それより、珍しい生き物だったの。」

「意味不明の生き物だった。僕を見た瞬間、良い餌を見つけたって感じで、よだれを出してた。幸い、途中で、その生き物が息を引き取ってくれて助かったけど。後、生き物を目掛けた道具も珍しかった。」

「きっと、狼も道具も、誰かが人間界から持ち込んだのね。ここって、外界の物を持ち込むなっていう決まりが無いものね。」

「ハーッ。全て持ち込むなとは言わないけど、危険物は、持ち込まない様に決まりを作ってもらいたいよ。沙、そんな事より、道を戻って時間の無駄をしたから、暫く走るよ。」

「また、後で愚痴るのね。」

「時間が無いからね。それに、これを機に、走る事に慣れようという前向きな気持ちにもなってる。それに、速く走れる男って、カッコイイと思わないかい。」

「ええ、そう思うわ。」

「よし、鍛えるぞー。モテ男になってやるー。」

「頑張って。」

「よっしゃー、行くぞー。ウォー。」

千夜に対する愛のパワーで、走りが急に速くなった事に、和夜自身、気付いていなかった。


午後10時。もうダッシュの甲斐あって、何とか山のふもとに辿り着いた和夜。これから、出村ゲートまでは、森の中を歩く事になる。

一方、長老は、和夜が見つからない事に苛立っていた。

「何故、いつまでも見つからぬのじゃ。低空飛行しとるのだぞ。」

「さあ。あくまで遠回りするとしか聞いてませんしね。」

長老は、沙夜は当てにならないと思った。そして、益々疑念を抱いた。

「本当に遠回りをしたのか。実は、最短の道を通ったのではないか。ワシがこの目で確かめよう。そなたは信用出来ん。もし居なければ、再び回り道の方へ行くとしよう。これで、そなたが嘘をついているかいないかが明確になる。」

長老は、超特急で飛んで行った。沙夜は、顔が青ざめた。

「ど・・どうしよー。大丈夫かな。今、どこに居るの。ああ、神様。どうか、救出計画が無事に成功します様に。」


午後11時。ひたすら森の中を歩く和夜。森の中にも幾つか家が有り、たまたま家の前に出ていた鶴に挨拶をされる程度で、特に怪しまれる事も無かった。また、危険生物も、今のところ出ていない。和夜は、着ている門番服のポケットから時計を取り出した。

「このまま順調に行けば、後一時間で出村ゲートに着くよ。人間界に近付いてるよ。嬉しいかい。」

「勿論。ところで、暗い筈なのに、よく時計が見えるわね。」

「これ、ボタンを押すと、明かりが付くんだよ。この村には、『異界空間』って名の店が1つだけあるだろ。中央集会場から10分飛んだとこに。そこで買ったんだ。」

一方、沙夜は、1時間前、長老が発った5分後に、出村ゲートへ向かって飛んだ。実は、長老と飛んだ時は、敢えてゆっくりしただけ。彼程ではないが、速く飛べるのだ。

午後7時。監視塔は、未だに長老が部屋から出て来ない状況。

出村ゲートには、あまりにも遅いと、痺れを切らす沙夜が居た。やはり、0時にならないと、長老は動かないのだろうか。

そんな中、監視室の長老は、遂に、椅子から立ち上がり、杖を振り上げ、「異界への扉よ開け。」と唱えると、水晶が光り、長老の前に、大きな扉が現れ、開かれると、その中に入って行った。だが、水晶の光は、部屋の中でおさまり、隣の部屋から長老の部屋を眺めていた三夜には、光は何も見えなかった。


時間を同じくして、人間界。華乃は、家でずっと、塞ぎ込んでおり、勉強を全くしていなかった。ノートに、『ごめんなさい』という一言だけ書き、涙ぐんでいた。その時、不意に、部屋の中に光が現れ、中から、何者かが現れた。華乃は、ただ呆然とした。

「急にお邪魔してすまぬのー。驚きを隠せんじゃろ。ワシは、鶴族の長老だ。暫くワシを見ると良い。鶴だと分かるじゃろ。」

華乃は、これは、夢だろうかと思った。普段は、神の存在を全く信じないのだが、長老を神だと思っていた。

「あ・・あの・・。お願いを聞いて頂けませんか。」

「なんじゃ。」

「私、ある人達を引き裂いてしまったんです。罪滅ぼしにはなりませんが、二人を再会させたいです。ですが、女の子の方が鶴で、居場所が分からないんです。私、彼女に会い、戻ってくる様、説得したいです。そして、もう一度、謝罪したいです。もし叶えて頂けるなら、どんな罰も受ける覚悟です。ですから、どうか、私の願いを聞き届けて下さい。お願い致します。」

華乃の目からは、涙が溢れていた。もし、もう一度時間を戻す事が出来るなら、二人の邪魔をせず、見守りたいと思っていた。

「今、そなたの申した事に、偽りは無いな。願いが叶えばどの様な事でもするのだな。」

「はい。どの様な事でも致します。」

「良かろう。その言葉、忘れるでないぞ。共に来るが良い。」

こうして、長老は、華乃を連れ、眩い光の中、鶴村へと戻った。


再び鶴村。一瞬で人間界監視室に戻った長老は、華乃を連れ、ドアをカチャッと開けた。その音を聞いた三夜は、ビクッとし、急いで鶴村監視室内の物陰に隠れた。長老は、ドアを開けた瞬間、下に何かが置いてあるのを発見し、三夜が目薬だと置いて行った事を思い出した。念の為、中を見て、これは、どこかで見た事のある色の汁だなあと思っていた。過去の記憶を辿ると、花や草の名前に興味を持ち、本を読みふけっていた子供時代、本でたまたま見つけた、ある草の効能について、本当なのだろうかと疑い、実践すると、一瞬で眠ってしまい、起きたとき、図書館長に、宿泊場だと思ってるのかと怒鳴られたのを思い出した。もしかしたらと思い、隣の部屋を覗くと、監視官達が倒れていた。その後、一旦、華乃をその場に残し、外に出たら、警備員も倒れていた。これは一大事だと思い、念の為、出村ゲートに向かって飛んだ。


そんな事とは知らず、沙夜は、空を見上げていた。その時、突然、「そこで何をしておる。」と怒鳴り声を出しながら、超特急で飛んで来る長老の姿が目に入った。沙夜は、青ざめた。何故、急に、長老がここに来るのだろう。もう逃げられない。万事休す。地上に降り立った長老は、審査官が眠っているのを見て、更に厳しい顔になった。

「いつからこうだった。」

沙夜は、一か八か誤魔化してみる事にした。

「実は、人間界に興味を持ったんです。今回の友人の件がきっかけで。さあ、行こうとここへ来たら、この状態になっていたんです。」

「異界へ行くには、まず、ワシに、名と異界行きの理由を書いた出村届を提出し、出村チケットを入手せねばならぬ。それを持ち、ここで、審査官にチケットを渡し、写真付きの身分証を提示せねばならん。忘れたのか。」

「あー・・えーっと・・忘れてましたー。テヘッ。」

「テヘッではない。あと少しで、鶴の掟第二条『無断出村厳禁』で1年の牢獄生活となるところであったぞ。」

「そ・・それは、困ります。」

「以後、気をつける様に。ところで、三夜を見なかったか。」

「え、お母さんが何か。」

「実は、三夜が、監視塔の警備員と監視官達に睡眠薬を与え、眠らせた上、監視水晶の作動を停止させたのだ。」

「え・・それは・・重罪・・なんですよね。」

「当たり前じゃ。騙し、業務妨害をしたのだ。ワシにも薬を持って来た様じゃったが、幸い、全く同じ薬を自ら作り、飲んで体験した事があるのでな。更に、今回は、重罪の娘を逃がそうと考えておった様じゃ。これは、決して許される事ではない。これは、終身刑である。死ぬ迄牢生活じゃ。」

