君を愛してる

ファイヤー★アップル

第1話 民話は現実に

季節は秋。ここは、とある田舎である。夕方の6時頃、一人の少年が学校帰りの田園の道を自転車で走っていた。彼は、空を見上げ、良い天気で鳥も気持ち良さそうに飛んでいると考えながら走っていた。すると、何やら異様な光景が目に飛び込んできた。一羽よろついた飛び方をしている鳥がいる。何だろう、この胸騒ぎは。何か悪い事でも起こる予兆の様で・・・。気になるから追ってみよう。そうして彼は、必死でその鳥の後を追いかけた。すると、その鳥は、まるで死んでいるかの様にバサッと音を立て地面に突然落下した。それを目の当たりにした少年は、急いでその鳥の元へ駆け寄った。すると、それは、一羽の鶴であった。彼は、そっと鳥に触れ、これは大変だ。体が冷えている。急いで家に運ばなければと思い、自転車の前籠に鶴を乗せると猛スピードで家まで駆けて行った。


家に帰ると、すぐさま、温かいお湯につけたタオルを絞り、鶴をその上に寝かせた。それから付きっ切りで鶴の看病を続けた。そして約二時間後、鶴は漸く目を開いた。少年が「気が付いたかい。」と声をかけると鶴は辺りをきょろきょろしながらここはどこなのかという様な感じであった。

「ここは僕の家だよ。君は体が冷えた状態で道に倒れていたんだ。栄養失調か何かで貧血状態になっていたのかもしれとないね。これは、君の為に作ったスープだよ。温かい内にお上がり。」そう言って、鶴の前にスープを差し出すと、鶴は今迄の疲れを癒すかの様にスープをゆっくりと吸った。すると、美味しいよとでも言うかの様に目が微笑んだ。

「良かった、元気になって。完全に回復するまで休んでお行き。」と言い、少年も鶴に笑顔を投げ掛けた。


翌日、目覚めると、鶴は既にいなくなっていた。そうか、もう行ってしまったんだと淋しげにしていると、「もしもし、巧、元気でやってるか。」と、父から電話が入った。巧の父親は、東京に単身赴任中。母親は、巧が十二歳の時に亡くなった。それ以来、家事も全て一人でこなして来た。父は、巧みがいつも一人で大丈夫か心配なのである。

「ああ、元気でやってるよ。父さん、俺の事なら心配しないで。母さんが死んで以来、ずっと一人でこなして来てる事だし。それより父さんこそ元気にしてるの。俺の心配より父さんの体を心配しなよ。母さんが亡くなって調子が狂ってるんじゃないかって心配だよ。」と応えると父は、「そうか、それなら良いが、あまり無理するなよ。父さんなら大丈夫だから気にするな。また電話するよ。それじゃあ、学校に遅刻せん様にな。」そう言い、父親は電話を切った。

父親からの電話後、自転車で学校へ向かった。通学路の途中で自転車に乗った幼馴染の正也が「おっす、オーハー。」と声を掛けてきた。

巧は、「おっす、オーハー・・・。つてあれ、手に持ってるその本は何。」と疑問を投げた。

正也は、「ああこれ、幼い頃よく読んでもらった『鶴の恩返し』っていう本だけど覚えてるだろ。」と答えた。巧は、「え、いや、そんな本知らないけど。そもそも読んでもらった覚えがないし。」と少し戸惑い気味に答えた。

正也は、「おいおい。これは日本でよく知られる民話だぜ。これを知らないなんて、お前の親はどんな教育して来たんだよ。まあいいや、後で学校に着いたら見せるよ。これを知らなかったら日本の恥だぜベイベー!」と少し調子にのり気味で言った。


学校に着き、教室に入ると、がらんとした教室に一人、一番乗りで来ている少女がいた。それは、幼馴染の華乃である。

正也が、「あれ、華乃じゃん。いつも遅刻してくる君が何で今日は早い訳。」と疑わしげに聞いた。

すると、華乃は、「失礼ね。今日はなぜか知らないけど気分が良いのよ。」と少し怒りながら答えた。「まあ、こんな奴はどうでもいいから、さっさとこの本を見ようぜ、巧。」「おう。」

華乃は、正也が鞄から取り出した本を見て、「あ、これ『鶴の恩返し』じゃない。何で幼い子が読む様な本をあんたが持ってるのよ。」と馬鹿にした。

正也は、「もー、華乃さんは分からないのよねー。男のロマンって奴が。」と女調で言い返した。そして、正也は、巧にその本を見せた。巧は、それを見てふと昨日の鶴との出来事を思い出した。本を読み終えた後、正也と華乃に昨日の鶴との出来事を一部始終話した。

