追憶のラビリンス~館の占星術師~

遠山 龍

record1 幼馴染

俺の毎日は多分皆とあまり変わらないだろう。

朝、目覚ましに叩き起こされ、朝食を済ませた後、学校まで十五分程かけて歩いて登校。

そしてHRが終わったら授業を受けて、放課後はバイトでほとんど埋まってしまっている。

そして帰宅は二十時前くらい。

次の日の学校の用意をして就寝。

そんな毎日をいつも繰り返している。

周りと違うところと言えば、自分が小さい頃に両親を亡くし、父の母と二人で暮らしているところだろうか。


「敦司、朝ごはんができたよ」


――祖母だ。そして「敦司」とは俺のこと。

「佐久間敦司サクマ アツシ」これが俺の名前だ。

先にも述べたように家族構成は祖母との二人。

普通の家系に比べてみれば、よくコミュニケーションをとるほうだと思う。

祖母の方はいつも自分を心配してくれていた。

バイトをして稼いだお金をすべて家にいれてもギリギリの生活なので、自分の体にムチを打ってでも働いていた。

そのことをいつも気にかけてくれているのだ。

そのたびに平気だといい、笑顔で安心させていた。

二年前、自分がまだ高校一年生の時、疲労のせいで一度だけ倒れたことがあったのだ。

その時は、祖母が血相を変えて迎えに来てくれたことがあった。

その日から毎日のように身を案じてくれるようになったのだ。


「敦司、何をしているんだい? 早く降りてこないと遅刻をするよ」

「あっ、やべ! 今すぐ行く!!」


いつもはもっと余裕をもって起きて学校に登校するのだが、今日はめずらしく遅れていた。


――この分だとあいつは先に行っちゃってるかな。


そんなことを考えながらも階段を一段ずつ飛ばして降りると、キッチンへと急ぐ。

そしてテーブルの上に乗っているトーストを手に取ると、口にくわえて家を飛び出す。


「行ってくるよ、ばあちゃん!」

「気を付けて行っておいでー」


角を右に曲がった後、長い坂を走って駆け上がると、左に曲がる。

あとは道なりに真っ直ぐ進むだけで学校につく。

そして三分ほど歩くと、前に人影が見えてくる。


――まさかあいつ、まだ待っているのか?


知り合いと気付くと、敦司の歩く速度が速くなる。

そしてあと三メートルというところで、向こうがこちらに気付く。

そして満面な笑顔を向けて、こちらに駆け寄ってくる。


「おはよう、あっくん!」


俺の名前を呼んでいるのが「古宮和奏コミヤ ワカナ」だ。

彼女とは幼い頃からの縁で、家もそれなりに近かった。

世に言う幼馴染みってやつだ。

登下校はお互い予定がない限りは一緒に帰るくらいで、おそらく世の中で言う幼馴染という関係で言えば仲はいいほうだろう。

そのせいでよく付き合っているなどと言われて冷やかされることもあるが、交際関係とかそういう甘い関係ではない。

小さい頃からずっと一緒だったからその流れで今も一緒にいるという感じだ。


「今日はいつもより少しだけ遅いね、何かあったの?」

「ん……あぁ、すまん。ちょっと寝坊しかけただけだ。それとおはよう、和奏」

「おはよう、あっくん。でもそっか、最近寒いから寝坊しちゃいそうになるのは分かるよ。私なんて毎日ベッドからでたくないなーって思ってるよ」


和奏は手を口元まで持ってくると、はぁと息を吹きかける。

その仕草を横目で見ながらも「でもお前は遅刻したことないだろ」と敦司は恨めしそうに目を細めた。


「それは私がちゃんと睡眠をとってるからだよ。それに比べてあっくんはバイトのせいでよく眠れてないし疲れてると思うし……最近平気なの?」

「平気だって。その言葉前にも聞いたぞ? ばあちゃんも和奏も二人して心配しすぎだって」

「でも、前のあっくんは遅刻なんてしない人だったから……寝坊するようになったのだってバイトを始めた頃からでしょ? 心配なだけだよ」

「それはそうだけどさ――分かったよ、心配してくれるのは普通に嬉しいよ。ありがとな、和奏」


いらない迷惑だ、と言おうとして和奏のほうを振り向いたら心底不安そうな表情を向けてくるわけで、そんなことを言えるわけもなかった。

変わりに彼女の方に腕を動かすと、優しく頭を撫でてやった。


「それより悪かったな。長い間待たせちゃって……前にも言ったが、俺が時刻通りに来なかったら先に学校に行ってても構わないんだぞ?」

「それは嫌だよ。私が勝手に待ってるだけなんだから、あっくんは気にしなくていいの!」

「んー、そういうもんなのか?」


なぜそこまで自分を待つのか敦司には良く分からなかった。

――まあ、考えてもそんなの分かるわけないか。

それよりも時間のほうが気になった敦司はポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイの電源を入れた。

そこには『八時五分』と時刻が画面の真ん中に映し出されていた。


「何を見てるの、あっくん?」


携帯の画面をじっと見る敦司を不思議に思ったのか、和奏も一緒に覗き込んでくる。

そして今の時刻を目にしたと同時にバッと顔を上げた。


「あっくん、もうあと十分しかないよ!?」

「らしいな。和奏、バッグを俺に貸してくれ」

「えっ、いいけど、どうして?」

「持ってやるから走るってことだよ」


敦司は和奏からバッグを取り上げると「遅刻したくないだろ?」という言葉と同時に走り出した。





「結構ギリギリだったな」

敦司が教室の扉を開けた途端に朝のチャイムが鳴る。

和奏はというと、自分より昇降口から近い位置にクラスがあるのでバッグを渡して廊下で別れた。

そして俺の方はというと――


「佐久間、お前はもっと余裕を持って学校に来れないのか? 最近たるんでるぞ?」

「……善処します」


チャイムが鳴る直前にはギリギリ教室には入っていたのだから大目に見てほしいものだ。

先生からお叱りの言葉をもらった後は、一番右の列の一番後ろ、窓際の席に座る。

ここが俺の席だ。

外も見えるし、風通しもいいので結構気に入っている。

そこで敦司はある違和感を感じた。

いつもなら俺が椅子に座ると同時に話しかけてくる「相原浩介アイハラ コウスケ」が今日は一言も声をかけてこなかったのだ。

というより、まず学校にすら来ていなかった。


――浩介が学校を休むとは珍しいな。


彼とは中学の時からの仲で、今となっては切っても切れない仲だ。

性格の方は明るく、クラスではムードメーカー的存在である。

学校も今まで一度も休んだことのないくらいに元気な奴だ。


――まあ、きっと風邪でもこじらせたのかな。


一応、浩介に一言だけでもかけてやろうかと思い携帯を開く。

そして連絡を取り合うためのアプリを開くか開かないかギリギリで和奏から通知が来る。

『まだ先生が来てなくてギリギリセーフだった! あっくんは大丈夫だった?』

いや、本当は俺もセーフだったんだけどな……。

とりあえず和奏に返す返事の内容を考えながらも、敦司は先生を睨んだ。

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