33・ねらいは澄佳なのか?
「役目を終えて、なにしていいかわからなくて、うろついていたのね。ありえないと思っていたけど、イッヤーソンでなくて残念だわ」
「人間の中に入っているのは確かなのか?」
美桜は小馬鹿するようにこっちを見た。
「それ以外に考えようがない。逃げ足が速いとはいえ、一メートル以上もある空飛ぶ昆虫よ。そんな気味悪いものが、うろうろしていたなら、誰かの目につくし、とっくに報告が入っているはず。一般人に紛れた方が、自由がきくから、見つかる心配はない。このあたりをうろついて、なにかたくらんでいるわよ」
「見分ける方法は?」
「ない」と断言する。「イッヤーソンは取り付いた人間の脳みその中の情報を自在に読み取れるもの。本人すら忘れていた記憶まで引き出せるぐらいよ。親しい人と一緒にいたところで、違和感を覚えることはないでしょうね。響歌の中にイッヤーソンが入っても、赤沢先生は気づくことなく、ハグして、キスして、ベッドインしちゃうんじゃない」
「あ、あたしは、気づく自信あるわよ! ハ、ハグとかベッドとか、そんなこと言わないで!」
姉は顔を真っ赤にして叫んだ。
「たとえよ。永遠の愛を誓った恋人でも、気づけないほどだと言ってるの。私だって、澄佳の中にイッヤーソンが入っていたとしても……」
そこで言葉を止めた。
口を開けたまま、澄佳を見ながら、考えている。
「可能性はあるわね」
響歌さんは、美桜がなにを思ったのかわかったようだ。
「うちに、なにか、あるんか?」
正座していた澄佳は首を傾げる。
「なにもないわ。なにも起こさせない」
美桜が澄佳を抱え込もうと手をのばす。
姉がそれに気づいて、澄佳の体を持ち上げ、自分の膝に座らせた。ベルトのように両腕を回し、
「澄佳はやらないわよ」
とジト目を向ける。
「ねらいは澄佳なのか?」
「わからない」かぶりを振った。「でも、可能性は高い。復活の奇跡でよみがえった澄佳を、イッヤーソンが興味を持たないわけないもの。それに、澄佳は赤沢菜穂香の実の妹。十三歳。もう少しで十四歳だったわね」
「まだ三か月あるけどなー」
澄佳の誕生日は十月だ。
「丁度、赤沢先生が魔法少女になって世界を救っていた年よ」
「素質ありよね」と響歌さんは言った。
「もしも、精霊たちが地上界にいて、闇の勢力に支配されている状況であったなら、真っ先に澄佳に魔法少女になってほしいと頼んだでしょうね」
「自分、運動オンチだし、蚊も殺せない女やで。お姉ちゃん、ひびねぇ、のようには無理や」
「澄佳は素質あるわ」と美桜は言った。「あなたの優しさは、正義の源になってくれるはず。フランジェルカに負けない、優秀な魔法少女になれるわ」
「させないわよ」
姉は、澄佳を守るようにギュッと抱きしめる。
「澄佳に、危険な目に合わせない。この事件は、あたしたちが解決する」
「すでに危険な目にあって、しかも死んじまったけどな」
「鏡明」
目線で殺すかのように睨みつける。
「あなたも責任はあるのよ」
「わかっている。責任をもって、澄佳を守り、イッヤーソンを倒してやる」
「あんたもダメ。ここにいなさい」
「いやだね」
きっぱりと断った。
「俺はヤクザだ。いつまでも、姉の背中でピィピィ泣いているガキじゃない」
「鏡明はいつまでも私の弟よ。姉の言うことを聞いてりゃそれでいいの」
「縁を切ったんだろ」
「切りたいわよ。でもね、血は切ろうとしても切れないものなの」
「そうだな。俺の体には、姉貴と同じ血が流れている。世界を救ったあんたと同じものだ」
目と目があった。
「姉貴が俺の立場ならどうしていた? 言うことを聞くような奴じゃないのは、一番よく分かっているだろ?」
「足手まといなのよ」
姉貴は目をそらし、小声で言った。
「かもしれん。俺はただの人間だ。姉貴や響歌さんのように魔法は使えない。あんたたちと比べたら、小さなガキでしかない。それでもな、やらなゃならないことがある。組の仲間が殺されているんだ。仇を取らなきゃならない。それがけじめってものだ」
「なによ、いっちょまえにカッコつけちゃってさ、あー、やだやだ」
姉貴は窓側の物のない空間に来ると、体をくるっと回転させた。
全身を輝いて、衣類が消えていった。
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