正也は、「スゲー、それマジ。めっちゃロマンチックじゃん。いいなー、そんな事があったなんて。・・・て事は、その後、恩返しに来るって事だよな。ほら、今読んだだろ。人間の女の子としてさ・・・。ワクワクするぜ。」と夢を膨らませ、目を輝かせながら言った。

一方、現実しか信じない華乃にとっては、何とも馬鹿らしい話にしか聞こえなかった。そして、呆れ返る様にため息を吐きながら、「正也、いくらアンタが非現実世界好きだからって、そんな事が実際に起こり得る訳ないでしょ。ハリーポッターの魔法の世界だって非現実世界なのに、アンタは、魔法の存在を信じるとか言うし。もう中3なんだから、現実と非現実を弁えなさいよね。はー、アンタに付き合ってると頭が悪くなりそう。トイレでも行ってこよーっと。」と言い、教室を出て行った。

非現実世界をこよなく愛する正也にとり、彼女の発言には、かなりショックを受け、いつもは陽気な彼も、この時ばかりはブルーな気持ちになり、しゅんとなった。巧は、正也の背中をポンと叩きながら「お前がどれ程非現実世界を好きかは、よく知ってるけど、確かに華乃の言う事も妥当だよ。でも、もしそんな事が本当に起こったらロマンチックだよな。でも、最後は悲しいけどね。」と慰めた。

すると、正也は急に開き直り、「じゃあさ、もし本当にそんな事が起こったら、最後はどうする。そのまま分かれるか、追いかけて彼女を捕まえるか、二つに一つ。さあ、どちらを選ぶ。十秒以内に答えよ。はい、一、二・・。」と再び調子に乗り始めた。

巧は少し呆れ、「だからそんな事分からないだろ。」と返した。


家に帰った後、巧は、『鶴の恩返し』の話を最初から思い返し、本当にそんな出来事が起きないかなあと思っていた。そんな矢先の出来事であった。ピンポーンとベルが鳴った。もう夜の9時近くになる。こんな時間に誰だろう。新聞屋かなと思いながら玄関の扉を開けると、そこには、同い年位の見知らぬ少女が立っていた。

彼女は、「私、家出したんですけど、行く当ても無くて、気が付いたらここに・・・。今晩だけでも泊めて頂けないでしょうか。」と、どこか悲しげな瞳で語りかけた。

困った人は放っておけない巧は、「一晩とは言わず、いつまで居てもいいよ。それより、外は寒いから中に入りなよ。こっちにおいで。」と言うと、下駄箱からスリッパを取り出し、彼女の手前に置いて「どうぞ。」と言い、家の中を案内した。「こっちが僕の部屋で、その隣が君の部屋だよ。自由に使っていいからね。待ってて、今温かいお茶を持ってくるから。」と言うと、巧は、台所へ向かった。

その間、彼女は、部屋の中で、家中こんなにガランとして、今この家に居るのは、自分と彼だけ。両親は、帰りが遅いのだろうか。それとも・・・と色々考えていた。

台所から戻った巧は、「お待たせ、はい、どうぞ。」と言い、彼女にお茶入りの茶碗を手渡した。

彼女は「有難う。」と言い、嬉しそうに微笑みながらお茶を飲んだ。「美味しい。このお茶、美味しいわ。それに、温かい。きっと、あなたの心の温もりなのかもしれないわ。」と彼女が言うと、巧は照れくさそうに、「そ・・そんな事無いよ。それに、これは、店で買った即席の物だし。」と答えた。

そして、気分が落ち着いたところで、巧は、彼女に質問を投げかけた。「そういえば、まだ君の名前聞いていなかったね。何て言うの。」

彼女は、再び微笑みながら「千夜よ。」と答えた。

「千夜っていうのか。素敵な名前だね。僕は、巧と言うんだ。巧って呼んでよ。」「巧さんね。あなたこそ素敵な名前を持ってるじゃない。」「そうかな。あ・・さんは、いらないよ。何かよそよそしいから。君の事、千夜って呼んでもいいかい。」「ええ、勿論よ。宜しくね、巧。」「こちらこそ、宜しく。千夜。」

