5・ノーミソ食わせろ
「ご活躍を期待していますよ」
「ふざけんな! 俺が倒すのはおまえだ!」
拳を、篠崎にぶつける。
「ふんっ」
腕を取られ、背負い投げをされる。風船のように軽々と投げ飛ばされた。
俺は、男たちの近くに倒れた。
受け身を取ったからダメージはない。素早く立ち上がる。
敵の足は遅い。杖を失った年寄りのように、のろりと歩いてくる。
目がうつろ。顔が真っ青。頭が重そうに左右に揺らしている。
生気がまったく感じられなかった。
なにかに似ていると思って、すぐに気付いた。門前に立っていた、俺が撃ち殺した見張りだ。あいつがサングラスを外したら、同じような目をしていただろう。
そして男たちは、なにやらブツブツと唸っている。
「のーみそ」
なんだ?
「ノーミソ食わせろ」
「ノーミソだぁ」
「ノーミソだ」「ノーミソがあるぞ」「ノーミソを食いたい」「ノーミソ」「のーみそぉぉぉーーーーっ!」
大きな口を開けた。俺に向かって食いつこうとする。
引き金を引いた。
『アドバイスをしよう。奴を殺すときは脳みそを狙え。そこが奴の弱点だ。迷わずに撃て』
おやっさんの言葉を思い出し、頭の中心部、つまりは脳みそを狙った。
頭に穴をあけた。
そいつは、後ろからよろっと倒れていった。畳の床にぶつかると、ひっくり返った虫のように両手足をのろのろと動かしていく。
暫くして、その動きも止まった。
他の男たちはその様子を見ていたが、仲間の動きが停止すると、一斉に顔をこちらに向けた。
「ノーミソぉぉぉーーーっ!」
確信した。
こいつらは人間じゃない。かつては人間で、篠原組のヤクザだったのだろうが、今はそうではない。化け物になってしまった。
遠慮することはない。したならこっちがやられる。組の仲間のように。これは敵討ちだ。情など消し去れ。
人間の脳みそが好きであると同時に、自身の脳みそが奴らの弱点だ。俺は、近寄ってくる化け物の頭に銃口を定める。
撃つ。
脳に当たり、ひとり倒れた。
また撃つ。
もう一人倒れた。
亀のようなのろさなので、面白いように当たってくれる。弱いわけではない。遠くならこっちが有利だが、近づかれたらこっちが不利となる。間合いを取りながら、俺は一発、一発、玉を大事にしながら、引き金を引いていく。
事務所でなにが起きたのか把握した。
兄貴たちは、篠崎のプレゼントによって、このような化け物となり、人間を食うようになった。
そして、身体を食われた奴も同じ化け物となり、ノーミソを求めて……と地獄絵図となったのだ。
おやっさんは、外に広まらないように、化け物になった部下を殺し、自分もそうならないように自殺したのだ。
「ゾンビか……」
映画の世界だけの存在と思っていた。
「分かりやすくいえば、そうですな」
篠崎は言った。
「特別、名称があるわけでもないようですし、ゾンビウィルスとでも名付けましょうか。30%だとこのように、主人の言うことは聞いてくれるものの、思考が働かず、人間の脳みその誘惑に負けてしまうんだそうです。私がほしいのは70%ほどでしょうか。命令に忠実な部下になってくれます」
「他の組の奴らにプレゼントしたのはなんパーセントだ?」
「純度の悪い覚醒剤。偽物に近い粗悪品、といったところです。10%程度じゃないでしょうか。人の言葉は理解できず、脳みそしか興味なくなります。ゾンビに食われてウィルスに感染した人も、そのぐらいのゾンビとなります」
「ここにいる奴らは、一応はおまえの言うことを聞いているということか」
「ええ、主人の私を襲わない知能ぐらいはあります。ああ、人間の時の倍以上の力がありますから、捕まらないよう気をつけたほうがいいと、アドバイスいたします」
「お気遣いありがとよ。嬉しくて涙が出てくるぜ」
「どういたしまして、お礼は身体でいいですよ」
「あいにくホモじゃないんでね」
「いやいや、部下になれということですよ。女が欲しいなら、ゾンビの美女でも用意してさしあげます」
「ババアを彼女にしたほうがマシだぜ」
「私が作ったゾンビを次々と倒すご活躍。無傷でうちの部下を全滅させたら、私の闇の力をフルパワー使って、70%のゾンビにしてさしあげましょう」
「0%でも100%でもお断りだ」
「ゾンビになれば、そんな思いを消えてくれますよ」
「ふざけん……」
カチ。カチ。
くそっ、弾切れだ。
「さて、頼りになる武器を失いましたが、どうなさるのでしょうか?」
ゾンビの動きが、二、三割速くなった。
両腕を前に伸ばし、
「ノーミソくわせろぉぉぉぉーっ!」
と叫びながら、俺に向かってくる。
思考能力が激減しようとも、銃に撃たれたら死ぬというのは理解できているようだ。
知能は動物並みってところか。
銃を逆に持った。
ブンブン振り回しながら、後ろへ下がっていく。人間相手なら、拳銃を直接ぶつけるのも武器になってくれるが、相手はゾンビだ。威嚇にしかならないし、それもてんで役に立たない。
