第2話 新しい出会いそして別れ

千夜と出会い、二日目の朝がやって来た。

「おはよう、千夜。今日は、トーストなんだね。」

「ジャムとマーガリンがあるけど、どっちが良い。」

「そうだな。じゃあ、ミックスしてみようかな。」

「え、ミックス。それってどんな味なの。」

「いや、僕も一度も食べた経験が無いから分からないけど。」

「じゃあ、とりあえずやってみるわね。」

最初に千夜が味見をしてみると、「う・・・血の気が引きそうな味かも・・。」

次に、巧も食してみると、「う・・微妙な味かも。人間の食べる味かどうか。」と少し顔が青ざめた状態になった。

「やだもう。巧ってば大げさなんだから。」

「そうかな。」

「考えすぎよ。」と楽しい会話が弾み、互いに沢山笑いあった。

そんな朝食の時間は瞬く間に過ぎ、巧が学校へ行く時間となった。

巧は、「ずっと家に居るのもつまらないだろうし、僕と一緒に学校へ行かない。」と千夜を誘ったが、彼女は、それを拒んだ。

「それは、無理よ。あなたが怪しまれるわよ。」

しかし、巧は、「君を友人に紹介するよ。少し自慢してやろうと思ってね。」と言った。

とはいえ、よく考えたら、暫く正也にも華乃にも内緒にしていようと考えていたのだった。もし、千夜を学校へ連れて行けば、正也には『鶴の恩返し』と勘違いされ、華乃には嫉妬されそうだ。

巧が迷っているのを見て千夜は、「あなたの望むままにしていいよ。」と答えた。迷った末、彼女を学校へ連れて行くという結論を出した。


巧は、千夜を自転車の後ろに乗せ、田園の道を学校へと向かった。学校の自転車置き場で正也に会った。

正也は、「あれ、巧。その子は誰。」と言い、目を丸くして見つめていた。

「いや、ちょっとな。それより、彼女を連れてきたのは良いけど、このままでは、間違いなく怪しまれるよな。」

正也は、「あ、それなら大丈夫。俺に任せろって。姉貴のお古を着りゃ良いじゃん。待てよ。今、スマホで姉貴の所に掛けるからさ。」と言い、姉に電話をした。「姉貴、貸してくれるってさ。じゃあ、そこで待ってろよな。すぐ戻るから。」そう言うと、正也は、自転車で急いで走って行った。

数分後、戻ってきた正也は、「よし、後は俺に任せろ。巧は、先に教室に行ってろよ。」と言った。

巧は、「分かった。訳は後で話す。」と言い、先に教室へ向かった。

正也は、千夜を、外にあるプール用の女子更衣室に案内した。着替え終わった彼女を見て、「可愛いじゃん。」と正也。

千夜は、「有難うございます。」と照れくさそうに言った。

どうも彼女の存在が気になる正也は、思い切って「ねえ、君って、巧の何。」と尋ねた。

千夜は、「何というか、彼の家に居候させて頂いているんです。」と答えた。

『鶴の恩返し』好きの正也は、巧が一昨昨日に鶴を助けたのと何か関連性がありそうだと思い、更に「いつから居候してるの。何の為にそこにいる訳。」と問い詰めた。

千夜は、他人にこの様な事を話しても良いのだろうかと思いつつ、巧の友人なら信用できるかなと思い、心を開き、正也の質問に答えた。

「家出したんです。親と揉め事を起こして。一昨日出会ったばかりなんですが、心が広くてとても優しい方。私は、そんな彼が大好きです。」

それを聞いた正也は、鶴を助けた翌日に彼女と出会ったという事は、やはり彼女は、その鶴と何か関係がありそうだなあと考え、興味を抱き始めた。

「君、名前は。」

「千夜です。」

「へー、可愛い名だね。俺は正也。正也で良いよ。後、その丁寧語は、無しね。ま、宜しく頼むよ。」

千夜には、巧以外で初めて男の友人ができた。


その後、千夜を連れ、遅れて教室に入った正也は、罰として廊下掃除をする事になり、何故か千夜もやらされる羽目になった。しかし、彼女は、かなり楽しんでいた様子であった。掃除後、臨時で教室に一つ机が追加された。千夜は、そこに座り、訳の分からぬ授業をボーっと聞いていた。授業が終わり休み時間になると、巧と正也は、千夜を連れ、図書室を訪れた。

