8
他のみんながカラオケに行くのを見送ってから、私たちは家路に着いた。
すっかり夜になっていて、だいぶ冷え込んでいる。カスミはロングコートに身を包んでいたが、足元が冷えるのか早足気味になっている。肩からバッグを提げて、右手には不釣合いなゴリラのぬいぐるみをしっかりと掴んでいる。
「で、話って?」
酔っていると言った割には、カスミの言動はしっかりしていた。どこまでが本当で、本心なのか、私にはやっぱりわからない。
わからなくても、言うことは一つだ。
左右には冬野菜を植えた畑が広がっている。その畑の真ん中を、細い一本道がまっすぐに伸びている。
車さえ通る気配はない、静かな夜の道を歩きながら、私は口を開いた。
「……8年前のことなんだけど」
「うん」
寒さではなく、声が震える。
「シャチのぬいぐるみ、持ってたよね」
「うん。イルカじゃないよ」
暗がりで、カスミの表情は判然としない。
「あれ、誰かに盗まれたでしょう」
「……どうして知ってるの?」
疑問系の割りに、その声には疑いの色が混じっていなかった。
やっぱり、カスミは気づいていたのだろうか。
「それは……」
「……」
深く、白い息を吐き出した。冷たい空気にさらされて、熱を持った吐息は瞬く間に闇の中へと消えてしまう。
「……私が、盗んだから」
「……」
言った。
言ってしまった。
「私が、留守中に家に忍び込んで、……ぬいぐるみを、盗ったから」
体が震えた。厳しい寒さの中にまぎれてしまえばいいのに。そう思いたくなるほど、どうしようもなく体が、心が震えた。
「……それから?」
カスミはなんでもないような、平静な声で言った。
「え?」
「盗んだのはわかった。でも、その後のことが知りたい。ユキノがしたことは、それだけじゃないでしょ」
思わず足を止めた。
そこはちょうど街灯の真下で、ようやくカスミの顔がはっきりと見えた。
笑顔だった。
満面の、というものではない。なんというか、どこか楽しんでいるような、いたずらっぽい顔だった。
「ユキノちゃんに問題です!」
場違いなほどにカスミの声は明るい。まだ酔っているのだろうか。
「な、なに?」
「問題。ユキノちゃんは盗んだぬいぐるみをその後一体どうしたでしょうか?」
「……」
「はい、時間切れー」
カスミは両手で大きくバッテンを作った。
「そんなの……」
「自分のことだからもちろんわかってるよね。大丈夫、ちゃんと確認しているから」
確認。
カスミは今、そう言った。
つまりそれは、
「答えは、『ユキノちゃんは盗んだぬいぐるみを、もう一度元のところに戻しておいた』です」
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