第52話

「それじゃ、ぶち込みます!」


 桑妮雅ソニアは張型を手に持つと、寝台に鎖で四肢を拘束され、仰向けで力なく横たわっている贄人の股を開くと、女陰にあてがい一気に突き入れた。


「えい!」


 押し込まれた張型を女陰が飲み込むと、術式が発動し、贄人の全身に施した刺青が青く光り始める。

 程なくして、知性なく眠っている筈の贄人は目を見開き、口を大きく開けて呻き始めた。


「んおぅ! んおぅ! んおぅ! んおぅ!」


 口からは涎がしたたり落ち、知性があるかの様に、顔は悦楽に歪んでいる。


「こいつ、贄人の癖に、凄くいい顔してるよねえ」

「そうですね。通常であれば考えにくい……」


 桑妮雅ソニアと次姉は、贄人の様子を興味深そうに観察している。


「お前等は頭に結界を張った故、解らぬかも知れぬが。術が発動して、この贄人からは牝の肉欲に満ちた思念が放たれ始めた」


 和修吉ヴァースキの解説に、二人は思わず顔を見合わせた。


「もし結界を張ってなかったらどうなったんだろ?」

「強力な媚薬を盛られた様になり、淫欲で理性が吹き飛ぶであろうな」

「危ないなあ」


 疑問に帯する和修吉ヴァースキの答えに、桑妮雅ソニアは顔を引きつらせる。

 一方、次姉は首をかしげた。


「これから放たれている思念が解るという事は…… 師はもしや、結界を張っておられぬのですか?」

「是。並の神属ならともかくも、この程度の思念、那伽ナーガには効かぬ」

「凄いですね……」


 黄泉返りの思念は、一村を滅ぼす程の強さという。それを受けて平然としている和修吉ヴァースキの力に次姉は感嘆した。


「不測の事態が起きるやも知れぬから、術式の完遂まで、丸太から決して目を離すな。交代で見張っておれ」

「えー、一日中ですかあ? 二人じゃきっついですよ」

「一門の学徒ともあろう者が軟弱な!」


 文句を言う桑妮雅ソニアを次姉は叱責したが、和修吉ヴァースキは手を振ってそれを抑えた。


「良い。明日にも、普蘭プーランの屋敷に残っている三名が来る。お前等と合わせて五名なら、輪番を組むのに問題あるまい。それ等が来るまでは、我もここで待つ」

「しかし、それでは普蘭プーラン姉の補佐と身の回りの御世話は誰が…… 学徒の他にも、近衛から警護が一人ついてはいますが、それだけでは不足かと」


 次姉としては、術式の試しも大切だが、言仁の子を宿した普蘭プーランの身も心配である。

 何しろ学師昇格がかかっているだけに、無理をするかもしれない。


「人狼の胤たる童の教導を担っていた五名を桑名から引き揚げて、普蘭プーランにつける。それと入れ替わりだ。あれ等も児を宿しておるしな。それを鑑みても、そろそろ答志島へ戻す頃合いだ」

「長姉様達を全て戻すとなると、人狼の胤たるあの子はどうなりますか?」

「あれは侍従見習として登用された以上、いつまでも一門の庇護下に置く訳にも行くまい。後の事は仮宮の女官共や、近衛共が引き継いでくれよう」


 和修吉ヴァースキの説明に次姉は納得していたが、桑妮雅ソニアは心配げだ。


「あの子、大丈夫かな? 宮中詰めで男って、あの子だけでしょ?」

「あれも、児を持つ父となるのだ。いつまでも童として扱う訳にはいかぬぞ」

「解ってますけど……」

「主上も御夫君様も、あれの事は随分と目に掛けておられる様子だ。心配せずとも良い」

「なら、いっか」


 近侍として位置が定まれば、ひとまずは安泰である。それに、童の職務はあくまで、皇帝夫妻の身の回りの世話だ。少なくとも当面、まつりごとに関わる事はない。

 言仁を信頼しきっている桑妮雅ソニアは、あっさりと納得した。


「んおぅ! んおぅ! んおぅ! んおぅ!」


 三人が話している間も、贄人はうめき声をあげ続けている。


「これ…… 一月もずっとこのままなのは、やかましいよね?」

「確かに……」


 蘇生が完了するまでの間、このうめき声に我慢しなければならない事に気付き、桑妮雅ソニアと次姉は揃って顔をしかめた。


「そういう問題を洗い出し、対応を考えるのも試しの内だ。さて、どうするかね?」


 和修吉ヴァースキは、悩む二人を前に微笑んでいる。


「喉に呪文を書き足して、うめかない様にしましょうか……」

「それしか無さそうだよねえ」


 次姉の案に、桑妮雅ソニアも同意する。

 そこに、どこからか普蘭プーランの声がした。


「それでは、肝心の蘇生の術式を阻害しかねません」

「ぷ、普蘭プーラン姉? どこに?」

「上を御覧なさい」

 

