少年の前に美しくない少女が現れる
日が暮れる頃になって、まみちがねは寝る場所に困った。もともとたいして金があるわけではなく、宿を取ることなどできはしない。いっそのこと住み込みで雇ってくれるところがありはしないかと考えてあちこち探したが、昨日の今日で見つかる筈がない。あちこち探して歩いているうち、知らない街のこと、道に迷ってしまった。
暗くなった人気のない狭い路地で立ち往生していると、その曲がり角からみすぼらしいなりの娘が現れて声をかけた。
「これ背の曲がった爺、道に迷うたか」
まみちがねは答えた。
「俺は背は曲がっておるが爺ではない。爺ではないが道に迷うて困っておる」
娘は尋ねる。
「どこへ行くのじゃ」
まみちがねは答える。
「どこへ行こうか困っておる」
娘は背を向けてすたすたと歩きだした。
「ついて来い」
まみちがねがついていくと、右の路地を左に曲がり、左の路地を右に曲がり、進んだかと思うと戻り、戻ったかと思うと進んで、気がつくと街中からは随分と離れていた。
まみちがねは尋ねる。
「どこへ行くのだ」
娘は答える。
「城へ行くのじゃ」
暗く細い細い道を右に曲がっては左に曲がり、左に曲がっては右に曲がり、進んだかと思うと戻り、戻ったかと思うと進んで、気がつくとまみちがねは城の門の前にいた。
城の門は鉄の鋲が打たれた樫の大扉だった。その両脇には篝火が焚かれ、城下の門にいたのと同じような門番が立っている。娘が何か言うと門の脇の通用口が開いて、娘は少し待っておれと言うなりその中へ消えた。
手持ち無沙汰となったまみちがねは背中を曲げたまま立っているほかはなかった。やがて、ずっと黙っていた背中の母親が口を開いた。
「知らぬ道はわしでもどうにもならぬが、知った道は何とでもなる」
門番を気にして答えないまみちがねに、母親はなおも続ける。
「お前の頭の上にあるものを見よ」
腰を曲げたまま首を回して上を見ると、篝火に照らされて、いくつもの首が高い台の上に晒されていた。あっと驚くと、母親がけたけた笑った。
「お前、王様の娘、ちゅらひめの話は知っておるか。二つ名を首切り姫というのじゃそうな」
まみちがねは莚売り笊売りに忙しく、人の噂など聞いている暇はなかった。母親は楽しそうに話し続ける。
「姫の出す難題を三つ解いた者は婿になれるというての。数多の男どもが、老いも若きも、身分の高い者も低い者も挑んだらしいが、みんな蹴っつまずいて首を切られたと」
まみちがねが逃げ出そうとすると、母親が止めた。
「待て。わしはお前の行く末が案じられるゆえ、止めるのじゃ。逃げてお前、どこへ行くのじゃ」
まみちがねは囁いた。
「海なりと山なりと、どこへでも行くところはあろう」
母親は答える。
「海なりと山なりと、わしをおぶって行ってくれるかの」
答えられないまみちがねに、母親は畳み掛ける。
「わしはお前の行く末が案じられるゆえ、考えたのじゃ。お前、姫の婿になれ」
まみちがねは唖然とする。
「おれにそんな甲斐性があろうか。首を切られてこんなところに晒されとうはない」
母親はまた笑った。
「お前に甲斐性がないなら、わしはずっとおぶさっておるわい」
まみちがねは尋ねた。
「わしに甲斐性があったら、降りてくれるか」
母親は答えた。
「お前に甲斐性があったら、わしは行く末を案じることもない」
まみちがねはなおも尋ねる。
「行く末を案じることがなければ、降りてくれるか」
母親はハッキリ言った。
「行く末を案じることがなければ、冥土へ行ってやるわい」
そこでまみちがねはどうすればいいか尋ねたが、母親は答えなかった。やがて門の通用口が開き、さっきの娘が出てきて言った。
「釜焚きが、昨日、姫に首を切られて死んだのじゃ。背の曲がったお前は釜焚きにちょうど良い」
そのとき、篝火の明かりで、初めて娘の顔が見えた。あばただらけで口をへの字に曲げた、ぞっとするほど醜い娘だった。娘も、まみちがねの顔を真っ向から見るのは初めてだったはずだが、こちらは俯いて再び背を向けた。
「お前、名は何という」
まみちがね、と答えると、娘も名乗った。
「ぬちんだから」
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