第49話

 一門では、黄泉返り と化した娘を蘇生させる為の準備が、普蘭プーランの指揮によって進められていた。

 だが、彼女自身は、言仁から受けた胤がある程度育つまで、直に法術を行使するのを控えなくてはならない。

 普蘭プーランの性格上、無理を押してしまうのは目に見えていたので、当面は与えられた居宅の自室で安静に過ごす様、近衛の監視を付けられた上で計都ケートゥから命じられているのだ。

 その為、蘇生の法術に先立って行う〝試し〟については、補佐として付けられた人狼の学徒達が、手足となって動いていた。

 何しろ、今回の蘇生は古文書から得た知識を再現するのだから、万が一にも本番でしくじらない様、入念に試しておかねばならない。



 答志島の東に浮かぶ、歌島。

 神宮の治世では流刑地とされていた小島だが、皇国に占拠された後は無人のまま放置されていた。今回の蘇生術は、試しから本番までここで行う事になっている。

 支度を調える為の先遣として、普蘭プーランの補佐としてつけられている人狼の学徒の内から二名が向かったのだが、彼女達は大きく嘆息を漏らす事になる。

 元が流刑島なだけに、小さな港の側に集まっている家々は、いずれも粗末なあばら家だった。しかも、皇国が伊勢を占拠してから一年以上放置されていた為、朽ち果てかけており、とても住めたものではなかったのだ。


「ねえ、次姉つぎねえ……」

「何です? しばらくは片付けですよ?」

「折角、普蘭プーラン姉が貰ったお屋敷をみんなで綺麗にしたってのにさあ…… 私等は何で、こんなとこで寝泊まりしなきゃなんない訳?」

「黄泉返りは危ないからです」


 荒れ果てた集落の様子を目の当たりにし、不平を漏らす年少の学徒に、次姉と呼ばれた年長の学徒は、諭す様に答えた。


「答志島では、法術を使って身を護る事が出来ない、平家から預かった子弟達も多く学んでいるのです。あの子等に何かあったら、申し開き出来ないではありませんか」


 阿羅漢アルハットの才を持たない通常の人間、しかも子供が多く住まう様になった答志島では、それまでの様に危険な研究を無造作に行うべきではないというのが、普蘭プーランの主張であり、計都ケートゥもそれを是とした。

 何しろ、〝黄泉返り〟と化した娘は、山中をさまよった末に村を一つ壊滅させているのだ。

 蘇生の施術の際に、〝黄泉返り〟を制し切れずに暴走させてしまう危険を考えると、答志島で行う訳にはいかない。

 そこで、無人のまま放置されていた歌島が、危険な法術を試す場として整備される事となったのだ。


「解ってるけどさあ……」

「とにかく、少しでも心地良く過ごしたいなら、文句を言う前に働きなさい!」


 猶も不平を漏らす年少の学徒を、次姉は強く叱責した。

 だが、年少の学徒は気にした様子は無い。


「次姉、腕輪に天幕を封じてたじゃん。あれ、使おうよ?」

「一応は持っています。でも、この島のどこに広げるというのです? あんな大きい物を」


 次姉の腕輪に封じてある天幕は、元々は軍の野営に用いる為に造られた物で、広げるにはそれなりの敷地を要する。

 歌島は小さく、住めそうな処には既に空き家が建っている為、とても使えそうにはない。


「んじゃ、邪魔っ気なボロ家は、ちょいちょいっと始末しちゃうね。せぃっの!」

「たわけ者!」


 年少の学徒が無人の集落めがけ、法術で火炎を浴びせようとした刹那、次姉は鉄拳で頬を殴りつけた。

 

「痛ぁ! 何すんの!」


 殴られた頬をさすりながら、年少の学徒は次姉をにらみ付けるが、返ってきたのは厳しい叱責だった。


「歌島の集落は、港に面したこの一画だけ。すぐ奥には山林が広がっています! 燃え移ったらどうするんです!」

「加減するってばさあ」

「貴女の技量で、術の制御が目分量で出来る物ですか! 下らない事を考えずに、家の片付けをなさい!」 


 叱責を受けても不服そうに口答えをする年少の学徒に、次姉は胃の痛みを覚えた。


「面倒臭いなあ…… じゃあさあ、延焼しない様に、ボロ家を囲んで結界張るね。二刻 ※四時間 はかかるけど、次姉が言うんじゃ仕方ないかなあ。あぁ、面倒……」


 年少の学徒は持参していた矢立から筆を取り出し、ぼやきながらも結界の呪符を造る支度を始めた。


「呆れましたね、どうあっても家を燃やすつもりですか」

「だって、あんなばっちいボロ家に住みたくないもん」


 賎民出身である人間の学徒と違い、神属の学徒、特に若輩の中には、質素な一門の暮らしに不平を抱いている者も多い。

 実家では多くの人間に傅かれ、贅沢な暮らしを当たり前として生活していたのだから、無理からぬ事である。

 人間と神属を対等にするという〝諸族協和〟の理念に賛同して和国遠征に加わった物の、どうしても不自由無い暮らしを懐かしんでしまうのだ。

 学師の目もあり、普段は分別をわきまえているが、放棄された無人島のあばら家で寝泊まりせよと言われれば、我慢しきれずに我を通したくもなる。


「使える物はなるべく使え、というのが一門の方針なのですけどね。どうしてもというなら、貴女が気が済む様になさいな。私は手伝いませんよ!」


 次姉は言い放った物の、放置する訳にもいかない。

 結界に不手際があれば、それこそ大惨事という事もあり得る。

 次姉は、年少の学徒が必要な分の呪符を四苦八苦して書き、集落の周囲に張っていくのを、手を出さずに見守った。


「出来たあ……」


 三刻 ※六時間 程かけてようやく張り終わった結界を、次姉は確認して廻る。

 特に問題はない様だ。


「ど、どうかな?」

「まあ、良いでしょう」


 心配そうに尋ねる年少の学徒に、次姉は頷いて及第を告げる。


「んじゃ、火ぃつけるねっ!」

「ここでは駄目です。舟を出して、海からになさい」

「念がいってるなあ。結界張ってるんだから、巻き込まれる事はないってば」

「法術を破壊に用いるには、細心の注意を払いなさい!」


 慣れた術者なら、念じるだけで強力な結界を張る事が出来、自らの放った法術の効果に巻き込まれる事はまず無い。

 だが、不慣れな年少の学徒が身につけるべきは、まず安全への配慮だ。その点が欠落している事を目の当たりにし、次姉は内心で頭を抱える羽目になった。


(情けない…… 滅び行く運命だった人狼に、光明が見え始めたというのに……)



「FLAMMA!」


 次姉が隣で見守る中、年少の学徒は海上の舟から法術の炎を放った。

 集落に向けた腕より青白い灼熱の火炎が瞬時に伸び、朽ち果てかけた家々は程なく燃えさかる。結界の効用により、集落の外へ燃え広がる様子は全く見られない。

 無人の集落は、およそ一刻 ※二時間 で完全に焼け落ち、後には白い灰だけが残された。

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