7・ああ、あなた弟なのね
「誰だ?」
「斬りなさい」
黒セーラー服の少女はそれしか言わない。目線は、篠崎の方を向けたままだ。
「これはこれは、お姫様じゃありませんか。どうやって捕らわれの城から抜け出したのですかな?」
「闇の世界の小物界の大物イッヤーソン。あなたのクソ最悪なワル知恵に、ちょっとは惚れそうになったわ」
「お美しき姫様が私ごときの小物に惚れるだなんて、大変恐縮であります」
「惚れたのは0・001%ほど。その残りは、殺したい感情でウズウズしているわ。そこの男。イッヤーソンの動きは封じている。その刀で、さっさと首を切りなさい」
言われたとおりにした。
篠崎の首が飛んでいった。首から血が噴き出し、胴体は後ろに倒れていく。顔がコロコロと転がっていき、暫くして停止した。
その目はこちらを向いている。
「赤沢くん、この娘があなたの妹の居場所を知っていますよ、なぜなら……」
口を動かさず、声が出ていた。
「撃ちなさい。早く」
奴の言葉を遮って命じた。
「弾切れだ」
「代わりがあるじゃない、ほら」
篠崎に姫様と呼ばれた少女は、床に落ちている拳銃を足でコツコツと叩く。ゾンビとなったヤクザのコートから落ちたものだろう。
「渡してくれ」
「重いのは持てないの」
「あんたは箸も持てないお姫様なのかい?」
「ええ、今の私には箸だって、鉄球のような重さよ」
「服を着るのも重いだろ。素っ裸になったらどうだい?」
「できればそうしたいけど、男の人の前で裸になってはいけないという知識ぐらいは、私にも持ってるわ」
「誰でも持ってるだろ。最近の若い女は、そうでもないのかねぇ」
銃を拾った。M1911だった。どっから手に入れたブツなのやら。
「あんたが撃つかい?」
「だから重いのは持てないの。気味悪いから早く殺して」
「お姫様の頼みだ。了解した」
スライドを後ろに引いて弾を発射させる。
パン! パン! パン! カチ、カチ……。
残念。四発目は無かった。
顔に銃弾の跡ができたが、血は流れていない。足でつついてみる。無反応だ。
「殺したか?」
「中身の人間はね」
彼女は篠崎の胴体を、首をかしげながら眺めている。
「中身?」
「分からなかった? こいつは肉体を操っていただけ。イッヤーソンが持つ能力よ。本体は、私たちが漫才している間に、さっさと逃げちゃったわ」
「つまりは、篠崎もゾンビだったというわけか。まともに動いていたし、70%とかかね?」
「ゾンビ?」
「こいつらのことだ。それとも別の呼び名があるのか?」
俺は、銃を携帯しているヤクザのコートをまさぐる。弾を見付けると、空になった弾倉に詰めていく。
「本来は死者を生き返らせる術なの。名称はあるにはあるけど、人間には発せられない言葉よ」
「翻訳すれば?」
「蘇りの奇跡といったところね」
「蘇りったって、ゾンビだろ。嬉しくもねぇな」
「こいつらは失敗作。わざとそうして、人類を滅ぼす兵器として使おうとしているの。一応は主人の言うことを聞いてくれるし、脳みそしか欲しがらないから、人望のないイッヤーソンが、子分を大量生産するのに手っ取り早い方法ね」
「成功したらどうなるんだ?」
「魂が入るわ。体のメンテナンスが必要となるけど、生きている頃と殆ど変わりがなくなる。もちろん、自分の意思を持つし、知能も生前と同じだから、イッヤーソンの命令を聞くこともない。イッヤーソンの目的は兵士の増産。人を生き返らせることじゃないわ」
「そんなの、なんの奴に立つんだ?」
「ゾンビの力がどれだけ強いか、あなたは身をもって経験したんじゃない?」
「馬鹿だし、動きは鈍かったぜ」
「感染し、増殖が可能よ。百や、千もの大軍が襲いかかってきたら、ゾンビとチャンバラしていたあなただって、ひとたまりもないでしょ」
「たしかに、それはやっかいだな」
「質が低ければ低いほど、増殖は簡単にできる。特別なことは必要とせず、人間の体内にゾンビの細菌を入れればいいだけだもの。しかもゾンビは脳みそを求めるから、命令しなくても勝手に襲ってくれる」