千夜は、「わあ、この教室広いのね。しかも本がいっぱい」と目を輝かせた。

巧は、「ここは、図書室だよ。」と答えた。

「ねえ、巧。あの本は何かしら。」

「えーと・・」

巧が千夜に本の紹介をしようとしていた時、正也は、ある事を思い出した。

「おい、巧。ヤベーよ。今日の図書カウンター、確か華乃じゃなかったか。見つかったら、ただじゃ済まされねーぞ。アイツ嫉妬深いからなあ。そんで根に持つタイプだから。特に千夜。君を連れ歩いている所をアイツが見たら、君に何をするか分からない。そうだ、隣の準備室に隠れるってのはどうだ。」

「でも、余計に怪しまれるんじゃないのか。」

「大丈夫だって。華乃の事は、おれっちにお任せあれ。」

「分かった。頼むぞ。」

そして、巧と千夜の二人は、隣の準備室に入り、鍵をかけた。同時に、華乃が図書室に入室した。

正也は、「よ、図書委員の華乃さん。元気でやってるかい。」と調子良く言った。華乃は、「相変わらずお調子者ね。」と少々ため息を吐き、「で、『鶴の恩返し』の様な出来事は、その後、あったのかしら。」としぶしぶ話題をそっちにした。

正也は、「いや、有り得ないんじゃねーの。俺さ、華乃に言われて、冷静によく考えてみたんだけどさ、そもそも『鶴の恩返し』なんて本の中の世界だし、現実的に考えたら、やっぱおかしいよなと思ってさ。イヤー、俺、どうかしてたんだな。きっと。本当に頭がイカれてたんだなあと反省してるよ。」と上手く時間を稼ぐ事で頭がいっぱいであった。

華乃は、正也の発言に驚いた様子であった。

「へぇー、アンタがそんな事を言うなんて珍しいじゃない。どういう心境の変化よ。何かあったでしょ。」と正也に問うと、「いや、別に何も無いけど。」と正也は答えた。

いつもとは言動が異なる正也に疑問を抱いていた華乃は、もしかすると、巧に新しい女が出来たのではないかと感じ始めていた。

そこで正也に、「巧はどこ。彼をここに呼んで。」と依頼。

正也は、「アイツ、今日は保健委員でさ、手が空いてないのよ。・・てな訳で、彼を容赦してあげてよ。ね、お願い、華乃様。」と答えた。

しかし、巧の事が気になり仕方ない華乃は、「私、ちょっと巧を探してくるから、正也はカウンターで私の代わりをして。」と言った。

焦った正也が、「いや、いいよ。俺が探しに行くからさ。」と言うも、華乃は一度言ったら聞かず、「じゃあね、後は任せたわよ。」と言い図書室を後にした。

正也は、これはマジでヤバイと思い、急いで巧と千夜の居る準備室へ行き、状況を知らせた。

「仕方ないな。見つかるのを承知で、この部屋を出た方が良さそうだな。」

「すまない、巧。もう少し時間稼ぎ出来ると思ってたんだけど。」

巧は、千夜を連れて準備室を出て、教室へ向かった。すると、向かい側から、華乃がズンズンと怒った顔をしてこちらへ向かって来た。そして、千夜を見ると、「やっぱりいたんだ。どうもおかしいと思った。保健室に行っても誰も居ないし、絶対何かあると思っていたわ。しかも、堂々と我が校の制服なんか着て校内を歩いているなんて・・・。」

華乃は、この時点で、見知らぬ女が巧を横取りしたと思い、千夜の存在を憎むようになった。そして、彼女の目を見て睨みつけると、「あなたね。私の巧を横取りしたのは。」と激怒した。

何の事だか分からない千夜は、「あの、横取りって何の事でしょうか。」と尋ねた。

更に彼女を憎たらしく思った華乃は、「ちょっとこっちに来なさいよ。」と言い、手をグイッと強く引っ張った。

巧は、「やめろよ。彼女はなんでもない。ただの友達だよ。彼女は、訳があって、俺の家に居候している身なんだ。ただそれだけだ。」と華乃を説得しようと試みたが、彼女がそれを聞き入れる筈もなかった。