じりじりと間合いが詰められていく。
背中がぶつかった。
壁だ。
追い詰められた。目の前のゾンビたちが笑ったような気がした。
「ノーミソ食わせろぉぉぉぉぉぉーーーっ!」
大きく開いたゾンビの口に、銃をくわえさせた。奴はもがいた。腹に蹴りを入れる。倒れた。その身体を踏んで、ゾンビとゾンビの間を通り抜ける。
身体が動かなくなった。
俺のスーツを掴んでいるソンビがいた。すごい力で引っ張られる。
素早くスーツを脱いで、そいつの顔にかぶせた。
そして蹴る。
倒れなかった。視界を塞がれて、もがいている。別のソンビの手がこちらに来る。
俺は横に飛んだ。畳の上を転がる。
篠崎のいる方向に手を伸ばす。狙いは奴じゃない。
その奥にあるものだ。
日本刀。
手に取った。ずっしりと重い。
紋が付いた焦げ茶色の鞘を篠崎に投げた。当たったが、「おっと」とつぶやくだけだった。ダメージはない。
両手で柄を持ち、勢い任せで日本刀を大振りに振った。
ゾンビの手が真っ二つになった。
ありがたいことに本物だ。
狙いを定めてさらに振った。首が跳ねた。顔が、篠崎の足元に転がっていった。
キック。
「のーみそぉぉぉーーっ!」
ゾンビの顔が、大口を開けながらこっちにくる。咄嗟に避けた。後ろにいたゾンビに当たり、ボーリングのように3人倒れていった。
「人の物を盗むなんて、赤沢くんは悪い子ですね」
「ヤクザによい子はいねぇさ」
ブン、と篠崎に刀を振った。かわした。目に見えぬ素早さだ。人間技じゃない。
だが。
「ひとつ分かったことがあるぜ」
「なんです?」
「銃の時は手で取っていたが、刀は避けたことだ。手で掴むことができない。つまり刀ならおまえを殺すことができる」
「当たればの話ですよ?」
ビンゴだった。
「当ててみせるさ」
俺はニヤリとする。
「チャレンジ精神は褒めたいところですが、戦う相手を間違えてはおられませんか?」
指を向けた。俺ではない。さらに後ろにいる奴だ。
「分かっているさ」
背中にいるゾンビを斬る。血が出るが、固まりかけたセメントのようにドロっとしている。
斬り心地は最悪だ。
「さっき俺の名を言ってたな。なんで知っている?」
「さきほど、妹の赤沢澄佳の名を言っていたじゃないですか。それとも名字の違うご兄妹なのですか?」
「記憶力いいな。ついでに、妹の居場所を教えてくれ」
「こちらが知りたいぐらいですよ」
「なに?」
「赤沢くんは勘違いをなさっているようですね。私は赤沢くんの妹の澄佳さんを誘拐してません、逆です、探しているのですよ」
「つまり妹のことを知っていたと?」
「そうなりますな。まさか探し人でなく、お兄様が来られるとは驚きです」
驚いた様子もなく、のほほんと言った。
「どういうわけだ? 俺の妹はごく普通の中学生だ。ヤクザや化け物が興味をしめす相手じゃない。それになぜ、俺の組長が、死ぬ間際に、篠崎の屋敷に俺の妹がいると言ったんだ?」
「正確に、そのようにおっしゃったのですかな?」
「篠崎の屋敷。おまえの妹を……だったかな。誘拐したと俺は解釈した」
「ふむ、そうですな。私の推理によりますと……」
篠崎は顎髭を撫でる。
「ゾンビウィルスをプレゼントしたとき、赤沢澄佳を探しているから、知っていたら教えてほしいと伝えていたからではないでしょうか? まあ、一応、探す約束をしていましたし、連れて来れたらの話ですので、聞いただけの話ですよ」
それでおやっさんは、その相手が俺の妹だと分かり、そのように伝えたというわけか。
「なぜ探している?」
「はて?」
「とぼけるな」
篠崎は指を向けた。日本刀をブン回す。一人斬った。さらに一人斬ろうとしたとき、潰されそうな強烈な痛みが右足首を襲った。
「くっ!」
倒したはずのゾンビが俺を掴んでいた。
ヘソから下を失い、胴体が半分になった姿のまま、腹ばいで動いていた。
「日本刀の斬れ味に魅了されすぎたようですな。狙うのはノーミソですよ」
「そのようだな」
ゾンビの頭目掛けて、刀を降ろそうとする。
が、身体が動かない。
別のゾンビが俺の肩を掴んでいる。さらに別のゾンビが、日本刀を持つ腕を掴む。さらなるゾンビが後ろから抱きついてくる。
倒れると、次々とソンビが俺の身体を襲ってきた。
必死で逃れようとするが、身体の方がちぎれそうだ。ロードローラーに身体を潰され、身動き取れなくなったかのようだ。
「のうみそだぁぁぁぁぁぁっ!」
ゾンビたちの口が開いた。血と臓器とよだれが垂れていく。そして奴らの歯が、俺の肉に噛みつこうとする。
「ジ・エンド。期待できたのですが、ここまでですか。残念なことです」
終わってたまるか!
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