16・あばよ。楽しいデートをありがとな
両手に持つ日本刀が、スポンジのように軽くなった。
片手で持つ。
開いた方の手で、美桜を持ち上げた。赤ん坊を担ぐように軽かった。
イッヤーソンがチャージしていた光が停止した。
嵐の前の静けさ。発射する前兆。
突進した。
光のように速い。自分の足が、この速度に追いつけないのではと不安になるぐらいだ。
イッヤーソンが光線を発した時には、俺は奴の下にいた。
ジャンプ。
真上にあるイッヤーソンの顎を目掛けて蹴り上げた。
「ぐあげあがぎゃぁぁぁぁぁぁーーっ!」
光線は、口の中で暴発した。イッヤーソンは言葉にならない絶叫をあげる。
聴覚も三倍になっているようで、鼓膜が破れそうになる。ゾンビでも痛みがあるのか、イッヤーソンは、上体を上げて、自爆した顎を両手で押さえて、悶えている。ボロボロと、腐った肉の塊が泥のように落ちてくる。
俺は、二本の足を斬った。
さすがは三倍の力だ。大木のような足が、スパっと切れた。
支えを失った巨大な体が、ゆっくりと横に倒れていく。六車線の大通りを渡った先にあるビルが、イッヤーソンの体に押しつぶされていった。
「ここで待ってろ」
大通りに来ると、かついでいた美桜を下ろした。
「なにをする気?」
「粗大ゴミを焼却しにいくのさ」
斜め向かいの交差点前のガソリンスタンドに、タンクローリーが止まってあった。運転席のドアは開かれたままだ。
運転席に乗り込む。
虎柄の毛皮で覆われた派手なシートだ。座りにくかった。ダッシュボードの上は、 銀色をしたドクロやエイリアンの置物が飾ってある。ホラー系が好きな運転手のようだ。
キーはかかっていた。持ち主はゾンビを見て、慌てめいて逃げ出し、ゾンビの仲間入りか、イッヤーソンに食われたりかしたのだろう。
キーを回し、エンジンをかける。
エンジンがうなりをあげるが、吠えてはくれない。焦る気持ちを押さえながら、俺は何度もキーを回し続ける。
大通りの中心で転倒しているイッヤーソンの顔があがった。顔の下半分が欠けている。土色をした肉塊から、喉の骨が見え、排気ガスのような息を「シューッ」と吐き出していた。あの息を吸ったなら肺が黒くなりそうだ。
両足は回復しているようだが、立ちあがれるまでに至っていなかった。ずるずると匍匐しながら、こちらへと近づいてくる。
エンジンがかかった。タンクローリーはうなりをあげる。それと同時に、ロックミュージックが大音量で鳴った。ギンギンと頭を響かせ、気が狂いそうになってくる。俺は音量を下げた。テンションをあげるのに良さそうだったので、音楽はかかったままにする。
ギアを入れ、アクセルを踏む。タンクローリーはゆっくりと動いていった。踏む力を強め、速度が上がっていくのを確認してから、俺は限界まで踏んづける。
フルスピード。
上下にガタガタと揺れていく。車内にある飾り物は、パーティーの始まりを歓迎するように、あっちこっちに飛び跳ねていく。
イッヤーソンとの距離が百メートルほどに迫ったところで、俺はタンクローリーから飛び降りた。肩で受け身を取り、亀裂だらけのアスファルトを転がっていった。
ズボンに差し込んだニューナンブM60を取り出した。
おやっさんの形見だ。
「あばよ。楽しいデートをありがとな」
銃を撃った。
一発。タンクに穴を開け、ガソリンが漏れた。さらに一発。ガソリンの導火線を狙ったが外れた。もう一発。当たった。
さらに一発。
爆発した。
爆風に、俺は吹き飛ばされた。
炎は、ビルのてっぺんまであがっていった。タンクローリーのキャブが飛んできて、俺が倒れている場所のスレスレに落ちて来る。後ろへ何バウンドかすると、電柱にぶつかって、止まった。真っ黒に焦げる中から、ロックミュージックが聞こえてくるが、暫くするとそれも消えた。
燃え上がる炎のメラメラとした音。
猛煙が黒々とあがっていた。
イッヤーソンがどうなったか確認できないが、あれだけの大爆発を食らったんだ。
生きてはいないだろう。
さてと、美桜はどこにいる? 安全な場所に避難していて、爆発に巻き込まれてはいないといいが。
刹那。
ズン!と体が重くなった。
何百キロもの重みに押しつぶされたかのようだ。
目を開いているのに、電球のない夜更けのように、辺りが見えなくなった。全身に激しい痛みが襲い、顔を少し動かすだけでも苦痛だった。
三分切れだ。
ズシン! ズシン!
地響きがした。
アスファルトが生き物のように動いている。
これはまさか……。
悪化した視力で目を凝らす。
炎上のカーテンから、人型の巨大なシルエットが浮かんだ。
上空の煙が薄れていき、イッヤーソンの顔が覗いた。
俺のことを見ていた。
顔半分は潰れたままだったが、ニタニタとした笑いを感じ取れた。
「くそっ、せっかくの決めぜりふが台無しじゃないか」
最悪な状況だ。
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