第50話
朽ちた集落がすっかり灰になったのを見届け、次姉は年少の学徒へ厳しい顔で向き直った。
「あれを片付けなければ天幕は張れませんよ? どうするのです?」
「次姉、龍牙兵を持ってたでしょ。貸して?」
「あれは、不測の事態に備えて
龍牙兵を使役出来るのは、皇族、もしくはその代理権を持つ者と定められている。一門の学徒が使役する場合もあるのだが、あくまで使役権を預託されての事だ。
それをどう扱うかの裁量を含めての預託なので、雑役に使ったからといって罰を受ける訳ではない。所詮は道具である。
だが、次姉は、皇族の特権たる龍牙兵を粗末に出来ないという思いが強かった。
「自分で何とかしなさいね」
次姉は冷たく言い放った。どうにもならないと泣きついて来た処で、きつく戒めた上で龍牙兵を使おうと思ったのだが、年少の学徒は平然と次善の策を取ろうとした。
「そっか。んじゃ、島に大雨を降らせて海に洗い流しちゃおう! GRAVIS PLU……」
「止めなさい!」
降雨の法術を使おうとした年少の学徒を、次姉は頭頂に鉄拳を加えて制止した。
「痛い! 次姉、また殴ったぁ!」
「何も考えなく、無闇に法術を使うなと言ったばかりだというのに貴女は!」
しゃがみ込んで頭を抱える年少の学徒に、次姉は呆れるばかりだった。
結局、次姉の装身具に封じてあった四体の龍牙兵に命じ、集落の燃えかすを片付けさせて天幕を張る事になったが、作業を終えた頃には日が暮れかけていた。
*
「次姉、お休みー」
持参した干し肉で夕餉を終えると、年少の学徒はすぐに天幕備え付けの寝台に潜って寝てしまった。疲れが溜まっていた様だ。
どの道、試しに使う〝丸太〟が届かない事には、以後の作業は進まない。
寝息を立てて熟睡している門妹の横で、次姉は八咫鏡で
鏡面に映る
「御苦労様です。どの様な案配ですか?」
「島に残置された家屋は痛みが進んでおり、使用に耐えないと判じて焼き払いました」
「焼き払うとは、随分と思い切った手段に出ましたね」
「実はその、
法術が掛けられた天幕は、そのままでも百年は使用出来、充分に建物の代用となる。
だが、資源節約の観点から、なるべく神宮から奪った戦利品を活用するというのが、皇国の施政方針だ。
「相変わらず、
知性はどうにか一門に加わる事を許される程度で、法術を行使するにあたって配慮が足りない迂闊者、というのが、
一般には才女と評される程度の知性は備えているが、一門の基準で言えば劣等生だ。現代風に言えば、名門校の落ちこぼれである。
年長の同族として、次姉は厳しくしているつもりなのだが、賎民や奴隷として過酷な環境で育ってきた人間の学徒から観れば、甘やかしている様に映る。
「あれの我が儘を抑えきれず、申し訳ございません……」
「まあ、良いでしょう」
深々と頭を下げて詫びる次姉だが、
「……宜しいのですか?」
「
学徒としては劣等生の
その為、
「それに、資材も銭も惜しまない旨、
「有り難うございます!」
「早速ですが、試しに使う丸太を、明日には届けさせます。良い結果を期待していますよ」
「御任せを。では、新しき世の建立の為に」
合掌して通信を終えると、次姉は精神の疲れから、その場に崩れる様にして眠り込んでしまった。
*
翌日。
朝日の光が天幕の隙間から差し込み、二人がまどろみから覚めかけた頃。
突如、まばゆい閃光と共に、轟音が鳴り響いた。
「何事!?」
跳ね起きた次姉は慌てて辺りを見回すが、
「朝っぱらからうるさいなあ…… 雷なら多分、
「たわけ者!」
「次姉、またぶったあ!」
「
「良い。寝かせておけ」
「こ、これは
「あ、
天幕に入って来た
いつの間にか起きていた
「
「ええと、駄目ですか?」
「否。その位で良い。学究を果たす為ならば、元の流刑島の廃村如きを焼き払うのに躊躇してどうするか」
首をかしげて尋ねる
皇国の伊勢統治は、節減の為に戦利品を活用するのが原則だ。
しかし、
「そうですよね!」
「
満面の笑みで
「だが、周囲への配慮を軽んじていては、いずれ命を落とすやも知れぬ。わきまえたまえよ」
「はーい」
「さて、本日の用向きだが。お前等の待ちかねていた物を持ってきた」
「さて、蘇生の術式を試すに先立ち、この丸太を一度、生身に戻した上で生命を絶つ必要があるのだが。どの様な処置にて行うのが適切と考えるかね?」
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