「そ・・そんな・・。」

沙夜は、再び青ざめた。

「どうした。何故そなたがショックを受けるのじゃ。そなたがやったのではなかろう。」

長老は、沙夜に疑念を抱いた。

「そなたが三夜の企てを知らぬなら、牢でバイトしとる友も知らぬであろう。おそらく、牢獄ゲートの門番も眠らされとるだろう。確かめに行かねば。」

沙夜は、焦った。

「長老の思い過ごしですよ。それに、今、牢に行ったら、千夜がブルーになりますよ。巧さんに会えなくて辛くて、ご飯も喉を通らないんですから。」

「監視水晶の作動を停止したなら、おそらく、三夜は、今頃、牢から千夜を連れ出しておるかもしれぬ。確認せねば。」

「ですから、思い過ごしですってばー。」

長老は、益々、沙夜に疑念を抱いた。

「何故、ワシを止めようとするのじゃ。やはり、何かあるのだな。」

「いいえ、何も。」

「では、行って良かろう。何事も無ければ良いのだ。」

「本っ当に何も無いです。」

ああ、もう限界かもしれない。千夜には、どうか無事で人間界へ行って欲しいと祈るより他は無かった。

「ワシをどうしても行かせたくない様じゃの。やはり、何か知っておろう。まさか、お前もぐるなのか。白状するのだ。」

沙夜は、遂に、睡眠薬について白状した。だが、また新たな嘘をついた。

「では、ここは、そなたがやり、牢獄の方は、和夜がやったのだな。」

「はい。ですが、すぐに見つかってしまったら、千夜を逃がせないんで、敢えて遠回りしてこちらへ向かうそうです。ついて来て下さい。おそらく、今頃はどの辺に居るだろうという予想がついています。」

「今度こそ、本当なのか。」

「嘘をつくのは、もう限界なんです。さあ、行きましょう。」

鶴村は、かなり広いので、回り道して時間を稼ぎ、その間に、千夜に逃げてもらおうと考えたのだ。


午後8時。牢獄ゲート付近では、和夜が右や左に落ち着きなく動いていた。

「和夜、大丈夫。」

「沙夜が全然来ないんだよ。・・て事は、お母さんにも動きが無いって事か。いや、それとも、例外が起こったか。」

「例外。」

「長老に見つかり、僕らの企てがバレたとか。もしそうなら、沙夜も捕まり、僕らをおびき出す為の餌にされている可能性がある。」

「長老が私達を待つとは思えないわ。重罪人が逃げようとしてるのよ。すぐに飛んで来るに決まってるわ。」

「だとしたら、歩いてる最中に見つかってしまう。」

「ねえ、今すぐに、ここを発ちましょう。」

「今の話を聞いていたのかい。」

「ええ。聞いたわ。私、あなた達を信じてる。もし、本当に長老が今、飛んでいるとしても、沙夜が時間稼ぎで遠回りしてくれてるわよ。きっと。」

「・・そうだな。僕も沙夜もお母さんも、君を無事に人間界へ送る事に命を掛けてる。沙夜には悪いけど、僕らは、もう行こう。ここから歩きで4時間だから。」

和夜は、千夜を大きな黒い布で多いかぶせた状態で護送籠に入れ、持ち上げた。

「じゃあ、行くよ。」

「一人で大丈夫。私、重いわよ。」

「そうなんだよねー。だから、沙夜にも協力を依頼したのに、いつまでも来ないからさー。僕一人で持てるかなー・・なんてね。千夜は軽いから大丈夫。僕に任せて。」

牢獄は、山の頂上にあり、ふもとまで歩いて2時間である。その間、不意に風が吹いて飛ばされそうになったり、山村で不良に絡まれ、籠を奪われそうになるも、力強く引っ張り、籠を無事に保護し、急いで駆けた。山村を出て暫く行った所で、息切れし、止まった。

「ごめん。今迄、ここまで走った事ないから苦しくて。」

「何故誤るの。私の為に無理してくれてるのに。アリガトね。」

和夜は、赤面ながら、再び歩き始めた。

一方、監視塔では、長老は、もう居ないだろうかと不安になりながら、物陰から三夜が出て来た。よし、大丈夫だと思い、廊下に出たら、華乃の姿が目に入った。

「あなた・・。」

「あ・・あの・・私、いつまでここに居れば良いんでしょうか。1時間待ってるんですが・・。」

「どうして、ここへ。」

「会いたい人が居て、ついて来れば会えると伺ったもので。ここは、一体、どこなんでしょう。」

華乃は、まるで、夢の世界に居るような気分だった。

「ここは、鶴のみ住む世界よ。こんな所で会えるとはね。」

「あなたは、どちら様ですか。」

「あなたの探している千夜の母よ。華乃さん。」

「何故、私をご存知なのですか。」

「娘の公開処分の日、人間界の監視映像を見たの。巧さんとの出会いから別れまで全て。」

華乃は、土下座し、謝罪した。

「私は、彼女に嫉妬し、荒れ狂い、ただ、巧と引き離す事だけしか頭にありませんでした。彼女には、何の罪も無いのに。巧にとって、心の支えだったのに。まさか、『鶴の恩返し』が現実になるとは、思っていませんでした。あの後、何という事をしたのだろうと、ずっと落ち込んでいて、学校に行けませんでした。私がここに居るのは、千夜に、再び巧の所へ戻ってもらう為です。私の罪が消える事は、ありません。ですが、引き離したのが私なら、戻すのも私だと思うんです。それが、彼女に対するせめてもの償いです。彼女が無事に戻るなら、私は、どうなっても構いません。この世界で罪を受けます。本当に、申し訳ありませんでした。」

三夜は、華乃の頭を撫でた。

「もう良いわ。顔を上げて。」

「いいえ、上げられません。」

「私も娘も、あなたが罪を受ける事を望んでいないわ。」

華乃は、やっと顔を上げた。

「確かに、最初は、あなたの事が許せなかった。何て酷いと思った。娘は、こちらへ戻った後、生きる気力を失っていたの。でも、今は、元気を取り戻し、人間界へ戻る気満々よ。それに、あなたを受け入れてた。折角元気になったのに、私がいつまでもあなたを憎んでいたら、娘が幸せになれないと思ったの。そして、今、あなたがここに居るのは、娘の事を真剣に考えてくれているからだと知って、見直したわ。だから、もう気に病まないで。」

華乃は、三夜の温かい心に涙した。三夜は、華乃が落ち着くまで、ずっと頭を撫でていた。

泣き止んだ後、華乃は、三夜に質問した。

「人間に正体がバレた鶴は、どうなるんですか。」

「成人の鶴である場合、即死刑よ。でも、千夜は大丈夫よ。こちらの成人も、人間界と同じく20歳なの。千夜は、まだ15歳の未成年。未成年でというのは、今まで無かったの。今回は、特別に、3ヶ月の牢生活で済んだわ。」

「では、生きてるんですね。良かった。今から救出に向かうのは、可能ですか。」

「・・そこが問題なの。でも、計画に狂いが生じたの。」

「狂いとは、どういう事ですか。」

「長老に睡眠薬で眠ってもらう予定だったの。そうすれば、順調に事が運ぶ筈だったの。まさか、あなたをこちらへ連れて来る為に、こんな事になるなんて。」

「長老さんが居ると、何か大変な事が起こるんですか。」

「実は、業務妨害したの。こちらの部屋を見て。皆、眠っているでしょ。」

「はい、ぐっすりと。」

「これ、私がやったの。部屋の中に水晶玉があるでしょ。いつもなら、あそこから、この村が部分的に監視されているの。それを止めないと、千夜を救出出来ないから。他にも、この塔の警備員など、3羽で分担して、睡眠薬を飲ませたの。」

