第50話

 朽ちた集落がすっかり灰になったのを見届け、次姉は年少の学徒へ厳しい顔で向き直った。


「あれを片付けなければ天幕は張れませんよ? どうするのです?」

「次姉、龍牙兵を持ってたでしょ。貸して?」

「あれは、不測の事態に備えて和修吉ヴァースキ師からお借りした物で、雑役に使う様な物ではありません!」


 龍牙兵を使役出来るのは、皇族、もしくはその代理権を持つ者と定められている。一門の学徒が使役する場合もあるのだが、あくまで使役権を預託されての事だ。

 それをどう扱うかの裁量を含めての預託なので、雑役に使ったからといって罰を受ける訳ではない。所詮は道具である。

 だが、次姉は、皇族の特権たる龍牙兵を粗末に出来ないという思いが強かった。


「自分で何とかしなさいね」


 次姉は冷たく言い放った。どうにもならないと泣きついて来た処で、きつく戒めた上で龍牙兵を使おうと思ったのだが、年少の学徒は平然と次善の策を取ろうとした。


「そっか。んじゃ、島に大雨を降らせて海に洗い流しちゃおう! GRAVIS PLU……」

「止めなさい!」


 降雨の法術を使おうとした年少の学徒を、次姉は頭頂に鉄拳を加えて制止した。


「痛い! 次姉、また殴ったぁ!」

「何も考えなく、無闇に法術を使うなと言ったばかりだというのに貴女は!」


 しゃがみ込んで頭を抱える年少の学徒に、次姉は呆れるばかりだった。

 結局、次姉の装身具に封じてあった四体の龍牙兵に命じ、集落の燃えかすを片付けさせて天幕を張る事になったが、作業を終えた頃には日が暮れかけていた。



「次姉、お休みー」


 持参した干し肉で夕餉を終えると、年少の学徒はすぐに天幕備え付けの寝台に潜って寝てしまった。疲れが溜まっていた様だ。

 どの道、試しに使う〝丸太〟が届かない事には、以後の作業は進まない。

 寝息を立てて熟睡している門妹の横で、次姉は八咫鏡で普蘭プーランに報告を入れた。

 鏡面に映る普蘭プーランは、岩風呂に浸かっている。言仁のはからいで、屋敷に備え付けられた物だ。


「御苦労様です。どの様な案配ですか?」

「島に残置された家屋は痛みが進んでおり、使用に耐えないと判じて焼き払いました」

「焼き払うとは、随分と思い切った手段に出ましたね」


 普蘭プーランも、集落を取り壊す許可を求めて来るのではないかとは思っていたが、上陸の初日に独断で火を放つとは想定外だった。


「実はその、桑妮雅ソニアが、どうしても嫌だから焼いてしまえと……  当面は持参した天幕を張って対応しますが……」


 桑妮雅ソニアとは年少の学徒の名だ。印度由来の名ではないが、人狼は自らの祖先の出自である羅馬ローマ風の名を持つ者もいる。

 法術が掛けられた天幕は、そのままでも百年は使用出来、充分に建物の代用となる。

 だが、資源節約の観点から、なるべく神宮から奪った戦利品を活用するというのが、皇国の施政方針だ。


「相変わらず、桑妮雅ソニアには甘いですね」


 桑妮雅ソニアが駄々をこねたからだと聞き、普蘭プーランも苦笑しつつ納得した。

 知性はどうにか一門に加わる事を許される程度で、法術を行使するにあたって配慮が足りない迂闊者、というのが、桑妮雅ソニアに対する、一門内部での評価である。

 一般には才女と評される程度の知性は備えているが、一門の基準で言えば劣等生だ。現代風に言えば、名門校の落ちこぼれである。

 年長の同族として、次姉は厳しくしているつもりなのだが、賎民や奴隷として過酷な環境で育ってきた人間の学徒から観れば、甘やかしている様に映る。


「あれの我が儘を抑えきれず、申し訳ございません……」

「まあ、良いでしょう」


