第48話
答志島から戻った言仁は、仮宮で待つ
「母上、ただいま戻りました」
「久々に、門姉共との戯れはどうだったかや?」
「はい。皆、元気そうで。久しぶりに甘えて参りました」
「うむ。胤を仕込んだのは
一門に属する学徒の内、人間の女子は、言仁の胤を宿し、
「いえ。他にも三十名程……」
「それだけかや? 坊の胤は無尽であろう? 学徒全てを孕ませる位、造作もないであろうに」
言仁と学徒達の交合は、通常の男女のそれとは趣が異なる。
一対一で言仁と交われるのは、筆頭格である
では他の者達はどうするのかというと、一度に十人、二十人といった大勢の餓えた学徒が、代わる代わる言仁にまたがって思うがままに肉体を貪り、胤を絞るのである。
言仁の節くれ立ちねじ曲がった異形の陽根は、そそり立ったまま萎える事は無く、門姉達の求めるままに幾度でも胤を放ち続けるのだ。
「そうですが、一度に皆を孕ませてしまっては、一門の活動に差し障りが出てしまいます。それに、養育を担う平家の事も考えませんと」
「そうじゃな。じゃが、偏りがあってはならぬからの。今回我慢させた者共にも、機を見て順番に胤をつけてやるのじゃぞ」
「解っております」
嫉妬から来るいさかいが学徒の間で生じない様、
「ところで、黄泉返りの娘を蘇生させる件。どうなっておるかや?」
「贄人を使った試しを数度行った上で着手する手筈を、
童の幼馴染みを蘇生させるにあたっての助力を
それについて問われると、言仁は淀みなく答えた。
「旨くいきそうかや?」
「大丈夫でしょう。ただ…… 蘇生が成った後の事で、心配事が……」
「何じゃ?」
言いにくそうに口を濁した言仁だが、
「
「その件は既に、妾の耳にも届いておるがの。
だが、
「あれが気に病んでいるのです。その心労を解いてやる訳には参りませんか?」
「
「では、蘇生したかの娘が、賎民を見下す様であれば、約定通りに首を刎ねさせよと?」
「当然じゃ。かような者を皇国に置く事は出来ぬであろう?」
「そんな……」
懸念をあっさり切り捨てた
「あるいは、件の娘の性根が曲がっておったとしても、強引に正す手はあろう。それを施すならば、不問にしたとて
「どの様な手段ですか?」
「簡単じゃ。坊の魅眼を使えば良いではないか」
言仁の眼力を受けた者は心を奪われてしまう。その上で、賎民を卑しんではならぬと刷り込めば良いのだ。
だが言仁はこれまで、他者を魅了し心を操るその力を忌み嫌い、決して使おうとしなかった。
先日、
「しかし、あれは……」
「力に溺れてはならぬがの。正しく使う事をなぜ恐れるのかや? 国の頂に立つ
「……」
「まあ、良い。まずは蘇生させる事が先決じゃからな。件の娘が、童と同じく心が清ければそれでよし。曲がっておれば、坊の眼力で正すか、童に斬らせるかじゃ。どうすれば良いか、考えておくのじゃぞ?」
「解りました、母上……」
消え入る様な声で苦しそうに答える言仁に、
* * *
言仁は書院にこもり、
約定の撤回は難しいだろう。
為すべき事は示された通りである事も、頭では解っていた。
だが、魅眼を自ら使ってしまえば、その後も、周囲はその行使を求める様になるかも知れない。
言仁は、それがたまらなく恐ろしかったのである。
その力を使い続ける内、気に入らぬ者、逆らう者を次々と操る様になり、気がつけば周囲に傀儡しかいなくなってしまうのではないか……
「
「ああ、君か…… 入りたまえ」
襖を隔てて、童の声がした。言仁は表情を穏やかに戻し、静かで落ち着いた声で招き入れる。
襖が開き、若い白狼が姿を表した。
「答志島から御戻りと聞いて、御挨拶に伺いました」
「今日は狼の姿か。何かあったのかな?」
普段、童は一門の詰め所で、人狼の学徒達から座学や、立ち居振る舞いの躾を受けている。その為、日常は人の姿でいる事が殆どだ。
珍しくも本性を出している事に、言仁は首をかしげた。
「今日は鍛錬を兼ねて、近衛の方々と獣の姿で狩りに出かけていたのです。その足で来ましたので、衣を纏っていませんでした」
「狩り?」
「はい。百姓の村から、猪が田畑を荒らして困るという申し立てが上がっていて」
伊勢の農村からは、刀剣や槍、弓矢といった武具が全て接収されている。害獣の駆除も自分達では許されず、庄屋を通じて軍へ願い出る事になっていた。
宮刑 ※去勢 に処してけじめをつけさせたとはいえ、賎民解放の勅令に背いた伊勢の民を、
例外は、賎民虐待に加わっていないとされた一部の者のみで、そういった良民は言仁の私有地である荘園に住まいを移して優遇されている。
「近衛というと
「はい。兵でなくとも、宮中に仕える身ならば鍛えねばならぬとおっしゃって。筆頭殿と、他に非番の方が二名程」
童の処遇について、言仁の側近は例外なく、侍従に相応しく育成する様、己の立場から心がけている。
特に
「ふむ。狩りはどうだったかな?」
「先に近衛筆頭殿が手本を見せて下さいました。最後の二頭は俺が先陣をまかされて、喉笛を食いちぎって仕留めました」
「それは大した物だよ!」
「あ、有り難うございます!」
言仁は、人狼としての本性に慣れつつある童に喜び、頭を撫でて褒めた。
童も、尾を振ってまんざらではない様子である。狼というよりは忠犬の様だ。
兵になって戦をするのは嫌だと言って侍従の職を選んだ彼だが、獣を狩り屠る事については、全く抵抗が無かった。
また、人間にとって、猪は返り討ちにされる事もある危険な相手だが、人狼や白虎にしてみれば手頃な獲物である。
「獲物の内、二頭は仮宮の厨房に納めたんで、召し上がって下さい」
「いいね、猪鍋にでもさせようか。明国風に
童が狩ってきた成果が食卓にのぼると聞いて、言仁の顔がほころぶ。
「この後は座学があるんで、これで失礼します」
「そうか、では頑張っておいで」
童が辞した後、言仁は再び、卓に向かって思索に向かう。
慕ってくれる童の苦しむ顔を見たくはない。
賎民を蔑視する者に対する、
自分は、双方の安寧を護らねばならぬ。
「備わった力を使うべき時に拒むなら、私は帝位にあるまじき、愚かな臆病者。そういう事か……」
言仁は、先刻に
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