なぜなら、幼馴染で、ずっと巧一筋なのに、どこの誰とも知らぬ女と一緒に居る所を見れば、嫉妬してしまう。それに、居候と聞くと、ますます腹立たしくてしょうがなかった。

そこで、華乃は、千夜に「あなたとは、これからはライバルよ。私は、華乃。巧とは幼馴染でね、幼い頃からずっと、彼一筋で来たの。それを、不意にひょっこり現れたアンタに奪われるなんて堪ったもんじゃないわ。どちらが彼に相応しいか勝負よ。」と宣言すると、図書室へ戻って行った。


学校帰りの自転車で、千夜は、巧にある疑問を投げ掛けた。

「ねえ、私が巧を横取りしたってどういう事。それに、あの華乃という人は、あなたの何。私があの人のライバルってどういう事。」

巧は、落ち着いた様子ではっきり「君は、理由があってここに居るだけだし、君は、何も悪くないよ。それに、華乃とは、ただ単に幼い頃からの友人であるだけだから。彼女、昔は、優しい奴だったんだ。何であんな風になったのか分からない。それから、彼女が言ってたライバルって言葉、気にする必要なんてないよ。僕が君を連れている事に、少し嫉妬していただけだから。」と答えた。

その言葉に少し安心した千夜は、「そうなんだ。それなら良いんだけど。」と言いながら、フーっと息を吐いた。


家に帰ると、千夜は、夕食の支度を始めた。巧は、二週間後の中間試験に向け、勉強を始めた。千夜は、今日始めて学校へ行った出来事を思い返していた。陽気な正也や少し怖い華乃に出会った事を。そして、今日の帰りの巧の一言を思い出し、益々彼が気になり始めていた。支度が完了し、千夜は、巧を呼びに部屋へ行った。「夕飯が出来たわよ。」

部屋で一生懸命に勉強する巧の姿を見て、少しドキッとした。

「が・・頑張ってるのね。本当にいつも大変だったのね。家事全般をこなし、且つ勉強もしなければならないんですもの。」

千夜は、少し緊張気味に話し掛けた。

巧は、そんな些細な事でも言葉にしてくれる彼女に惹かれていた。

「有難う。君がそう言ってくれるなんて嬉しいよ。確かに大変だけれど、やり遂げた分だけ幸せがやって来ると信じているから。君と出会えた事もきっと、一人暮らしの僕に、神様が与えて下さった幸せであると感じるから。」

千夜は、その言葉を聞き、心の中に、いつもとは違うもやもやした感じを覚えた。そして、巧が好きなのだと自覚した。

「ねえ、千夜は、神様の存在を信じる。」

巧に急に聞かれ、少し戸惑いつつ、「ええ、信じるわ。私も、あなたに会えたのは、神様のお導きだって思うわ。奇跡だって思えるの。」と答えた。

「奇跡か・・そうだね。きっと奇跡が起こったんだね。」と笑顔で答えた巧は、千夜と共に台所へ向かった。

食事をしながら、千夜は巧に、「ねえ、私、あなたにどうしてもお礼がしたいの。あなたに出会ってから、毎日が楽しくて、感動的で・・そのお礼。何が良い。何でも言って。」

巧は、「縫い物って得意かい。敢えて言うなら、コートが良いかな。これから寒くなるし。」と言った。

千夜は、張り切って、「勿論、喜んで作らせてもらうわ。縫い物は得意中の得意よ。任せて。」と答えた。

彼女は、遂に、告白をしようと決意したのであった。まだ巧と出会って、それ程時は経っていないのに、彼に恋心を抱いてしまったから。ただ、千夜は鶴であり、人間に、自分が鶴であると言ってはならない事は、従来より変わりはなかった。しかし、千夜は、本当の事を話してしまいたい気分であった。自分が助けてもらった鶴で、巧にその恩返しに来たのだと。そんな事を考える内に、千夜の中は、巧に対する切ない想いで溢れ、顔が少々悲しげになった。