 深々と頭を下げて詫びる次姉だが、普蘭プーランはあっさりと行動の追認を与えた。


「……宜しいのですか?」

桑妮雅ソニアは、奥妲アウダに良くしてくれていますから」


 普蘭プーランの答えに次姉は思わず聞き返したが、続く言葉に合点がいった。

 学徒としては劣等生の桑妮雅ソニアだが、多くの学徒から〝優秀なれど生意気な跳ね返り〟として睨まれている奥妲アウダとは親しい。

 その為、普蘭プーランとしても、桑妮雅ソニアには寛容だった。目に掛けている奥妲アウダにとって、貴重な友の一人なのである。


「それに、資材も銭も惜しまない旨、和修吉ヴァースキ師から確約を得ています。すぐには無理ですが、次月までには、新たな舎屋の建築にかかれる様に手配しておきましょう」

「有り難うございます!」

「早速ですが、試しに使う丸太を、明日には届けさせます。良い結果を期待していますよ」

「御任せを。では、新しき世の建立の為に」


 合掌して通信を終えると、次姉は精神の疲れから、その場に崩れる様にして眠り込んでしまった。



 翌日。

 朝日の光が天幕の隙間から差し込み、二人がまどろみから覚めかけた頃。

 突如、まばゆい閃光と共に、轟音が鳴り響いた。


「何事!?」


 跳ね起きた次姉は慌てて辺りを見回すが、桑妮雅ソニアは寝ぼけ気味ながらも状況を瞬時に判断した。


「朝っぱらからうるさいなあ…… 雷なら多分、和修吉ヴァースキ師だってば…… もう少し寝るね……」

「たわけ者!」


 桑妮雅ソニアはそのまま寝直そうとしたが、次姉に頬を張り飛ばされた。


「次姉、またぶったあ!」

和修吉ヴァースキ師がいらっしゃったのなら、起きなければ駄目でしょう!」


 桑妮雅ソニアはぶたれた頬を押さえてにらみ付けるが、次姉は憤りを隠さない。


「良い。寝かせておけ」

「こ、これは和修吉ヴァースキ師、お見苦しい処を……」

「あ、和修吉ヴァースキ師。お早うございます!」


 天幕に入って来た和修吉ヴァースキを、次姉は恐縮しながら合掌で出迎えた。

 いつの間にか起きていた桑妮雅ソニアもそれに倣うが、こちらは何事も無かったかの様に明るい挨拶である。


普蘭プーランから話は聞いたが、派手にやったな」

「ええと、駄目ですか?」

「否。その位で良い。学究を果たす為ならば、元の流刑島の廃村如きを焼き払うのに躊躇してどうするか」


 首をかしげて尋ねる桑妮雅ソニアに、和修吉ヴァースキは微笑んで応えた。

 皇国の伊勢統治は、節減の為に戦利品を活用するのが原則だ。

 しかし、和修吉ヴァースキはそれを軽んずる傾向があった。目的の為なら金銭も資源も惜しむべきでないというのが、彼女の考えである。


「そうですよね!」

和修吉ヴァースキ師、これをあまり増長させては……」


 満面の笑みで桑妮雅ソニアは調子づくが、次姉は渋面で和修吉ヴァースキに苦言を呈する。


「だが、周囲への配慮を軽んじていては、いずれ命を落とすやも知れぬ。わきまえたまえよ」

「はーい」


 和修吉ヴァースキの戒めに、桑妮雅ソニアは能天気に頷くのだが、反省のかけらも見られない態度に、次姉は頭痛を覚えた。


「さて、本日の用向きだが。お前等の待ちかねていた物を持ってきた」


 和修吉ヴァースキが指を弾くと、龍牙兵が、裸体の女の石像を抱きかかえて入って来た。石化した〝丸太〟である。


「さて、蘇生の術式を試すに先立ち、この丸太を一度、生身に戻した上で生命を絶つ必要があるのだが。どの様な処置にて行うのが適切と考えるかね?」


 和修吉ヴァースキは学師として、二人に問いを投げかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る