城の釜は寂しさに泣く

 まみちがねは城の釜焚きとなった。釜焚きの主な仕事は、飯炊きである。まみちがねは、使用人の飯を炊くこの大きな釜の後ろで寝起きしていた。まみちがねは美しい容貌も分からなくなるほど真っ黒になって働いた。やがて、だれ言うとなく灰坊主というあだ名がついた。城は使用人が多く、まみちがねに与えられる部屋は畳一枚なかった。代わりに莚にくるまって寝た。ぬちんだからが、納屋の隅に丸まっていたのをくれたのである。母親が毎晩ぶつくさ言うので、まみちがねはろくに眠ることができなかった。背中の曲がった灰まみれのまみちがねは、皆にいじめられた。

 ある日のことである。賄いの準備が遅いと言って、まみちがねは皆に打たれた。既に死んでいる母親は痛くも痒くもなかったようであるが、まみちがねは数日の間、立つことも難儀した。賄いの準備は余計に遅れ、まみちがねはまた打たれた。起きるにも難儀したまみちがねを看病したのはぬちんだからであった。ぬちんだからは、お前のせいではないと言った。使用人が多すぎて賄いが間に合わず、前の釜焚きのときから、皆、朝飯を昼に食い、昼飯を夕に食い、夕飯は夜中に食っていたのだと。

 どれだけ体が痛んでも、まみちがねは働いた。働いたが、体が痛んでとても飯が食えなかった。食えない分の飯は背中の母親が食った。まみちがねの飯を食いながら母親は、温かい飯が食いたいものだと言った。まみちがねは言った。

「飯を炊こうにも釜が一つしかなく、釜がいくつあっても竈が一つしかない。朝炊いた飯は昼にしか食えず、昼炊いた飯は夕にしか食えず、夕に炊いた飯は夜中にしか食えないのだ」

 母親が言った。

「ならば竈が三つ、釜が三つあればよい」

 まみちがねはぼやいた。

「おれにどうせよというのだ」

 母親が言った。

「お前がどうこうするのではない、竈と釜がどうこうするのだ」

 次の日、竈が喚きだした。一日中喚き続けたので、使用人の皆が恐れて台所へ集った。まみちがねが何で泣くのかと竈に尋ねた。竈は答えた。ずっと独り身で寂しいのだと。どうすればよいかと尋ねると、竈はまた喚いた。皆は恐れ、困り果ててまみちがねにどうしようかと相談した。まみちがねは答えた。

「独り身で寂しいなら、妻と子を迎えてやろう」

 竈はすぐに三つになった。

 また次の日、釜が泣き出した。一日中泣き続けたので、使用人の皆が恐れて、また台所へ集った。まみちがねが何で泣くのかと釜に尋ねた。釜は答えた。父恋し、母恋しと。どうすればよいかと尋ねると、釜がまた喚いた。皆は恐れ、困り果ててまみちがねにどうしようかと相談した。まみちがねは答えた。

「父と母が恋しいなら、迎えてやろう」

 釜もすぐに三つになった。

 竈と釜が三つになったので、朝炊いた飯は朝食えるようになり、昼炊いた飯は昼食えるようになり、夕に炊いた飯は夕に食えるようになり、夜は皆、一晩中寝られるようになった。

 だが、その晩、まみちがねは釜の後ろで寝てはいなかった。闇夜に紛れて城から遥か遠くの夜道を歩いていた。竈や釜を普請する間、その後ろで喚いたり泣いたりするため、母親はまみちがねの背を離れたのである。ここぞとばかりに抜け出して、城を離れたのだった。背中が軽かったので、足取りも速かった。もうこの辺りでよいかと立ち止まり、城のほうを振り向くと、背中がずしりと重くなった。

 首を捻ると、白髪頭が見えた。母親が言った。

「行く末を案じることがなくなったら、冥土へ行ってやるわい」

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