14・ゾンビアトラクションデートも乙なものよ
背中に大きな衝撃がきた。
「生きてるか?」
「あんたの体、臭いわ」
「惚れたら良いにおいになるぜ」
「絶対にならない自信あるわ。なんであんたとベッドで抱き合っているのよ」
「映画でいうベットシーンだな」
「ロマンもなんもないけどね」
運の良いことに、俺が落ちた先はエステのマッサージ用ベッドの上だった。クッション部がダメージを和らげてくれた。人間二人が落ちた衝撃で、ベッドの中央部が割れてしまい、使い物にならなくなっていた。
「姫さんよりも、命を捨てて俺を救ってくれたマッサージベッドちゃんに恋をしそうだ」
「んな高さから落ちたところで、死にやしないわよ」
美桜はベッドから起き上がる。
「立てる?」
「立とうとしてるんだが」
起き上がれなかった。
美桜は、俺の手を両手で引っ張ってくれる。それから、床に落ちていた日本刀を渡す。
口は悪いが、頼りにしてくれているようだ。
直立するが、真っ直ぐにならない。自分の体かと思ったが、そうではなかった。揺れているのはホテルだった。ミシミシとした亀裂の入る嫌な音も聞こえてくる。
「もうすぐ倒壊するわ」
「今までしなかったのが奇跡なぐらいだ」
あれだけの攻撃を食らってよく耐えたものだ。建築三十年以上ありそうな古びたホテルだが、基礎がしっかりしているようで、頑丈にできている。
「入り口はふさがれてるな」
エステのドアは、のしかかってきたコンクリートの重みで、ぺしゃんこに潰されていた。
「また、飛び降りるしかなさそうね」
「お姫様だっこしてやろうか?」
「そんな時間も……」
イッヤーソンの片目が見えた。
さきほどのビームで出来上がった穴から、ミニチュアをのぞき込むように、俺たちのこと眺めていた。奴の顔が動いた。口が見えた。
大きな口だった。
その奥からどす黒い光が漏れる。
「……なさそうだな」
行動は、美桜の方が速かった。
俺の手を取った。
足を動かそうとすると、痛みで全身が悲鳴をあげた。立ち止まる暇はない。美桜は、エステの店の名前が逆向きに書かれてある横並びになった窓から、外の通りを素早く見まわす。
「こっちよ」
鍵をあけ、窓を全開にする。その下にはネコさんマークの宅急便のトラックがあった。キャブがホテルに突っ込んでいる。ゾンビの怪物の登場にパニックとなり、事故を起こしたのだろう。
美桜に引っ張られて、ドライバンの上に飛び下りる。髪の毛スレスレに、イッヤーソンが発したビームがかすった。手前にある駅の線路を破壊し、その先にある西口のビル群をも巻き込んでいく。もう少し遅ければ、脳みそを失うところだった。
転ぶように荷台から降りる。手前にエンジンがかかったピンクの乗用車があった。運転席のドアを開ける。
「のうみそぉぉぉぉぉ!」
発砲した。女の頭がハンドルにぶつかり、クラクションが盛大に鳴った。
「ちっ、弾の無駄遣いをしてしまった」
「なにやってるのよ」
「車で逃げようとしたんだ」
「この道でどうやって? 追いつかれる未来しか見えないわ」
駅前の二車線の狭い通路は、無数の亀裂が出来ていた。下水管が破裂し、水が吹き出ている。通りにある自動車は、事故に遭ったり、炎上したり、ひっくり返ったりして、通行の邪魔をしている。
運転者たちはといえば、
「ノーミソだぁ」「ノーミソくわせろぉぉぉ」
と元気よくウォーキング中だ。
「ドライブデートは中止か」
「ゾンビアトラクションデートも乙なものよ」
日本刀を両手で握り、こちらにやってくるゾンビたちを斬った。
「いつになったら地獄のデートは終わるんだ?」
ロケットが発射したかのような爆発音。
ホテルアプロディーテが一瞬で崩れ落ちた。灰色の煙が立ちのぼるなか、イッヤーソンが巨大怪獣のようにのっそりと姿を現した。
全長20メートルといったところだろうか。干涸らびた巨大な手を地面に付ける。指が六本あり、爪はなく、どれも人差し指のように同じ長さをしていた。首を伸ばし、両手をぎょろりと開けて、辺りを見回す。
降りしきる灰によって、俺たちの姿は隠されていた。視力が悪いのだろう。近くにいるというのに、俺たちのことが分からないでいた。
「死ぬか、生き残るか、どっちかね」
美桜は、囁くようにして言った。普通に声を発した所で、アラーム音でかき消えただろう。
「生き残ってやるさ。美桜、俺に付いてこい」
俺も声を落として言った。
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