「では、長老さんが出掛けたのは・・。」

「おそらく、私達の企てに気付いたのね。もし、捕まったら、千夜も私達もただでは済まされないわ。」

「私のせいで、千夜の友達にまで迷惑をかけているなんて・・。やはり、堪えられません。罰を受けるのは、私一人で十分です。私が原因で起こった事なんですから。」

「気持ちだけ頂戴するわ。でも、どうか、あの子の為に堪えて。私も動きたいのは山々だけど、もう二度と、千夜を不幸にさせたくないの。だから、このまま隠れ続けるわ。一緒に、ここで隠れてくれるかしら。」

「・・分かりました。私は、彼女が無事に戻ってくれれば、それで良いです。それまでは、不幸な気持ちにさせたくありません。」

こうして、三夜と華乃は、監視室の物陰に隠れた。


午後9時。沙夜は、ひたすら遠回り飛びを続けていた。

「まだか。」

「そう急かさないで下さいよ。この村の広さは、長老が一番ご存知でしょ。」

「そなた、運動不足じゃな。鍛えれば、もっと速く飛べる。」

「長老は、運動好きなんですね。まあ、超特急で飛んでた位ですもんね。」

「ところで、本当にこっちなのか。」

まだ疑念を抱く長老。

「しつこいなー、もう。」

一方、和夜は、籠を持ちながら、ひたすら山を降りていた。

「和夜、休まなくて大丈夫。」

「休んでなんていられないよ。それに、単純な坂道だから、何の問題も無いよ。」

気楽に歩いていたら、オオカミに遭遇した。

「ウワー。な・・何なんだー、この生き物はー・・。」

オオカミは、ガルルルと叫びながら、よだれを出していた。

「コラ。僕は、餌じゃないぞ。鶴でない獣が何故ここに居る。」

一旦、来た道を戻ろうと必死で走り、オオカミも走って追いかけて来た。しかし、途中で、後ろから猟銃の音がした。和夜が振り向いた時には、狼は死んでいた。和夜は、銃を持った鶴にお礼を言った。銃を持った鶴は、丁度良い夕食を入手したと喜び、狼を引きずりながら、山道を登って行った。

「助かったー。だけど、また走って疲れたよ。」

「どんどん愚痴ってよ。私には、聞く事しか出来ないから。それより、珍しい生き物だったの。」

「意味不明の生き物だった。僕を見た瞬間、良い餌を見つけたって感じで、よだれを出してた。幸い、途中で、その生き物が息を引き取ってくれて助かったけど。後、生き物を目掛けた道具も珍しかった。」

「きっと、狼も道具も、誰かが人間界から持ち込んだのね。ここって、外界の物を持ち込むなっていう決まりが無いものね。」

「ハーッ。全て持ち込むなとは言わないけど、危険物は、持ち込まない様に決まりを作ってもらいたいよ。沙、そんな事より、道を戻って時間の無駄をしたから、暫く走るよ。」

「また、後で愚痴るのね。」

「時間が無いからね。それに、これを機に、走る事に慣れようという前向きな気持ちにもなってる。それに、速く走れる男って、カッコイイと思わないかい。」

「ええ、そう思うわ。」

「よし、鍛えるぞー。モテ男になってやるー。」

「頑張って。」

「よっしゃー、行くぞー。ウォー。」

千夜に対する愛のパワーで、走りが急に速くなった事に、和夜自身、気付いていなかった。


午後10時。もうダッシュの甲斐あって、何とか山のふもとに辿り着いた和夜。これから、出村ゲートまでは、森の中を歩く事になる。

一方、長老は、和夜が見つからない事に苛立っていた。

「何故、いつまでも見つからぬのじゃ。低空飛行しとるのだぞ。」

「さあ。あくまで遠回りするとしか聞いてませんしね。」

長老は、沙夜は当てにならないと思った。そして、益々疑念を抱いた。

「本当に遠回りをしたのか。実は、最短の道を通ったのではないか。ワシがこの目で確かめよう。そなたは信用出来ん。もし居なければ、再び回り道の方へ行くとしよう。これで、そなたが嘘をついているかいないかが明確になる。」

長老は、超特急で飛んで行った。沙夜は、顔が青ざめた。

「ど・・どうしよー。大丈夫かな。今、どこに居るの。ああ、神様。どうか、救出計画が無事に成功します様に。」


午後11時。ひたすら森の中を歩く和夜。森の中にも幾つか家が有り、たまたま家の前に出ていた鶴に挨拶をされる程度で、特に怪しまれる事も無かった。また、危険生物も、今のところ出ていない。和夜は、着ている門番服のポケットから時計を取り出した。

「このまま順調に行けば、後一時間で出村ゲートに着くよ。人間界に近付いてるよ。嬉しいかい。」

「勿論。ところで、暗い筈なのに、よく時計が見えるわね。」

「これ、ボタンを押すと、明かりが付くんだよ。この村には、『異界空間』って名の店が1つだけあるだろ。中央集会場から10分飛んだとこに。そこで買ったんだ。」

一方、沙夜は、1時間前、長老が発った5分後に、出村ゲートへ向かって飛んだ。実は、長老と飛んだ時は、敢えてゆっくりしただけ。彼程ではないが、速く飛べるのだ。


午後11時35分。和夜は、千夜が人間界に居る間の鶴村での出来事を話しながら歩いた。

「『異界空間』主催で、ミニ芸大会が行われたんだ。」

「何、それ。」

「人間界のサーカスというもので行われる玉乗り。それから、上空平均台というものの2種目。2つでもどちらか1つでもOK。玉乗りは、4羽同時に玉に乗って、一番速く玉を転がしゴールした者に景品。上空平均台は、両端の足が地上から上空まである大を100メートル歩くんだ。こっちは、1人ずつやるんだけど、やはり、1番タイムが速くゴールした者に景品。」

「何が貰えるの。」

「どちらの景品も何と、人間界行きの特別チケットなんだ。たった1日の内の、午前8時から午後21時迄の13時間限定。面倒な出村届もいらない。」

「良いじゃない。それで、参加したの。」

「人間界に行ってみたいから、参加したよ。最初、玉乗りを練習したけど、バランスを取るのが難しくてさ、すぐに玉から落ちるんだよね。何度やっても上達しないから諦めて、上空平均台の練習に入ったよ。ところが、スターと地点に立って下を見たら、急に恐怖心が湧いてきて足が動かなくなったんだ。おかしいよね。通常は、高い所を飛んでるから慣れてる筈なのに、歩くとなると・・。」

「新鮮な体験ね。上空にある台を歩くなんて。達成出来たら、男度アップじゃない。」

「まあね。それに、鳥なんだという誇りを持てる気がしたんだ。スピードはゆっくりだけど、練習の段階で50メートルまでは行ったよ。」

「本番は、100メートル行けたの。」

「それが、あまりにも緊張してさ、あと少しで25メートルってとこで台から落ちてしまったよ。」

「・・そっか・・。でも、頑張ったじゃない。」

「また機会が有ったら、今度は、100メートルをクリアしたいな。」

「もし、今度、またミニ芸大会が催されて、あなたが上空平均台に出場する時は、私を誘ってね。後、巧にも、見てもらいたいなー。」

「今のところ、人間が入村出来る決まりは無いからね。」

「じゃあ、人間界からの危険物持ち込み禁止と、人間入村可っていうのを、新しく取り入れてもらいましょうよ。」

「ていうかさ、僕が上空平均台100メートルをクリアしたら、巧さんにも、挑戦してもらいたいね。男ならこの位出来るだろって。」

「もう、まだ巧の事気にしてるの。」


午後11時43分。森をひたすら進む和夜。突然、正面に光の玉が現れた。和夜は、これは、何かの罠かもしれないと思った。右に避けてみたものの、玉も右に追い掛けてくる。それならと、一旦、来た道を走って引き返してみたが、玉は、後ろをついて来る。和夜は、休まずに歩いたり走ったりしている為、これ以上走るのは限界だった。