「下手すると世界中がゾンビだらけになっちまうな」
「そんなのばっかになったら、イッヤーソンですらコントロールできないでしょうね」
「奴の狙いはなんだ?」
「世界征服なんじゃない?」
「どうなったら世界征服といえるんだ?」
「世界征服って言葉の響きが素敵よね」
「そんな理由か? イッヤーソンの頭の中も、ゾンビ並っぽいな」
「そりゃ、闇の世界では下っ端扱いされていた奴だもの。出世できないのが嫌になり、地上界に逃げてきたのが、優秀のはずがないじゃない」
「んなバケモノの入国を、政府は許可したのか?」
「当然、不法よ」
「姫さん、あんたは?」
「ちゃんと闇世界管理組織の許可を貰っているわ」
「つまり、そういう組織があるんだな」
「ええ、数年前までは厳しく取り締まっていたのだけど、最近はザルね。入り放題よ」
「それでご覧の有様ってわけか」
「予算がなくなってどうしようもなくなったって、ボヤいていたわ」
「んで、その闇の管理組織は、この事態をどうしようというんだ?」
「さあね、会ってないから分からないわ」
「それで」
俺は弾倉を銃に挿入し、スライドを引いた。
「おまえはだれだ?」
少女に拳銃を向ける。
「ごく普通の中学生」
「ゾンビの死体を見ても、銃を向けられても、一切動じない中学生のどこがごく普通だ?」
「ごく普通でない中学生」
「なにものなのか聞いているんだ。イッヤーソンってバケモノの仲間か?」
「同じ世界の住民ってだけよ。さっきも言ったけど、私は許可を貰って地上界にいるわ。あんなやつと一緒にしないで」
「篠崎だった奴が死ぬ前に、おまえが妹の居場所を知っていると言っていた。それは本当か?」
「あなたの妹?」
「赤沢澄佳」
少女の首が傾いた。
「ああ、あなた弟なのね」
首を戻してから言った。
「俺は兄だ」
「弟よ。まさかそっちが先に舞台に上がってくるとわね、予想外だったわ」
「俺に分かるように説明してくれ。人をゾンビにする能力を持つ化け物イッヤーソンは、妹を探している。妹の居場所は、おまえが知っている。それでいいか?」
「間違いがあるわね。イッヤーソンは、人をゾンビする能力を持ってない」
「じゃあ、なんだ?」
「その方法を知ったのよ。蘇りの奇跡は、素材さえ集めたら、魔法力のない人間だってできることなの」
「どうやる?」
「説明すると長くなるわよ」
「つまり、おまえはその方法を知っているってわけだ」
少女は何もいわない。俺は引き金に手を付けた。
「イッヤーソンにゾンビを作る方法を教えたのは、あんただな?」
撃つ仕草。少女は動じない。俺の目を見続けていた。
「……不本意ながら」
暫くして答えた。
ビンゴというわけか。
元凶はこの少女だ。
「澄佳はどこだ? 安全な場所にいるのか? そもそもおまえは何者で、なんの目的があってここに来た? ゾンビが出てきたり、銃が効かない化け物がいたり、現実では考えられないことばかりだ。一体、なにが起こっている?」
「なにも知らないのね。混乱するのも無理はないわ。知りたい? 全てを? いえ、あなたはもう、選択の余地はない。嫌でも知ることとなるでしょうね……」
少女は数歩あるいて、銃口に自分のあたまを付けた。
「引きなさい」
「なにを言っている?」
「撃ちなさい」
「俺の哲学は、女を傷つけないことだ」
「じゃあ、なぜ銃を向けているの?」
「ただの脅しだ」
「撃っていいの。いいえ、撃ちなさい。それがあなたにとっての、真実の扉を開く鍵だわ。答えを知りたいのなら……」
少女の両手が、俺の手に触れた。感触がなかった。とても軽い。
「撃ちなさい」
銃が火を放った。
少女の姿はなかった。
その代わりに、ヒラヒラと何かが落ちていった。人の形に切られた白い紙。頭の所には穴が開いていた。
それを拾った。
油性マジックのインクのにおいがした。
『神ノ山駅前ホテルアプロディーテ705号室』
紙にはそう書かれてあった。
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