8・不器用な俺だ


 腹が減っては戦にならぬ

 ……という訳ではないが、胃袋が空腹だと駄々をこねていた。

 コンビニに入った。無糖のコーヒー缶と、おむすびを並んである順に三つ取った。

 梅、明太子、鮭とシンプルな組み合わせになった。


「釣りはいらんぜ」


 千円札をレジに置いて素通りする。

 店のドアを開けて、閉まろうとする際、


「ちょっと!」


 背中から引き留めようとする店員の声が聞こえてきた。

 追いかけてはこなかった。

 歩きながら、おむすびを開封する。相変わらず上手くいかない。ノリがちぎれてしまった。コンビニのおむすびを食べるときは、いつも誰かにビニールを開けさせていたものだ。

 姉貴によく、


「なんでこんなのできないのよ」


 と馬鹿にされていたものだが、あれから十年経っても、おまえの弟はこんなのもできないままだ。

 不器用な俺だ。

 だからヤクザにしかなれなかった。

 これが最後の食事になるかもしれない。

 そう思いながら、大口を開けてむしゃむしゃと頬張っていく。

 仲間を殺され、仕返しに行けばゾンビの大群を退治をすることとなり、その後は姫様と言われていた怪しい女の使い走りだ。

 最悪すぎて、食欲は旺盛だ。

 ゾンビという非現実な存在を目の当たりにしたにもかかわらず、不思議なことに、これが初めてではなく、十年前に似たようなことがあった気がしている。


『記憶が封じられて、かわいそうなことです』

『それがあなたにとっての、真実の扉を開く鍵だわ』


 あの二人が言っていたことは、嘘では無いのかもしれない。


――鏡明はあたしが守る!


 記憶上では存在しない姉貴の姿。

 毎日同じ夢を見るかのように、あの光景が浮かんできてしまう。

 謎だった。

 だがその姉の姿こそが、俺を突き動かす原動力になっていた。

 記憶はなかろうとも、そのときの感情は残っている。それが俺を大きく支配する。

 だからこそ知りたい。

 封印された記憶があるのなら、俺はその扉を開きたい。

 ぺろりと食事は終わった。

 手に付いたご飯粒を舌で取る。感じた塩分は、ご飯ではなく、俺の汗だろう。さすがに三つじゃ物足りない。唐揚げでも買っておけばよかった。

 神ノ山駅へと続くメインストリートを真っ直ぐに歩いていく。歩行者の方が幅のある、赤レンガで舗装された通路は、目的地を案内しているかのようだ。

 往来はかなりのものだ。

 夕暮れに近いのもあり、学校からの帰りの学生や、ママチャリに乗る主婦が多く見かけられる。

 背中に日本刀を携帯する俺に、不思議そうに一瞥こそすれ、警戒する人はいない。警官が歩いてきたときは、軽く動揺したけど、無関心に通り過ぎていった。

 平和なはずの日本だ。

 ヤクザがひとり、武器を持って歩いたところで、おもちゃかなんかとしか思わない。

 電気屋の前で足を止めた。

 店頭の設置されたテレビは、「暴力団事務所連続襲撃事件」を流していた。

 臨時ニュースになっていて、どの局もそれ一色だ。暴力団事務所が相次いで襲撃され、死傷者100人を超える大事件となっていた。犯人は逃走中。複数の犯行として調査をしているとのことだ。

 ありがたいことに、指名手配犯として俺の無愛想な顔写真が流されてはいなかった。

 さすがに死体の有様や、ゾンビのことは語られていない。爆弾やマシンガンで襲撃されたかのような報道だ。

 ヤクザが皆殺しにされた以外は、殆どが憶測。役に立つ情報はなかった。俺たちの組は全滅したが、他の組はどうなっているのかは、テレビのニュースでは分からない。

 マスコミ、警察、政府は、どこまでこの事件を把握しているのだろうか。

 姫さんが言っていた、闇世界管理組織が調査をしているのか。

 たとえそうであっても、俺以上に何も知らないのか、それとも真実を知っていて隠蔽しようとしているのか。

 ニュースの裏で、どんな動きがあるのかさっぱりだ。

 このような大騒ぎとなっているんだ。姉貴にバレているのは確実だ。まさか、俺が犯人だと思っちゃいないだろうが、行方不明となった弟と妹を捜すべく奮闘していることは間違いない。

 だからと、姉に連絡をするつもりはなかった。

 それをするのは澄佳を助け出した時だ。

 首の後ろにある柄を持つ。

 日本刀を抜き取った。構え。息を長く吐き、心を統一させる。空になった缶コーヒーを上に投げた。落ちる寸前にさっと斬る。

 真っ二つにはならなかった。

 刀身ではなく鐔にぶつかり、横に転がっていった。刃に触れても同じ結果だったかもしれない。

 本物の刀を持つのは初めてだ。中学時代に剣道を習っていたのが、多少は役に立ちそうだといった程度のもの。竹刀と真剣は違う。別物だ。それでも、経験ないよりはマシだろう。

 鞘に収めようとしたが、背中に付いた鞘に入らなかった。確実に使うものだ。剥き出しになったまま、目的地を目指すことにする。

 さすがにこの行動は、周りの人々はびっくりさせ、早足になって逃げていった。

 警察が来そうだったが、気にすることもあるまい。

 目的地は、ほんの50メートル歩いた先にあるのだから。


 

 ホテルアプロディーテ。

 美を司る女神の名だったか――愛だったかもしれない。

 神話については詳しくないが、このホテルがその名に相応しくないのは、誰の目からも明らかだ。

 神ノ山駅の東口を出た手前にある、十三階建ての中規模のビジネスホテル。一階にレストラン、二階にサウナがあるぐらいの質素なホテルだ。

 一階のレストランは、1000円のランチが安くて美味しいということで、何回か入ったことがある。

 姉貴、妹、姉貴の親友の同伴で。懐かしかった。味はそこそこだったが、ドリンクバーなのが気に入っていた。

 ヤクザになってから、姉貴と入った店は、鉢合わせる危険があったから、一度も足を踏み入れていない。

 最後に入ったのは五年ほど前だ。ホテルはその頃とは様変わりしていた。

 いや、昨日と比べても様変わりしているだろう。

 正面玄関の、赤いダイヤ柄の玄関マットの上に立つ。手前の自動ドアは、開いてはくれず、一向にお客様を迎えてはくれない。

 ドアの向こうは真っ暗だ。

 透明なガラスなのに、目をこらしても中の様子を確認できない。

 ドアの隙間から、黒紫色のオーラのようなものが、こぼれていた。ドライアイスの煙が黒くなったかのようだが、触れてみても、冷たくも熱くもない。

 電車が止まったようで、駅の出入り口から人々が溢れるように吐き出されていく。その波に紛れて、警官が二人駆けてきていた。警棒を握っている。

 日本刀をブン回す危険な男がいると通報が入ったようだ。

 こちらに近づいてくる。

 警官との距離は一メートルに縮まった。だが、彼らは止まらない。

 一メートル、三メートル、十メートルと、遠くなっていく。

 日本刀を持つ俺が目の前にいたにも関わらず、警官は向こうへと行ってしまった。

 警官の姿が見えなくなってから、俺は拳銃を取った。ホテルのドアを撃つ。ひびが入った。その部分を蹴り上げると、ガラスが粉々に砕けた。

 三発の大きな銃声がしたのに、周囲は無反応で、何も無かったと日常を満喫している。

 つまりはこういうことだ。

 ここは現実ではない。

 俺は別世界の扉を開いたのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!