 二人が上を見上げると、天幕の天井すれすれに、八咫鏡が浮遊していた。

 鏡面は下を向き、そこに普蘭プーランの姿が映っている。


「いつの間に……」


 唖然とした次姉に、普蘭プーランは可笑しそうに答えた。


「貴女達が、術式の支度を始めた時からです。和修吉ヴァースキ師が、その様子を録る為も兼ねて、八咫鏡を上に浮かべていていたのですが、気付きませんでしたか?」

「何でずっと黙ってたの!?」

和修吉ヴァースキ師がいらっしゃいますから滅多な事は無いでしょうし、黙っていた方が色々と面白い物が観られるかと思って」


 普蘭プーランは、二人の様子を観察する為に、施術の最中はあえて黙って見守っていたのである。

 上位の者は下位の者を不意打ちで試すのが、一門全体の気風だ。

 

普蘭プーラン姉。さし当たり、この丸太を沈黙させる良い手法は無い物でしょうか? 一月もこれでは、耐えがたく思います」

「寝台を、音を遮断する障壁で囲いなさい」

「へー、それいいじゃん。簡単だしさあ」


 次姉の訴えに普蘭プーランが示した案はいたって単純な物だった。桑妮雅ソニアは素直に感心したが、次姉はすぐに問題を指摘する。


「それでは、中の様子が窺えません」

「そうですね…… 蚊帳かやを使いましょう。あれなら大きさも丁度良いし、中も透けて見えます」


 少し考えて、普蘭プーランは解決策を出した。

 蚊帳とは、蚊を防ぐ為に当時使われていた、目の細かい網で寝床を囲う道具だ。現在の皇国では殆ど目にしないが、皇国に敵対する人間至上主義の土耳古トルコ、また友邦ではあるが神属優越体制を維持する哀提伯エチオピア等では今でもよく使われている。


「あんなんじゃ、音が漏れちゃうよ?」


 今度は桑妮雅ソニアが疑問を呈する。確かに、網では音は防げない。


「ですから、蚊帳に音を封じる術式を施せば良いのです。丸太へ直に法術を使う訳ではありませんから、蘇生を阻害する事は無い筈です」

「あ、そっか。納得」


 桑妮雅ソニアは再び感心していた。道具と法術を、互いの特性を活かす形で組み合わせれば良いのだ。


「でも、ここに蚊帳なんてあったっけ?」

「この天幕は本来、軍が野営に使う為の物ですから、蚊帳も備えつけでありますよ」


 次姉はそう言うと、贄人が寝かされている寝台の下から蚊帳を取り出した。蚊帳は天井から吊り下げる物が多いが、これは骨組みを組み立てて網を張る形状である。

 二人は寝台を覆う様に蚊帳を組み立て、防音の呪符を書いて網の四方と天井に貼った。これで、蚊帳の外部へ音は漏れ出す事は無い一方、網は透けるので中の様子は見える。


「とりあえず、何とかなったねえ」

「一件落着ですね」

「うむ。我が口出しするまでもなく、生じた問題について有効な判断をした。普蘭プーラン、見事である」


 桑妮雅ソニアと次姉は安心した様子を見せ、和修吉ヴァースキ普蘭プーランの采配に賛辞を贈った。


「師よ、大袈裟です」


 普蘭プーランは謙遜したが、続く和修吉ヴァースキの言葉は穏やかながらも重い物だった。


「否。蘇生については、以後も予期せぬ事態が起こり得る。この様に些細な事とは限らず、速やかに適切な処置をせねば、悲惨な状況に至る物も無いとは言えぬからな。普蘭プーラン、本件は試問である以上、舵取りはあくまで汝だ」

「承知しております」

「だが…… 手に余ると判じた時は、躊躇せずに我なり導師を頼れ。決して意地を張るな。その見極めもまた、汝が学師に足る器量か否かを示すと心得よ」

「はい」

「施術中、ずっと観察していたのであろう。そろそろ休みたまえ」

「では、失礼致します」


 普蘭プーランは合掌して通信を切った。



 桑名港では、指導に当たっていた長姉達五名の人狼の学徒が、童と別れを惜しんでいた。

 童は長姉の下腹を愛おしそうにさすり、他の四名にも同じ様にする。


「俺達の子、少し育ちましたね……」


 懐妊を告げられて以後、童は五名の誰とも交合を持っていない。

 しばらくぶりに触れる下腹はいずれも、膨らみが目立ち始めていた。


「ええ。菅島に戻られた阿瑪拉アマラ師と併せ、貴方の胤を受けた六つの命は、順当に育っています」


 長姉の言葉に、童は改めて身が引き締まる思いがした。

 ただ一人の子でも、親になるというのは大変な事なのに、自分は一度に六人の子を持つ事になる。


「姉上方。子供等の事、それと姉ちゃんの事も…… くれぐれも宜しく御願いします」

「貴方も。立派な侍従として、子供達が誇れる父となる様に励んで下さいね」

「はい!」


 力強く頷く童に満足し、長姉達は桟橋を渡っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る