そんな千夜を見て、巧は、「今日は一緒に寝ようか。」と誘った。

「え。」

千夜は、呆然とした。

「淋しいとかではなくて、その、もっと君を近くに感じたいと思って。駄目かな。」照れくさそうに言う巧に対し、千夜は、一瞬何を言い出すのかと思った。

暫く考え、もしかしたら、自分の事を想ってくれているのかなと感じ、「じゃあ、お言葉に甘えまして、そうさせて頂きます。」と答えた。

その夜、二人は、幸せな時間を過ごした。


翌日、学校は休みであった。

「じゃあ、勉強頑張ってね。私は、あなたの為に、お礼の品を製作しなくてはならないから。でも、一つだけ約束して欲しいの。」

「何を。」

「私が部屋でそれを製作している間は、決して部屋の障子を開けないでもらいたいの。」

「え、部屋を閉め切るのかい。見てはいけないのかな。」

「お願い、それだけは絶対に守って欲しいの。」千夜は、悲しそうに話した。

それを見て、巧は、「分かった。必ず守るよ。後のお楽しみにしておくよ。」と千夜の肩をポンと叩きながら言った。

安心した千夜は、笑顔でその場を去った。しかし、巧は、どうしても千夜の事が気になり仕方がなかった。これでは、まるで『鶴の恩返し』の話と同じ展開ではないかと。もしかすると、彼女は、この間助けた鶴かもしれない。もしそうなら、本当に覗いてしまえば、彼女は、僕の前から姿を消してしまう。そんな事させるかよ。巧は、最初は『鶴の恩返し』は、本の中でしか有り得ない非現実のものだと思っていたが、いつの間にか、それを信じるようになっていた。


それから約1時間後、正也が押し掛けて来た。

「よお、巧、入るぞ。」

急に入ってきた正也に、巧は驚いた。

「急にどうしたんだよ、正也。何かあったのか。」正也に質問を投げ掛けた。

「いや、千夜の様子を見に来たんだけど。彼女は、今、どこ。」

正也は、部屋中をきょろきょろした。巧は、正也に、「彼女は、今、ある部屋にこもって作業をしているんだ。だけど、作業が完全に終了するまで、決してその部屋を開けてはならないと言われたんだ。」と返答した。

正也は、やはり『鶴の恩返し』の出来事は、実在したんだと思い、その場で跳び上がった。

「ま、マジで。やっぱ本当なんだな。その話。な、言ったろ。実際に起こるかもしれないって。スゲー。ミラクルじゃん。」

正也は、その場ではしゃいだ。

しかし、巧は、乗り気ではなかった。

「なあ、正也。もしそれが本当なら、俺たちは、あの部屋を覗いてはならない事になる。今日、もしも華乃がここに来たら、何をするつもりだろう。」

巧は、心配でならなかった。

「実はな、巧。今日は、その事を心配して来てみたんだ。ま、今のところはまだ大丈夫そうだな。少し安心した。」

正也は、気が抜けたように体の力が抜け、尻餅をついた。

「正也、折角だし、勉強会でもやらないか。」

「いや、良いよ。勉強は苦手だから。それに、今この場に居ないと、いつ華乃がくるか分かんないから。」

「そうか。じゃあお茶を持ってくるよ。」

巧は、台所へ向かった。


昼になり、とり合えずひと段落付けた様子で、千夜が部屋から出て来た。

「あれ、正也よね。どうしたの。」

千夜は、正也が急に居る事に驚いた。

「いや、君の様子が気になって見に来てみたんだけど。何か、貧血気味みたいだね。顔が青白いみたいだけど・・。」

正也は、千夜の事が心配でならなかった。

千夜は、「そうかな。全然平気よ。長時間続けているから、少し休んだ方が良いのかもね。」と明るい笑顔で答えた。

台所から巧がお茶を持ってきた。「あれ、千夜。もう終わったの。」

「一応、一段落着いたから。とり合えず休憩ってとこかな。」

正也は、千夜が何をしていたのかに興味があった。

そこで、千夜に、「何をしてたの。」と聞いた。

千夜は、「冬のコートを製作していたの。巧には、いつもお世話になっているから、そのお礼にと思って。」と答えた。

「よ、モテる男は良いねー。熱いねー、お二人さん。ところで、もう初キスとかしたの。」その言葉に、千夜と巧は赤面した。

そして、「そんな事しないよ。」と口を揃えて言った。

「正也、お前さあ、何で話題がそっちに行く訳。よくそんな恥ずかしい事が言えるもんだなあ。」

「巧が一方的に恥ずかしがってるだけだろ。千夜だって早くそうなりたいって。な、千夜。」

正也がそう言うと、千夜は、更に赤面し、「じゃあ、そろそろ作業に戻るから。」と言い、再び作業部屋に戻った。

「それにしても、千夜さ、何か貧血気味っぽかったけど、体の調子は良好な訳。巧。」

「千夜を心配してくれてるのか。今話している時、普段と変わらない雰囲気だったから気づかなかったけれど。それより、正也も勉強に付き合えよ。二週間後には、中間試験があるんだぞ。俺達受験生だし、内申にも響くからな。お前は、高校に行きたくないのか。」

