第49話
一門では、黄泉返り と化した娘を蘇生させる為の準備が、
だが、彼女自身は、言仁から受けた胤がある程度育つまで、直に法術を行使するのを控えなくてはならない。
その為、蘇生の法術に先立って行う〝試し〟については、補佐として付けられた人狼の学徒達が、手足となって動いていた。
何しろ、今回の蘇生は古文書から得た知識を再現するのだから、万が一にも本番でしくじらない様、入念に試しておかねばならない。
*
答志島の東に浮かぶ、歌島。
神宮の治世では流刑地とされていた小島だが、皇国に占拠された後は無人のまま放置されていた。今回の蘇生術は、試しから本番までここで行う事になっている。
支度を調える為の先遣として、
元が流刑島なだけに、小さな港の側に集まっている家々は、いずれも粗末なあばら家だった。しかも、皇国が伊勢を占拠してから一年以上放置されていた為、朽ち果てかけており、とても住めたものではなかったのだ。
「ねえ、
「何です? しばらくは片付けですよ?」
「折角、
「黄泉返りは危ないからです」
荒れ果てた集落の様子を目の当たりにし、不平を漏らす年少の学徒に、次姉と呼ばれた年長の学徒は、諭す様に答えた。
「答志島では、法術を使って身を護る事が出来ない、平家から預かった子弟達も多く学んでいるのです。あの子等に何かあったら、申し開き出来ないではありませんか」
何しろ、〝黄泉返り〟と化した娘は、山中をさまよった末に村を一つ壊滅させているのだ。
蘇生の施術の際に、〝黄泉返り〟を制し切れずに暴走させてしまう危険を考えると、答志島で行う訳にはいかない。
そこで、無人のまま放置されていた歌島が、危険な法術を試す場として整備される事となったのだ。
「解ってるけどさあ……」
「とにかく、少しでも心地良く過ごしたいなら、文句を言う前に働きなさい!」
猶も不平を漏らす年少の学徒を、次姉は強く叱責した。
だが、年少の学徒は気にした様子は無い。
「次姉、腕輪に天幕を封じてたじゃん。あれ、使おうよ?」
「一応は持っています。でも、この島のどこに広げるというのです? あんな大きい物を」
次姉の腕輪に封じてある天幕は、元々は軍の野営に用いる為に造られた物で、広げるにはそれなりの敷地を要する。
歌島は小さく、住めそうな処には既に空き家が建っている為、とても使えそうにはない。
「んじゃ、邪魔っ気なボロ家は、ちょいちょいっと始末しちゃうね。せぃっの!」
「たわけ者!」
年少の学徒が無人の集落めがけ、法術で火炎を浴びせようとした刹那、次姉は鉄拳で頬を殴りつけた。
「痛ぁ! 何すんの!」
殴られた頬をさすりながら、年少の学徒は次姉をにらみ付けるが、返ってきたのは厳しい叱責だった。
「歌島の集落は、港に面したこの一画だけ。すぐ奥には山林が広がっています! 燃え移ったらどうするんです!」
「加減するってばさあ」
「貴女の技量で、術の制御が目分量で出来る物ですか! 下らない事を考えずに、家の片付けをなさい!」
叱責を受けても不服そうに口答えをする年少の学徒に、次姉は胃の痛みを覚えた。
「面倒臭いなあ…… じゃあさあ、延焼しない様に、ボロ家を囲んで結界張るね。二刻 ※四時間 はかかるけど、次姉が言うんじゃ仕方ないかなあ。あぁ、面倒……」
年少の学徒は持参していた矢立から筆を取り出し、ぼやきながらも結界の呪符を造る支度を始めた。
「呆れましたね、どうあっても家を燃やすつもりですか」
「だって、あんなばっちいボロ家に住みたくないもん」
賎民出身である人間の学徒と違い、神属の学徒、特に若輩の中には、質素な一門の暮らしに不平を抱いている者も多い。
実家では多くの人間に傅かれ、贅沢な暮らしを当たり前として生活していたのだから、無理からぬ事である。
人間と神属を対等にするという〝諸族協和〟の理念に賛同して和国遠征に加わった物の、どうしても不自由無い暮らしを懐かしんでしまうのだ。
学師の目もあり、普段は分別をわきまえているが、放棄された無人島のあばら家で寝泊まりせよと言われれば、我慢しきれずに我を通したくもなる。
「使える物はなるべく使え、というのが一門の方針なのですけどね。どうしてもというなら、貴女が気が済む様になさいな。私は手伝いませんよ!」
次姉は言い放った物の、放置する訳にもいかない。
結界に不手際があれば、それこそ大惨事という事もあり得る。
次姉は、年少の学徒が必要な分の呪符を四苦八苦して書き、集落の周囲に張っていくのを、手を出さずに見守った。
「出来たあ……」
三刻 ※六時間 程かけてようやく張り終わった結界を、次姉は確認して廻る。
特に問題はない様だ。
「ど、どうかな?」
「まあ、良いでしょう」
心配そうに尋ねる年少の学徒に、次姉は頷いて及第を告げる。
「んじゃ、火ぃつけるねっ!」
「ここでは駄目です。舟を出して、海からになさい」
「念がいってるなあ。結界張ってるんだから、巻き込まれる事はないってば」
「法術を破壊に用いるには、細心の注意を払いなさい!」
慣れた術者なら、念じるだけで強力な結界を張る事が出来、自らの放った法術の効果に巻き込まれる事はまず無い。
だが、不慣れな年少の学徒が身につけるべきは、まず安全への配慮だ。その点が欠落している事を目の当たりにし、次姉は内心で頭を抱える羽目になった。
(情けない…… 滅び行く運命だった人狼に、光明が見え始めたというのに……)
*
「FLAMMA!」
次姉が隣で見守る中、年少の学徒は海上の舟から法術の炎を放った。
集落に向けた腕より青白い灼熱の火炎が瞬時に伸び、朽ち果てかけた家々は程なく燃えさかる。結界の効用により、集落の外へ燃え広がる様子は全く見られない。
無人の集落は、およそ一刻 ※二時間 で完全に焼け落ち、後には白い灰だけが残された。
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