第2話

 私は彼の行動に悶々と疑問を抱えつつ、数日を過ごした。彼は一体何者で、あの武器は本物なのか、なら何処から手に入れたのだろうか……などということが永遠と回り続けている。負のスパイラルに近いものと化してしまっている。


「樹里、今日一緒に帰ろ?」


 結局彼にアタックしてから、一緒に帰ってなかったのを思い出し、そう話しかける。


「お、いいね。珍しく澪が乗り気……ってわけじゃないみたいだね。なんかあったの?」


「……えーとね、城山君と仲良くなりたくって……でも拒絶されててさー」


「あんなやつと、仲良くしない方がいいよ」


 樹里の声が急に暗くなった。私は樹里が彼を知っているような風に言うので、尋ねる。


「彼のことを知ってるの?」


 表情をコロっと変え、樹里は笑いながら言う。


「まさか。自分の友達にいきなり殺しかかりに行くような奴は、見捨てて置けないってことだよ。だからあんたは近づきなさんな」


「確かに、そうだね」


 なんだ、いつもの樹里じゃないか。私の思い過ごしだったみたいだ。しかし、樹里にそう言われても、城山のことを諦めきれない私がいた。


「ねー、澪。そのココアちょっと頂戴ちょうだい!」


 私達は紆余曲折うよきょくせつの果てに、いつも通りのカフェに入ることにした。気分でハンバーガーが食べたいと言ったが、ダイエット中だという樹里が猛反対して今に至る。


「えー、自分のウインナーコーヒーあるじゃーん」


「コーヒーとココアは違うの!」


 そう言って、ガッとココアのカップを掴み、ズズッという音を立てて飲む。


「もー、いつもこうなんだから」


「このココア美味うまいね。でも一杯飲むには、甘すぎるかなぁ」


「文句ばっかり」


 そう言って二人で笑い合った。


 外に出ると、既に空はオレンジ色の夕焼けに染まっていて、ドヴォルザークの『新世界より』が流れていた。この曲が流れているということは、午後6時を回ったということ。1日が終わるのは早いものだ。

 私達は、自転車を停めていた立体駐車場に向かい、自転車に乗る。そこは人気ひとけが全くなく、ガランとしていた。空虚な雰囲気と暗くなった景色に少し気圧されそうになる。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか。今日は楽しかった!樹里、また明日ね」


「うん、じゃあ、またいつか」


 また樹里の声が変わった。後ろを振り返ってみると、猟奇的な目をした彼女が飛びかかってきていた。その手にはナイフを持っていた。

 突然の彼女の行動にひるみ、私は後ろに大きくよろけた。


「運が良いな、お前」


 銃が発砲される音が、薄く聞こえた。サイレンサーで音を小さくしていたのだろう。

 その放たれた弾丸は、綺麗に樹里の眉間に撃ち込まれていて、樹里は即死したようだった。目を塞いでいて、彼女が撃たれたところは何も見えなかった。よろけていたため、私には銃弾がかすりもせず、彼女の頭部だけに当たったのだ。

 私の体に樹里の返り血が付着する。美術の一つの技術のスパッタリングで、深紅の絵の具を私の制服に付けたようにしか見えなかった。私は何も考えることが出来ず、発狂するが、何故か声は響かなかった。


紀平きひら樹里じゅり。こいつは、裏社会での風通りをよくするためのスパイだ。コードネームはキリ。まさか学生に変装して、学校にまで足を踏み入れてるとは思わなかった。こいつの経歴を調べても、全くでてこなかったんでマーキングしててよかった。お前との、俺に殺されかけた、という会話でようやく足取りを取れた。あいつはあの場にいなかったのに、殺されかけたことを知っていたとなると、俺のこともマーキングしてたってことだ。

 もう少しで、死ぬとこだったな。今の様子見てると、死んだ方が良かったか?」


 銃弾を撃った者は、丈の長い黒いジャケットを着た城山充だった。少し落ち着いた頃に、私の声がようやく出た。


「わ、わ、私、私の命を、樹里はずっと狙ってたの?」


「そういうことだな」


「な、なんで!?」


「そりゃあ、裏社会ってもんは複雑で、一般人にも理不尽なことがあるってことだ。自動車の事故にも、戦略的事故ってもんもある。そんなようなことが起こらないようにするのが、俺の役目ってことだ。指名された人間を殺す。その全ての経歴でさえも抹消するのが俺の仕事だ」


 彼のことがますます理解できなくなった。脳内では簡単に殺し屋、ということにしておいた。それは正しかったようで、後々彼の口から暗殺者ということを明かされた。殺した者の経歴、この世に存在したことさえ殺そうとする暗殺者。

 しかし、他人に宿った記憶までは殺せない。実際に、私はこの手記に樹里のことを事細かに書ける。


「私、怖いよ」


「俺がか?」


 彼は銃をジャケットの中にしまいながら訊く。私は首を振る。


「樹里が、一番仲良かったのに、私の命を狙ってただなんて……未だに信じられない」


「そうだろうな。お前が俺を追いさえしなければ、お前を守ってやる。ジッとしとけば一般人に被害が出ないようにしてやるから」


 彼は、私に向かって、そう言い放った。

 しかし、この言葉は私に向けられたものではなく、彼自身の鼓舞にしか見えなかった。今でもそうとしか感じられない。彼の全てを知った今なら尚更。

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暗殺者の恋人 刹那翼 @setuna09

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