そんな会話が続いた後、千夜は、巧にある質問を投げ掛けた。

「ねえ、巧のご両親はどうしてるの。」

すると巧は、「僕はここで一人暮らしをしているんだ。」と少し淋しげに答えた。「母さんは、僕が十二歳の時に、脳梗塞で亡くなったんだ。父さんは、東京に単身赴任していて、夏休みとか冬休みには、時々帰ってくるけど、基本的には、向こうでの生活だから。」「じゃあ、お母さんが一人で頑張ってあなたを育ててくれたのね。」「うん。」

その時、巧の目には涙が滲んでいた。そんな巧に、千夜は、「そんなに悲しまないで。大丈夫、私が傍に居るから。私に出来る事なら何でも言って欲しいの。一応は、この家に泊めてもらっている身だし、そのお礼も兼ねて。だからその、私の事、いっぱい頼って欲しいの。お願い。」と言った。

巧は、千夜のその一言が自分の心の淋しさを溶かしてくれた様に思えた。「有難う。ごめんね。何か、見苦しいところを見せてしまったね。もうそろそろ寝ようか。」

千夜は思い切って、「じゃあ、私、あなたの隣で寝るわ。一人じゃ淋しいでしょ。」と言った。

しかし、巧は、今この場に、彼女が居てくれるだけで幸せな気分になれたので、同じ家に共に居てくれるなら何も淋しい事など無いと感じていた。

「いいよ、君がずっとここに居てくれるのなら淋しくないから。じゃあ、お休み。また明日。」「ええ、また明日。お休みなさい。」

巧は、隣の自分の部屋に戻った。巧は、千夜がこの家に来たのは奇跡だと思った。再び『鶴の恩返し』の話を思い出し、もしかしたら、本当に、昨日助けた鶴かもしれないと一瞬ときめいていたが、やはり、現実的にそのような事が有得る筈がないと言い聞かせていた。一方、千夜は、再び巧に会えた事が嬉しく、今度は、自分が彼のために尽くし頑張らねばと気合を入れるのだった。


翌日、巧が目を覚ますと、何やら良い匂いがするので、台所へ行ってみると、何と、一足速く起床した千夜が、巧の為に、ご飯や味噌汁、焼き魚を作っていた。

巧に気が付いた千夜は、「巧、おはよう。」と声を掛けた。

巧も千夜に、「おはよう、千夜。」と笑顔で話し掛けた。

千夜は、巧の笑顔にドキッとし、緊張しながら「あ・・あの・・一応こんな感じで作ってみたけど・・巧の口に合うかな・・。食べてみて。」と言った。

巧は、「どれどれ。それでは、頂きます。」と言い、千夜の作った料理をゆっくり噛み締めた。千夜は、彼が自分の料理に対してどのような反応をするのか気になり仕方なかった。

すると巧が、「美味しい。これ、凄く美味しいよ。千夜って料理上手なんだね。」と言った。

千夜は、顔を赤面させ「それ程でもないわ。」と言った。「巧は、いつも一人で料理や洗濯、それにお掃除も全部一人でこなして大変だと思う。でも、今日からは、私に任せて。安心して学校へ行ってらっしゃい。」

千夜にそう言われてホッとしたのか、笑顔で「じゃあ、お言葉に甘えて、君にお任せしようかな。じゃあ、行って来るよ。帰りは、多分、夕方の6時半位になると思う。遅くなって悪いけど、後は、宜しくね。それじゃあ、行ってきます。」そう言って、巧は自転車に乗り学校へ向かった。


学校に着くと、早速、正也が興味津々に、「昨日は、『鶴の恩返し』の様な出来事はあったか。」と尋ねて来た。

確かに一昨日鶴を助け、昨日、その代理という感じで千夜が来たが、巧には、それがただの偶然にしか思えなかった。

「いや、その様な事は何も起こってないよ」と巧みが言い返すと、正也は、「ちぇ、つまんねーの。少しでも期待した俺が馬鹿でした。」と残念がった。

すると、華乃が、また呆れ返り突込みを入れた。

「ほらね、言ったでしょ。だから、現実と非現実を弁えろってのよ。」

それに対し、正也は怒りを覚えた。

「何だよ。現実とか非現実とかそんなの関係ないだろ。華乃は、夢が無いんだよな。ロマンのひとかけらも無い。なあ、巧もそう思うだろ。」

正也のその一言に、巧は、自分の中で正也と同じ様に、『鶴の恩返し』の様な事が現実にあったらいいなと考えていた事を思い出し、「ああ、そんな事が本当に起こったらいいな。」と正也に賛同した。

