第52話
「それじゃ、ぶち込みます!」
「えい!」
押し込まれた張型を女陰が飲み込むと、術式が発動し、贄人の全身に施した刺青が青く光り始める。
程なくして、知性なく眠っている筈の贄人は目を見開き、口を大きく開けて呻き始めた。
「んおぅ! んおぅ! んおぅ! んおぅ!」
口からは涎がしたたり落ち、知性があるかの様に、顔は悦楽に歪んでいる。
「こいつ、贄人の癖に、凄くいい顔してるよねえ」
「そうですね。通常であれば考えにくい……」
「お前等は頭に結界を張った故、解らぬかも知れぬが。術が発動して、この贄人からは牝の肉欲に満ちた思念が放たれ始めた」
「もし結界を張ってなかったらどうなったんだろ?」
「強力な媚薬を盛られた様になり、淫欲で理性が吹き飛ぶであろうな」
「危ないなあ」
疑問に帯する
一方、次姉は首をかしげた。
「これから放たれている思念が解るという事は…… 師はもしや、結界を張っておられぬのですか?」
「是。並の神属ならともかくも、この程度の思念、
「凄いですね……」
黄泉返りの思念は、一村を滅ぼす程の強さという。それを受けて平然としている
「不測の事態が起きるやも知れぬから、術式の完遂まで、丸太から決して目を離すな。交代で見張っておれ」
「えー、一日中ですかあ? 二人じゃきっついですよ」
「一門の学徒ともあろう者が軟弱な!」
文句を言う
「良い。明日にも、
「しかし、それでは
次姉としては、術式の試しも大切だが、言仁の子を宿した
何しろ学師昇格がかかっているだけに、無理をするかもしれない。
「人狼の胤たる童の教導を担っていた五名を桑名から引き揚げて、
「長姉様達を全て戻すとなると、人狼の胤たるあの子はどうなりますか?」
「あれは侍従見習として登用された以上、いつまでも一門の庇護下に置く訳にも行くまい。後の事は仮宮の女官共や、近衛共が引き継いでくれよう」
「あの子、大丈夫かな? 宮中詰めで男って、あの子だけでしょ?」
「あれも、児を持つ父となるのだ。いつまでも童として扱う訳にはいかぬぞ」
「解ってますけど……」
「主上も御夫君様も、あれの事は随分と目に掛けておられる様子だ。心配せずとも良い」
「なら、いっか」
近侍として位置が定まれば、ひとまずは安泰である。それに、童の職務はあくまで、皇帝夫妻の身の回りの世話だ。少なくとも当面、
言仁を信頼しきっている
「んおぅ! んおぅ! んおぅ! んおぅ!」
三人が話している間も、贄人はうめき声をあげ続けている。
「これ…… 一月もずっとこのままなのは、やかましいよね?」
「確かに……」
蘇生が完了するまでの間、このうめき声に我慢しなければならない事に気付き、
「そういう問題を洗い出し、対応を考えるのも試しの内だ。さて、どうするかね?」
「喉に呪文を書き足して、うめかない様にしましょうか……」
「それしか無さそうだよねえ」
次姉の案に、
そこに、どこからか
「それでは、肝心の蘇生の術式を阻害しかねません」
「ぷ、
「上を御覧なさい」
二人が上を見上げると、天幕の天井すれすれに、八咫鏡が浮遊していた。
鏡面は下を向き、そこに
「いつの間に……」
唖然とした次姉に、
「貴女達が、術式の支度を始めた時からです。
「何でずっと黙ってたの!?」
「
上位の者は下位の者を不意打ちで試すのが、一門全体の気風だ。
「
「寝台を、音を遮断する障壁で囲いなさい」
「へー、それいいじゃん。簡単だしさあ」
次姉の訴えに
「それでは、中の様子が窺えません」
「そうですね……
少し考えて、
蚊帳とは、蚊を防ぐ為に当時使われていた、目の細かい網で寝床を囲う道具だ。現在の皇国では殆ど目にしないが、皇国に敵対する人間至上主義の
「あんなんじゃ、音が漏れちゃうよ?」
今度は
「ですから、蚊帳に音を封じる術式を施せば良いのです。丸太へ直に法術を使う訳ではありませんから、蘇生を阻害する事は無い筈です」
「あ、そっか。納得」
「でも、ここに蚊帳なんてあったっけ?」
「この天幕は本来、軍が野営に使う為の物ですから、蚊帳も備えつけでありますよ」
次姉はそう言うと、贄人が寝かされている寝台の下から蚊帳を取り出した。蚊帳は天井から吊り下げる物が多いが、これは骨組みを組み立てて網を張る形状である。
二人は寝台を覆う様に蚊帳を組み立て、防音の呪符を書いて網の四方と天井に貼った。これで、蚊帳の外部へ音は漏れ出す事は無い一方、網は透けるので中の様子は見える。
「とりあえず、何とかなったねえ」
「一件落着ですね」
「うむ。我が口出しするまでもなく、生じた問題について有効な判断をした。
「師よ、大袈裟です」
「否。蘇生については、以後も予期せぬ事態が起こり得る。この様に些細な事とは限らず、速やかに適切な処置をせねば、悲惨な状況に至る物も無いとは言えぬからな。
「承知しております」
「だが…… 手に余ると判じた時は、躊躇せずに我なり導師を頼れ。決して意地を張るな。その見極めもまた、汝が学師に足る器量か否かを示すと心得よ」
「はい」
「施術中、ずっと観察していたのであろう。そろそろ休みたまえ」
「では、失礼致します」
*
桑名港では、指導に当たっていた長姉達五名の人狼の学徒が、童と別れを惜しんでいた。
童は長姉の下腹を愛おしそうにさすり、他の四名にも同じ様にする。
「俺達の子、少し育ちましたね……」
懐妊を告げられて以後、童は五名の誰とも交合を持っていない。
しばらくぶりに触れる下腹はいずれも、膨らみが目立ち始めていた。
「ええ。菅島に戻られた
長姉の言葉に、童は改めて身が引き締まる思いがした。
ただ一人の子でも、親になるというのは大変な事なのに、自分は一度に六人の子を持つ事になる。
「姉上方。子供等の事、それと姉ちゃんの事も…… くれぐれも宜しく御願いします」
「貴方も。立派な侍従として、子供達が誇れる父となる様に励んで下さいね」
「はい!」
力強く頷く童に満足し、長姉達は桟橋を渡っていった。
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