南の海の少年

 昔、南の海のある島に、まみちがねという若者がいた。

 背は高く、その手足は逞しい。たいへん器用である。家が貧しく、山で切った竹で笊や籠を編んでは売りに出て、年老いた母を養っていた。整った顔立ちに両の眼がきらきらと輝き、よく見れば眉目秀麗の若者である。しかし、みすぼらしいなりをして腰を曲げ、背中に背負った笊だの籠だのをか細い声で売り歩く姿は見るからに哀れっぽかった。すれ違う人は知り合いもそうでない者も目をそらした。

 健康な体と美しい容貌を持つ心正しい若者がなぜここまで苦労しなければならないかというと、原因は母親にあった。とにかく、強欲なのである。

 そもそもこの母親というのがもとは大きな娼館の出で、ある豪族が旦那となって妾として屋敷の中に囲った女であった。大金を叩いて身請けしたというから相当の美女であったようである。しかし天は二物を与えずとはよく言ったもので、この女には思いやりとか恥じらいとか、女性の美徳というものが根本的に欠けていた。

 元は貧しい身の上で、その美貌に眼をつけた両親が自ら金のために娼館に売り払ったというから気の毒といえば気の毒な身の上といえなくもない。しかし、客を取るようになってからは天性の才能というか本性というか、とにかく持って生まれた美貌に加えて奸智にものを言わせ、多くの男を手玉に取った。これが普通の女ならどんな男も恐れて近寄らないところだが、場所が場所である。娑婆の悪徳が苦界では美徳となり、我こそはと思う男は星の数ほど。そしてことごとく餌食となった。

 その女をものにした旦那の得意や知るべし。夜の務めも盛んで、とうとう玉のような男の子が生まれた。これがまみちがねである。

 さて、父親の金力と権力に守られてすくすくと育ったまみちがねに現れたのは、母親から受け継いだ美貌ばかりではなかった。

 多くの男を破滅させた母親の奸智は育ちの貧しさによるものである。したがって、それさえなければ受け継いだ血を真っ直ぐな方へ生かせる道理で、まみちがねは思いやり深く機転の利く神童として評判になった。旦那の得意は頂点に達し、蝶よ花よと眼に入れても痛くないほどの可愛がりよう。母親を身請けしたとき以上に吹聴した。

 面白くないのは、子どものない正妻である。なんとか失地回復をと思っているところへ、妾自ら墓穴を掘った。まみちがねが幼い頃はまだ大人しくしていたが、これが長ずるに及んでは本性を現した。隠れもなき嫡子の母よと、この女は調子に乗ったのである。屋敷の女主人となったかのように使用人を堂々と顎で使い、蔵の金は蕩尽する。とうとう正妻は夫に泣きついた。これでこの豪族も妾に非がなければ当主としての威厳を発揮して妻の悋気を叱りつけるところであるが、道理を通されては何ともならない。それでも息子には母親が必要だからと説き伏せ、その場を収めた。

 そこで正妻も、家を守るためと奮起した。要は、自分が子を成せばよいのである。妾に比べれば既にトウが立っていたので、大陸や半島から秘薬という秘薬を取り寄せ、回春に務めた。それが功を奏してか夫の心も動き、やがて正妻にはこの豪族の後を継ぐべき嫡男が生まれた。

 こうなっては因果もめぐる糸車、妾にはそれまでの悪事のツケが一遍に回ってきた。嫡子の母からタダの妾に立場が変わっても、相変わらず昼間から酒を飲み、金を持ち出し、やりたい放題である。むしろ息子のまみちがねのほうが気を遣って、自分は妾の子だからと厩番を買って出た。誰もが嫌がる、きつい汚れ仕事である。

 だが、まみちがねが朝早くから夜遅くまで働いても、母親の態度が改まらないのでは意味がない。正妻の怒りは解けず、とうとう母と子は屋敷を出ることとなった。門を出るとき自ら見送りに出た父親にまみちがねは深々と頭を下げ、恥も外聞もなく喚き散らす母親を宥めながらその場を立ち去ったという。

 実は家を出るとき、父親は母親に聞こえぬよう、まみちがねに屋敷への出入りを許していたのだが、彼は応ずる気などなかった。屋敷に足を踏み入れたところで、肩身の狭い思いをするのは分かりきっていた。それよりは、たいへんな人間ではあっても実の母親と暮らすほうがよほどマシだと考えたのである。

 ただ、心残りだったのは、厩の馬たちである。特に、父親がいつも自慢していた白馬は、彼も気に入っていた。あまり丁寧に手入れするので、いずれお前に譲ると言ってくれたことがある。そんな嬉しい思い出のある、あの白馬から離れるのは辛いものだった。

 さて、金も住む家も失った母子は、やがて山奥に捨てられた古い小屋を見つけてそこに住み着いた。ろくに働いたことのない母親に何を期待することもできはしない。働くのはまみちがねである。自ら山に入って竹を切り、また鍬を振るって畑を開くまみちがねは逞しい若者となり、母親はその心にふさわしく身体も醜く老いさらばえていった。

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