「分かったよ。やるってば。」

正也は巧にしぶしぶ同意し、巧の部屋で暫く勉強をした。


夕方の5時頃、巧と正也は、勉強に一区切り付けた。そして、千夜の居る部屋の様子を見に行った。

巧が、「まだ終了してないんだな。長時間閉じこもり切りで、体は大丈夫かな。」と心配した。

正也は、巧の肩をポンと叩き「大丈夫だって。お前が信じてやらなくてどうするんだよ。」と励ました。

「そうだよな。俺が信じなくて誰が信じるんだ。彼女を応援しないとな。」「そうこなくっちゃ。」

正也は、体育祭でもないのに、大声を張り上げ、「ファイトー、一発。」と叫んでいた。

そんな矢先の出来事であった。突然、玄関の方から誰かが入って来た様である。「ねえ、巧、居るんでしょ。女はどこよ。今すぐ私の前に連れて来なさいよ。」

どうやら、悪い予感が現実になりそうである。華乃は、千夜をどうにかして、巧から引き離そうと考えていた。巧と正也は、ギクッとした。

「おい、マジでヤバイぞ。このシチュエーション。どうするよ、巧。」

「とにかく、この場を守るしかないだろ。正也も協力してくれるよな。」

「ああ、勿論さ。」

その時、家中にドタバタと足音が響いていた。

「出て来い、女。この横取り狐が。」と言いながら華乃は、必死で千夜を探し続けた。

漸く千夜の居場所を探し当てたが、部屋の前には、巧と正也が立ちはだかっていた。

「ここから先は、一歩も通さない。」と正也。

「何をしようとしているのか分からないけれど、彼女に何かしたら絶対に許さない。」と巧。

華乃は、「そこを退きなさいよ。用があるのは、あんた達じゃない。あの女よ。憎き雌狐よ。私の巧を横取りした罪は重いわよ。」と怖い顔をして言った。

「待てよ。それは、単なる誤解に過ぎない。彼女は、理由があって、ここに居るんだ。家出して、行く当ても無かったんだ。だからここに泊めてあげているんだ。正当な理由だろ。」

「巧。どんな理由であろうと、私は認めない。そもそも、ここでなくとも他だって良かった訳じゃない。それが偶然であれ、絶対に許さないんだから。」

「おい、華乃。お前自分勝手だな。巧がいつからお前だけのものになったんだよ。巧がどんな女に惹かれようと、それはあいつの自由だ。巧は、お前の所有物じゃないんだぞ。分かってるのかよ。」

「分かる訳無いでしょ。じゃあ、巧に聞くけど、私とあの女のどちらが好きなの。今すぐ答えて。」

巧の答えは、もう決まっていた。

「千夜が好きだ。」

失恋した華乃は、「もういい。分かったわ。でも、この短期間であなたの心を奪ったあの女が許せない。退きなさい、退きなさいよ。」と更に怒り狂った。

巧と正也は、障子を破らない様に気をつけながら、必死で華乃を退けようと奮闘した。しかし、華乃の圧倒的な力で、二人はなぎ倒された。遂に、華乃により障子が開けられた。すると、中に居たのは、人間の少女ではなく、一羽の鶴であった。巧と正也は、紛れも無いその現実を目撃する事となった。鶴の姿で自分の羽毛をふんだんに使用し、ミシンにかけ、コートを製作中であった。

「どうよ、ざまーみろ。やっぱりアンタは、人間じゃない。まさか、正也の言っていた事が現実に起こるなんでビックリだわ。でも、これで良いわ。これで良いのよ。」華乃は、大声で笑い転げていた。

巧は、その場で呆然とその光景を眺めていた。まさか、本当に『鶴の恩返し』の話が現実に起こるなんて・・。じゃあ、もう僕と千夜は、別れなければならないのか。もう二度と会う事は許されないのか。巧は、心でそう思いながら、この短期間での二人の出来事を思い出していた。正也は、急いで障子を閉めると、怒りながら華乃に殴りかかった。