「千夜、聞いて。」

「何。」

「今、僕らの後ろに光の玉が居る。玉は1つしか無く、動く物にしか反応しない。そこで、考えなんだけど、僕がこの場で、君の居る籠をそっと下に置く。僕は、このまま来た道を引き返して、玉を引き寄せる。君は、僕が見えなくなったら、籠から出てそのまま歩いて。真っすぐ進んで森を抜けたら、すぐに出村ゲートだから。」

「分かった。ここまで有難う。」

「気を付けて。油断しない様にね。」

こうして、和夜は、千夜の入った籠を下に置き、更に、来た道を引き返し、玉の引き寄せに入った。それから1分後、千夜は、籠から出て、黒い布の一部をつつき、目だけが出せる様に穴を開け、全身に布をかぶったまま、前に進んだ。それから数秒後、今度は、先程度と同じ玉が彼女の目の前にも現れた。何故だろう。先程の玉は、和夜を追いかけて行ったのにと思いつつ、ゲートに向かってひたすら走ったが、その途中で、上から網が落ちて来て、どれだけもがいても、中から出る事は出来なかった。

「やはりな。どうもおかしいと思ったのじゃ。」

「え・・その声は。」

目の前には、長老が立っていた。

「ちょ・・長老様。」

「先程の光の玉は、ワシの術で出したもの。光の中に、ワシの中の目標物のイメージを送ると、位置を性格に判断し、飛んで行く。そなたを追う為の玉をもう1つ送ったのじゃ。そしたら、動きがあり、明らかにそなただと確信した。実はな、そなたに客人が来ておる。」

「客人。」

「監視塔へ行けば分かる。そなたを塔入口まで飛ばそう。」

「あの、和夜は。」

「今頃、同じく網にかかったであろう。ワシは、沙夜を捕まえねばならぬから、そなたと和夜を先に送る。」

長老が杖を振ると、千夜が網に入ったまま空へ。そして、監視塔に向かい、飛ばされて行くのであった。その途中で、同じく網にかかり、飛ばされる和夜に会った。和夜は、千夜の横でピタッと止まった。

