愛の力
「風邪の時は消化に良いものを作った方がいいよね」
そうつぶやき、彼女、八重桜葵はエプロンを身につけ台所に立った。
傍から見れば、風邪の旦那を看病する嫁さんに見えるのもだ。
それほど、彼女のエプロン姿は様になっている。
「純平、今見とれてただろ?」
「は、はぁー?、そんなことねーし 」
「大丈夫だ純平、クラストップの可愛さだ見とれても仕方ねえよ」
「だから、見とれてないって」
俺と勇気の会話の裏で彼女は、鼻歌交じりに料理を作ってくれている。
「ところで純平、彼女とはどこまでいったんだ?」
葵に聞こえないようにボソッと聞いてきた。
「どこまでもくそも、付き合ってないから」
「ほんとか?、二人が付き合ってるってクラスで噂になってるぞ。あと、手を出した純平を消さなければとも」
なんて物騒な、俺は平穏な学生生活をしたいだけなのに、世界がそれを許してくれないのか。
勇気と喋っていると、玄関が開いた音がした。
「ただいまー、お兄ちゃん今帰ったよ。大丈夫?死んでない?」
どうやら、妹が帰ってきたようだ。
「お兄ちゃん、ちゃんと生きてた。よかった。あっ、お友達来てたんだ、いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
なぜ、勇気はそんなにぎこちない挨拶なんだ。
「はっ、桃華ちゃんの声、桃華ちゃんだ。今日も可愛い、ギュッてしていい?」
なぜ葵はこんなに桃華が好きなんだ?
これが俗に言う女同士の友情ってやつか?
「お兄ちゃん羨ましいな、葵さんの手料理食べられて」
「そうだそうだ、羨ましいぞ葵ちゃんの手料理食べられるとか」
勇気、何故お前まで。
「大丈夫だよ、桃華ちゃん。二人分作っておいたから」
「ほんとですか?、やったー葵さんの手料理だ!」
「葵ちゃん、俺の分は?」
「勇気くんは元気だし、また今度ね」
「そんなぁ~(。´ノω・`)。ウウゥゥ」
勇気よ、そんな泣きそうな顔するなよ。
「さて、出来たよ」
料理が出来たようだ。
朝から食欲が無く、食事をほとんどしていなかった俺は、葵の手料理をペロリとたいらげていた。
「ごちそうさま。美味しかったし、だいぶ体調が良くなってきたよ」
「ほんと?、やっぱり愛の力は偉大だね」
「おっ、おう」
頼むから勇気も桃華もそんな目でこってを見るな。結婚以前に、付き合ってすらないから。
「じゃあ、私たちそろそろ帰るね」
そう言われて、時計を見てみると、すでに針は午後8時を指していた。
「えー、もう帰るのかよ、もっとゆっくりしていこうぜ。」
「何言ってるの勇気くん、純平くんは風邪なんだから。それに、明日も学校あるんだよ」
やっぱり気遣いのできる女性は素晴らしいな。その反面、勇気ときたら俺を過労死させる気か?
でも、二人が来てくれて、料理も作ってくれたし、なんだかんだ優しいんだよな。
「まあ、それもそうだな。純平、体調良くなったら早く学校に来いよ」
「ああ、明日は行こうと思う」
「じゃあ、私たち帰るね。純平くんお大事に。桃華ちゃんも遅くまでごめんね」
「いえいえ、私は葵さんの手料理食べられて大満足ですから」
二人を玄関まで見送って、再びリビングに戻った。
桃華が片付けをして、お風呂を沸かしてくれていた。
「お兄ちゃん、お風呂沸いてるよ。しっかりと汗をかいて、早く治してね」
「ありがとう。じゃあ、風呂に入らせてもらおうかな」
今日はものすごく汗をかいてしまったので、正直汗を流したかったところだ。
そして、俺は、すぐにお風呂に入ったことを後悔することと成ってしまった。
「どうして、こんな事になってしまったんだ」
俺が何を嘆いているかと言うと、俺が風呂に入って少ししてから、脱衣場でゴソゴソと誰かが服を脱ぐ音が聞こえてきたのだ。
今、俺の家には妹と、俺の二人しかいないので、誰が服を脱いでいるのかはすぐにわかった。
その時点で、嫌な予感はしていた。そして、嫌な予感は的中してしまうものだ。
音が止んだと思ったら、水着姿の桃華がなんと風呂に突入してきた。
「なぜ、こんな事に」
さっきから、この言葉以外に発していない。
その言葉を気にすることなく、桃華は俺の背中を流してくれている。
「ほら、お兄ちゃん動かないで」
「あぁ、悪い」
お風呂に置いてある鏡越しに桃華の顔を見てみると、彼女の頬が、耳が、顔全体が紅潮している。
そんなに恥ずかしいなら、無理しなくても。
「お兄ちゃん、痛くない?」
「大丈夫だ、問題ない」
「そ、そっか、良かった」
俺の背中を、丁度良い湯加減のお湯が流れる。
どうやら洗い終わったみたいだ。
俺は逃げるように浴槽に入り込んだ。
なぜだ。なぜなんだ桃華。なぜお前も浴槽に入ってくるんだ。
「こうやってお兄ちゃんとお風呂、久しぶりだね」
桃華が浴槽で俺の上に、重なるようにして入ってきている。重なっているということは、男の一番正直な、愚かな部分が桃華の水着越しのお尻に当たっているのである。相手が妹であろうと女性は女性なので、男には無い柔らかい感触に頭がくらくらしてきた。
唯一の救いが、桃華がそれに気がついていないことである。
もうゆっくり風呂に入るどころではない。
気付かれる前にはやく逃げなければ。
「もっ、桃華。お、俺のぼせそうだから先に出るな」
「あっ、お兄ちゃん」
「桃華もゆっくり入って疲れを癒しておけよ」
本当にのぼせたわけでは無いが、早くこの場から逃げなければと、そそくさと浴槽から出て脱衣場に向かった。
出てくる時に桃華の顔を少し見たが、彼女の顔も普段では考えられないほど紅くなっていた。
その後、桃華は一時間ほど風呂から出てこなかったので、寝てるんじゃないかと心配していると、今度は本当にのぼせた様子でフラフラとしながらリビングで、アイスを食べていた。
さすがの桃華も恥ずかしかったのだろう。
つか、モブで妹とお風呂とかありえないよな。
今日も俺を主人公にしようとする世界に、ひときわ大きなため息が出てしまった。
次の日。
あれほど俺を苦しめた風邪が、嘘のように治っていた。
「ほんとに、愛の力なのか?」
この時俺は愛の力なんて、信じてすらいなかった。
モブになりたい俺と主人公にしたい世界 叛逆のまっさん @Konqtan
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