「ふざけんな。あいつが・・巧がどんな思いで彼女に接してきたと思う。あいつがどれだけ彼女を想っているのか分かってるのかよ。幼馴染の俺達なら分かる筈だよな。あいつは、小6の時に母親を亡くした。父親は、単身赴任で時々しか帰らない。ずっと、一人で淋しい生活してたんだぞ。その穴を誰が埋めたと思ってる。彼女だろ。千夜だろ。お前は、何も分かってない。お前は、巧と千夜の仲を引き裂いたんだぞ。もう二度と彼女に会えないかもしれないんだ。それを横取りだと。ふざけんな。」

正也の強い一言で、華乃の気持ちは、大きく揺れ動いた。

「わ・私・・凄い誤解してた。そんな重要な事だったなんて。ごめんね、巧。何も知らずにあなた達を引き裂いてしまった。許されない事は分かってる。でも、私にもどうしたら良いか分からないのよ。」華乃は、涙ぐんでいた。


それから2時間後、漸く全てが終わり、人間姿の千夜が部屋から出て来た。

「はい、巧。例のコートよ。・・・どうしたの。」千夜が尋ねると、巧は、「コートは、貰えないよ。」と悲しそうに答えた。

「何でそんなに悲しむの。これ、あなたへのお礼だから、受け取って欲しいのだけれど。」

「どうして、もっと早くに気づけなかったんだろう。まさか、君があの時の鶴だなんて・・・。君は、僕の為に、無理をして、そのコートを作ってくれた。その気持ちだけで十分だよ。それは、貰えない。だから、ずっとここに居て欲しいんだ。君が好きだ。友達としてじゃない。君を、一人の女の子として、心から愛しているんだ。初めて出会った時からずっと。君は、いつでも優しく僕を励ましてくれた。だから、一人の淋しさも消え去った。流れ星に誓ったよね。二人でずっと一緒に居ようって。僕は、信じていたかった。ずっと、この幸せが続くって、信じていたかった。だけど、さっき、君の真実を知ってしまった。『鶴の恩返し』の話では、最後に別れがあるけれど、僕は、君と離れたくない。手放したくないんだ。」

巧は、千夜を強く抱きしめた。

「どこにも行くなよ。ずっと、この家に居れば良い。ずっと、ここに居て下さい。」

抱きしめながら涙が止まらぬ巧であった。

千夜は、「ごめんなさい。それが、鶴族の掟なの。助けて頂いた相手の元へ恩返しに良く。でも、人間に正体をバラしてはいけないの。私も、何度か思ったわ。私は、あの時助けて貰った鶴なんだって。本当は、真実を伝えたかった。・・・でも、もう終わりね。あなた方に、正体を知られてしまったから・・・。」

正也が、「待てよ。君は、何も悪くない。だから、どこにも行くなよ。巧だけじゃない。俺も居るだろ。今度は、恩返しとかではなく、一人の少女として、普通の中学生として、ここに居ればいいだろ。俺たちと青春しようぜ。」と言った。

華乃は、「ごめんなさい。私のせいよ。私の誤解のせいで、巧とあなたの間を引き裂くような事をして。本当に、ごめんね。許されない事をしたのは、分かっているの。私は、どうなっても良い。だから、巧の傍を離れないで。あなたでなければ駄目なのよ。あなたが居るから今の彼が居るのよ。私、罰でも何でも受ける。だから、もうどこにも行かないで。」と泣き崩れながら、必死で千夜を説得した。

しかし、千夜は、「有難う。もういいの。気にしてないから。でも、掟を破るわけにはいかないから。さようなら。元気で。色々有難う。巧と過ごせた日々、楽しかったよ。もう二度とあなたに出会う事は無いだろうけれど、どうぞお元気で。さようなら。」と言うと、瞬く間に鶴の姿に変わり、秋の夕日の中を飛んで行った。

その後、正也は、巧を励ました。

「元気出せよな。千夜は、もう居ないけど、また次があるだろ。いつまでも、くよくよしても仕方ないだろ。あ、そうだ。ウルフルズの『明日があるさ』で元気付けてやろう。」

そして、正也は、歌で巧を元気付けようと、思い切り明るく前を向いて歌った。しかし、巧は、気持ちが沈んだままであった。











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