「二人別々かと思ったけど、途中でこうして同じ所で飛んでるなんて・・。長老って、私達の知らない魔力を持ってるのね。」

「僕さ、走り疲れて止まったんだ。玉もただ止まったままなのかと思ったら、その瞬間に網にかかって、突然、上空に飛ばされた。ところで、どこに向かってるの。」

「監視塔入口ですって。そういえば、私に客人が来てるって言ったけど、一体、誰かしら。」

「・・そういえば、長老は、ずっと部屋から出なかったんだよね。それと関係してるのかも。」

「え、じゃあ、魔力で客人をこちらに呼ぶ能力もあるって事。」

「その可能性はあるね。」

「ねえ。これから、私達、どうなるのかしら。」

「千夜は気にしなくて良いよ。救出計画を立てたのは、僕らで、君には何の罪も無いよ。」

「でも、重罪人を逃がそうとしたのよ。あなた達も罪に問われるわ。ましてや、あなたは、牢獄門番のバイトをしてる身よ。」

「考え過ぎだよ。幾ら、牢獄門番のバイトって言っても、僕だって未成年だよ。軽く済むさ。」

「そうかしら。」

「そうだよ。」

・ ・とは言われても、やはり心配な千夜だった。


翌日の0時15分。あと少しで出村ゲートに辿り着く筈だった沙夜は、長老に捕まり、魔力で体を固められたまま、超特急で監視塔入口まで飛ばされた。


午前0時20分。監視塔入口で、既に居た千夜達と沙夜が合流。長老も降りて来た。

「これからワシは、客人を連れて来る。そこで待っておれ。」

3羽は、再会を喜び合った。

「沙夜。無事で良かった。」

「あなた達こそ。」

「時間稼ぎしてくれたんだな。サンキュー。」

「和夜も、動いてくれてアリガト。二人は、どうしてるかなって、ずっと心配だった。」

「お母さんは、結局、今も塔の中なんだな。」

「そうね。ところで、客人って誰。」

「私も気になってたの。」

「監視と打って、入れる者が限られてるだろ。なのに、客人って、何か変だよな。」

「長老の奴―。知らない所でどんな事してるのよー。そういえば、私ね、ここに飛ばされる時、魔力で体を固められて、羽も動かせない状態で飛ばされたのよ。怖かったー。」

「私は、体験した事無いけど、上空で飛ばずにいると、かなり恐怖なのね。」

「あ、そうそう。聞いてよ。和夜の奴さー。」

「例の話ならしたよ。」

「もしかして、上空平均台の事。」

「そう。それ。・・ていうか私、超特急で飛ばされたのよ。和夜は、ゆっくり歩いただけだから、まだマシよ。」

「速さの問題じゃない。緊張で体が固まって、恐怖心が戻ったんだ。」

「でも、25メートル行ったのは、凄い事よ。」

「千夜、コイツを庇わないの。」

「コイツとは何だ。」

「じゃあ、私と同じ目に遭ってみなさいよ。」

「何だとー。」

一方、長老は、鶴村監視室に入った。

「三夜、出て来るのじゃ。客人をかくまっとるのじゃろ。」

三夜と華乃は、内緒話をした。

「お母さん、どうするんです。」

「辛抱して。」

すると、長老は、「他は、皆、この手で捕らえた。もう、どこにも逃げられぬぞ。」と言った。

「お母さん。」

「・・仕方ないわね。もう、隠れる意味が無いわ。」

三夜と華乃は、物陰から出た。

「三夜。そなたの罪も重いぞ。覚悟するがいい。」

「長老さん、千夜に会えるんですね。」

「さようじゃ。漸く、そなたの願いが叶うのー。」

「はい。それから、叶えば、私が罪を背負うと約束しました。ですから、皆さんを無罪にして下さい。」

「それとこれは、話が別じゃ。そなたは、そなたで罪を問う。」

華乃は、しょぼくれた。

再び監視塔入口。長老が、三夜と華乃を連れて、塔の中から出て来た。それを見た千夜は、すぐに、「華乃」と叫んだ。だが、華乃は、何も反応しなかった。

「ねえ、私よ。千夜よ。分かるでしょ。」

やはり反応無し。

「放っておけ。お前達に少しだけ時間をやろう。」

そう言って、長老は、塔に入って行った。

「ちょっとー。何よ、ちょっとだけってー。」

「あの様な言い方をするという事は、重罪を受け止める覚悟をしろって事だよな。」

「駄目よ。私、皆の命奪ってまで人間界なんて行けない。だって、私の為にしてくれた事だもん。皆を動かした私一人だけで十分よ。」

ここで急に、「それは、駄目よ。」と華乃が話した。

「華乃、良かった。元気無いから心配した。」

「千夜。私は、あなたを連れ戻す為に、ここに来たの。」

「私の為に・・。」

「私が何としても、あなたを救うわ。だから、希望を持って。」

「私を救うって・・あなたは、どうなるの。」

「勿論、私も一緒に帰るわ。」

「本当ね。」

「ええ、だから安心してよね。」

「良かったー。あなたにまで何かあったらどうしようと思った。」

そんな中、長老が塔の中から出て来て、この場で緊急処分会を行う事になった。


午後0時35分。監視塔入口にて、緊急処分会が始まった。

「では、華乃。そなたに問う。何故、千夜を罪人にしたのじゃ。」

「話は長くなります。私と巧は、幼馴染でした。特に、小学校の頃は、毎日一緒に学校に行って、学校の休み時間も、学校から帰っても、いつも一緒に遊んでました。巧の傍に居るのが当たり前だと思っていました。ところが、彼は、12歳の時、母を亡くしました。なのに、私や正也の前では、笑顔でした。本当は、悲しくてたまらない筈なのに。彼の父は、仕事の関係上、ずっと一緒に居られない為、私も正也も居候を勧めました。しかし、彼の母が、自分が居なくても一人で何でも出来る様にと、家事を教え込まれたそうで、一人でやって行けるから大丈夫だし、自分の家でないと落ち着かないという事で、私も正也も彼の意思を尊重しました。彼の為に出来る事は、いつも通り、元気に笑顔で接する事でした。巧は、母が亡くなってからは、誰一人家に入れることは、ありませんでした。おそらく、一時でも家で人と一緒に居ると、母の事を思い出して辛くなるのだと思います。巧は、困ってる人を放っておけない優しい人でした。授業で、急に当てられた部分が全く答えられなかった時、巧は、自ら進んで手を挙げ、私の代わりに答えてくれました。通学路で、石に躓いて転んだ時常備してるバンドエイドを貼ってくれました。テストの成績があまりにも悪くて、このままだと親に激怒され、叩かれると嘆いていたら、一緒に家まで来てくれて、母が私を叩こうとしたら、やめろって言って、私の前に出て、代わりに頬を叩かれたんです。後で、私の事なのに、何故犠牲になったんだって聞いたら、大切な友達だからって言ってくれて、嬉しくて、涙が溢れたんです。自分より人。そんな彼に、いつしか、恋をしていました。中3になり、私と巧と正也は、3人で同じ高校に行って、今まで通り、楽しくやっていこうと約束しました。私は、受験に合格したら、巧に告白しようと思っていました。そこでフラれたら、諦めて、ただの幼馴染に戻ろうと思っていました。私、小さい頃から夢が無いんです。例えば、今年もサンタは、自分の欲しい物をくれるだろうかと話し掛けられたら、サンタの正体は、父親なんだから、当たり前だと答えます。『鶴の恩返し』も、小さい頃、親に読んでもらいましたが、鶴が人間に変身するなんて嘘を何で書くんだろうって思ってました。そんな中、巧が、学校に千夜を連れて来た日、正也に、敢えて、巧が『鶴の恩返し』の様な事があったかと聞いたら、ファンタジー好きな筈の正也が、ファンタジーそのものを否定していて、何かおかしいと思いました。そういえば、『鶴の恩返し』では、鶴が女性に化けていた。なら、巧の傍に、他の女性が居るのかもしれないと思いました。通常なら、非現実を受け入れない私が、珍しく、非現実が現実になったのだろうかと焦りました。まだ、巧に告白してないのに、見知らぬ他の女性に先を越されたくないと思ったら、頭に来たんです。案の定、巧の横に居たのは、女性でした。母が亡くなってから、一度も人を家に上げなかった彼が、千夜を家に上げていると知り、益々頭に来たんです。私なんかより彼女の方が良いのかって。私は、巧を取られたくないという気持ちで一杯でした。千夜の事を何も知らぬまま、自分の事だけでした。その時、『鶴の恩返し』のクライマックスが、人間に正体がバレ、鶴に戻り、去るという事を思い出し、もし仮に、現実にその様な事があるなら、二人を引き離せるかもしれない。二人を引き離せば、高校受験終了まで、再び平穏でいられると思い、巧の家に乗り込みました。そしたら、巧と正也が、必死で障子部屋を守っていました。やはり、そうに違いないと確信し、障子を開けてしまいました。案の定、鶴の千夜が居ました。あの時は、よっしゃ、これで巧は、じぶんだけのモノだという醜い心で溢れていました。すぐ後、正也に叱られて、冷静さを取り戻しました。最初は、困っている人を放っておけなくて、仕方なく家に上げたのかもしれないけれど、千夜は、巧の家に居候する代わりに、彼の生活全般を・・心を支えていたのだと。千夜は、巧と同じ様に、困った人を放っておけない温かく優しい人。きっと、巧は、そこに惹かれたんだなあと思い直しました。巧、私達の前では、無理して笑顔を作っていたのに、千夜が居なくなると知り、心から涙していました。彼にとって、千夜は、唯一、自然に接する事が出来る・・ありのままの自分を受け入れてくれる大切な存在たった。それに気付くのが遅過ぎました。千夜が去った後、巧に何も謝罪出来ませんでした。罪悪感があまりにも重かったのです。その為、千夜が去った次の日から、学校にも行けませんでした。ですから、こうして、こちらの世界で千夜に再会出来、このように、お話しする機会を頂いた事に、感謝致します。最後に、1つだけお願いがあります。千夜を人間界に戻してあげて下さい。今回の件は、私の邪心が起こした出来事です。罪は、私にあります。私はどうなっても構いません。どうか、叶えて頂けませんか。お願い致します。」

「華乃・・何言ってるの・・。一緒に帰るって言ったじゃない。」

「戻れる訳ないでしょ。巧にも顔を合わせられない。今の私に出来る事は、巧のもとへ、あなたを返す事よ。」

「巧にとって、あなたが大切な友達なら、あなたの不幸を望まない筈よ。巧がずっと笑っていたのは、自分の悲しみで友達まで不幸にさせたくないという優しさからでしょ。あなたも正也も、それ程大切な存在だったのね。私、巧を泣かせてしまって、あなた達まで不幸にさせてしまった。最低よね。」

「何で自分否定するの。巧を泣かせたのは、私。千夜は、本当に彼と似てる。私たちと別れる時、涙1つ流さなかった。それって、何事も無かった様に、いつも通り元気でいて欲しい。前を向いて歩いて欲しいという優しさでしょ。本当は、辛かった筈よ。愛しい人と離れ離れになってしまったんだもの。」

「・・ええ・・とても辛かった。彼がまた一人になって、生きる気力を失っているなら、私のせいだから。」

「本当にそれだけなの。巧の優しさに触れて、愛しくなったんでしょ。ずっと包まれていたいって思ったんでしょ。」

「・・私、別れ際、巧みに、どこにも行くな・・ずっとここに居てくれと言われて、とても幸せで、涙が出そうだった。鶴の姿の私でも変わらずに受け入れてくれるんだって、とても嬉しかった。」

「それが、本当の愛よ。姿形なんて関係無いの。心の問題なの。」

「ねえ、華乃派、私の正体を知った今、どう思ってるの。」

「姿なんて、どうでも良いの。ただ、感謝してる。巧の事を支えてくれて有難う。」

「それは、私のセリフよ。華乃も正也も、長年、巧を傍で支えてた。だから、巧は、ずっと元気でいられた。こちらこそ、有難う。」

二人の長話に苛立ち、激怒した長老は、「えーい、そこまでじゃ。」と言った。

「華乃よ。もし、そなたが『鶴の恩返し』の話を全く知らぬなら、何の罪にも問わぬ。今回の事は、話を知っていた上で、現実になったのではと予想をした。その時点で、そなたに悪意があった。知っての通り、人間に正体を知られた鶴は、人間のもとを去らねばならぬ。それを利用し、千夜の正体を、そなた含め、他の人間達は見てしまった。本の世界の鶴が、その後、どうなったと思う。死刑となったのだ。千夜が未成年であったとしても、死刑にならないとは限らぬ。そなたが千夜を不幸に陥れた罪は重い。覚悟は出来ておるな。」

「はい。」

「華乃。何言ってるの。はいじゃないわ。」

「千夜、これが私の望んだ事よ。」

「さよう。華乃は、千夜に会えるなら、どんな罪も受けると申しておった。」

「長老様。罪は、私一人で十分です。彼女を人間界に戻して下さい。私は、彼女が不幸になる事に堪えられません。私を想い、ここに来てくれた。それだけで宜しいではありませんか。」

