姫と共に過ごした夜
さて、見事に姫の難題を三つ解いたまみちがねはどうなったか。勿論、姫の婿になるのが当然であるが、そうはいかなかった。まみちがねは顔の形も変わるほど散々に打ちのめされ、城を追われたのである。
まみちがねは姫の婿に迎えられ、祝いの宴が盛大に催された。美しい姫の傍らに腰を折って座る奇妙な若者に、客のある者達は顔をしかめ、ある者達はひそひそと無責任な噂話をした。背中の母親は、宴席の料理が欲しいとも言わずに黙っていた。
やがて宴が終わると、姫は自室へ戻り、まみちがねは姫が呼ぶまで身体を清めて待つようにと別の部屋に通された。その部屋でまみちがねは白い麻で折られた新枕の装束に着替えた。
呼びに来た姫の侍女の導きで足を踏み入れた部屋は暗かった。大きな窓から見える満点の星だけが明るかった。姫の声がまみちがねを招いた。
「私を見よ」
声のしたほうには、人が二人三人は横になれそうな大きな寝台があった。寝台には屋根があり、そこからは、あの姫の胸を覆っていたのと同じ白絹が四方に垂れ下がっていた。星明りで、その白衣が透けて見えた。ぼんやりと浮かぶ影は、豊かな起伏を描いていた。その、横たわっていた誰かが呼んだ。
「こちらへ参れ」
まみちがねは寝台に歩み寄って白絹を除けた。星の光しかないためにはっきりとは見えなかったが、そこには唇を噛みしめた姫が一糸まとわぬ姿で横たわって目を閉じていた。豊かな胸を片手で覆い、もう一方の手は秘部を隠している。長い黒髪が、白い夜具にふわりと広がっていた。
背中がぞくりとした。足が震えていた。まみちがねは、未だに女性を知らなかったのである。姫はなおもまみちがねを促した。まみちがねは背を曲げたままいきり立った。寝台に上がり、事に及ぼうと姫の身体に覆いかぶさろうとする。
その時、背中から声がした。
「行く末を案じることがなくなったら、冥土へ行ってやると言うたろうが」
母親であった。まみちがねの手足が金縛りにでも遭ったように止まった。そろそろと寝台を降りる。母親が耳元で囁いた。
「何をしておるのじゃ。早くせい!」
まみちがねは寝台に背を向けてうずくまった。母親はがみがみと背中で怒鳴り続けたが、まみちがねは二度と立ち上がらなかった。寝台の上で何かが動く気配があったのでちらと横目で見ると、姫が胸を覆ったまま起き上がっていた。流れる川のような黒髪が肩から艶やかな腕に垂れ下がっていた。目に一杯浮かんだ涙がつっと頬を伝うのが星明りに見えた。
その次の晩も、まみちがねは姫に招かれてその寝所に入った。同じ格好で姫は待っていた。母親が背中でまた急かすので、まみちがねはまた何もできなかった。まみちがねはやはり寝台の下でうずくまった。だが、姫はもう泣かなかった。さも可笑しそうに高らかに笑いながら、自らの乳房を覆った手を除け、足を高く組んでまみちがねを誘惑するのである。母親は苛立って、まみちがねの耳元でこうるさく喚いた。まみちがねは耳を押さえて床の上に丸く縮こまった。姫は寝台の上をひとり転げ回ってはしゃいだ。
そんなことが幾晩も続いたある闇夜、まみちがねは突然、着のみ着のまま門の外に引きずり出され、門番によって散々に打ちのめされた。腰を打たれて立ち上がることもできないまみちがねは脳天を叩かれ、頬を張り飛ばされた。かつて美しかった顔はもう二目と見ることができなくなった。切れた唇からひゅうひゅう息を漏らしながら、まみちがねは何が起こったのか尋ねた。通用口の向こうに控えていたらしい、王からの使いがゆったりした袖を合わせ、冠を着けた頭を慇懃に下げてから言った。
「子を成す見込みがないと、寝ずの番から知らせがあった」
通用口をくぐる使いが後ろ手にぽんと投げ出した小さな袋から、闇夜にもそれと分かる金貨がちゃりんとこぼれた。まみちがねは冷たい地面に横たわったまま、それを黙って見ていた。門番がしゃがんで、その金貨を拾って懐に入れた。まみちがねは手を伸ばして金貨の袋を掴み、よろよろと立ち上がった。
城に尻を向けて、腰を曲げて歩き出したまみちがねの背中から、母親が囁いた。
「泣くな。行く先を案ずることがなくなるまで、冥土には行かん」
別に泣いてはいなかったが、母親のその一言で、かえって泣けてきた。
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