15・澄佳の友達。守るには十分な理由だ
音を立てぬよう気をつけながら、障害物となっているゾンビを斬った。
一人、二人、三人。
いや、「人」ではなく「体」か「個」と数えたくなる。かつては人だろうと、ゾンビを人として見たくはない。生き物ではない。脳みそを求めて徘徊する物体だ。
そう自分に言い聞かせるが、元は人間である事実は変わりない。ゾンビを斬る感触は慣れそうにないし、慣れたくもなかった。
これが快感になったら、俺は辻斬りを趣味にする浪人のようなもので、人殺しの素質を持っているということだ。
細い路地を曲がった。
ポリバケツを蹴飛ばし、中身のゴミを散らかした。破れたビニールから出てきたリンゴの芯を踏みつぶす。
「あら残念。転ばなかったわ」
「コントじゃねぇよ」
「きゃっ」
美桜は、生ゴミの入ったビニール袋で足を滑らしていた。転びはしなかったが、俺が振り向いているのに気付くと、両足を真っ直ぐにする。
「冗談よ」
うそつけ。
ガラスが割れる音がした。ビルの上からゾンビが飛び下り、頭から落ちてきた。生身の人間のにおいに誘惑されての自殺か。俺たちが足を止めてなければ、下敷きになるところだった。
俺の足首を掴むべく、手が伸びてきたので、割れた頭を日本刀で突き刺した。抜くと動かなくなった。
自動車の物陰で、犬の死体を貪るゾンビがいた。そいつも、においをかぎつけたのだろう。のろりと立ち上がった。
「のうみぞだぁぁぁ!」
「静かにしろ」
イッヤーソンに聞かれるだろうが。
全力疾走し、奴の大好物である脳みそを破壊する。ビルとビルの間の、小さな隙間から、ゾンビが顔を出した。
銃で撃った。
ガクンと頭が落ちて、動かなくなった。
「びっくりして、使っちまったじゃないか」
銃声を聞き取ったようだ。
通路を渡った先にある大通りから、ゾンビが数人、こちらへ近付いてくる。
「ちっ、次から次へと」
銃を放つが、三人倒した所で、弾切れとなった。
「二人残ってる」
「分かってる!」
銃を投げた。
ストライク。ゾンビの頭を直撃した。顔が上向き、後ろへと倒れようとする瞬間に首を斬り、勢いのまま残ったゾンビも斬った。
ビルの壁に寄りかかって、口で息をした。
呼吸が苦しかった。
体が重く、眩暈がする。スタミナが切れてしまい、立つのもやっとの状態になっていた。
ここまで体が持ってくれたのを褒めたいぐらいだが、ここで倒れちゃ俺も美桜も死ぬ。限界を超えようとも、まだ動かなくてはいけない。
「無事か?」
「あなたよりは」
ちゃんと付いてきていた。
美桜は、なにを考えているのか分からないほど、表情の変化はない。そもそもこいつは何者だ。胸のふくらみは貧相だが、美少女として何一つ欠点のないパーフェクトな顔立ちをしていて、それに相応しいように謎だらけだった。
「代わってくれ」
「私、お箸より重いもの持てないの」
「魔法を使えるんだろ?」
「残念ながら、私は闇の力を失っているわ。無力な存在よ」
「じゃあ、篠崎の屋敷でのあれはなんだ?」
「誰にでもできることよ」
「俺にもか?」
「方法さえ知っていれば」
「なにか教えてくれ」
「修行が必要よ」
「五秒で修行する」
「無茶いわないで。毎日十二時間以上修行しても、最低三年はかかるわ。それでも、お尻から火を出す程度のものにしかならないでしょうね」
「最高だ。姫さん、ぜひ見せてくれ」
「それよりも、身体能力を三倍にする術のほうがいいんじゃない?」
「できるのか?」
「可能よ」
「やってくれ」
「ただし、三分も持たない」
「構わん。すぐに頼む」
その前に、イッヤーソンを倒せばいいだけだ。
「後で怒られそうだから、前もって言っておくけど、身体能力が三倍になるということは、効果が切れたときの負担は三倍来るということでもあるわ。いまのあなたが耐えられるものじゃない」
周囲が光った。
大通りを、黒い光が走った。一瞬だけ時間が止まり、その後に爆発音。
「ひめさまはどごですかぁぁぁーーーっ! あかさわくぅぅぅぅーーんの、のぉぉぉみそがくいたぃぃぃぃぃーーーっ!」
イッヤーソンの声だ。ドシン!ドシン!とのっしりとした巨大な足音も聞こえてくる。その音が段々と大きくなっていた。
「ゾンビ使いがゾンビに食われたってところね」
俺が現れない限り、町を荒らし続けることだろう。このまま逃げ続けているわけにはいかない。
なんとかしなければ……。
「早く頼む」
「本当にいいの?」
「やってくれ。そうしなければ、俺は姫さんを守ることができない」
「そこまでする理由が、あなたにはあるわけ? 私のことはほっといて、逃げていいのよ」
美桜を見る。美桜も俺のことを見る。瞬きせずにじっと。
「小麦美桜。あんたのことは、妹からよく聞いている」
「あなたの手紙を、読んだことがあるわ」
やはりそうだ。
澄佳と一緒に行方不明になっている少女。
「澄佳の友達だろ?」
なにも言わない。
「違うのか?」
「友達だった。最高の、大切な友達だった。でも私は……」
俯いて、憂い顔を見せる。彼女が表情を出したのはこれが初めてだ。
「澄佳を裏切ってしまった。私たちは、出会ってはいけなかった」
「姫さんがなにをしたのか知らないが、澄佳は許すだろう」
兄だからこそ分かる。
澄佳は、人を恨むことを知らない。
「あの子は優しすぎるのよ」
「そうだな」
ヤクザになった兄を、あっさりと許したぐらいだ。
「澄佳の友達。守るには十分な理由だ」
イッヤーソンの足音が止まった。自分が蟻になって人間を眺めるような、巨大な足があった。
奴の顔がこっちを向いた。
俺たちがいる路地の幅の倍以上もある、ばかでかい頭だった。両側のビルを邪魔そうにしながら、片方の目をのぞき込んで、真っ白な瞳孔を拡げた。
「みぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
生温かい息が顔にかかる。即座にゾンビになりそうな激臭だった。イッヤーソンは、嬉々として、最大限まで開いた口の奥に、黒々とした光を吸収していく。
まずい。
ここで光線をだされたらひとたまりもない。
「術をかけろ! 今すぐ!」
「後悔しないわね?」
「死んだら後悔できないだろ」
「ならば、生きて後悔させてあげるわ」
細かな文字が書かれた縦長の札を俺の背中に貼った。そこを中心にして、模様のついた光の円が浮かび上がっていく。
「アレス、ダーレット、レーシュ……」
俺の背中にある魔法円に向けて、指を素早く動かし、何かを描きながら、まじないを唱えていく。人間の言語ではないのか、所々の発音が聞き取れなかった。
ふぅと、ろうそくの火を消すように、美桜は息を吐いた。
「ヤクザ」
「それは俺のことか?」
「初恋の女の名前を叫びなさい」
迷いもなく、一人の女が浮かんだ。
失恋の傷。酸っぱい感情が湧いた。
「あおいひびかぁぁぁぁぁぁぁーーっ!」
発した途端、全身から青白いオーラが出てきて、宙に浮きそうなほどに体が軽くなった。
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