「そなたには、別の罰がある。話は戻るが、華乃。そなたには、二度と人間界に戻る事を許さぬ。その姿を鶴に変え、二度と人間の姿には戻れぬ様にしてやろう。一生、鶴の姿でこの世界に居続けるのだ。そして、巧や正也の中から、そなたの記憶を抹消する。」

「長老様、待っ・・。」

「千夜、何も言わないで。当然の事よ。それに、良かったじゃない。私が人間界から居なくなれば、あなたは、私に邪魔されず、安心して巧の傍に居られる。」

「残念だが、千夜にも、二度と人間界へは行かせぬ。そして、巧と正也の中から、そなたの記憶も抹消する。その代わり、牢からは、開放してやろう。」

「はい。」

「ちょっと、千夜。何で簡単に諦めるの。巧の所へ戻りたいんでしょ。」

「一番戻るべきは、華乃、あなたよ。幼い頃からずっと傍に居て、巧の事をよく知っているからこそ、彼にとって、大きな支えになるのよ。」

「それは、違うわ。幸せな事も辛く悲しく涙する事も全てを包んで受け止める事。それが支えだと思う。」

「いいえ、悲しませる事は、支えではないわ。私、彼の傍を離れ、悲しませてしまったもの。」

「それなら私だって、あなたと巧を引き離して、巧を悲しませるどころか、生きる気力を失わせてしまったもの。全然支えじゃない。」

「静かにせい。」

「ちょっとー、長ー老ー。アタシらの罪については、どうなってんのー。」

「そうです。どうか、罰を受けるのは、僕らだけにして、千夜と華乃を人間界へ戻してやって下さい。」

「そなた達にも、勿論、罪は有る。三羽で協力し、業務妨害で睡眠薬を飲ませ、罪人を勝手に逃がそうとした。まず、和夜。そなたは、牢獄門番のバイトを罷免とする。そして、和夜含め、沙夜と三夜は、終身刑とする。死ぬまで、二度と牢を出られぬぞ。」

「一人じゃ淋しいから、三羽共同じ牢に入れて下さいね。死ぬまで、ワイワイ楽しくいたいんで。」

「ちょっと、沙夜。そんな軽い事言わないで。長老様。私が人間界に行けなく、巧の中から記憶を抹消されるだけで、十分重いです。これ以上、私から何も奪わないで下さい。華乃。あなたの事も含まれるのよ。だって、折角出来た人間で初めての女友達ですもの。」

「何言ってるの。友達ですって。やめてよ。私は、あなたの敵よ。」

「私、考えてみたの。もしあなたの立場だったらって。小さい頃から長年親しくしてきた人に、別の親しい人が出来たら、その人に心を奪われて、自分の存在を忘れられるんじゃないかって・・もう一緒に居てくれないんじゃないかって心配になる。長年の関係が、一瞬で終わってしまう事を恐れ、私の大切な人を取らないでとか、他の人と付き合わずに私だけを見てとか言って、二人を引き離すと思うわ。だから、分かるの。あなたの気持ち。」

「私、別に、同情してなんて頼んでないわ。」

「同情じゃないわ。」

「あなたに、そんな事出来るとは思えない。」

「考えていたら、自然と感情が湧いてしまったの。仕方ないじゃない。」

「あのねー、誰が誰と親しくなろうと自由なの。それを止めてしまうのは、悪しき事なの。」

「逆よ。一人の人を、長年ずっと想い続けられるなんて、とても素敵じゃない。」

「そうだよ。僕も、長年ずっと、千夜を想い続けてるもの。」

「もう、和夜は、しつこいんだから。」

「アタシにとっても、千夜は、小さい頃からの大・大・大好きな友なんだから。」

「沙夜まで・・。」

「羨ましいわ。あなたには、心から大切に想ってもらえる友が居て。」

「何言ってるの。、あなたにも、巧と正也という友が居るじゃない。」

「小学時代は、巧も、友達って言葉を口にしてくれてたから、私を必要としてくれてるんだなって安心してたけど、中学に入ってから、全く口にしてくれなくなって、今の私は、彼にとって、どんな存在なんだろう・・必要なのかな・・いらないのかなって凄く不安だった。」

「華乃の事をそこまで不安にさせるなんて、巧ってば、最低。」

「ちょっと・・何言ってるの。あなた、巧を愛してるんでしょ。」

「それとこれとは別よ。」

「私を庇ってどうするのよ。」

「私、口先だけで言ってるんじゃないの。心から、あなたの友達になりたいと思っているの。華乃、辛い時は、泣いて良いのよ。弱い所も見せて良いの。私、あなたを包む存在になりたい。だから、私に何でも言って。あなたが、さっき言ってたじゃない。幸せな事も辛く悲しく涙する事も全て包み受け止める事が支えだって。私、あなたを支えたいの。私では、嫌かな。」

「だから・・私は・・。」

「・・ていうか、千夜さ、昔、高所恐怖症で、少し飛んだだけで怯えて泣いてたよね。学校の授業で、山の頂上まで飛ぶ様にって言われて、皆どんどん飛んで行くのに、私は無理だって、顔が青ざめて、ブルブル震えて、涙してた。アタシら二羽は、大丈夫だけど、千夜を一羽にするのは、可哀相だから、自分達も、実は、高所恐怖症なんで、一緒にここで待ちますって言って、三羽共、下で待機したの。」

「千夜、本当なの。鳥なのに、高所恐怖症だったの。」

「本当に小さい頃の話よ、もー、沙夜。華乃に変な事言わないで。恥ずかしいじゃない。」

千夜は、赤面した。

「へー、意外。フフ・・アハハハ。」

「ちょっとー、華乃。何で笑うのよー。」

「だって、面白いじゃない。鳥なのに、飛べないなんて・・アハハハ。」

華乃は、大笑いした。

「もー、ひどーい。・・でも、やっと、あなたの笑顔が見れて、とても嬉しい。」

「確かに。僕が映像で見た印象だと、キツイだけの人って感じだった。千夜のお陰で、少し変われそうなんじゃない。」

「ちょっとー、今のは、この沙夜様が、千夜の弱点を教えてあげたからでしょー。私に感謝なさい。」

「何が感謝よー。もう友達やめるからー。」

「フフ、とても楽しいわ。」

「華乃、どこが楽しいのよー。」

「・・皆、有難う。私を元気付けようとしてくれて。それから、千夜。私ね、自分だけを大切にしてくれて、好きとか愛してるとか、ちゃんと言葉にしてもらわないと満たされないし、とても淋しい気持ちになるの。巧があなたを好きだって言った時、私の存在を全否定されてる気がして、辛かった。正也にも嫌われたしね。どんなに長い付き合いでも、一瞬で友情は崩壊するんだなーっと思ったら、何だか虚しくなって、もう、誰とも付き合わないって、心に決めてた。さっき、長老が、鶴の姿でここで暮らせって言った時、丁度良いって思った。どうせ、人間界には、もう、私を必要としてくれる人が居ないのだからって。もう、誰も私の事なんて、気にしてくれないだろうって。なのに、あなたは、私の友になりたいと言ってくれた。敵だって強がったけれど、本当は、とても嬉しかった。あなたを不幸にさせた最低な私なのに。実は、今迄、一人も女友達が居なかったの。巧と正也にしか関わらない様にしてたから。」

