10・脳みそだ。食っていいぞ


「ひっひっひ、闇の力を発動することで、物体を、コテンパーンという怪物に変貌させることができるのです。我々闇の世界の魔物にとって、光の戦士と戦わす兵士を作る手頃な方法なのです」

「見かけと違って、ダサいネーミングだな。ゾンビガゴンにでもしておけよ」

「そちらの方がダサいと思いますよ」


 弾切れになるまで銃を撃つ。

 コテンパーンという巨大ゾンビに小さな穴がいくつか開いた。それだけだ。粘土に穴が開いたようなもので、ダメージを食らった様子はないし、直ぐに修復された。


「コテンパーンは、闇の力で創り上げた、一時的な戦闘用怪物ですので、ペットというわけではありません。これという名前は無かったのですけど、こいつらと戦っていた光の戦士が『コテンパンにやっつけてやるから、コテンパーンよ!』とネーミングを付けてしまい、それが我々にも定着してしまったのですよ」

「そいつに、ネーミングセンスゼロだと伝えてくれ」

「それは、あなたさまがするべきでしょう」

「なんだと?」

「ほんと、なにも知らないのですねぇ」


 コテンパーンは這いずりながら、こちらへと向かってくる。後ろに下がりながら、銃弾を込めた銃を発射させる。

 脳みそ、目玉、心臓、どこを撃っても、効いた様子はなかった。

 弱点はどこだ?

 どうすれば倒せるんだ?

