成人式は小学校の体育館で開かれた。

 カスミ以外の同級生と会うのも久しぶりだった。結婚している子や、すでに子持ちの子もいて、8年という年月の長さを改めて実感した。

 式終了後、そのままみんなで飲み会にでも行くのかと思っていたら、まとめ役の男子がタイムカプセルを掘り返しに行こうと提案した。

 たしか、校庭の隅っこに大きなポリバケツを1つ埋めたのだ。その中にそれぞれの宝物や思い出の品を収めて、雨漏り対策としてビニールのゴミ袋を二重に被せていた。

 あの頃はちょうどカスミのぬいぐるみを盗んだことにひどく悩んでいた時期だったと思う。たしか、私はカプセルに色鉛筆を入れた。

 カスミが何を入れたかも、よく覚えていた。

 男子が数人がかりで土を掘り返し始めた。校庭の土は固くて、すぐに終わるものではない。交代をしながら少しずつスコップで掘り起こしていく。

 30分かかって、ようやく土の奥にポリバケツの青色が覗き見えた。

 そのバケツを完全に露出させるのに、さらに30分かかった。

 合計1時間の作業で掘り起こされたポリバケツは、多少のくすみはあるものの破損もなく、8年ぶりに私たちの前に戻ってきた。

 中に入っているのはどれも他愛のないものばかりだった。

 野球のボール、折りたたみの将棋盤と駒、洋服、絵の具セット、有名人のサイン色紙、縄跳びの大縄。それぞれが大事にしていたものを詰め込んだのだろう。大人になった今ではガラクタになっているものも多い。しかし、小学生の私たちには、大切な品々だったはずだ。

 私の手元に返ってきた色鉛筆セットは、当時流行っていたマスコットの絵が載った缶ペンケースに入っていた。好きだったキャラクターの絵は、今見てもやはり好ましく感じる。

 その色鉛筆セットには使われた形跡がなかった。

 これは、カスミが誕生日にプレゼントしてくれたものだった。

 カスミからもらったせっかくのプレゼントを、私はあえて手放したのだ。

「ねえ」

 私は傍にいた同級生の一人に、何気なく尋ねてみた。彼女は今では着られなくなったブラウスを懐かしそうに広げていた。

「それって、宝物?」

「え?」

 言い方がまずかったか。

「ほら、タイムカプセルには自分の宝物を入れるってよく聞くと思うんだけど、その服、一番のお気に入りだった?」

 同級生は苦笑いして首を振った。

「お気に入りだったけど、一番じゃなかったよ。あまり着なくなった物の中から、好きなやつを選んで入れたの」

「どうして?」

「どうしてって、カプセルに入れたらしばらく着られなくなっちゃうじゃない。だから、一番大切なものはなかなか入れないと思うけど。あれ、ユキノちゃんは違うの?」

「……私は」

 そうだ。それが普通だ。

 おもちゃならもう遊ばなくなった物を入れるだろうし、文房具でも服でも本でも、それは同じだろう。普段から使ったり、必要としているものはまず入れない。手放したくないから。

 カプセルに入れるということは、それをしばらく手放すということでもあるのだ。

 そのときの私は、これを使う資格も持つ資格もないと思って、カプセルの中に封印したのだ。懺悔の意味も込めて。

 そんなことで自分の罪が消えるとは思わない。しかし、私にとってはそれは重要なことだったのだ。

 そこでふと疑問に思い至った。

 カスミを見ると、胸の中に大きなぬいぐるみを抱えていた。

 ゴリラのぬいぐるみだった。こげ茶色に覆われた大きな体とミスマッチなつぶらな瞳を持っていて、そのギャップがなんだか愛らしい。赤ん坊並みの大きさで、当時カスミが持っていたぬいぐるみの中では、最大のものだった。

「カスミちゃんのぬいぐるみ、すごいね。それ、宝物?」

「うん。一番お気に入りだった物を入れたの」

 その言葉に、私は既視感を覚えた。

 8年前も同じような台詞を聞いた。


『カスミちゃんのそれ、おっきいね! 大事なもの?』

『うん。一番お気に入りの物を入れようと思って』


 同級生に、かつてそんな言葉を返していたのを、私は見ていた。

 もちろん嘘に決まっていた。カスミにとって一番お気に入りのものは、あのシャチのぬいぐるみ以外ありえない。

 自分の手元から消えてしまった宝物の代わりに、2番目の宝物を入れたのだ。

 ……そのときは、そう思ったのだが。

 別の可能性に思い当たった。

 もしかして、カスミは……。

 いや、それはありえない。

 だってカスミは私がこの町に帰ってくることを知らなかったのだから。

 あのぬいぐるみは、やはり失われてしまったのだ。

 私の罪も、過去の過ちも、何も変わらない。

 変わるわけがないのだ――。

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