「じゃあ、私が、華乃の一番最初の女友達になれるのね。とても嬉しい。」

「本当に嬉しいと思っているの。」

千夜は、自分の羽で、華乃の体を包んだ。

「暫くこうさせて。」

「千夜、何のつもり。」

「もう、大丈夫よ。私は、あなたの傍を離れないから。今迄、孤独感で辛かったでしょ。もう、楽になって良いのよ。」

千夜の温かく優しい言葉に、華乃は、涙が溢れた。

「どう・・して・・こんな・・に・・涙が出るの。訳・・分かんない。」

「それで良いの。無理しなくて良いの。私が、あなたを包んでいるわ。だから、私の中で遠慮なく泣いて。どんなあなたも受け止めるから。」

華乃は、沢山泣いた。

「千夜・・千夜・・ごめんなさい。本当に・・ごめんなさい。あなたの事・・傷付けて・・ごめんなさい。なのに・・あなたを・・求めているの。傍に・・居て・・欲しいの。・・酷いよね。こんな私・・最低だよね。」

「何言ってるの。嬉しい。とても幸せよ。」

「・・じゃあ、本当に・・私の・・友達・・に・・なって・・くれるの。」

「今、気持ちを確認し合ったじゃない。私達、両想いの親友じゃない。」

「千夜・・千夜・・有難う。本当に・・有難う。」

華乃の涙は、止まらなかった。

「千夜・・温かい。あなたの・・身も心も・・温かくて癒される。」

「あなたの身と心も、とても温かいよ。」

千夜と華乃の友情に感動し、三夜・沙夜・の三羽は、涙した。そして、長老も涙ぐんだ。しかし、すぐ我に返った。

「友情ごっこは、もう済んだか。満足したのか。もう思い残す事はないな。では、これより、刑を執行する。」

「長ー老ー。自分の気持ちに正直になんなってー。長老だって、千夜と華乃の友情に感動してたじゃーん。だから、涙ぐんだんでしょー。」

「何を言うか。」

「沙夜の言う通りです。本当は、幸せを願っているのではありませんか。千夜と華乃の友情が不滅である事を望んでいるのではありませんか。」

「和夜、口を慎め。」

「元秘書として申し上げます。あなたも、華乃と同じ様に、孤独感を抱かれているのではありませんか。誰かに必要とされたいのではありませんか。」

「三夜、よくもそんな作り話を。」

「果たして、そうと言い切れるでしょうか。村の長の座につくのは、長の息子と定められている。幼少時代より、長の傍で見習いをせねばならず、学校に行く事を禁じられ、友は、一人も居ない。この村の規律を正すのが役目だと教え込まれて。先代の長の傍で、死刑になる鶴を幾鶴も見て来た。さぞ、お辛かったでしょう。なのに、そんな時、心の苦しみを打ち明けられる・・心を癒してくれるともが居なく、とても辛かった。あなたは、何故、人間に鶴だと正体が明かされた位で、死刑にされねばならないのだと疑問を持ちそれは、間違いだと、先代の長に訴えたかった。それどころか、今も、心では、死刑について疑問を持ち、苦しみ続けている。違いますか。」

「長ー老ー。今、ここには、アタシらしか居ないし、アタシらは、絶対に口外しないから。」

「僕らで良ければ、話を聞きますよ。」

「・・・本当に口外せぬか。」

千夜・三夜・沙夜・和夜の四羽は、「勿論です。」と言った。長老は、悲しげな表情になりながら語りだした。

「私は、長の子として生まれた事を、心から憎んだ。こっそり家を抜け出し、同い年位の鶴の子達に、声を掛けようとしたところで、母に連れ戻された。何故、他の鶴達と接してはならぬのかと問うたら、母は、見習いには、この村を背負って立つという自覚を植え付けねばならない。幼い頃より、他の鶴達と慣れ親しめば、気の緩みが生じ、長としての役目を果たせず、村はまとまらず、荒れ果てるだろうと。」

「酷い。そんなの、単なる思い込みじゃん。仲間が居るって事が励みになったりするじゃん。」

「じゃが、それが代々、長見習いの通って来た道じゃ。」

「それでは、当然、恋愛も禁止だったのですか。」

「千夜。私は、そなたが、人間界で純粋に恋をしている姿を見て、心から羨ましく思った。私も、恋をしたかった。だが、許嫁がおってな。・・それから、人間に正体を知られた鶴が、次々と死刑にされて行くのは、疑問だった。何故そうするのかと父に問うたら、それが掟だからだとしか言わなかった。更に、私は、父の意思はどうなのかと問うた。だが、言う事は、全く変わらなかった。私の目の前で、父が、一羽の鶴の命を奪う姿を見て、涙が止まらなかった。何て酷い事をするのだと。人間に正体を見られる事の何が悪いのだと。だが、父は、やはり、掟だと言う。そして、これは、長の役目だ。情を捨てよと言われた。それでも、感情を押し殺す事は出来ず、涙ばかりだった。父が亡くなり、長となってから、いよいよ、自ら処刑を行わねばならないと思うと、辛くてたまらなかった。それでも、掟に忠実に従う事が、長の役目だと言い聞かせ、無理矢理、感情を押し殺した。だが、やはり、処刑後、誰も居ない監視室で、涙が溢れ、止まらなかった。自分は、何という事をしたのだという罪悪感で心を痛めていた。今も全く変わっていない。千夜、そなたが未成年であった事が、唯一の救いだった。成年であれば、即死刑にせねばならぬが、今回、ワシが長になってから、初めて、命を救えた。まだ、これからの未来がある者の命を奪いたくはなかったのだ。」

普段は、厳格な長老が、涙した。

「長老様。あなたが冷酷な方でないと知り、とても嬉しいです。私を死刑にしない事で、やっと、本心を貫かれたのですね。良かった。本当に良かった。」

「長老様。娘の命を救って頂き、心より感謝致します。」

「長老様。今回、僕や沙夜・お母さんを即死刑にしなかったのも、本当は、命を奪うという行為をなさりたくなかったからですよね。あなたの事、見直しました。」

「な・・何を言っておる。」

千夜・三夜・和夜の言葉に、涙ながら赤面する長老。

「ねー、長老。いっそのこと、皆を無罪で解放したらどう。誰にも辛い思いをさせたくないんでしょ。・・いや・・その・・逃げたい訳でなく・・長老自身の為にも・・。掟っていうもんに縛られ過ぎなんじゃない。人間に正体を知られた位で重罪だとか即死刑だとかいうのを疑問に思い、心を痛めてる訳でしょ。なら、無くしちゃいなよ。そんな掟。長老もさ、自由に人間界に行って、恋愛したら。」