 そうこうする内に弾切れとなった。

 背中には壁。下がれなくなった。

 俺は追い詰められている。


「ついに赤沢くんの最後の時がやってきましたね。実におしいことであります。コテンパーンよ、遠慮なく食べてしまいなさい」


 口の奥から光が溜まっていき、それが大きくなると、真っ黒い光線を発射した。


「くっ!」


 横に避けた。

 巨大な爆発音がした。爆風で体が吹っ飛び、壁にぶつかった。


「うわあああああっ!」


 悲鳴が聞こえた。生身の人間の絶叫だ。

 ホテルの壁に穴が開いている。

 その奥から黒々とした煙が立ち上っていた。

 さらなる爆発音。

 さきほどよりも大きな悲鳴が上がり、それは尽きることはなかった。


「車が爆発した!」

「駅が滅茶苦茶になってる!」

「救急車を呼べ!」

「大丈夫か、しっかりしろ!」

「あそこに何があるんだ!」


 コテンパーンの攻撃は、外界にいる人間を巻き込んでいた。

 このときになって、ホテルの外では、平和をエンジョイする人々が生活しているという、当たり前のことを思い出す。


「おやおや、ビームが結界の外に出てしまったようですね」


 コテンパーンは壁の穴から、パニック状態となった外の様子を眺めている。


「のぅみぞだぁぁぁぁぁぁっ!」


 ホテルの壁を体当たりで破壊して、奴にしてはすばやい動きで、生きた脳みそを求めて外に出てしまった。


「化け物だぁぁぁーーっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「なんだこれは!」

「気持ち悪い!」


 突如現れた怪物に、人々は阿鼻叫喚に逃げまどう。

 恐怖のあまり腰が抜けている女を、コテンパーンは食った。

 女の顔がちぎれて、首から血が噴出した。美味そうにごくりと飲み込んで、残りの胴体も口の中に入れた。

 食べ終えると、体がさらに大きくなった。


「のうみぞだぁ、のうみぞがいっばいだぁっ!」


 携帯で撮影する男を食い、拳銃を発砲する警官を食い、車の中に隠れていたカップルを食い、駅に逃げようとする男を食っていった。

 駅前の道路が、人間の血で赤く染まってく。


「こら、コテンパーン。食事は後にしなさい。今は赤沢くんと戦う時間ですよ」


 コテンパーンの理性を失った行動は、イッヤーソンにとって予想外だったようだ。


「たりない、のぉみぞたりなぁい! のうみぞがくいたいようぅぅぅぅぅぅっ!」


 命令を聞かず、脳を求めて人間たちを追いかけている。


「戻りなさい。戻らなくてはあの女が来るではないですか。今は、戦うときじゃないです。死にたいのですか」

「死ぬのはおまえだ!」


 その隙に、イッヤーソンの首をはねた。


「くっ、不覚……」

「脳みそだ。食っていいぞ」


 転がった頭を蹴った。

 宙高く飛んで、コテンパーンの口の中に入れた。


「安心しろ。コテンパーンは俺がコテンパンにしてやる」


 ダッシュした。

 コテンパーンの丸太のように太い腕を日本刀で切った。右足を失ったコテンパーンは、肩から倒れていった。

 次は首を狙おうとするが、斬る途中で、コテンパーンの口の中が光っているのが見えた。

 どす黒い光線だ。

 俺は、後ろに回って全力疾走した。

 発射した。光線は音もなく、真上に放たれた。電信柱を砕き、カラスを灰にし、ビルを貫通した。

 煙がもくもくと上がっていく。

 プツンと、周りが暗くなった。

 街灯や、建物の電気が切れた。今の攻撃によって停電になったようだ。

 逃げまどう人々の悲鳴がさらに大きくなった。まるで怪獣映画の1シーンに入り込んだかのようだ。


「攻撃すればするほど、被害が大きくなっちまうな。なにもしないほうがいいんじゃねぇか?」


 横向きに倒れていたコテンパーンは、胴体を起き上がらせる。両手を地面に付け、顔を持ち上げた。俺が切ったはずの腕は、いつの間にか再生されていた。

 両目がこちらを向く。瞳孔のない、真っ白でひび割れた、カサカサに乾燥された目であるけど、物を見る機能はなんとか果たせているようだ。


「赤沢くん。最悪で最高の体をありがとうございます」

「オーマイガー」

「私の能力を忘れましたか?」

「おいおい、敵に塩を送っちまったか」


 食われたことで、コテンパーンに取り憑いてしまった。


「さすがはゾンビの集合体で出来上がった肉体だけあり、脳みそが欲しくて、欲しくて、たまらなくなりますな。特に赤沢くんの脳みそは、最高に美味そうですよ。私の身体の一部となれば、あの女を倒せるほどの力が生まれそうでワクワクしてしまいます。どうです、一度食われてみませんか?」

「一度食われたら、二度はないじゃないか。百度あろうとも、俺は自分の体が大好きでね、遠慮するわ」

「そうですか、それは残念です。力づくでいただくしかないでしょうね」

「治った腕の調子はどうだい?」

「最高ですよ。お見せしてさしあげましょう」


 手を振り上げると、グーを作った。

 それを俺の下にぶつけた。血で汚れたアスファルトの地面が潰された。

 俺は生きている。運の良いことに、潰されなかった。

 コテンパーンとなったイッヤーソンの手が上がった。パラパラと石や土が落ちていく。地面は隕石が落ちてきたように、大きな穴が出来ていた。


「粘土のように、切っても切ってもくっつくんだな。その回復ぶりに、ヘドがでるほど嬉しいぜ」

「おや、お逃げになったのですか。赤沢くんのすばしっこさは、金メダルものですな」

「すげぇだろ。もっと逃げてやるぜ」

「いつまで逃げられるか楽しみです」


 グーパンチが来た。高速道を走行するダンプカーのような巨体とスピードだ。横にジャンプして、体を回転させながら避けると、もう片方の握り拳が俺の真上にあった。そのまま下に落ちた。

 避ける。

 間一髪、スレスレだ。

 身体を転がしながら刀を振り回し、イッヤーソンの手を僅かに切った。

 三発目が来るまえに、ホテルアプロディーテの中に戻った。


「隠れても無駄ですよ」


 ロビー内を、イッヤーソンの拳が襲った。何発も拳が入っていき、建物を破壊していく。

 俺はすでに、イッヤーソンの手に届かない場所に来ていた。安全ではない。ホテルの方が崩壊する恐れがある。

 急がなければ。

 エレベーターが並んだ廊下に進む。停電なので、機能していなかった。螺旋状になった非常階段を駈けていく。


「どこですか? 赤沢くんはどこですか?」


 ミサイルが次々と打ち込まれているような破壊音。グーパンチで、ホテルの壁を破壊しながら、俺のことを探していた。

 人を食い、ゾンビを吸収した影響で、コテンパーンの体は、三階の高さまで膨れあがっている。両手両足を万歳と伸ばせば、六階まで届きそうだ。

 四階を駈けている途中、イッヤーソンの手が突如、俺の前に現れた。登っていた階段が破壊される。三秒早ければ、潰されるところだった。


「赤沢くん、みーつけた」


 出来上がった横穴から、イッヤーソンの目が覗いた。


「どこにいく所だったのでしょうか? 見付けたからには、私がおいしくいただくとしましょう」

「ざけんな!」


 日本刀を振り、指を切った。イッヤーソンの大きな手に乗った。握り潰そうとするが、指を失っている。俺は腕に乗って、五階に続く階段に向けてジャンプした。

 七階を目指して駈け足で登っていく。疲れたからと休んだら死ぬ。

 生きるために走り続けるしかない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る