「あーあ。二人には本当に呆れるわね。」と華乃は、苦笑いをした。

「あ、そうだ。今日、久々に巧の家に行ってもいいかしら。勉強で教えてもらいたい事があるのよ。」

一瞬ギクッとした。もし、華乃を家に入れたら、千夜の存在を知られてしまう。とりあえず、今は秘密にしておきたいと思った巧は、「いや、家でなくても学校で教えられるだろ。それに、家まで帰る時間が無駄だし。」と言った。

すると華乃は、「エー、巧の家だから行きたいの。そりゃここでも可能だけど、今日はそんな気分じゃないの。」と少々わがままを言った。

勉強嫌いの正也は、「それならよっぽど、プレステでもやるほうが数倍ましだね。」と猛反発。

それに対し、華乃は、「何よ。それだからアンタは、頭が馬鹿になるのよ。」と言い、正也と口論状態に陥っていた。

巧がそれを止めるかの様に、「とにかく、今日は用事があるから、また別の機会にしてよ。」と言うと、華乃は、しぶしぶ了解した。


夕方、家に帰ると、ベランダには洗濯物が干してあり、巧の部屋もきれいに掃除されていた。台所へ行ってみると、既に料理が並べられていた。しかし、千夜の姿が見当たらない。探した末、彼女は、風呂場を洗っていた。

「こんな所に居たんだ。ただいま、千夜。」

気が付いた千夜は、「お帰りなさい、巧。夕飯作ってあるから食べて。」と言った。

「有難う。でも、せっかくだし二人で食べようよ。」と巧。

「ごめんなさい。この掃除、もう少し時間がかかりそうだから先に食べていて。」と千夜。

「じゃあ、台所で待ってるよ。」と言って、その場を去る巧。

暫くして、千夜が台所へ行くと、巧は、まだ食事に手を付けていなかった。彼は、余程、千夜の事が気になる様であった。

「巧、まだ食事してなかったの。冷めちゃうじゃない。」

「君も一人で食事をするのは、むなしいだろ。」

「え、でも私・・」

「二人で食べよう。じゃあ、頂きます。」

「あ、頂きます。」

その時の巧は、普段にも増して明るい笑顔であった。そんな巧を見て、千夜は嬉しくなり、涙が止まらなかった。

それに気が付いた巧は、「どうしたの。」と千夜に尋ねた。

「何かとても嬉しくて。昨日、初めてあなたと会話した時、あなたはどこか淋しそうな目をして、気分はブルーって感じだったのに、今日のあなたは、話していてとても明るいし、笑顔が素敵だから。元気になってくれて良かった。私、嬉しいの。ああ、これが普段の巧なんだなあって感激して、涙が止まらなくて。」

それを聞いて巧は、この子は何て優しい子なんだろう。自分の為にどうして泣いてくれるんだろうと感激し、目に涙が滲んできた。それは、昨日の暗い涙とは異なり、嬉し涙であった。

巧は、涙をハンカチで拭くと、「そうだ。今日は天気も良いし、星が出ているんじゃないかな。一緒に見に行こうよ。」と千夜を誘った。

彼女は、「はい、喜んで。」と答え、巧と共に外へ出た。

空を見上げると、底には、満天の星がきらびやかに輝いていた。その時、不意に流れ星が現れた。

「あ、流れ星だ。何かお願いをしなくちゃ。」

「巧、お願いって何。」

「流れ星が消え去る前に、願いを三回唱えると、その願いが叶うと言われているんだ。君は、何をお願いするの。」

「そうね。これからも巧とずっと一緒に居られますように。そして、巧の笑顔が絶えることの無いようにかな。」

「僕も君と同じ事を考えてた。千夜とずっと一緒に居られますようにって。」

二人は手を繋ぎ、流れ星に願った。

「僕、実は、もう一つ願い事をしたんだ。」

「え、何。」

「まだ君と出会ってそんなに経ってないのに、僕の中で、君の存在が人生を左右する程大きくて、君の優しさに触れる度、大切にしたいと思える。君が大事なんだ。だから手放したくない。どこにも行かないで欲しいと願ったんだ。」

その言葉に、千夜は、涙が溢れ、「いいの。本当に私でいいの。」と何度も繰り返し聞いた。

すると巧は、「君だから居て欲しいんだ。これからも傍に居てくれるよね。」と言った。

千夜は、「はい。」と涙ながら笑顔で答えた。

しかし、この時、二人はまだ気づいていなかった。それが、後の悲劇に大きく影響してくるとは。


 


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