ふうきぶっ!

流布島雷輝

第1話


「や、やめてください」

「だったら、通行料千円を払いな!」


 放課後。校舎の影となる薄暗い裏道。生徒の一部からは部活棟や購買部への近道として知られているこの場所で不良たちが三つ編みの少女を取り囲んでいる。

 治安が良いとはいいがたい聖ヴィクトワール学園では珍しくない情景であった。


「だ、だから、なんであなたたちにそんなもの払わないといけないんですか!?」

「うるせえ!さっき俺たちが決めたんだよ。文句あるんなら引き返しな」

「今日からこの辺は俺たち不良部の庭だからな」

「まあ、身体で払ってくれてもいいんだけどな!ゲハハハハ」

 全身にピアスをつけた不良が下品な声で笑う。

 学校の敷地を勝手に自分たちのもののようにふるまう。なんたる横暴か!


 ちなみに不良部とはその名の通り不良を行う部活動であり、喧嘩や生徒からのかつあげなどが主な活動内容である。

 読者諸兄はなぜそのような部活動が認められているのかとお思いかもしれない。


 元々、聖ヴィクトワール学園は創設者ジャン=ミッシェル=ヴィクトワール三世が決めた部活動こそ生徒を健全に育てるものという理念のもと、部活第一主義を校是として掲げており、あらゆるものに部活動が優先される。

 その結果、いつしか生徒の新規部活動立ち上げ申請は不可侵神聖なものと見做されるようになり、申請さえすればほぼ無条件で通ってしまうようになったのだ。


「だ、誰か助けて……」

「泣いても誰も助けに来ねえよ」

 おお、このまま哀れな少女は不良たちの毒牙にかかってしまうのか。

 その時であった!


「やめなさい!」

 突然どこからともなく誰かの声が聞こえた。

「誰だ!」

 三つ編みの少女をとりかこんでいた不良たちが声がした方を見る。

 するとそこには一人の少女が立っていた。


「風紀部部長高階百合たかしなゆりです。貴方たちがそれ以上その無辜な少女に手を出そうというのでしたら、今すぐ制圧させていただきます!平和に解決するならこちらとしてはそれ以上手を出しません」

 切れ長の目に赤縁のアンダーリムの眼鏡。肩まで伸ばした艶やかな黒髪。左腕にまかれた風紀と書かれた腕章。

 見るからに真面目な風紀委員といった少女は不良たちに高らかに宣言した。


「ああん、てめえ俺らの部活動の邪魔をしようっていうのか」

「不良部なめてんじゃねえぞ!おらっ!」

「風紀部が怖くて不良やってられるか!」

 不良たちがそれぞれ釘バット、ブラックジャック、バタフライナイフ等、恐るべき武装を見せつけ百合を威嚇する。


「こちらとしてはできれば平和に解決したかったところなのですが」

「うるせえ!!死ね!」

 一番百合の近くにいた不良が百合に向かって木刀を振り下ろした。

 百合が木刀を片手で受け止める。

 そして、百合が不良の股間を思い切り蹴り上げた。

「うげらっ」

 苦悶の表情を浮かべ股間を蹴られた不良が倒れる。


「てめえっ!!」

「よくもやりやがったな」

 仲間が倒されたのを見て、残った不良が武器を手に一斉に百合に襲い掛かった。


 だが、所詮不良たちは百合の敵ではなかった。

 ふと気付くと不良たちはコテンパンにのされていた。


「大丈夫でしたか?」

「あ、ありがとうございました。本当にありがとうございました」

 助けられた少女が百合に何度も頭を下げる。

「別に気にしなくていいですから」

「あ、あのっ!」

 当然のことをしたまでだと、百合はその場を立ち去ろうとするが、それを椿が呼び止める。緊張しているのか彼女の顔は少し強張って見える。

「私1年の鍬原椿くわばらつばきって言いますっ!こんなことを初対面の人に頼むの失礼かなって思うんですけど」

「なんでしょうか?」

 私にできることならと百合が微笑みかける。


「じゃ、じゃあ、い、今からお姉さまと呼んでもいいですか?」

「はい?」

 椿の言葉に困惑した表情を浮かべる百合。


「わ、私ずっとお姉さまって存在にずっと憧れてて、それでずっとお姉さまって呼べるような存在を探してて、今もその真っただ中だったんですけど」

 どうやら理想のお姉さま探しの最中、不良たちに絡まれたということらしい。


「そ、それで、た、助けてもらって、素敵だな、あっ私のお姉さまはこの人しかいないって思って、えーっと、だ、だからその、あの」

 緊張からか椿の答えが少ししどろもどろになる。

「私のお姉さまになってもらえませんか!!!」

「え、えっと……」

 とりあえず椿がお姉さまを熱望しているというのはよくわかった。よくわかったが非常に困る。

「だめだと言ったらどうなるのかしら?」

「認めてもらうまで付きまといます!!」

 先ほどまでとは違い、力強く断言する椿。

「それ強制って言わないかしら?」

「はい!」

 また力強く返事をする椿。

 面倒な娘に関わってしまった。百合は椿を助けたことを少し後悔する。いや、助けるのは風紀部として当然の活動なのだが。

「私頑張りますから!」

 頑張られても困る。

「……他を探していただけますか」

「あっ、ま、待ってください!逃がしませんから!」

 百合はとりあえず椿を振り切り、部室まで逃走することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふうきぶっ! 流布島雷輝 @luftleiter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