4・篠崎黒龍か?
篠崎の屋敷は不気味なほど静かだった。
空き家のように、人の気配がしない。縁側から土足のまま上がり込み、障子が並ぶ板敷きの廊下を足音を立てぬように慎重に進んでいく。
奥まで行くと、障子が開いていた。十数人が会食したり寝泊まりできるほどの広い和室だ。
敷居を踏む。
大きな男の後ろ姿があった。
龍の掛け軸と、日本刀が二本飾ってある床の間を眺めている。
二メートルを超える巨体。黒羽二重の紋服に袴を着ていた。
彼の頭に、リボルバーを向ける。
カチリ。
撃鉄をひく音で、顔がこちらに向いた。
フルフェイスの白い髭を生やした50代ほどの男。顔は青白く、やせ細っている。
「ふむ。客のようですな?」
「篠崎黒龍か?」
「だとしたらどうするのかね?」
「撃つ」
「ならば、こう言おう。私は篠崎黒龍だ」
「身代わりにでもなる気か?」
「私は篠崎黒龍だ」
「本物だぜ、これは」
「わかっておるよ」
「見張りの一人を殺している」
「わかっておるよ」
「侵入者に気付いてたのか?」
「誰かが来るとは思っていたからね」
「どこまで分かっている?」
「さぁて」
銃を向けられても動じない。茶飲み仲間が来たかのように、おっとりとしている。
イメージとは違ったが、その動じない態度で、こいつが篠崎黒龍であると確信した。
「妹はどこだ?」
「はて?」
「赤沢澄佳。まだ十三歳のガキだ。そいつを誘拐したんじゃないのか?」
「はて?」
「惚けるな。あんた、村浪組を襲っただろ?」
「ああ、君は村浪組の組員でしたか、なるほど、なるほど。よくぞここまでやってきました」
「素晴らしいプレゼントをありがとうよ」
「いやいや、村浪組の活躍はこの耳に届いています。あれぐらい安いもんですよ。それで、みなさんはどうなりましたか?」
「死んだ」
「それは素晴らしい!」
パチパチパチと拍手をする。
「どこがだ! うちの組になんの恨みがあるんだ!」
「恨み? そんなものありません」
「なんだと?」
「私がプレゼントしたのは、村浪組だけじゃありません。1つの組だけなんて不公平ではないですか。みんな仲良くしてほしいですので、他の組のみなさんにもプレゼントを差し上げました」
「まさか……」
「本当ですよ。厚意にさせていただいている全ての組に差し上げました」
「モンスターをか?」
「モンスター? ふむ。まあ、そうともいいますかな」
「どうやって、やったんだ?」
「札束の入ったアタッシュケースを、普通に渡しただけですよ。みなさん、喜んで受け取っていただきました」
「そして、中身は別のものってわけか」
「いえいえ、みなさんが大好きなお金もちゃんといれてありますよ。もちろん本物です。金など、私には紙切れに過ぎません。そんなのに心奪われるとは、人間とは面白い生き物ですな」
「目的はなんだ? いったいどうやったんだ? あの殺しは人間がやるものじゃなかった。いったいどんなモンスターなんだ!」
「ふむ、君はプレゼントがなにか分かってないようだ」
「運良く、その場にいなかったのでね」
「やれやれ、私はサバイバルを生き残った勇者に来て貰いたかったのですが、あなたはそうでなかったのですね。これは残念です」
「なんだと?」
「……ですが、君は一番乗り。期待できるのかもしれません」
「期待って、殺されるのをか?」
「いえいえ、私の目的のために、部下になってほしいのですよ」
「馬鹿か、なるわけないだろ。目的って、すべてのヤクザを滅ぼして、天下を取るつもりなのか?」
「天下? ヤクザのですか? はっはっはっ、そんなの興味ありません」
「じゃあ、なんだ?」
「世界征服です」
微笑を浮かべた。
「どうやら頭の病気にかかっているようだな。今、治してやるぜ」
引き金を引いた。まずは一発目。頭ではなく、肩を狙った。
篠崎は手を素早く動かした。
当たった……はずだ。
なのに、飄然としている。肩から血が出ていない。
外したのか?
篠崎の後ろにある掛け軸をみるも、穴は開いていない。壁にもなかった。空砲だった? そんなはずはない。
確かに、弾を込めた銃を撃ったはずだ。
「お探しのものは、これですかな?」
親指と人差し指の間に弾丸があった。それを指で潰した。弾薬の粉がぱらぱらと落ちていった。
「なっ!」
「はっはっはっ、こんなもので私を殺そうだなんて、可愛いところがありますな」
「化け物が」
「さてと、次は私の番ですな」
パチンと指を鳴らす。
大きな音。奥にある襖が倒れた。隣の大広間から、うようよと背広を着た男たちが歩いてくる。
その数は、ざっと10人を超えている。
「待ちかまえていたってわけですか」
予想はしていたが、実際にそうなると恐怖心で震えた。
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