「沙夜、何を言っておる。浮気せよと申すのか。」

「勿論、奥さんも同じく。不本意ながら一緒になったのは、お互い様でしょ。アタシらに本心を明かした今の長老は、外見も格好良く見えるよ。表情が柔らかくなったし。」

長老は、赤面し、「そうか。」と言った。

「ハンサムって感じ。」

「沙夜。それは、大げさじゃ。」

嬉しくて、更に赤面する長老。

「長老様、あなたの素敵な鶴姿を人間の前で堂々と見せてはいかがですか。」

「三夜、ワシは、そんなに素敵なのか。」

「ええ、勿論。」

「僕が思うに、鶴姿が格好良いなら、人間姿になっても、格好良いに違いない。千夜もさ、鶴姿が可愛らしいから、人間姿も可愛かったし。」

千夜も嬉しくて赤面した。

「ちょっと、和夜。そのセリフは、巧に言われたいセリフなんだけど。」

「照れ屋さんなところも、また、愛しいんだけど。」

和夜まで赤面している。

「よし、長老。この際、人間界に行っちゃえ。。鶴姿アピールしちゃえ。」

「沙夜と同意見です。きっと、人間界でモテますよ。」

「本当か、千夜。」

「「ええ、私が保証します。」

「そうか・・ワシは、そんなにモテるのか。」

「好きですって、告白されるかもよん。」

「いや、男なら、自ら愛を表現すべきだね。女性の目は、一瞬でハートになるよ。それが、同じ男としての僕の意見。」

「そうなのか・・ワシは、そんなに魅力があるのか。」

長老は、嬉し過ぎて、仰向けに倒れてしまった。

「長老様、しっかりなさって下さい。」

「大丈夫じゃ、三夜。暫くそのままにしておいてくれ。」

「今日は、今まで見た事のない長老様のお姿を見られて幸せです。」

「千夜。アタシも同感。、・・ていうか、今の長老の方が良いよ。モテ度UP間違いなし。」

長老は、倒れたまま、にこやかになった。

「こんなに自分を褒めてもらい、嬉しい気持ちは、生まれて初めてじゃ。本当に、人間界に行き、恋愛をしてみたくなった。掟を見直す必要があるかもしれぬのー。」

「じゃあ、人間に正体を明かしてはならないという掟は、無くして頂けるのですか。」

「考えよう、千夜。今こそ、この村の改革の時だ。そのきっかけを、お前達が作ってくれた。礼を言う。有難う。」

「長老自身も変わる時だね。」

「和夜の言う通りじゃ。よって、ワシ自身の意思により、お前達全員解放しよう。」

千夜は、嬉しくて涙ぐんだ。

「じゃあ、華乃も人間界に戻れるんですね。」

「さようじゃ。」

「母も沙夜も和夜も、牢に入れられる事は無いんですね。」

「さようじゃ。」

華乃も、千夜の心と体の温もりに包まれながら、涙した。

「良かった。千夜も人間界に戻れるし、あなたのお母さんも友人達も無事で本当に良かった。長老様ではないけど、私も、生まれて初めて、幸せな気持ちになれた。有難う。」

「華乃。あなたの心は、とても清らかね。これからも、そのままでいてね。」

千夜の言葉に癒され、益々涙する華乃。

「本当に清らかになれたなら、それは、千夜のお陰よ。ありのままの私を受け入れてくれたからよ。これから先、ずっと、私の傍にいてね。」

「ええ、勿論よ。友達だもの。」

長老・三夜・沙夜・和夜も、二人の友情に涙した。

「千夜と華乃の相思相愛には、感動せずにいられぬのー。」

「長老様。元秘書の私が言うのも何ですが、これからは、友としてお付き合い下さい。」

「アタシも、長老の友になるよ。一人じゃ淋しいでしょ。」

「僕は、あなたの行う改革のお手伝いをさせてもらいたい。友として。」

「長老様。私も友ですからね。」

長老の目から嬉し涙が溢れた。

「千夜・三夜・沙夜・和夜。有難う。ワシを想ってくれる事、心より感謝する。」

「千夜、有難う。もう離してくれて大丈夫よ。」

「本当に平気なの、華乃。」

「あなたから、美しい心を貰って、癒えたから。」

華乃は、千夜から離れ、長老の隣に座った。

「私も、仰向けになって宜しいですか。」

「ああ、構わぬ。」

華乃は、仰向けに横になり、目を輝かせた。

「綺麗な星空ですね。」

「ああ、今日は、凄い美しく感じる。」

千夜・三夜・沙夜・和夜も仰向けに横になり、星の美しさに目を輝かせた。

「長老様。私、15年間生きて来て、今日、生まれて初めて、幸せを感じました。千夜を含め、ここに居る皆の心の温もりに触れて・・。長老様、私をここに連れて来て下さり、有難うございました。今、こうして、鶴だけの住む異世界に居るなんて、夢の様です。」

「そうか。それは、良かった。折角来たのだから、鶴村を見て行かぬか。ワシが案内しよう。」

「ほ・・本当ですか。」

「ああ。但し、ワシの友になる事が条件じゃ。人間界の事を色々と教えてもらえぬか。」

「人間の私で宜しければ・・。」

「何を言う。もう、千夜と既に友になっとるじゃろ。ワシが二羽目じゃな。」

「アー、悔しい。先に、アタシが二羽目になろうと思ってたのに。」

「じゃあ、僕は、四羽目だね。」

「私は、五羽目ね。」

「あ・・あの・・どういう事ですか。」

「長老だけでなく、沙夜も和夜も母も皆、あなたの友になりたいのよ。」

「千夜の言う通り。千夜の友なら、アタシ達の友でもある。」

「僕らも、この村を案内するよ。」

「では、決まりじゃな。」

「勿論、私も一緒よ。華乃。」

「千夜。気持ちは嬉しいけど、あなたは、早く巧の所へ行かなきゃ。あなたの帰りをずっと待っているわ。」

「こっちの事は、アタシらに任せて。」

「・・ていうか、僕は、悔しいよ。本当は、僕が君の恋鶴になる筈だったんだからね。」

「まあ、和夜。娘に恋心を抱いていたなんて初耳よ。」

「華乃の事は、ワシが責任を持って送り届ける。だから、心配せず、人間界へ行くが良い。」

「皆・・。」

千夜は、涙ぐんだ。

「千夜。明日は、1日こっちに居る予定だから、明後日、学校で会いましょう。」

華乃は、笑顔だった。それを見て嬉しくなった千夜も、嬉しくて笑顔になった。

「分かった。思いっきり楽しんでね。」

「ええ。鶴の世界がどういう所なのか、新鮮な体験が出来るのが、今から楽しみよ。」

こうして、午前1時、長老達に見送られ、千夜は、人間界へ向かった。


所変わり、人間界。午前6時、巧は、外に出て、涼しい風に当たっていた。そして、手を合わせて目を閉じ、千夜が無事に戻ってくる様にと祈っていた。

その時、「巧―。」と声がした。

目を開け、空を見上げた時、一羽の鶴が、自分に向かって飛んで来るのが見えた。まさか、千夜なのかと思い、大きな声で「千夜―。」と呼び掛けた。

鶴は、巧の前に降り立った。

「千夜・・本当に千夜なのかい。」

「ただいま、巧。随分元気そうね。」

「千夜こそ。」

「私、正直、二度と人間界に戻れず、巧に会えなくなるんだと思って、牢獄の中で、生きる気力を失っていたの。でも、特別にお許しが出て、こうして、あなたの所へ戻れて、とても嬉しい。」

千夜は、笑顔で話した。

「僕も、二度と君に会えないんじゃないかって、生きる気力を失っていた。でも、いつも通り、元気にしていたら、神様が願いを叶えてくれるんじゃないかって信じてみたんだ。そしたら、本当に、君に再会出来て、とても幸せだよ。」

巧も笑顔で話した。

「淋しさに、よく耐え、頑張ったわね。」

千夜の温かく優しい一言に、巧は、涙した。

「・・うん・・。千夜に帰ってきてもらる様、元気を装っていたけれど、本当は、君が居なくて、とても辛かった。僕の所へ戻って来てくれて、有難う。」千夜

巧の言葉を聞いた千夜も、涙し、「私の事、ずっと待っていてくれて、有難う。」と言った。

巧は、鶴の千夜を抱きしめた。

「もう、どこにも行かないで。これから先、ずっと、僕の傍に居て欲しい。」

「私で良いの。」

「君は、僕の傍に居るのが嫌かい。」

「私がここに戻って来たのは、これからを、あなたと共に生きたいからよ。もう、あなたは、一人じゃないわ。」

「・・千夜・・。」

巧は、涙が止まらぬと同時に、お腹がグルルルと鳴った。

「巧、朝食は、食べたの。」

「まだ、これからだよ。」

「じゃあ、すぐに作らなきゃ。味噌汁を作るわね。」

「千夜、君を愛してる。もう二度と、君を放さない。」

千夜も、嬉しくて、感動で、涙が止まらなかった。

「私も、あなたを愛してる。二度とあなたの傍を離れないわ。」

巧は、千夜の頬にキスをした。すると、千夜は、瞬く間に、人間の少女の姿に変わった。巧は、千夜を強く抱きしめた。その後、二人は、手を繋ぎ、家に入った。

こうして、二人は、末永く、幸せに暮らしましたとさ。










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